しっぽや(No.32~43)
side〈ARAKI〉
日野と2人、しっぽやでのバイト中、ノックとともに事務所の扉が開かれた。
「よっ、少年ズ、労働に勤(いそ)しんでるかね?」
入ってきたのは機嫌の良さそうなゲンさんであった。
「お!冬服じゃん!」
新種の動物でも見るように俺達をジロジロ眺め回す彼に
「ゲンさんだって学生の時は着てたでしょ」
俺は呆れた顔をして見せた。
「何十年前の事だと思ってんだ
んな初々しい衣替えの思い出なんぞ、とっくに記憶の引き出しの奥で行方不明になってるよ」
ゲンさんは唇を尖らせた。
「それにうちは学ランだったし
最近のブレザーって、何気にオシャレだなー」
ゲンさんはなおも俺達を眺め回した。
「ゲンさん、うちの婆ちゃんと同じ事言ってる…」
日野に呟かれ
「お前んとこのお祖母さんって、俺のお袋より若いじゃねーか
そんな人を『婆さん』呼ばわりとは罰当たりな」
ゲンさんはヨヨヨと大仰に泣き真似をして見せた。
俺と日野は顔を見合わせると肩を竦め
「長瀞さんなら捜索に出てるよ」
「30分くらい前に出たから、早くても後1時間はかかるんじゃないかな」
そう答える。
「いやいや、今日は少年ズに用があってきたのよ」
ゲンさんは泣き真似をやめて、ソファーにドカリと座り込んだ。
俺と日野は再度顔を見合わせた。
「次の日曜って、2人ともバイトか?」
まじめな声で聞いてくるゲンさんに、俺達はコクリと頷いた。
「オジサンと一緒に、ひと狩り行かねーか?」
そう言われた俺達は
「すいません、俺、そのゲームやってない」
「俺も」
そろって首を振る。
「違うって、リアルな狩り!
秋なんだから『リンゴ狩り』
ブドウと梨も捨て難いが、リンゴの方が後で加工できる物が色々あるから良いかなって思ってよ
自分で採ったもんは美味さが違うと思うぜ」
ゲンさんはヒヒッと笑う。
「リンゴ狩り…行ったこと無い」
俺が答えると
「俺も無い
イチゴ狩りなら行ったことあるけど、案外食べられなくてさ」
日野が顔をしかめた。
「え?日野少年、果物苦手?
日野少年が居りゃ、元取れると思ったんだけど」
ゲンさんが焦った声を上げる。
「いや、果物は好きだけど同じ物ばかりだと流石に飽きが早くてさ
イチゴは200個ちょいしか食べられなかったよ
300いけると思ったのにな~」
悔しそうな日野に
「200個…」
俺とゲンさんは絶句する。
「十分な記録だと思うが…」
ゲンさんの呟きに、俺はコクコクと頷いた。
「リンゴだと、多分7、8個くらいしかいけないと思うけど」
申し訳なさそうな顔の日野に
「だから、そんだけ食えば十分だって」
ゲンさんが苦笑する。
「よし、なら決まり!次の日曜、空けといてな
車出してやるから、朝7時に影森マンションの駐車場に集合!
遊びに行くんだ、気合い入れて早起きしろよ」
気を取り直して楽しそうに断言するゲンさんに
「いや、だから、俺も日野もバイトだって」
俺は慌てて言い添えた。
「休み取って白久と黒谷も一緒に来いよ、ダブルデートってやつだ
いや、俺とナガトもいるから、トリプルか
忙しい企業戦士、たまにはノンビリと羽延ばそうぜ」
ゲンさんはヒヒッと笑った。
今も羽を延ばしているような企業戦士ゲンさんに
「俺達はまだしも、白久と黒谷と長瀞さんが揃って休んだら、ここの事務所回らないよ」
俺は困ってそう言った。
しっぽやは定休日がないため、交代で皆が休みを取っている状態なのだ。
もっとも、飼い主がいない者はあまり休みを取っていないのが現状である。
事務所で皆と居た方が、楽しくて良いらしい。
「そこんとこは大丈夫、な、黒谷」
ゲンさんにいきなり話を振られた黒谷は
「上が一段落着いたみたいだからね」
朗らかにそんな事を言う。
「上って、芝桜会計事務所?」
ますます訳がわからなくなっている俺と日野に
「新郷に手伝いを頼めるんだよ
あそこは土、日定休で営業してるからさ
ま、繁忙期は定休日も何もあったもんじゃねーみたいだがな」
ゲンさんが人差し指を上に向け笑って答えた。
「柴犬の依頼は案外多いから、新郷はかなりの戦力なんだ
猫なら長瀞、犬なら新郷がうちのナンバー1だったんだよ
今は空がけっこー頑張ってるけど
ミニチュアダックスが得意なのは強みだね
それにしても、日野と一緒にお出かけなんて楽しみだ」
黒谷が嬉しそうに笑う。
「電話番は桜ちゃんがやってくれるさ
あいつ何だかんだいっても新郷が居ないと寂しがるから、手伝いに来るぜ
その代わり、あそこが繁忙期の時は出来ることがありそうなら手伝ってやってくれ
決算期は地獄のような忙しさだから」
ニヤニヤ笑うゲンさんに
「はい」
俺達は声を揃えて頷いた。
こうして俺達は、秋らしくリンゴ狩りに行くことになった。
黒谷じゃないけど、俺も白久と一緒に出かけられるのはとても楽しみなのであった。
日野と2人、しっぽやでのバイト中、ノックとともに事務所の扉が開かれた。
「よっ、少年ズ、労働に勤(いそ)しんでるかね?」
入ってきたのは機嫌の良さそうなゲンさんであった。
「お!冬服じゃん!」
新種の動物でも見るように俺達をジロジロ眺め回す彼に
「ゲンさんだって学生の時は着てたでしょ」
俺は呆れた顔をして見せた。
「何十年前の事だと思ってんだ
んな初々しい衣替えの思い出なんぞ、とっくに記憶の引き出しの奥で行方不明になってるよ」
ゲンさんは唇を尖らせた。
「それにうちは学ランだったし
最近のブレザーって、何気にオシャレだなー」
ゲンさんはなおも俺達を眺め回した。
「ゲンさん、うちの婆ちゃんと同じ事言ってる…」
日野に呟かれ
「お前んとこのお祖母さんって、俺のお袋より若いじゃねーか
そんな人を『婆さん』呼ばわりとは罰当たりな」
ゲンさんはヨヨヨと大仰に泣き真似をして見せた。
俺と日野は顔を見合わせると肩を竦め
「長瀞さんなら捜索に出てるよ」
「30分くらい前に出たから、早くても後1時間はかかるんじゃないかな」
そう答える。
「いやいや、今日は少年ズに用があってきたのよ」
ゲンさんは泣き真似をやめて、ソファーにドカリと座り込んだ。
俺と日野は再度顔を見合わせた。
「次の日曜って、2人ともバイトか?」
まじめな声で聞いてくるゲンさんに、俺達はコクリと頷いた。
「オジサンと一緒に、ひと狩り行かねーか?」
そう言われた俺達は
「すいません、俺、そのゲームやってない」
「俺も」
そろって首を振る。
「違うって、リアルな狩り!
秋なんだから『リンゴ狩り』
ブドウと梨も捨て難いが、リンゴの方が後で加工できる物が色々あるから良いかなって思ってよ
自分で採ったもんは美味さが違うと思うぜ」
ゲンさんはヒヒッと笑う。
「リンゴ狩り…行ったこと無い」
俺が答えると
「俺も無い
イチゴ狩りなら行ったことあるけど、案外食べられなくてさ」
日野が顔をしかめた。
「え?日野少年、果物苦手?
日野少年が居りゃ、元取れると思ったんだけど」
ゲンさんが焦った声を上げる。
「いや、果物は好きだけど同じ物ばかりだと流石に飽きが早くてさ
イチゴは200個ちょいしか食べられなかったよ
300いけると思ったのにな~」
悔しそうな日野に
「200個…」
俺とゲンさんは絶句する。
「十分な記録だと思うが…」
ゲンさんの呟きに、俺はコクコクと頷いた。
「リンゴだと、多分7、8個くらいしかいけないと思うけど」
申し訳なさそうな顔の日野に
「だから、そんだけ食えば十分だって」
ゲンさんが苦笑する。
「よし、なら決まり!次の日曜、空けといてな
車出してやるから、朝7時に影森マンションの駐車場に集合!
遊びに行くんだ、気合い入れて早起きしろよ」
気を取り直して楽しそうに断言するゲンさんに
「いや、だから、俺も日野もバイトだって」
俺は慌てて言い添えた。
「休み取って白久と黒谷も一緒に来いよ、ダブルデートってやつだ
いや、俺とナガトもいるから、トリプルか
忙しい企業戦士、たまにはノンビリと羽延ばそうぜ」
ゲンさんはヒヒッと笑った。
今も羽を延ばしているような企業戦士ゲンさんに
「俺達はまだしも、白久と黒谷と長瀞さんが揃って休んだら、ここの事務所回らないよ」
俺は困ってそう言った。
しっぽやは定休日がないため、交代で皆が休みを取っている状態なのだ。
もっとも、飼い主がいない者はあまり休みを取っていないのが現状である。
事務所で皆と居た方が、楽しくて良いらしい。
「そこんとこは大丈夫、な、黒谷」
ゲンさんにいきなり話を振られた黒谷は
「上が一段落着いたみたいだからね」
朗らかにそんな事を言う。
「上って、芝桜会計事務所?」
ますます訳がわからなくなっている俺と日野に
「新郷に手伝いを頼めるんだよ
あそこは土、日定休で営業してるからさ
ま、繁忙期は定休日も何もあったもんじゃねーみたいだがな」
ゲンさんが人差し指を上に向け笑って答えた。
「柴犬の依頼は案外多いから、新郷はかなりの戦力なんだ
猫なら長瀞、犬なら新郷がうちのナンバー1だったんだよ
今は空がけっこー頑張ってるけど
ミニチュアダックスが得意なのは強みだね
それにしても、日野と一緒にお出かけなんて楽しみだ」
黒谷が嬉しそうに笑う。
「電話番は桜ちゃんがやってくれるさ
あいつ何だかんだいっても新郷が居ないと寂しがるから、手伝いに来るぜ
その代わり、あそこが繁忙期の時は出来ることがありそうなら手伝ってやってくれ
決算期は地獄のような忙しさだから」
ニヤニヤ笑うゲンさんに
「はい」
俺達は声を揃えて頷いた。
こうして俺達は、秋らしくリンゴ狩りに行くことになった。
黒谷じゃないけど、俺も白久と一緒に出かけられるのはとても楽しみなのであった。