このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.32~43)

side〈ARAKI〉

「ってまあ、そんな訳で、俺は目出度く桜ちゃんに飼ってもらえることになったんだ
 因みに桜ちゃんが釣った大物はボラで、半身は刺身、半身は焼き魚にして2人で美味しくいただいたよ
 で、桜ちゃん、大学卒業した後は会計事務所で働いてたんだけど、独立するって言うから俺もしっぽやは辞めて手伝いする事にしたんだ
 俺はきちんとした資格は持ってないけど、桜ちゃんの右腕となり日夜努力してるのさ
 そうそう、夜の努力と言えば、昨夜も桜ちゃんに可愛い声いっぱい出させちゃった
 いや本当、いくつになっても桜ちゃんの反応は可愛くて!
 『噛まない』って約束したけど、俺、『甘噛み』っての覚えてさ~」
新郷の話は続いている。

どんどん話の内容が際どくなっていくので、俺も日野もチラチラと視線を交わし、どうしたらいいのかモジモジするばかりだった。
以前ゲンさんが白久と空の言い争い(?)を聞き続けるしかなかった気持ちが、良くわかった。
白久と黒谷は新郷の『桜ちゃん自慢』を聞き飽きているのか、呑気にお茶のお代わりをしている。

そんな中
「遅い!!」
先ほどと同じように、いきなりしっぽやのドアが『バンッ』と開けられた。
30代中頃に見える男の人が立っている。
きちんと撫でつけられた髪、細い銀縁の眼鏡、新郷よりビシッとスーツを着こなしているその姿はビジネスマンの鑑のようだ。
しかし眼光が鋭くて、先ほど新郷に感じた『お役人』と言うよりは『刑事』と言われた方がしっくりくる雰囲気を漂わせていた。
「長瀞に伝言を頼んだだけなのに、何十分かけるんだお前は」
その人は新郷をギロリと睨んだ後、事務所内を一瞥し
「だいたい何だね君たちは、若い子を侍らせてお茶などと
 いかがわしい店じゃあるまいし、節度をわきまえたまえ」
冷たい声でそう言った。
しかし俺も日野も、そのセリフを聞くのは2度目だったのでポカンとするばかりだった。
とっくにこの人が、件の『桜ちゃん』であることに気が付いていた。

「ごめんね、俺の帰りが遅いから不安になっちゃった?
 妬かないで、こんなガキどもより桜ちゃんの方がよっぽど可愛いって
 俺の愛は変わらないよ」
新郷はソファーから立ち上がり、自然な動作で『桜ちゃん』の隣に並んだ。
「そういう事を言っているのではない」
『桜ちゃん』はピシリと言った。
「いやー、せっかくの機会だから、白久と黒谷の飼い主に挨拶しとこうかと思って長居しちゃってさ」
新郷の言葉に『桜ちゃん』は眉根を寄せる。
「白久と黒谷の飼い主は高校生だと聞いているが、今日来ているのか?」
事務所内に視線を巡らせているのは『飼い主の高校生』を探しているのだろう。

「あの、俺も日野も高校2年生です…」
日野と一緒にいると100%の確率で中学生だと思われる展開には慣れっこになっていたが、少しいたたまれない気持ちで俺はそう口にする。
「え?じゃあ、君たちが…?」
『桜ちゃん』はさすがに驚いた顔を見せた。
しかしすぐに
「それは失礼した、初めまして、新郷の飼い主の桜沢 慎吾です
 宴会の席というのはあまり得意な方ではないので、歓迎会には参加せず申し訳なかったね
 けれども、化生に飼い主が出来ることは喜ばしいことだと思っているよ」
桜さんは礼儀正しく頭を下げた。
俺と日野も慌ててソファーから立ち上がり
「どうも、白久の飼い主の野上 荒木です」
「あの、黒谷の飼い主の寄居 日野です」
そう挨拶を返す。

「2人にさ、俺達の出会いの物語を聞かせてやってたんだ」
新郷が得意げに桜さんに告げた。
「どこまで話した」
桜さんの眼光が一段と鋭くなる。
「全部」
新郷がケロリとした声で答えると、桜さんの顔が朱に染まっていった。
「新郷…」
地の底から響くような冷たい声で名前を呼ばれても、新郷は意に介した様子を見せなかった。
「でも、桜ちゃんの内股にある2つ並んだ可愛いホクロの話はまだしてないから
 それからうなじの…」
桜さんは皆まで言わせず、新郷の口を手で塞ぐと
「お騒がせしたね、俺達はこれで失礼するよ」
そのまま新郷を引っ張って事務所を後にしようとする。

新郷は強引に桜さんの手から逃れ
「長瀞、桜ちゃんがまたデッカいボラ釣ったんだ
 俺もアジとアイナメ釣ったんだぜ
 今日持ってきたから、帰りにゲンのとこに寄らせてもらうな」
この事務所を訪れた真の目的を、今頃果たしていた。
「楽しみにしてますよ
 ゲンも桜様に会いたがってますし、魚はお刺身にしますので夕飯を召し上がっていってください」
控え室から、長瀞さんの声が答える。
「お前…まだ伝えてなかったのか?」
桜さんが呆れた声を出した。
「俺の可愛い桜ちゃん自慢が先!」
ニヒッと笑う新郷を引っ張って、台風のような2人は事務所から去っていった。

「相変わらず、新郷は幸せそうですね」
苦笑気味に言う白久に
「僕達だって幸せさ」
黒谷は俺と日野を見て笑って答える。
「うん」
俺も日野も頷いて、自分の可愛い飼い犬を愛を込めて見つめるのであった。
27/35ページ
スキ