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しっぽや(No.32~43)

ドドンッ!ゴロゴロゴロゴロ

大きな音と共に、振動が伝わってくる。
「ヒイィ」
俺の口から情けない悲鳴がもれた。
「雷…?そういえば天気予報で夜半に雷雨注意報が出ていたな
 降り始めが少し速まったのか」
桜ちゃんは初めて、雨が降っていることに気が付いたようだ。

「新郷…?お前、雷怖いのか?」
彼の問いかけに、俺は震えながら頷くことしか出来ない。
桜ちゃんの怒りの気配が薄くなっていく。
「まあ確かに、こんな雷雨の中帰らせるのも何だな…」
気配は怒りから、戸惑いに移行していった。

桜ちゃんは暫く逡巡(しゅんじゅん)していたが
「…しかたないか、泊まって良いよ
 ただし、居間で寝てもらうからな
 絶対、俺の部屋に入ってくるなよ!」
最後は少し強い口調で言う。
雷の音が響く中、俺は頷くことしか出来なかった。

桜ちゃんに引っ張られて居間に戻ると、座布団に座らされる。
「麦茶でも持ってくるから」
そう言う彼と離れたくなくて、俺は子供のように桜ちゃんの服の裾を引っ張っていた。
「雷ぐらいで泣くなよ、いい大人が」
俺が涙目になっているのを見て呆れた顔を見せるが、桜ちゃんは側に座ってくれた。
「雷様に、ヘソでも取られると思ってるのか?」
先ほどまでの怒りの気配から穏やかな気配に戻った彼が、優しく問いかけてくる。
俺は首を振ると
「お、音が…」
そう訴えた。
直後にまた

ドッドォォン!ゴロゴロゴロゴロゴロ!

近くに雷が落ちたような振動と轟音が響く。

「キャヒン!」
俺は犬の時と同じ悲鳴を上げ、桜ちゃんにすがりついてしまう。
彼は今度は俺のことを振り払おうとはしなかった。
「犬みたいな声出すなって」
桜ちゃんは苦笑して、ぎこちなく俺を胸に抱き寄せた。
「ほら、聞こえるか、俺の胸の音
 暫くこの心音にだけ意識を集中しろ、しっかり聞くんだ
 大丈夫、この家に雷なんて落ちないから」
俺の髪を撫でながら、彼はしっかりとそう言った。
その命令を聞いたとたん、俺の心が冷静さを取り戻す。

『彼の命令をやり遂げねば』

俺の心の中はそのことだけに集中し始めた。

トクン、トクン、トクン

緊張しているのだろうか、少し早めの彼の心音が聞こえてくる。

トクン、トクン、トクン

規則正しいその音を聞いていると、恐ろしい雷の音が遠ざかっていった。
彼の息遣い、優しく髪を撫でてくれる感触、温かな体温、桜ちゃんの存在にだけ意識を集中する。
彼の全てが愛おしく感じられた。

「落ち着いたか?」
桜ちゃんに聞かれた俺は、しっかりと頷いた。
「ありがとう、怖くなくなった
 ごめんね、変なとこ見せちゃって」
俺は今度は恥ずかしくなってくる。
彼を守りたいと言っておきながら、雷に怯え、すがって震えることしか出来なかった自分が情けない。
「誰にでも、苦手なことはあるさ」
桜ちゃんは穏やかにそう言ってから
「透(とおる)も…、死んだ弟も雷が苦手だったんだ
 よくこうやって、心音聞かせて誤魔化してたよ」
ポツリと呟いた。

「ほら、もう寝な、明日も仕事だろ?」
彼は気を取り直したようにそう言うと、俺から離れていく。
押入を開け布団を取り出して、居間に敷き始めた。
「これ、使っていいから
 たまに干してるし、そんなにシケってないと思う
 寝る前にシャワーも使ってくれ
 バスタオルやタオルは脱衣所の物を適当に
 着替えは…俺のだと新郷には小さいか
 悪いが、着ていた物をもう一度着てくれ」
テキパキと準備を進める桜ちゃんに
「ありがとう」
俺はもう一度、心からの礼を言っていた。
彼に飼ってもらいたいと思ったこの感覚は間違っていないと、この時、俺は強く感じていた。


翌朝、俺は桜ちゃんのために初めて朝食を作ってあげた。
冷蔵庫の中の有り合わせの食材で作ったそれを口にし
「ありがとう、美味しいよ」
彼は笑って誉めてくれる。
俺達の関係は、以前のものに戻っていた。


皮肉にも、大嫌いな雷のおかげで、俺は桜ちゃんとの危機的状況を乗り切ったのだ。
しかし今後彼の前で
『飼って欲しい』
と言えなくなってしまったのは、俺の新たな悩みの種になってしまったのであった。

桜ちゃんが言ってくれた『友達』という言葉と、俺が『飼って欲しい』と思っている感覚は、やはり違うもののように思えてならなかった。
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