しっぽや(No.1~10)
「過去に黒猫飼ってそうな『サトシ』ね~
羽生は死んですぐに化生した訳じゃないだろうから、けっこう前の話だよな
って事は、飼い主は多分、俺より年上かな?」
家に帰ってから、改めて依頼された事を考えてみた。
雲を掴むような話に途方に暮れるが、はたと思い付き、パソコンの電源を入れる。
ネットに繋ぐと、加入している黒猫コミュに行ってみた。
ここの人達は中が良く、月1でオフ会を開いているのだ。
前回はクロスケの事があったので参加しそびれたが、その前のオフ会には参加していた。
その時は俺以外に4人ほど男の参加者がいた。
その人達は、俺より年上であった。
しかし、皆ハンネで呼び合っているので、本名はわからない。
「もしかして、この中にいたんじゃないかな」
皆、筋金入りの猫バカである。
今飼っている猫以外にも、過去に黒猫を飼ってる可能性は高かった。
96(くろ)をひっくり返すと69、6月9日のオフ会はお祭り状態になり、参加者が多い。
前々回に参加したメンバーも来る可能性が高いのだ。
そこに羽生を連れて行けば、もしかして『サトシ』を見つけられるかもしれない。
俺はオフ会の参加メンバーを確認しつつ、飛び入り参加させたい友達がいる事を告げ、その了解を取り付けた。
オフ会当日、俺は事務所に羽生を迎えに行った。
「俺のクラスメートって事にしてあるから、これ着てな」
予備の制服を貸して着替えさせると、俺達は電車で移動する。
思った通り、美少年の羽生は車内で注目を集めていた。
人前であんな見事な垂直ジャンプをしたら、アクションも出来るアイドルに間違えられて騒ぎになりそうで、俺は冷や冷やする。
「外じゃ、猫みたいな動きしちゃ駄目だからな
料理は取り分け皿に食べられそうなの入れてやるから、せめて摘んで食べなね
直にかぶりついちゃ駄目だよ」
俺の注意を、まだ箸も使えない羽生は神妙な顔で頷きながら聞いていた。
学生も参加するため、オフ会はファミレスで行われる。
2次会は居酒屋に移動するので、学生は1次会のみの参加になるのだ。
俺達も含め、この日は20人の大所帯となっていた。
初参加の人もいるから、簡単な自己紹介をする。
羽生はハンネが無いので、そのまま『羽生』と名乗らせた。
ちなみに俺のハンネは『くろすけ』という、親バカ炸裂のものである…
羽生は、皆にすんなり受け入れられた。
それどころか、皆に頭を撫でられまくっていた。
最初はあまりにも可愛いからちょっと触らせて、という理由だったのだが、だんだん撫でている者のセリフが
「やーん、フワフワ!
うちのネロ君の子猫の時みたいな感触!」
「いや、うちのスミレちゃんは、今でもこれくらいフワフワよ」
「僕のリン姫の方が、もっとフワフワしてますよ」
羽生が黒猫だという事を、うっすら感じ取っているんじゃないかと疑いたくなるものに変わっていた。
「おい、『サトシ』ってのはこの中に居るか?」
俺はこっそり羽生に尋ねてみる。
「ううん、居ないよ
でも皆、良い人間
皆、優しい人間だね」
誉められまくって気分の良い羽生は満面の笑みを見せた。
『やっぱ、雲を掴むような話か…ここがダメなら、どうすんだ?』
その笑顔とは裏腹に、俺は暗たんたる気分になっていた。
帰りの電車の中でまだ上機嫌の羽生は
「荒木はいつも良い匂いがするね、『サトシ』の匂いだ
借りたこの服も、良い匂い」
袖に顔を近付けながらそう言った。
羽生のそんな言葉に、俺は度肝を抜かれる。
「え?制服から匂ってたの?」
そう言えば、初めて事務所で会った時も、俺は制服を着ていた。
「最初からそう言ってくれよ…」
ガクリと肩を落とす俺を、羽生はキョトンとした顔で見つめていた。
家に帰ってから学年名簿で確認すると『サトシ』という名前は4人いた。
どれも違う漢字だ。
『羽生には、「サトシ」がどんな字を書くか、なんてわかんないだろうな
同学年じゃなく先輩や後輩かもしれないけど…とりあえず、こっからいくか』
そう思うものの、4人の『サトシ』とは特に親しくない。
『こいつは今の同級生、こいつは1年の時の同級生、こいつは同じ中学出身、でも、残りの1人は何の接点も無い…
って、顔すら知らないよ
黒猫飼ってたことあるか、なんて、いきなり聞けないし、羽生を連れて行って、直接確認させるしかないか』
俺は心の中で溜め息をついた。
次の日の放課後、俺は3つ先のクラスに行ってみた。
『先に顔だけでも確認しとかないとな
っと、行田 聡(ぎょうだ さとし)だっけ?どいつだろ?』
知ってる顔があれば呼び出してもらいたかったが、生憎このクラスには知り合いが居なかった。
扉の所でキョロキョロしている俺の背中を
「どうした、野上?何やってんだ?」
と言いながら、軽く小突いた者がいる。
振り返るとそこには、このクラスの担任の中川先生がいた。
まだ30歳になっていない若い先生で『教師ドラマに憧れて教師になった』と言っていた熱い人である。
これで体育教師だったらウザさ倍増だけど、現国担当なので爽やかに熱血してるイメージだし、面倒見が良いので生徒の人気は高い。
「あ、中川先生、行田聡って、どの席?」
俺はさり気なく聞いてみた。
「え…行田は先月末に転校したんだけど、知らなかったのか?
親御さんの急な転勤でな、こんな中途半端な時期に可哀想に…
転勤族の子供ってのは、本当に大変だよ
サラリーマンの転勤システムって奴は、どうにかならないもんかね」
中川先生は憤慨したように声を荒げたが
「行田に用事でもあったのか?
引っ越し先の住所、調べてやろうか?」
優しく聞いてくれた。
「いや、そんな大した用事じゃないから、いいですよ」
俺は慌てて否定した。
しかしふっと思い立ち
「先生、行田って猫飼ってたことあるか知ってますか?
黒猫とか」
そう聞いてみる。
「黒猫…?…猫は嫌いだ…猫は怖い…」
中川先生はブルッと肩を震わせて呟くが、すぐにハッとした顔になり
「ああ、いや、行田とそんな話はしたことないな
本人に確認したかったら、後で住所教えてやるぞ」
慌てたように、そう言った。
「そうですか、じゃ、いいです
すいません、ありがとうございました」
俺は礼を言うと、その場を後にした。
バイトの日ではなかったが、サトシ探しの打ち合わせにしっぽやの事務所に顔を出す。
羽生は白久の膝の上でヨーグルトを食べていた。
「そうそう、きちんとスプーンを使って
顔を入れて直に舐めてはいけませんよ」
白久が優しく指導している。
そんな光景を見ても、俺は既に嫉妬は感じなくなっていた。
「凄いね、スプーン使えるようになったの」
俺が誉めると、羽生は得意気な顔で
「うん、フォークも使えるんだよ!」
と頷いた。
「まあ、ちょっとずつ成長してるんだけどね
箸は握り箸、まだまだかな」
黒谷はそう言いながらも、笑顔を見せる。
「そっか、でもまだ、前のこと思い出せないんだろ?
羽生も俺に記憶を見せてくれれば、『サトシ』探しが進展しそうなんだけどな」
以前、白久が俺に元の飼い主の顔を見せてくれたのを思い出し、そう言ってみる。
それに気が付いた白久が
「荒木に自分の記憶の転写、出来ますか?
羽生が見たもの、感じたものを、荒木にも見せてあげるのです」
そう羽生に問いかける。
羽生は不思議そうな顔で俺と白久を見比べたが
「…やってみる!」
そう言って頷いた。
羽生は死んですぐに化生した訳じゃないだろうから、けっこう前の話だよな
って事は、飼い主は多分、俺より年上かな?」
家に帰ってから、改めて依頼された事を考えてみた。
雲を掴むような話に途方に暮れるが、はたと思い付き、パソコンの電源を入れる。
ネットに繋ぐと、加入している黒猫コミュに行ってみた。
ここの人達は中が良く、月1でオフ会を開いているのだ。
前回はクロスケの事があったので参加しそびれたが、その前のオフ会には参加していた。
その時は俺以外に4人ほど男の参加者がいた。
その人達は、俺より年上であった。
しかし、皆ハンネで呼び合っているので、本名はわからない。
「もしかして、この中にいたんじゃないかな」
皆、筋金入りの猫バカである。
今飼っている猫以外にも、過去に黒猫を飼ってる可能性は高かった。
96(くろ)をひっくり返すと69、6月9日のオフ会はお祭り状態になり、参加者が多い。
前々回に参加したメンバーも来る可能性が高いのだ。
そこに羽生を連れて行けば、もしかして『サトシ』を見つけられるかもしれない。
俺はオフ会の参加メンバーを確認しつつ、飛び入り参加させたい友達がいる事を告げ、その了解を取り付けた。
オフ会当日、俺は事務所に羽生を迎えに行った。
「俺のクラスメートって事にしてあるから、これ着てな」
予備の制服を貸して着替えさせると、俺達は電車で移動する。
思った通り、美少年の羽生は車内で注目を集めていた。
人前であんな見事な垂直ジャンプをしたら、アクションも出来るアイドルに間違えられて騒ぎになりそうで、俺は冷や冷やする。
「外じゃ、猫みたいな動きしちゃ駄目だからな
料理は取り分け皿に食べられそうなの入れてやるから、せめて摘んで食べなね
直にかぶりついちゃ駄目だよ」
俺の注意を、まだ箸も使えない羽生は神妙な顔で頷きながら聞いていた。
学生も参加するため、オフ会はファミレスで行われる。
2次会は居酒屋に移動するので、学生は1次会のみの参加になるのだ。
俺達も含め、この日は20人の大所帯となっていた。
初参加の人もいるから、簡単な自己紹介をする。
羽生はハンネが無いので、そのまま『羽生』と名乗らせた。
ちなみに俺のハンネは『くろすけ』という、親バカ炸裂のものである…
羽生は、皆にすんなり受け入れられた。
それどころか、皆に頭を撫でられまくっていた。
最初はあまりにも可愛いからちょっと触らせて、という理由だったのだが、だんだん撫でている者のセリフが
「やーん、フワフワ!
うちのネロ君の子猫の時みたいな感触!」
「いや、うちのスミレちゃんは、今でもこれくらいフワフワよ」
「僕のリン姫の方が、もっとフワフワしてますよ」
羽生が黒猫だという事を、うっすら感じ取っているんじゃないかと疑いたくなるものに変わっていた。
「おい、『サトシ』ってのはこの中に居るか?」
俺はこっそり羽生に尋ねてみる。
「ううん、居ないよ
でも皆、良い人間
皆、優しい人間だね」
誉められまくって気分の良い羽生は満面の笑みを見せた。
『やっぱ、雲を掴むような話か…ここがダメなら、どうすんだ?』
その笑顔とは裏腹に、俺は暗たんたる気分になっていた。
帰りの電車の中でまだ上機嫌の羽生は
「荒木はいつも良い匂いがするね、『サトシ』の匂いだ
借りたこの服も、良い匂い」
袖に顔を近付けながらそう言った。
羽生のそんな言葉に、俺は度肝を抜かれる。
「え?制服から匂ってたの?」
そう言えば、初めて事務所で会った時も、俺は制服を着ていた。
「最初からそう言ってくれよ…」
ガクリと肩を落とす俺を、羽生はキョトンとした顔で見つめていた。
家に帰ってから学年名簿で確認すると『サトシ』という名前は4人いた。
どれも違う漢字だ。
『羽生には、「サトシ」がどんな字を書くか、なんてわかんないだろうな
同学年じゃなく先輩や後輩かもしれないけど…とりあえず、こっからいくか』
そう思うものの、4人の『サトシ』とは特に親しくない。
『こいつは今の同級生、こいつは1年の時の同級生、こいつは同じ中学出身、でも、残りの1人は何の接点も無い…
って、顔すら知らないよ
黒猫飼ってたことあるか、なんて、いきなり聞けないし、羽生を連れて行って、直接確認させるしかないか』
俺は心の中で溜め息をついた。
次の日の放課後、俺は3つ先のクラスに行ってみた。
『先に顔だけでも確認しとかないとな
っと、行田 聡(ぎょうだ さとし)だっけ?どいつだろ?』
知ってる顔があれば呼び出してもらいたかったが、生憎このクラスには知り合いが居なかった。
扉の所でキョロキョロしている俺の背中を
「どうした、野上?何やってんだ?」
と言いながら、軽く小突いた者がいる。
振り返るとそこには、このクラスの担任の中川先生がいた。
まだ30歳になっていない若い先生で『教師ドラマに憧れて教師になった』と言っていた熱い人である。
これで体育教師だったらウザさ倍増だけど、現国担当なので爽やかに熱血してるイメージだし、面倒見が良いので生徒の人気は高い。
「あ、中川先生、行田聡って、どの席?」
俺はさり気なく聞いてみた。
「え…行田は先月末に転校したんだけど、知らなかったのか?
親御さんの急な転勤でな、こんな中途半端な時期に可哀想に…
転勤族の子供ってのは、本当に大変だよ
サラリーマンの転勤システムって奴は、どうにかならないもんかね」
中川先生は憤慨したように声を荒げたが
「行田に用事でもあったのか?
引っ越し先の住所、調べてやろうか?」
優しく聞いてくれた。
「いや、そんな大した用事じゃないから、いいですよ」
俺は慌てて否定した。
しかしふっと思い立ち
「先生、行田って猫飼ってたことあるか知ってますか?
黒猫とか」
そう聞いてみる。
「黒猫…?…猫は嫌いだ…猫は怖い…」
中川先生はブルッと肩を震わせて呟くが、すぐにハッとした顔になり
「ああ、いや、行田とそんな話はしたことないな
本人に確認したかったら、後で住所教えてやるぞ」
慌てたように、そう言った。
「そうですか、じゃ、いいです
すいません、ありがとうございました」
俺は礼を言うと、その場を後にした。
バイトの日ではなかったが、サトシ探しの打ち合わせにしっぽやの事務所に顔を出す。
羽生は白久の膝の上でヨーグルトを食べていた。
「そうそう、きちんとスプーンを使って
顔を入れて直に舐めてはいけませんよ」
白久が優しく指導している。
そんな光景を見ても、俺は既に嫉妬は感じなくなっていた。
「凄いね、スプーン使えるようになったの」
俺が誉めると、羽生は得意気な顔で
「うん、フォークも使えるんだよ!」
と頷いた。
「まあ、ちょっとずつ成長してるんだけどね
箸は握り箸、まだまだかな」
黒谷はそう言いながらも、笑顔を見せる。
「そっか、でもまだ、前のこと思い出せないんだろ?
羽生も俺に記憶を見せてくれれば、『サトシ』探しが進展しそうなんだけどな」
以前、白久が俺に元の飼い主の顔を見せてくれたのを思い出し、そう言ってみる。
それに気が付いた白久が
「荒木に自分の記憶の転写、出来ますか?
羽生が見たもの、感じたものを、荒木にも見せてあげるのです」
そう羽生に問いかける。
羽生は不思議そうな顔で俺と白久を見比べたが
「…やってみる!」
そう言って頷いた。