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しっぽや(No.32~43)

桜沢 慎吾

それはゲンの同い年の幼なじみで、物心つく前から2人は一緒に遊んでいたそうだ。
親同士の仲が良く家が近所だったため、家族ぐるみの付き合いだった。
桜沢の父親は釣りが趣味で、釣果が出るとそれを持ってゲンの家を訪れ遅くまで飲み明かしていた。
両親が宴会を開く横では、ゲンと桜沢、それと桜沢の幼い弟とでボードゲームに興じていた。
それに飽きると家の中での鬼ごっこやチャンバラをし、疲れると絵本やマンガを桜沢の弟に読み聞かせてやったりと、時が経つのも忘れいつも3人で遊んでいたらしい。

そのうち、桜沢も弟も父親の影響で釣りを始めることとなる。
小さなアジを釣って、得意げにそれを持ってゲンの家を訪れるようになった。
「今度、俺にも教えてくれよ」
ゲンが頼むと
「良いよ、でも釣りは忍耐の勝負だ
 ゲンはせっかちだから、我慢できるかな~」
桜沢は得意げに笑っていたと言う。
その頃が3人にとって一番楽しかった時期だ、とゲンは懐かしそうに言っていた。

約束が果たされる前に、ゲンは病気になり入院することとなった。
桜沢も弟も何度もお見舞いに行った。
食べ物を受け付けずやせ衰え、薬の副作用で髪が抜けていくゲンを見て2人は激しくショックを受けていた。
「ゲンが食べたい魚を釣ってくるよ、何なら食べられる?」
目に涙を溜ながら聞く桜沢に
「カジキマグロって、格好いいよな
 すげー尖ってんの
 あれ、剥製にして飾りたいな」
ゲンはそう答える。
「いつか必ず釣り上げるよ
 だから、それまで待ってるんだぞ!」
桜沢は強くそう言って、ゲンの手を握りしめた。

ゲンが危篤状態となり面会謝絶になると、2人はクレヨンでカジキマグロの絵を描いてゲンの両親に手渡したそうだ。
「あの時の絵は、今も大事に飾ってあるよ」
ゲンは懐かしそうにそう言った。
ゲンの容態が回復し退院することが出来ると、また3人で遊べる日々が戻ってきた。
今度こそ、いつまでもそんな日々が続くと3人は信じていたのだ。


その日、桜沢の一家は揃って海釣りに行くことになっていた。
しかし、桜沢は熱を出して寝込んでしまう。
『どうせ魚を持ってこっちの家に来るんだから、慎吾ちゃんはうちで寝てると良いわ』
ゲンの母の提案で、桜沢はゲンの家で養生していたらしい。
しかし、いつまで待っても桜沢の家族は家に来なかった。
『釣果が上がらないから、ムキになって粘ってるんじゃないか?』
『道が込んでるのかしら』
ゲンの両親の会話を不安そうな顔をして聞いている桜沢に
『きっと、大物がかかったんだ
 地元のニュースで取材されてるのかも』
ゲンはそう、慰めの言葉をかけていた。

桜沢の家族の事は、本当にニュースで知るところとなる。

『高速道路で玉突き事故
 過去最悪の事態
 25台を巻き込み、死傷者多数
 同乗者、全員死亡』

そんなセンセーショナルな見出しの向こうに、桜沢の家族が居た。
桜沢の父も母も弟も、交通事故で帰らぬ人になってしまったのだ。
ニュースでそれを見たゲンの両親が桜沢の親戚に連絡を取り、葬儀の手はずを整えた。
桜沢が喪主となるも熱が下がらず、結局ゲンの両親が葬儀を取り仕切ることとなる。
何人かの親戚は1人になってしまった桜沢を心配し引き取ると申し出てくれたが、彼は頑なにそれを辞退したらしい。
保険金が入ったし家は持ち家だったので、当面の生活の心配はなかった。
ゲンの両親が桜沢の後見人となり、彼は1人で生きる道を選んだ。
桜沢が中学生の時の出来事だったと言う。
高校を卒業するまではゲンの家に下宿していたが、大学進学を期に実家で1人暮らしを始めたそうだ。


「高校生の時は『自由にできる一軒家がある』なんてことが知れると、溜まり場にされかねないからあいつも警戒しててさ
 あんま自分のこと話さないし、積極的に友達作らなかったんだ
 ハブられてる、って訳じゃないけど、当たらず障らずって感じ?
 当時は俺が間に入って、クラスの奴らと取り持ってやったんだ」
ゲンがエッヘンと胸を張る。
「今の大学は地方から出てきて一人暮らししてる奴も多いし、変な奴らと付き合わなければ溜まり場にされることもないから、あいつも徐々に付き合い増やしてるみたいだぜ
 俺とはゼミが違うから、最近あんまりゆっくり話して無いけどさ
 ただ、俺としては慎吾にあの家での独り暮らしは寂しすぎるから、誰かあいつを支えてくれる奴と暮らして欲しいとは思ってたんだ
 あいつの側に居てもらえるか?」
ゲンは真剣な目でそう言って、俺をジッと見つめてくる。
「俺は桜沢を守りたい」
そう答え強く頷くと、ゲンはホッとした表情になった。

「よし!なら、全面協力するぜ!
 あ、因みに、今から探しに行くタローちゃん、慎吾を噛んだジローちゃんの孫に当たるんだけど、ちゃんと探してくれるよな?」
伺うようなゲンの言葉に俺は頷き、桜沢を犬嫌いにさせた張本人(犬)の孫の楽しい独り散歩の時間を、自分史上最短捜索記録で終わらせてやったのだった。
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