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しっぽや(No.32~43)

side〈NAGATORO〉

影森マンションの自室、夜の寝室のベッドの中で
「ナガト…」
ゲンが愛おしそうに名前を呼んで、私にソッとキスをしてくれる。
ゲンの指が優しく私の長い髪を撫でるたび、体に甘いしびれが広がっていく。
「ゲン…」
私も積極的に彼の唇を求めながら、その細い体を抱きしめた。
私たちは既に衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿で抱き合っている。
キスは舌を絡める激しいものに代わり、部屋には湿った音が響きわたっていた。

「愛してるよ」
そう囁きながら、ゲンの唇が徐々に首筋から胸元に移動する。
胸の突起に優しく歯をたてられると、その刺激で私の吐息がさらに熱くなっていった。
「ああ…ゲン、私もお慕いしております」
彼の指が私の体の中心を包み刺激し始めると、熱い思いが堪えられなくなっていく。
指の動きに合わせて体が自然と誘うように動き
「射れてください、もっとゲンを感じたい」
そんな淫らな言葉が口をついてしまう。
ゲンは上気した顔で微笑み返事の代わりにキスをしてくれて、そのまま熱い自身で私を貫いた。
私達は唇を合わせながら、一つに繋がり合う。
「ん…あっ、ああっ…」
合わせた唇の間から、甘く激しい吐息がもれだした。
私は心も体もゲンと繋がっていることを強く実感し、歓喜の波に飲まれていく。
彼の動きにあわせて、私の腰も淫らに動いていた。
「ナガト…!」
彼に深く貫かれ熱い思いを解放されると
「ゲン…!」
私も自身の想いを解放した。

ベッドの中で暫くはお互いの荒い息遣いを聞いていたが、少しずつ息が穏やかになっていく。
私は行為の後ゲンに抱かれ、優しく撫でてもらうこの時間が大好きだった。
「ナガト、来週、休み取れるか?」
ゲンがそっと聞いてくる言葉の意味を、私は理解していた。
「はい、明日、黒谷に頼んでみます」
私はすぐにそう答える。
「マリちゃんが死んでから、もう3年か…
 早いもんだ」
しみじみと呟くゲンの胸に、私は顔を埋めた。
ゲンと穏やかに過ごすこの時間のため、夜間の寝室には出入り禁止をしていたので、彼女には寂しい思いをさせてしまった。
私にとってそのことは、彼女に対する負い目になっている。
「ナガト、そんな顔しないの
 この時間を邪魔されたくなかったのは、俺も一緒なんだから」
私の心を見透かすように、ゲンが優しく話しかけ、髪にキスをしてくれた。

そんな会話を交わしたせいだろうか、私はその夜夢を見た。
それは今から3年前、影森マンションに越してから数年経った日のことで、私にとって忘れられない1日の出来事であった。




「マリさん、具合はどうですか?」
私はしっぽやへの出勤前の時間に、当時の同居人であるヒマラヤンのマリさんに声をかけた。
マリさんは私とゲンが知り合うきっかけを作ってくれた猫で、影森マンションに越した時にゲンが実家から引き取って一緒に暮らしていたのであった。
『別に、いつもと一緒よ』
マリさんはツンとした態度で応じる。
飼い主であるゲンを取ってしまった私の事を、マリさんは快く思っていないのだ。
『いつもと一緒』
彼女はそう言っているが、高齢の彼女に忍び寄る黒い影に私は気が付いていた。
自分で上手くグルーミングできなくなってきたので、背中の毛が固まって筆先のようになってしまっている。
彼女をなだめすかしてその固まりをほぐすのが、最近の私の仕事のようになっていた。
このところ食欲が落ち、そのため急激に痩せていく彼女とのお別れが近いことは、私を暗鬱な気持ちにさせるのであった。

「マリちゃん、ごめんな
 今日は得意先の人との付き合いがあるから、帰りが遅いんだ
 ナガトと仲良くお留守番してて」
ゲンに話しかけられ、すっかり艶が無くなってしまった毛を撫でられると
「にゃ~ん」
彼女は甘えた声で答え、その手に頭をすり付けた。
「ナガト、マリちゃんのことよろしく頼むよ」
ゲンが心配そうな顔を私に向けてくる。
ゲンも複数の猫を看取った経験があるので、最近のマリさんの具合がすこぶる良くないことを感じているのだろう。
出勤する私たちを見送るマリさんが呟いた
『ゲンちゃん、今日は帰りが遅いのね…』
その言葉は、不吉な予言のように私の胸に響くのであった。


しっぽやから私が帰ると、マリさんは寝室のベッドの上で丸くなっていた。
体重が往年の半分近くに落ちてしまったその姿は、驚くほど小さくなっている。
「ただいま、マリさん」
私が声をかけても、彼女は耳を傾けもしなかった。
不安になって近寄ると、彼女の体が緩く上下し息をしていることが判明する。
『生きてる…』
ホッとしたのもつかの間で、彼女の目を見て私は慄然とした。
彼女の目からは、すでに光が消えていたのだ。

「マリさん!マリさん!」
その体を揺すると、彼女は弱々しく前足を動かした。
しかしそれは単なる反射のようで、意味のある動きではなかった。
「待って、待ってください!今、ゲンを呼びますから!」
携帯を取り出そうとする私に
『見られたくない…』
微かな想念が届いてくる。
『逝くとこ、ゲンちゃんに見られたくないの…』
それは、彼女の最後の切実な訴えであった。
「だから、逝く日に今日を選んだのですね」
私は涙を流しながら、彼女の前足をそっと握りしめた。

『でも、独りで逝くのは怖い…』
そんな彼女の訴えに
「私がいます、独りじゃない」
安心させるよう、私はマリさんに顔を近づけた。
「化生、なさいますか?」
私の問いかけに彼女は不愉快げに尻尾をピクリと動かし、否定の意を表した。
『ゲンちゃんにはアンタがいるもの…』
マリさんの絶望的な呟きが、私の胸に突き刺さった。
やはり彼女はこの家で孤独を感じていたのかと、切ない気持ちを覚えてしまう。
それからの数十分、私は弱くなっていくマリさんの呼吸を感じながら、小さな前足をずっと握りしめていた。

『暗い…怖い…怖いよ…』
マリさんがブルッと痙攣する。
「マリさん、私がいます、私がいますから」
必死に呼びかける私に
『アンタの事は好きじゃないけど…
 最後の時に…居てくれて良かった… 
 ゲンちゃんを…お願い…ね…』
彼女は魂の抜けかかった状態で、最後の力を振り絞るような想念を送ってきた。
『バイバイ…ながとろ…』
マリさんが私のことを名前で呼んでくれたのは、後にも先にもそれっきりだった。
すうっと、マリさんの気配が消える。
何の未練も残さずに、彼女はこの部屋から旅立ってしまったのだ。

温もりの残るその小さな亡骸を抱きしめながら、ゲンが帰ってくるまでの間、私は独り涙を流すことしかできなかった。




「ナガト、ナガト?大丈夫か?ナガト!」
焦ったようなゲンの声で、私の意識が覚醒する。
私は寝ながら涙を流していた。
寝室は薄明かりに包まれて、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
明け方のようであった。
「すみません、起こしてしまいましたか?
 昔の夢を見てしまって…私なら大丈夫ですから」
涙を拭いながら安心させるように笑顔を向けると、ゲンは私の体を強く抱きしめてくれた。
「マリちゃんの最後の時、一緒に居てやれなくてごめん」
聡いゲンには、私がどんな夢を見たのかお見通しのようであった。
私は小さく首を振り
「ゲンに見られたくないと望んだのは、マリさんです
 貴方が気に病む必要はありません」
そう言って彼の胸に頬をすり寄せた。
そんな私の髪を、ゲンは何も言わず優しく撫でてくれる。
『愛してる、俺がいるから大丈夫だよ』
そう伝えるように、優しく、優しく、何度も撫でてくれた。

私の体から、悲しみの緊張がほぐされていった。
あまりに優しく撫でられるその感触が心地よくて、体の方が勝手に反応してしまう。
「……まだ時間早いし、するか?」
私の体の変化に気が付いたゲンが、耳元で悪戯っぽく囁いた。
「…はい」
朝からゲンに無理をさせたくはなかったけれど、私はすぐにでも彼を感じたくなっていたので素直に頷いた。
「頑張らしていただきますか」
ゲンが体を入れ替え私にのしかかりながら、ヘヘヘッっと笑ってキスをしてくれる。
「今夜は、精の付くメニューにいたしますよ」
私はそう言って微笑み、ゲンのもたらす刺激に酔いしれるのであった。
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