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しっぽや(No.32~43)

診察終了時間間際の病院に駆け込んで、カシスは無事にワクチン注射を受けることが出来た。
病院から家への道すがら
「病院の匂いってのは、いま嗅いでも足がすくむな」
明戸が身震いしながらそんな事を言う。
「あの場所は、怖い思い出しかありませんからねぇ
 化生して病気の治療のための場所だと理解しても、やはり行きたくない所です」
皆野も腕を抱いて震えてみせる。
「次から、ケージに入れる前に洗濯ネットに入れるといいぜ
 あれに入れられると、走り出せないから」
「私達も生前は洗濯ネットに入れられて、そのまま注射を打たれていたのです」
2人の言葉に
「わかりました!」
俺は大きく頷いた。

「2人は優秀なんですね、1時間かからずカシスを見つけてくれて
 本当に助かりました」
俺が改めてお礼を言うと
「俺達は基本、2人で出るからな
 離れてても気配で探って伝え合えるから、2人で探せば楽なんだ
 でもうちのNo.1は、やっぱ長瀞かな」
そう言って明戸が笑った。
「長瀞は全てを1人でやりますからね
 彼の情報収集、分析能力は凄いですよ」
皆野も笑う。
「あ、俺達の料金は1人分だから安心してな
 今回のは多分、給料からの天引きになるんじゃないか?」
「後で黒谷に確認しておきますよ
 2重で払わせたら、白久に怒られてしまいますから」
皆野はそう言って肩を竦めてみせる。
「白久にはさ、化生したばかりの頃、色々面倒見てもらったんだ
 今日は役に立てて良かったぜ
 俺達白久に、よく一緒に寝てもらったの」
明戸はニヤリと笑ってみせた。

「一緒に寝る…」
俺はその言葉にひっかかりを覚え、顔が強ばってしまう。
そんな俺の顔色を読んだのか
「控え室で、一緒にうたた寝してくれてたんですよ」
皆野が悪戯っぽい笑顔で種明かしをしてくれた。
「最近は『私が働かないと、荒木にお給料を払えなくなる』なんつって小型犬の捜索にも出ちゃうから、あんまり控え室に居てくれないんだよなー」
明戸が『チェッ』と頬を膨らませたとき
「おや、噂をすれば何とやら、ですね」
皆野が俺を突っついて、指をさした。

家までもうすぐという場所で皆野に示された方を見ると、白い人影がこちらに向かってくるのが見えた。
「白久…」
俺の顔は、自然に緩んでしまう。
「王子様登場、って感じ?」
俺を見て、明戸がニヤニヤ笑った。
「しまった、病院に連れて行く事に気を取られていたので、事務所に任務完了の報告を入れてませんでしたね
 きっと心配して見に来たのでしょう」
皆野がペロリと舌を出した。

白久は俺達に向かい、小走りで近付いてくる。
「荒木、大丈夫ですか?」
俺の側まで来た白久が心配そうな顔を見せた。
「うん、2人がすぐに探してくれて、もう病院に連れて行けたんだ
 ワクチン注射済ませてきたよ」
俺はケージを掲げて
「明戸と皆野って優秀だね」
エヘヘッと笑ってみせた。
「ありがとう
 私では子猫の捜索には時間がかかってしまうので、助かりました」
白久がホッとした顔で双子に礼を言う。
「いいんだよ、俺達、化生したての頃は白久に色々面倒見てもらったし
 情けは人の為ならずってやつ?
 ああ、俺達は書類作成があるから事務所に戻るけど、白久は少し荒木についててあげたら?」
「そうですね、カシス君を無事に部屋まで送り届けてあげてください
 注射のショックでショゲているでしょうから優しくね
 それではお先に」
双子はそう言い残し、颯爽と駅に向かい去っていった。

残された白久が伺うような視線を向けてくる。
「親が帰ってくるの8時過ぎだからまだ時間あるし、少し寄ってって」
俺はケージを持っていない方の腕を白久に絡めそう言ってみる。
「かしこまりました」
白久はいつものように生真面目な顔で答え、頷いた。

そんな白久に
「双子に聞いたんだけどさ
 白久、あの2人と一緒に寝たんだって?」
俺は意地悪く問いかけてみた。
白久は慌てて
「いえあの、寝たと言っても控え室でのうたた寝程度でして
 うたた寝と言っても私達は回りを認識していますし、クロの声にはちゃんと反応出来ますから
 けっして業務をサボっていた訳では…」
シドロモドロに弁解を始めた。
それは俺が懸念していた艶めいた状況とは程遠い弁解で、大きな秋田犬に猫が2匹寄り添って寝ているホノボノとした光景を連想させた。
「でも最近は白久、頑張って捜索に出てるんだよね
 俺のために、って頑張ってくれてるんだよね」
俺は自然に顔が緩んできてしまった。

「部屋に行ったら、ご褒美のキスしてあげる」
俺が囁くと、白久はキョトンとした顔をする。
きっと、何故ご褒美をもらえるのかピンとこないのだろう。
それでもすぐに頬を染め、嬉しそうな顔になると
「はい」
明るい笑顔を見せた。
その笑顔を見て、俺も幸せな気分になる。

『猫の化生って煌びやかな美形が多いけど、白久の方がクールで格好良いのに可愛いくて、好きだな』

俺はいつものように親ばか全開の思考になり、白久に腕を絡めたまま家へと向かうのであった。
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