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しっぽや(No.32~43)

side〈ARAKI〉

今日はしっぽやのバイトの日ではないけれど、俺は授業が終わると一目散に家に帰った。
「財布の中身確認、現金良し!診察券良し!
 予約時間確認!4時半
 後30分!」
制服から着替える時間も惜しんで一通り確認すると、俺はペットケージを取り出した。
今日はカシスのワクチン接種の日なのだ。
「最大の難関は…すんなりカシスがここに入るか、だな」
俺は緊張しながら自分の部屋のドアを開けた。
「カシス、カシス~」
文字通り『猫なで声』で優しく名前を呼んで、カシスの姿を探してみる。

「ミィ!ンルルルルル!」
本棚の上に設置してある猫ベッドからカシスが顔を出し、嬉しそうな鳴き声を上げて降りてきた。
「ただいまカシス、良い子にしてたか?」
いつものように声をかけながら抱き上げて、俺はそのままカシスをケージの中に入れる。
「捕獲成功!予約時間まで後25分!
 いやークロスケの時と違って楽勝だ、子猫ってチョロイ!」
俺はケージを抱えて機嫌良く階段を下りた。
「ちょっと早いけど、もう出るか」
ケージの中ではパニクったカシスがガタガタ暴れていたが、俺はそれを無視して玄関から外に出る。
ケージを足下に置き鍵をかけている時

ガターン!!

子猫とは思えぬ力でカシスが思いっきり暴れたので、ケージが横倒しになってしまった。
クロスケの時から使っている年季の入ったケージは鍵が緩くなっていたため、弾みで扉が開いてしまう。
カシスはここが外であることにも気付かず、そのまま家の裏手に走り去って行った。

「え…ちょ…カシス…?
 カシスー!」
慌てて呼んでみても、既にカシスの姿はない。
カシスの消えた家の裏手に回ってみても、その姿はどこにも見えなかった。
今度は俺が、激しくパニクる番だった。
「カシス?どこいったんだ?カシス!カシスー!」
どれだけ呼んでも鳴き声一つ返ってこない。
『どうしよう、どうしよう!』
動揺していた俺は、自分のバイト先のことを思い出せなかった。
とにかく病院に連絡して指示を仰ぐと
『7時まで待っててあげるから、もしみつかったら連れてきてください』
と言われた。
『落ち着け俺、動物病院の先生だって、猫がどこに隠れてるかなんてわかるわけないって』
そう考えて少し冷静さを取り戻した俺は
『…プロに頼めばいいんじゃん』
やっとそのことに思い至った。

しっぽや事務所に電話をかけると
「はい、ペット探偵しっぽやです」
黒谷がすぐに電話に出てくれた。
「誰か、誰かいない?」
焦りまくっていた俺は、いきなりそんなことを聞いてしまった。
「ん?その声は荒木?今日はバイトの日じゃないよね?
 シロは今ちょっと出てるんだ、直接電話してみたら?」
黒谷がのんきな声で話しかけてくる。
「白久より、手の空いてる猫の人居ない?
 カシスが逃げちゃったんだよ」
俺が泣きつくと
「あらら、長瀞と羽生は出ちゃってるんだ
 でも双子がいるよ、彼らだって優秀で2人なら長瀞に引けをとらないからね
 会ったことあるだろ?」
黒谷が明るく答えてくれた。
「うん、見たことあるし名前は白久に教えてもらった
 すぐにこっちに来てもらって良い?
 7時までにみつかれば、ワクチン接種に間に合うんだ」
「おおっと、時間制限付きか、腕の見せどころだねぇ
 じゃ、2人を荒木の家の最寄り駅まで行かせるから迎えに行ってあげて」
黒谷の言葉をありがたく思いながら
「はい!」
そう返事をして、駅に向かった。

暫く待っていると、同じ顔、同じ服の2人組が改札から出てくるのが見えた。
黒い髪、黒いスーツに白いシャツ。
化生としては目立つ色合いではないが、全く同じ顔(しかも煌びやかな美形)が2つ並んでいるのでやはり目立っていた。
ネクタイの色だけが違う2人に
「お世話になります、えっと…」
どっちの色がどっちだっけ、と俺は悩んでしまう。
「やあ、どうも、青が明戸(あけと)で緑が皆野(みなの)
 覚えやすいだろ?
 生前、あのお方が名前にかけて、首輪の色を分けてくれたんだ」
青いネクタイの明戸が朗らかに話しかけてくる。
「その時の名前は『あーにゃん』と『みーにゃん』でしたけどね」
緑のネクタイの皆野が、おっとりと後を続けた。

「野上 荒木です、よろしくお願いします」
頭を下げる俺に
「荒木、白久の飼い主だね
 白久にはいつもお世話になってるから、頑張っちゃうぜぃ!
 俺達のことは明戸と皆野で良いから、俺達も君のこと荒木って呼ぶよ」
明戸が悪戯っぽく笑って見せた。
「黒谷が『時間制限がある』と言っていました
 ご希望に添えるよう、尽力いたします」
皆野が優しく微笑んでくれる。
俺はそんな2人を頼もしく感じながら、家までの道すがら今までの経緯をざっと説明した。
「7時まで後1時間ちょいってとこか」
明戸が腕時計を確認すると
「挟み撃ちが早いですかねぇ、子猫ならそんなに遠くにいってないでしょうし」
皆野は腕を組んで考え込んだ。
「だな」
明戸がニッコリ笑って頷いた。


「ここが俺の家です、玄関先で逃げちゃって裏手の方に回っていきました」
家に着くと、俺は逃げた経路を指さしてみる。
「ふむ、子猫の気配は無いね」
明戸が家の裏手を確認して戻ってきた。
「ケージに入れる前に、どこに連れて行くかカシス君に説明しましたか?」
皆野にそんな事を聞かれ
「あの、いきなりケージに入れちゃいました…」
俺は少しバツの悪い思いで答えた。
「せっかく愛する飼い主が帰ってきたから遊んでもらおうとしたのに、いきなりケージに閉じこめられれば、そりゃパニクるわな」
明戸がため息を付く。
「え…ちゃんと説明した方が良かったの?」
オロオロと聞く俺に
「『病院に行って注射を打たれる』なんて聞いたら、絶対ケージに入りたくないと思いますね」
皆野がクスリと笑った。

「じゃあ、どうすれば…」
俺はそうとう困った顔をしていたのだろう、明戸がカラカラ笑いながら
「悪い、悪い、どっちにしろ俺達猫は閉じこめられるの嫌いなんだよ
 でもな、訳も分からず閉じこめられるのは本当に怖いんだ
 子猫だったら何が起こるか全く予想できないし、尚更だな
 俺も初めてケージに入れられて車に乗せられたときは『このまま死ぬのか』と思ったぜ
 もっともあの時は、疲れてたからすぐ寝ちゃったけどさ」
そんな事を教えてくれた。
「せめて、危害を加えようとしてやっているのではない事を説明してもらえれば、不安も和らぎますよ」
皆野が苦笑して説明してくれる。
「そっか、カシスに悪いことしちゃったな…」
ショゲる俺に
「大丈夫、そんな遠くには行ってないハズだから、俺達がすぐに見つけてやるって」
明戸がウインクした。
「私達は2人なら、長瀞に引けをとりませんので」
皆野が少し誇らしげに告げた。

それから2人は捜索を開始した。
「カシス君、黒猫の長毛種ですね」
皆野が確認するように聞いてくる。
「はい、ミックスだからハッキリしないけど、前に飼ってたクロスケより毛が長いんです
 今は3ヶ月過ぎぐらいだと思います
 7月に波久礼が保護したとき、1ヶ月前後って感じだったから
 体重はこないだ計ったら1、5kgでした」
俺の説明に
「え?波久礼が保護した子なのか?
 そりゃ、早く探してあげないと!
 後で波久礼に報告して、誉めてもらおうっと」
明戸が明るい笑顔を見せた。
「波久礼、次はいつ顔を出してくれますかねー」
皆野も笑顔になる。
それを見て『最近の波久礼は猫の化生を侍(はべ)らせたハーレムキングだ』とゲンさんがボヤいていたのを思い出した。

「じゃ、俺が回るから皆野は起点にいて」
「はい」
2人がキビキビと作業を開始するのを、俺は所在なく見ているしかなかった。
明戸が家から出て行くと、皆野は玄関先に佇んで虚空を見ていた。
時々何かを聞いているように耳を傾げ、視線を巡らせる。
しかし俺には彼が何を聞いて、何を見ているのかわからなかった。
「あ…」
十数分は佇んでいたであろう皆野が、微かに声を上げる。
「キャッチした、多分この子がカシス君です」
皆野は囁くと、また黙り込んでしまった。
俺は邪魔をしてはいけないと思い、固唾を飲んで皆野を見つめる。
それからさらに十数分経っただろうか、皆野がフッと笑って
「任務完了、5分もすれば明戸がカシス君を連れてきますよ」
優しくそう言ってくれた。
あまりにも呆気ない捜索に
「もう見つかったの?」
俺は驚きの声を上げてしまった。
「逃げてから捜索開始までの時間が短かったのが幸いしました
 カシス君、やはり近場で固まってましたよ
 お家に帰りたがってたので、すんなり明戸に捕まってくれました」
微笑む皆野に
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。

皆野の言葉通り、5分とかからずカシスを抱いた明戸が戻ってくる。
カシスはブルブル震えていた。
「ほら、お家に着いたぞ、荒木が心配してるだろ
 もう勝手に外に出たらダメだからな」
明戸にカシスを手渡され
「ごめん、ごめんなカシス、怖かったか?」
俺はまだ小さな体を抱きしめた。
それから以前白久に言われたことを思い出し
「ごめんじゃないか、カシス、愛してる
 帰ってきてくれてありがとう
 カシス、大好き、大好き」
そう言って、カシスの頭にキスをする。
すぐにカシスの震えが治まり、俺にベッタリと身を寄せてきた。
明戸と皆野は顔を見合わせ満足そうに頷くと
「荒木って、良い奴だ」
「白久が選ぶのも頷けます」
同じ顔で華やかに笑った。

「ま、こいつにとっちゃ『帰ってこれてめでたしめでたし』って訳にはいかないけどな
 まだ病院、間に合うだろ?」
明戸の言葉に、俺はハッとする。
「今、6時半過ぎです
 病院はここから遠いのですか」
皆野が確認するように聞いてきた。
「家のすぐ近所、10分かからないとこにあるからまだ間に合うよ」
意気込む俺に
「んじゃ、せっかくだし病院までお供するか
 カシス、初注射だ、おっかないぜー」
明戸がカラカラと笑った。
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