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しっぽや(No.1~10)

side〈ARAKI〉

コンコン

学校の帰りにバイト先であるペット探偵『しっぽや』の扉をノックし、そのまま室内に入ると、所長机の椅子に腰掛けている黒谷(くろや)の姿があった。
いつもは所員控え室にいる白久(しろく)の姿もそこにある。
白久は応接セットのソファーに腰掛けているのだが、その膝の上に一人の少年の姿があった。
俺と同い年くらいであろうか。
黒いシャツに黒のスラックス、全身黒ずくめのそいつは、ほっそりとした肢体、フワフワの黒髪、潤んだ瞳、ムカつく程の美少年だった。
「荒木(あらき)、いらっしゃい」
黒谷が挨拶してくるが、俺は白久から目が離せなかった。

白久は俺の顔を見て
「荒木!!」
いつものように嬉しそうに名前を呼んでくれる。
しかし俺はそれには答えず、無言で白久と美少年を睨み付けた。
俺の不機嫌な気配を白久は敏感に察し、首を竦める。
「何、やってんの?」
怒気を含んだ声、というのはこんななのか、と納得出来る声が俺の口から出ていた。

「ひっ!!」
俺の剣幕に驚いたのか、美少年が小さく悲鳴を上げて、白久に密着する。
あろうことか、白久の脇の下に隠れようともがいていた。
「し~ろ~く~?」
俺がゆらりと体を動かし近寄ろうとすると、有り得ない事が起きた。
美少年が天井近くまで垂直にジャンプしたのだ。
そのまま華麗に着地し、素早い動作で所長机の下に潜り込んだ。

「羽生(はにゅう)、その姿でそーゆー動きしちゃ駄目だって言ったろ?」
黒谷が呆れた声を上げる。
白久は俺に近寄り
「荒木、いかがなさいましたか?
 何か、怒ってらっしゃいますか?
 私のせいでしょうか?」
オロオロとしながら、話しかけてきた。
俺は怒りも忘れポカンとし
「え?今のって…?化生…?」
そう呟いていた。

「うん、うちの新入りなんだけどね、こんなチビの化生なんて見たことも聞いたこともないから、勝手がわからなくてさ
 世話は猫共に任せたいんだけど、あいつら、僕達以上にこのチビ持て余してて
 正直、ちょっと参ってるんだ。」
黒谷が肩を竦めて困った顔を見せた。

「羽生、きちんとご挨拶なさい
 怖い人じゃないよ、私の飼い主の荒木だ」
白久が安心させるように声をかけると、机の下から美少年、羽生が少しだけ顔を覗かせる。
「猫…なのか」
俺は先程の怒りも忘れ、羽生に見入っていた。
あの動きには覚えがある。
クロスケも何かに驚くと、よく垂直にジャンプしたものだ。
羽生の艶やかな黒髪、きっと黒猫で、黒谷がチビと言っていたからまだ子猫のようである。
俺はすっかり『猫バカモード』になっていた。

「脅かしてごめんね、ビックリさせちゃったかな?
 大丈夫、何もしないから出ておいで」
俺が優しく話しかけると、羽生は机の下から出てくるものの、まだビクビクとしていた。
黒谷が羽生の襟首を掴み、引きずるように俺の方に連れてきた。
「怖くないよ、触っても良いかな?」
そっと頭を撫でると、羽生はビクリと身を竦ませる。
思った通り、それは子猫の毛のようにすべらかな触り心地がした。

優しく撫でているうちに、羽生の緊張が溶けていくのがわかる。
そのうちに、ぐいぐいと俺の手に頭を押し付け始めた。
「これやるって事は、甘えっこだな~」
『クロスケもよくこうやって、頭を押し付けてきたっけ』
と、俺は亡くした愛猫を思い出し懐かしい気持ちになる。
「荒木が何故、先程怒っていたのか、理解出来た気がします」
堅い声に我に帰ると、白久が憮然とした顔で俺と羽生を見ていた。
「ああ、ごめん、白久が一番好きだから」
俺は慌てて白久の側に行き、伸び上がってその頭を撫でてやる。
白久はすぐに嬉しそうな顔になり、俺にそっとキスをした。

「いやー、荒木が来てくれて助かった
 ちょっとこれは、こっちが依頼人になりたいケースなんだよ
 良いペットシッター居ないかな?」
黒谷は羽生を膝に乗せながら(羽生は本当は俺の膝に乗りたがったのだが、白久が止めた)困った顔を向けてきた。
「こんなに小さいのに、化生するほど人に未練を残して死ぬなんて…
 前代未聞だよ、まったく」
羽生は自分の話題であると言うのに、我関せず、とばかりに白久が入れてくれたミルクを飲んでいた。

「こちらで調査員として働くには、少々難有りでして」
白久も渋い顔になる。
俺も大きく頷いていた。
白久や黒谷のズレっぷりなど比較にならないほど、羽生は人としても獣としてもズレまくっている。
「何故、自分がこのような存在になったのか、記憶も曖昧なのです
 何を聞いても『わからない』と…」
白久がフウッと、溜め息をつくと
「それで、犬のお巡りさん達は困っちゃってるんだなー」
黒谷が童謡になぞらえて、苦笑して見せた。


「ニンゲン…ニンゲンに会いたかった…」
羽生が俺を見ながらそう呟いた。
「そうだ、俺、ニンゲンに会わなきゃ
 えっと、ニンゲンだけど怖くないの
 そう、サトシはニンゲンだけど、怖くないんだ
 俺、サトシに会いたい!」
「荒木と会った事が刺激となって、少し記憶を取り戻したようです」
白久が頷いてそう言った。
羽生は黒谷の膝から飛び降りると俺に近寄り
「アラキから良い匂いがする、優しい匂い、サトシの匂いだ」
そう言って俺の背中に顔を押し付ける。
「え?サトシって誰?」
俺は慌ててそう言った。

「荒木、こいつの言う『サトシ』って人間探すの手伝ってやってくれないか?
 多分、荒木が会ったことのある者の中にいるはずなんだ
 羽生は、その残り香に反応してる
 ちゃんと謝礼は出すから、頼むよ」
黒谷が頭を下げると
「私からもお願いします
 私に出来る事であれば、何でもお手伝いしますので」
白久も深々と頭を下げた。
「ええっ?俺そんなのしたこと無いし、わかんないよ」
俺は断ろうとするものの、縋るような目で見つめてくる羽生の視線に負け
「…見つけられなくても、勘弁な」
やんわりと肯定してしまっていた。

こうして俺はペット探偵に、人捜しを依頼されることとなったのであった。



今日は親の帰りが遅いので、昼食だけでなく夕飯も白久と一緒に食べた。
白久の部屋で、白久の手料を食べる。
俺にとってそれは、白久と過ごせる大事な時間であった。
羽生も来たがったのだが
「荒木はシロの飼い主なんだよ
 あんまり馴れ馴れしくすると、シロにのどぶえ食い千切られるぞ」
と黒谷が脅したため、怯えた羽生はすんなり引き下がった。

白久が作ってくれた夕飯(煮物、ブリ照り焼き、ヒジキサラダ等、母さんが作るよりバランスの良いメニューだ…)は、とても美味しかった。
「白久、料理上手いんだね」
俺が感心して言うと
「荒木に食べていただきたくて、料理の得意な者に教わったのです」
白久は嬉しそうに答えた。

後片付けを終え、焙じ茶を飲みながら一息付くと
「さっき、羽生に焼き餅焼いてた?」
俺は白久に聞いてみる。
「目下の者に対して、そのような気持ちは了見が狭いとは思いますが…
 荒木が羽生を撫でているのを見ると、胸の辺りに何だかモヤモヤとした気持ちが広がり『荒木はやはり猫の方が好きなのではないか』と、不安を感じてしまいます
 申し訳ありません」
白久は恥じるように、そんな言葉を口にした。
「俺も」
白久が羽生を膝に乗せているのを見た時に感じた気持ちは、嫉妬だった。

俺は白久の側に行き、そっと唇を合わせ
「ごめん、俺、今は白久が1番好きだからね」
確認するように、事務所で言った事を繰り返し伝えた。
「荒木…」
白久は俺を抱き締めて、深く唇を合わせてきた。
舌を絡め合う湿った音が部屋に響く。
ゾクゾクするような感覚に耐えきれず
「帰る前に、して…」
俺はそんな大胆な事を言ってしまう。
「はい」
白久は嬉しそうに頷くと、俺を抱き上げてベッドまで運んでくれた。

白久が顔中にキスの雨を降らせる。
『これって、犬だった時の名残なのかな』
以前見せてくれた映像を思い出し微笑ましい気分になるが、白久の手が体の中心に伸びていくと、そんな気持ちは消えて激しい欲望に襲われた。
その手は、制服の上から中心に触れ、じらすように輪郭をなぞっていく。
俺はたまらずに、白久の手に自身を押し付けるよう、腰を動かしていた。

白久が片手で器用にベルトを外し、直にそっと触れてくると
「あっ…、白久…」
自然と甘い悲鳴が口をついて出てしまう。
白久は悲鳴をふさぐように唇を合わせてくる。
それでも
「ん…はぁ…」
重ねた唇の間からは、甘い吐息が止まらなかった。

俺の制服を脱がせ、自分もスーツを脱ぐと、白久はその逞しい体を重ねてくる。
『和犬ってガッチリしてるし、白久ってけっこー着痩せするんだよな』
俺はその体に抱き締められ、更に欲望が加速していくのを自覚した。

そしてそのまま、俺達は甘い一時を過ごすのであった。
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