3・ミサイル不具合注意
逃走中のモスクビッチを追い、コプチェフとボリスを乗せたラーダカスタムはスピードを上げる。
ボリスはいつものように助手席には座っていなかった。
バズーカを担ぎ、ラーダカスタムのトランクの上に乗って前方を鋭く見据えている。
『何度も練習してんだ、タイミングはバッチリ計れる
さすがに04号囚人も、これを撃ち込まれたら終わりだな!』
ラーダカスタムから振り落とされないようしっかりと両足に力を込め、ボリスは向かい風を受けながら目標を探していた。
コプチェフはボリスを落とさないよう慎重なハンドル捌きをみせながら、モスクビッチの後を追っている。
『この技を試す日がくるなんてね
目標発見後、照準がブレるのを少しでも抑えるようにしねーと
この山道、揺らさないよう走るのは腕の見せ所ってやつだな』
高揚する心を感じ、コプチェフの顔には自然といつものニヤニヤ笑いが浮かんでいた。
「見えた!」
目標のモスクビッチに気が付いたのは、2人ほとんど同時だった。
コプチェフはサイレンのスイッチを入れる。
2人を励ますように、辺りに正義のサイレンが鳴り響いた。
ボリスはバズーカをしっかりと肩に固定させ、今まで以上に両足に力を込めて踏ん張った。
揺れる車の上から、モスクビッチの後部席に居る04号囚人に照準を合わせた。
コプチェフはバックミラーに映るボリスの体制で、状況を推し量る。
照準を合わせているボリスの意識をそがないよう、前方のモスクビッチとの車間距離を一定に保ち、車体を大きく揺らさないよう慎重にハンドルを捌いていた。
何度も練習をしていたので、声を出さなくても2人の息はピッタリだった。
「くっ…」
だんだん、担いでいるバズーカの重みが肩にのしかかるように感じられてくる。
それでもボリスは慎重に照準を合わせ
『今だ!』
最高のタイミングでバズーカを発射させた。
バシュッッッツ
思ったよりも軽い発射音を響かせ、バズーカから放たれたミサイルが前方のモスクビッチを襲う。
肩と腰に衝撃を感じたが、ボリスはラーダカスタムから振り落とされることなく踏ん張った。
ミサイルを発射した衝撃で、ラーダカスタムが軽く跳ねる。
しかし、コプチェフにとってそれは予想済みのことであり、スピードにはいっさい影響されなかった。
2人が見守る中、ミサイルはモスクビッチに迫っていく。
狙いは正確で、後部席の04号囚人に見事に命中した。
そして、そのままスニーカーを熱心に磨いている04号囚人を乗せ、ミサイルがモスクビッチから飛び出した。
「いいっ!?」
コプチェフとボリスの目が驚愕に見開かれる。
「何で爆発しないんだ?」
混乱の極みにあるボリスに
「くそっ、さすが軍の払い下げ品!
どっか、不具合起こしてんだよ!ニコライに言っとかねーと!」
コプチェフが苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「それにしたって…
何だって04号囚人は平気な顔でミサイルの上に乗って飛んでるんだよ?」
泣きそうなボリスの言葉に
「訳わかんねーよ、あいつ、人間か?」
覚めない悪夢を見ている気分で、コプチェフが呟いた。
美しい顔をスニーカーに近づけ、この上ない芸術品を見るような恍惚の表情を浮かべる04号囚人。
かすかに汚れている部位をきれいな布で磨き、汚れ落ちを確認する。
スニーカー全体を何度も布で拭い、完璧な状態に仕上げていく。
飛行するミサイルの上で繰り広げられているそれは、スニーカーのみならず04号囚人も含め完璧な芸術品のように見える光景であった。
ピンクブロンドの04号囚人の長い髪がなびき、そこに光の軌跡が見えるような神々しさすら感じられる。
そんな04号囚人を乗せたミサイルの前方に、トンネルが現れた。
「しめた、トンネルの天井に当たれば04号囚人も振り落とされるだろ!」
ホッとした顔を見せる2人の前で、さらにあり得ない光景が繰り広げられた。
トンネルの天井部分に接触した04号囚人の額が、そのまま天井の1部を削りながら進んでいくのだ。
何者をもってしても04号囚人の行く手を阻むことなど出来ない、と言わんばかりの光景であった。
04号囚人は先ほどと同じように、飛行するミサイルの上でスニーカーを磨き、額でトンネルの天井部分を砕いて進んでいく。
あまりのシュールな光景に、コプチェフとボリスは意識が遠のきかけた。
そのままトンネルを抜け飛行するミサイルに、異変が起こった。
明らかに推進速度が落ちてきているのだ。
ミサイルの上では、相変わらず04号囚人がスニーカーを磨いている。
一端布の動きを止めて、様々な角度からその出来映えを確認していた。
満足そうな表情を見せながら、その美しい顔を紅潮させる。
自分が今おかれている異常な状況など、歯牙にもかけていなかった。
更に、ミサイルの速度が落ちる。
もはや地面と平行に飛ぶことは不可能になり、ガクガクとその体を震わせ始めた。
後ろからそれを見ていたコプチェフとボリスの背中に、冷たい汗が流れる。
「おい、あのミサイル…」
あまりの嫌な予感に、ボリスは最後まで言葉を言うことが出来ない。
「さすが、軍の払い下げ…
なんつー粗悪品だ!責任者誰だよ、おい!」
コプチェフが悲鳴のような声を上げる。
程なく、2人の目の前でミサイルは完全に推進力を失った。
それでも今までの慣性で前に進んでいる。
急激にスピードを落としたミサイルは、それを追いかけていたラーダカスタムに急接近し、そのボンネットに接触した。
『そのまま弾き飛ばせないか』
そんな願いもむなしく、不具合を起こしていたはずのミサイルが景気よく爆発する。
04号囚人はその爆風にあおられ、前方を走っているモスクビッチの中に吹き飛ばされた。
しかし、そんな自分の状況など全く気にすることなく、未だスニーカーを磨き続けている。
モスクビッチの車内に吹き飛んだ04号囚人は541号囚人を乗せ、車内から飛び出してもの凄いスピードで飛んでいく。
先ほどとは比べものにならないシュールな光景を、コプチェフとボリスは見ることが出来なかった。
爆発に巻き込まれたラーダカスタムは大きくスピンし、崖に落ちる寸前で車体を止めている。
あちらこちらにかなりのダメージを負っていたが、コプチェフとボリスの心にはそれ以上のダメージがかかっていた。
「俺たち、何と戦ってるんだ…?」
震える足でトランクの上からボリスは車道に下りる。
今の爆発で振り落とされなかったのは、奇跡のようであった。
コプチェフが慌ててラーダカスタムのドアを開け、ボリスの元に駆け寄った。
「良かった!無事だったんだな!」
爆発に気を取られ思い切りハンドルを切ってしまったコプチェフが、安堵の表情を浮かべながらボリスを抱きしめた。
「もう、危なくてあのミサイルは使えない。
いったんミリツィアに戻って、体勢を立て直そう。」
優しくそう言うコプチェフの腕がかすかに震えていることにボリスは気が付いた。
『こいつも怖いんだ…』
コプチェフは大胆なようでいて繊細な面を持っているのを、ボリスもよく知っている。
「大丈夫、奴らの車体かなりガタがきてるし、途中でパンクでもするんじゃないか?
いったんミリツィアに戻ったって追いつけるさ。」
震える腕で自分を抱きしめながら、それでも前向きなことを言ってくれるコプチェフの存在は、ボリスにとってとても頼もしかった。
「だな!今度は装甲車で出よう!
やっと、あの銃器使えることが出来そうだ。」
ボリスは笑顔になって、自分からそっとコプチェフの唇に唇を重ねる。
コプチェフはボリスの髪を優しく撫でながら
「非常召集かかってるだろうし、おっちゃん達全員出勤してると思うんだ。
俺達の車はおっちゃん達に任せて、ソコシャコフで出動しよう。
そうと決まれば、ミリツィアまで飛ばすぜ!」
勇ましい言葉を口にした。
2人が乗り込んだラーダカスタムは、今までの戦闘の名残でガタガタと激しく揺れながらも、ミリツィア目指してスピードを上げるのであった。
ボリスはいつものように助手席には座っていなかった。
バズーカを担ぎ、ラーダカスタムのトランクの上に乗って前方を鋭く見据えている。
『何度も練習してんだ、タイミングはバッチリ計れる
さすがに04号囚人も、これを撃ち込まれたら終わりだな!』
ラーダカスタムから振り落とされないようしっかりと両足に力を込め、ボリスは向かい風を受けながら目標を探していた。
コプチェフはボリスを落とさないよう慎重なハンドル捌きをみせながら、モスクビッチの後を追っている。
『この技を試す日がくるなんてね
目標発見後、照準がブレるのを少しでも抑えるようにしねーと
この山道、揺らさないよう走るのは腕の見せ所ってやつだな』
高揚する心を感じ、コプチェフの顔には自然といつものニヤニヤ笑いが浮かんでいた。
「見えた!」
目標のモスクビッチに気が付いたのは、2人ほとんど同時だった。
コプチェフはサイレンのスイッチを入れる。
2人を励ますように、辺りに正義のサイレンが鳴り響いた。
ボリスはバズーカをしっかりと肩に固定させ、今まで以上に両足に力を込めて踏ん張った。
揺れる車の上から、モスクビッチの後部席に居る04号囚人に照準を合わせた。
コプチェフはバックミラーに映るボリスの体制で、状況を推し量る。
照準を合わせているボリスの意識をそがないよう、前方のモスクビッチとの車間距離を一定に保ち、車体を大きく揺らさないよう慎重にハンドルを捌いていた。
何度も練習をしていたので、声を出さなくても2人の息はピッタリだった。
「くっ…」
だんだん、担いでいるバズーカの重みが肩にのしかかるように感じられてくる。
それでもボリスは慎重に照準を合わせ
『今だ!』
最高のタイミングでバズーカを発射させた。
バシュッッッツ
思ったよりも軽い発射音を響かせ、バズーカから放たれたミサイルが前方のモスクビッチを襲う。
肩と腰に衝撃を感じたが、ボリスはラーダカスタムから振り落とされることなく踏ん張った。
ミサイルを発射した衝撃で、ラーダカスタムが軽く跳ねる。
しかし、コプチェフにとってそれは予想済みのことであり、スピードにはいっさい影響されなかった。
2人が見守る中、ミサイルはモスクビッチに迫っていく。
狙いは正確で、後部席の04号囚人に見事に命中した。
そして、そのままスニーカーを熱心に磨いている04号囚人を乗せ、ミサイルがモスクビッチから飛び出した。
「いいっ!?」
コプチェフとボリスの目が驚愕に見開かれる。
「何で爆発しないんだ?」
混乱の極みにあるボリスに
「くそっ、さすが軍の払い下げ品!
どっか、不具合起こしてんだよ!ニコライに言っとかねーと!」
コプチェフが苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「それにしたって…
何だって04号囚人は平気な顔でミサイルの上に乗って飛んでるんだよ?」
泣きそうなボリスの言葉に
「訳わかんねーよ、あいつ、人間か?」
覚めない悪夢を見ている気分で、コプチェフが呟いた。
美しい顔をスニーカーに近づけ、この上ない芸術品を見るような恍惚の表情を浮かべる04号囚人。
かすかに汚れている部位をきれいな布で磨き、汚れ落ちを確認する。
スニーカー全体を何度も布で拭い、完璧な状態に仕上げていく。
飛行するミサイルの上で繰り広げられているそれは、スニーカーのみならず04号囚人も含め完璧な芸術品のように見える光景であった。
ピンクブロンドの04号囚人の長い髪がなびき、そこに光の軌跡が見えるような神々しさすら感じられる。
そんな04号囚人を乗せたミサイルの前方に、トンネルが現れた。
「しめた、トンネルの天井に当たれば04号囚人も振り落とされるだろ!」
ホッとした顔を見せる2人の前で、さらにあり得ない光景が繰り広げられた。
トンネルの天井部分に接触した04号囚人の額が、そのまま天井の1部を削りながら進んでいくのだ。
何者をもってしても04号囚人の行く手を阻むことなど出来ない、と言わんばかりの光景であった。
04号囚人は先ほどと同じように、飛行するミサイルの上でスニーカーを磨き、額でトンネルの天井部分を砕いて進んでいく。
あまりのシュールな光景に、コプチェフとボリスは意識が遠のきかけた。
そのままトンネルを抜け飛行するミサイルに、異変が起こった。
明らかに推進速度が落ちてきているのだ。
ミサイルの上では、相変わらず04号囚人がスニーカーを磨いている。
一端布の動きを止めて、様々な角度からその出来映えを確認していた。
満足そうな表情を見せながら、その美しい顔を紅潮させる。
自分が今おかれている異常な状況など、歯牙にもかけていなかった。
更に、ミサイルの速度が落ちる。
もはや地面と平行に飛ぶことは不可能になり、ガクガクとその体を震わせ始めた。
後ろからそれを見ていたコプチェフとボリスの背中に、冷たい汗が流れる。
「おい、あのミサイル…」
あまりの嫌な予感に、ボリスは最後まで言葉を言うことが出来ない。
「さすが、軍の払い下げ…
なんつー粗悪品だ!責任者誰だよ、おい!」
コプチェフが悲鳴のような声を上げる。
程なく、2人の目の前でミサイルは完全に推進力を失った。
それでも今までの慣性で前に進んでいる。
急激にスピードを落としたミサイルは、それを追いかけていたラーダカスタムに急接近し、そのボンネットに接触した。
『そのまま弾き飛ばせないか』
そんな願いもむなしく、不具合を起こしていたはずのミサイルが景気よく爆発する。
04号囚人はその爆風にあおられ、前方を走っているモスクビッチの中に吹き飛ばされた。
しかし、そんな自分の状況など全く気にすることなく、未だスニーカーを磨き続けている。
モスクビッチの車内に吹き飛んだ04号囚人は541号囚人を乗せ、車内から飛び出してもの凄いスピードで飛んでいく。
先ほどとは比べものにならないシュールな光景を、コプチェフとボリスは見ることが出来なかった。
爆発に巻き込まれたラーダカスタムは大きくスピンし、崖に落ちる寸前で車体を止めている。
あちらこちらにかなりのダメージを負っていたが、コプチェフとボリスの心にはそれ以上のダメージがかかっていた。
「俺たち、何と戦ってるんだ…?」
震える足でトランクの上からボリスは車道に下りる。
今の爆発で振り落とされなかったのは、奇跡のようであった。
コプチェフが慌ててラーダカスタムのドアを開け、ボリスの元に駆け寄った。
「良かった!無事だったんだな!」
爆発に気を取られ思い切りハンドルを切ってしまったコプチェフが、安堵の表情を浮かべながらボリスを抱きしめた。
「もう、危なくてあのミサイルは使えない。
いったんミリツィアに戻って、体勢を立て直そう。」
優しくそう言うコプチェフの腕がかすかに震えていることにボリスは気が付いた。
『こいつも怖いんだ…』
コプチェフは大胆なようでいて繊細な面を持っているのを、ボリスもよく知っている。
「大丈夫、奴らの車体かなりガタがきてるし、途中でパンクでもするんじゃないか?
いったんミリツィアに戻ったって追いつけるさ。」
震える腕で自分を抱きしめながら、それでも前向きなことを言ってくれるコプチェフの存在は、ボリスにとってとても頼もしかった。
「だな!今度は装甲車で出よう!
やっと、あの銃器使えることが出来そうだ。」
ボリスは笑顔になって、自分からそっとコプチェフの唇に唇を重ねる。
コプチェフはボリスの髪を優しく撫でながら
「非常召集かかってるだろうし、おっちゃん達全員出勤してると思うんだ。
俺達の車はおっちゃん達に任せて、ソコシャコフで出動しよう。
そうと決まれば、ミリツィアまで飛ばすぜ!」
勇ましい言葉を口にした。
2人が乗り込んだラーダカスタムは、今までの戦闘の名残でガタガタと激しく揺れながらも、ミリツィア目指してスピードを上げるのであった。