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9・新たなる逃走

「キレネンコ…
 せっかく、俺とお前で確保したのに…」
イリヤがため息と共に悔しい思いを吐き出すと
「まあ、この傷の仇は取ってくれたんだ、あんまり皆を怒るな。」
ミハエルがイリヤの髪を優しく撫でた。
「うん…」
イリヤは服の上から、労るようにミハエルの腹の傷に口付けをする。
イリヤをなだめるミハエルに、ヤンとサーシャが感謝の眼差しを向けた。
「今日はラーダカスタムの整備が終わってる奴を、街の後片づけに向かわせよう。
 まだズルゾロフファミリーの残党もいるだろうし、街の大掃除だ。
 あいつら、出動までに少しは寝かせてやらないと事故るぞ。
 きりの良さそうなとこで寮に帰してやれ。」
ミハエルの穏やかな言葉に、イリヤは素直に頷いた。
その後、3時過ぎには全員寮に帰り仮眠を取った。



朝にはいつもと同じ時間にガレージで合同ミーティングを行い、隊員達はパトロール及びマーケット崩壊現場の整備に向かう。
崩壊現場は混乱していたものの、死者が出なかったことで街の者は皆ミリツィア隊員達の迅速な対応に感謝していた。
現場の片づけも、積極的に協力してくれる。
しかし、情報を集めようにも04号囚人の行方を知っている者はいなかった。

「明日までに手配書10000枚なんて出来るのかな?」
ボリスの呟きに
「他の仕事全部後回しにさせて、最優先で作らせるって言ってたぜ。」
コプチェフがため息と共に返事をする。
「出来上がりの時間が早ければ、明日は街中にポスター貼りだね。」
ニコライが苦笑と共に言うと
「ミハエル先輩は前に入院してた病院がある街に行くだろうから、こっちはオレ達が中心になって貼り回るんだろうな。
 今って、病院側の店で新作チョコが出る時期だからさ。
 オレも向こうに行きたいけど…お土産頼んで良しとするか。」
レオニードが二ヒヒッと笑う。
「どの辺りまで貼りに回るのかな?」
ボリスが首を傾げる。
コプチェフ、ニコライ、レオニードは不安な表情で見つめ合った。
「あんまり遠くまで行くの、格好わりー。」
肩を落とすコプチェフに
「しかたないよ、04号囚人は凶悪犯だからね。」
ニコライが思案顔で告げた。
「この辺りだけで済むよう、祈るしかないな。」
レオニードの言葉を最後に、4人はまた街の整備に戻っていった。



夜もガレージで合同ミーティングが行われる。
「さっき04号囚人の手配書が出来上がった。 
 皆、明日はこれを貼りまくれ!」
イリヤが段ボール箱の山をパシッと叩く。
『外部発注なのに、予定より早く出来上がってる…
 どんな手を使ったんだ?』
隊員達はイリヤの行動力と影響力に恐怖するしかなかった。
「あの街はあんまり良い思い出がないが…
 ミーシャの入院中、何度も通って勝手がわかるから俺達24期は山向こうの街に貼りに行く。
 先輩方はさらに向こうをお願いします。
 向こうの支部にも連絡入れてあるので、顔出してきてください。
 25期と26期は現場整備もかねていつもの街に行ってもらう。
 指揮は別働隊がとれ。」
イリヤが一同を見回しながら言うと
「了解!」
隊員達から頼もしい返事が返る。

「04号囚人に出くわしても良いよう、少し多めに銃器積んで行けよ。
 もっとも、04号囚人相手にどれほど効果を上げられるかは疑問だが…
 足止めくらいは出来るだろう。
 単独行動は避けて、何グループかまとまって行動しろ。
 皆、気をつけるんだぞ!」
ミハエルの真剣な言葉に、隊員達の顔に緊張が走った。
「手配書は今から配布しておく。
 運転組の者が取りに来てくれ。」
イリヤの言葉で、運転組の面々が動きだし列を作っていく。
手配書の束を抱えて戻ってきたコプチェフに
「明日は、これ全部貼るのか…」
ボリスがウンザリした顔を向ける。
「お前と一緒に行動できるなら、手配書貼りだって楽しいさ。
 明日も頑張ろうぜ。」
コプチェフが二ヤッと笑って言うと
「そうだな、頑張るか。」
ボリスも微笑んで答えるのであった。



翌日、快晴の山道をラーダカスタムが列をなして街に向かっていた。
「晴れてて助かったな。
 これ、雨だったらかなり悲惨だぞ。」
コプチェフが前方を気にしながら空に視線を向ける。
「そうだな、そもそも雨だと手配書貼り付かないんじゃないか?
 とにかく街に着いたら、手分けして貼りまくるしかないな。
 俺達は、崩壊後のズルゾロフマーケットの辺りを重点的に貼るか。」
ボリスは思案顔で答えた。
「ああ、後は何グループかに分かれて適当に散ってもらうとするかな。
 何かあったら無線で連絡して集まりゃ良いし。」
コプチェフは無線を手に取り、その旨を告げて回る。
「しかし、この枚数をこの人数で貼るとなると、街中の壁が手配書だらけになるぞ。」
苦笑するコプチェフに
「でも、残して帰ったら、イリヤ先輩の雷落ちそう。」
ボリスは肩をすくめて答えた。


街に着くと隊員達は手配書を貼るために散り散りになっていく。
「さて、やるか。」
コプチェフとボリスは丸めた手配書を脇に抱え、以前は13階建てだったズルゾロフマーケットに近付いて行った。
「どうやったんだかわかんねーけど、見事に1階建てになってんな。」
コプチェフが建物を見ながらしみじみと言う。
04号囚人が1階分ずつ素手でマーケットを殴り飛ばしていく様を目撃した一般人は、そのあまりの非常識な光景に『俺、飲み過ぎた?』としか思わず、警察に証言を寄せなかったのだ。
「ここは事件現場だから、多めに貼っておこうか。」
そんなボリスの提案で、2人は手配書を張り始めた。

曲がったり、しわがよらないよう気をつけながら、コプチェフが手配書を貼っていく。
「次、行くか。」
「おう。」
1枚1枚丁寧に貼り付けながらマーケットの周りを移動する2人の目に、壁から生えている美青年が飛び込んできた。
その人物は壁に開いた穴から上半身を出し、スニーカーを磨いている。
「「えっ?」」
2人の目が驚愕に見開かれた。
それは今まで貼っていた手配書でお馴染みの顔、04号囚人であったのだ。
壁から生えているように見えた04号囚人が、スポンと引っ込んだ。
2人は後に残されている穴に駆け寄ると、頬を寄せ合って中の様子を窺った。
中では541号囚人が04号囚人を抱え、逃走しようとあたふたしているところであった。

「無線で招集かけるぞ!」
コプチェフはすぐさまラーダカスタムに引き返し
「04号囚人を発見した!
 これ聞いてる奴は、ズルゾロフマーケット跡地に集合しろ!
 周りにいる連中にも声かけて、至急来てくれ!
 繰り返す!」
同じ内容の言葉を数回無線で伝え、銃の準備を始める。
ボリスは見える範囲にいた隊員に走って状況を伝えに行くと、すぐさま引き替えしコプチェフと共に銃の準備をした。
ズルゾロフマーケットの側には、かなりガタがきているものの囚人達の乗っていたモスクビッチが停車している。
逃走の足を潰そうと、集結してきたミリツィア隊員達は油断なく銃を構えモスクビッチに向けていた。
そこへ、04号囚人を抱えた541号囚人があたふたとやってきて、モスクビッチに乗り込んだ。


「ムホッ?!」
モスクビッチに乗り込んだものの、すでに警官隊に包囲されていることに気が付いた541号囚人が驚愕の悲鳴を上げる。
04号囚人は周りの状況には全く興味を示さず、相変わらず熱心にスニーカーを磨き続けていた。
「撃て!04号囚人には効かないが、足を潰すんだ!」
コプチェフの命令で、隊員達はモスクビッチに向かい一斉射撃を開始する。
銃弾の雨の中、541号囚人の頭の中はこのピンチを乗り切る自信を無くしていた。
街中で多くの警官に取り囲まれている現状を考えると、無理からぬことであった。
楽しかったキレネンコとの生活もここまでか、そんな悲しい諦めが彼の胸を支配する。

「効かないとは思うが、もっかい使ってみるか!」
コプチェフは用意しておいたバズーカを担ぎ上げ、04号囚人に慎重に狙いをつけた。
自分がバズーカで狙われていることなど意に介さず、04号囚人は美しい頬を紅潮させスニーカーを磨き続けている。


バシュッッッ!!!

コプチェフが構えたバズーカから、ランチャー弾が放たれた。
『頼む!!』
祈るような気持ちで見守るコプチェフの目に、以前と同じありえない光景が繰り広げられる。
ランチャー弾は04号囚人に直撃するものの、そのままその体を弾の上に乗せ飛び去ったのだ。
『また、不発弾かよ!?』
誰を呪えば良いのか、コプチェフの胸の内は混乱の極みにあった。
スニーカーを磨きながらピンクブロンドの美しい髪をなびかせ、04号囚人は遠ざかっていく。
『あれ?これって、逃亡幇助!?』
そう思い至ったコプチェフの目の前が暗くなる。

一方、541号囚人ことプーチンの目の前も暗くなっていた。
絶望的な現状の中の諦観(ていかん)は、キレネンコと一緒に飛び去っている。
『待って、待って、待って!!!!』
激しい焦りの中、プーチンの能力が本領発揮した。
以前、撃たれたモスクビッチが四散した際、超人的なセンスとスピードで車体を改造したテンションになっていたのだ。
銃弾の雨をものともせず、プーチンはレンチを手にモスクビッチの改造を始める。
足りないパーツは彼が作成したメカネンコで補っていく。
あっという間に、モスクビッチはメカネンコと合体したマシンとなって生まれ変わっていった。
前方で射撃を行っていた隊員達の目が、驚愕に見開かれる。
初めて541号囚人の超人的な活躍を目の当たりにし、何が起こったのかとっさに判断出来なかったのだ。


キラーン!!!

メカネンコと合体したモスクビッチの目(ヘッドライト)が光った。
その得体の知れない異形に、屈強なミリツィア隊員達の心に恐怖が生まれる。
それは、数日前に対峙した04号囚人の、怒りに満ちた眼光を思い起こさせたからであった。
メカネンコ改モスクビッチは、器用に2足歩行しながら、その長い足でラーダカスタムを踏みつけて進む。
ミリツィア隊員達は以前と同じ様、総崩れとなって逃げまどうしかなかった。

カシャン、カシャン、カシャン、カシャン

およそ、車らしからぬ規則正しい音を立てながら、メカネンコ改モスクビッチは遠ざかっていく。
コプチェフとボリスはラーダカスタムの陰から、ポカンとした顔でそれを見送るしかなかった。
メカネンコ改モスクビッチがランチャー弾と共に飛び去ったキレネンコを無事に回収し、不思議な森へ逃走するのは、また別の物語である。


毒気を抜かれたミリツィア隊員達が現状を認識し再集結する頃には、メカネンコ改モスクビッチはとっくに街を抜けていた。
「どうして、イリヤ先輩が居ない時に限って04号囚人と鉢合わせするんだよ…」
イリヤとミハエル、あの2人がいればもしかして囚人を確保できたのではないかと思うものの、それは逃走を許した言い訳にならないことを隊員達は知っている。
「俺達、明日の朝日を拝めるかな…」
この場の責任者として配置されているコプチェフとボリスは、遠い目をして呟いた。


意気消沈して帰還した隊員達にイリヤの最大級の雷が落ち、翌日、より広範囲に手配書を貼りに行かされたのは言うまでもない。
しかし、どこに向かっても囚人達の足取りは掴めなかった。

囚人達が不思議な森から出るまで、その行方は知れないままなのであった。
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