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9・新たなる逃走

ズルゾロフを確保してミリツィアに戻ったコプチェフとボリスの顔は明るかった。
脱獄した04号囚人を確保することは出来なかったものの、イリヤが潰したがっていたズルゾロフファミリーを壊滅させることが出来たからだ。
「結果的に04号囚人に手伝ってもらう形になっちまったが…
 何はともあれ、イリヤ先輩が帰ってくる前に何らかの成果をあげられたんだ!」
笑顔を見せるコプチェフに
「だな、最悪の事態は避けられるんじゃないか?」
ボリスも安堵の表情を浮かべた

「ありがとな、さすが別働隊!俺達の命も救われたよ。」
「お前等、同期の鑑だぜ!」
「逃げられないよう、ズルゾロフが入ってる仮監房はガッツリ見張ってるからな。」
「イリヤ先輩が帰ってきたら、俺達も活躍したって伝えといてくれ。」
「マジで、よろしく頼むぜ。」
一緒に帰還してきたカンシュコフ達が2人に話しかけてくる。
「ああ、見張りの方はよろしくな。
 つか、お前等内勤なのに、何でイリヤ先輩怖がってんだ?」
コプチェフの問いかけに、カンシュコフ達は顔を見合わた。
「色々、こき使われて…」
暗い顔を見せるカンシュコフ達に、これ以上言葉をかけられず
「わかった、ちゃんと伝えておくから安心してろ。」
コプチェフは話を打ち切って、ボリスとともに事務所へ向かう。

「ロウドフ先輩、ズルゾロフを確保してきました。
 書類作成するんで、出して貰えますか?
 さすがに、普通の犯罪者と同じ書類って訳にはいかないでしょう。
 マフィアのボスですからね。」
コプチェフの言葉にロウドフが頷いて、ファイルの中を探し始める。
「イリヤが帰ってくる前にズルゾロフだけでも確保できたのは僥倖(ぎょうこう)だったな。
 俺達も冷や冷やしてたんだ。」
厳つい顔に苦笑を浮かべながら書類を差し出すロウドフに
「イリヤ先輩、どれだけここの実力者なんだ…」
コプチェフとボリスは戦慄する。
「イリヤの帰還だが、道路事情が悪くてこっちに戻れるのは日付が変わる頃らしい。
 遅い時間で悪いが、帰還したら実働部隊は合同ミーティングだとさ。
 それまでつかの間、羽伸ばしといた方が良いぞ。
 明日からまた忙しくなるだろ。」
ロウドフの言葉に
「書類作成したら、メシ食いに行ってゆっくりしますよ。」
コプチェフが苦笑と共に答えた。


事務所を後にし、2人は自室に戻っていた。
「お疲れさま、って、今日は何も活躍出来なかったけどさ。」
コプチェフがボリスにソッとキスをする。
「お前は、昨日頑張ったんだから良いんだよ。」
ボリスが優しい笑みをみせた。
「俺が書類やるから、銃の整備お願いして良いか?
 今日は全然使わなかったけど、昨日使って調整や修理が必要な銃、山ほどあるもんな。」
コプチェフが山になっている銃のケースを見ながらため息をつく。
「わかった、じゃあそっちは任せた。」
ボリスは笑って頷くと、銃のケースを手に取った。

しばらくの間、銃を整備する音、ペンを走らせる音だけが部屋に響いていた。
「よし、こんなもんかな。」
書類を書き終えたコプチェフが、伸びをしながら椅子から立ち上がる。
「あ痛、まだ動かすといてーや。」
わき腹を押さえるコプチェフに
「大丈夫か?お前、本当なら1週間くらい出動出来ない体だろ?」
ボリスが心配そうな顔を向けた。
「それは、お前も同じだし、他の奴らだって一緒だ。
 それに、こんな緊急事態に俺だけ寝てるなんてごめんだよ。」
コプチェフの顔には、いつものニヤニヤ笑いが浮かんでいた。
「とりあえず、メシ食いに行かねーか?
 せっかくだから祝杯あげてーけど、イリヤ先輩帰ってきた時に酒の匂いさせてたらどんな目にあうか分からないから我慢だ。
 合同ミーティングが怖いぜ…」
顔をしかめるコプチェフに
「酒は後にして、今日のところはこれで祝杯だな。」
ボリスが冷蔵庫からジンジャーエールを取り出して、1本を手渡した。
2人は缶を軽く触れ合わせ
「ズルゾロフ確保に、乾杯!」
そう言って、笑いながら乾いたノドに液体を流し込んだ。


コプチェフとボリスが食堂に向かうと、ちょうど帰還してきたニコライとレオニードと行きあった。
「お疲れさん、お前等ズルゾロフマーケットでは活躍してたらしいな。
 俺達は出遅れちまったが、ズルゾロフを確保出来たよ。」
コプチェフが話しかけると
「助かったぜ、ズルゾロフだけでも確保できて。」
レオニードが二ヒヒッと笑う。
「イリヤ先輩に、それなりの成果をみせられるもんね。
 04号囚人に逃げられっぱなしだったら、確保するまで僕達ミリツィアに帰って来られなかったかも。」
ニコライが苦笑しながら言った。
「イリヤ先輩が帰ってくるまでゆっくりしよう。
 帰ってきたら合同ミーティングだって。
 ズルゾロフを確保したとは言え、こってり絞られそう。」
ボリスも苦笑して、そう口にする。
「そうだな、甘いもん食って今日の自分を労うか。
 ニコ、俺達もこのまま食堂行こう。」
ズルゾロフマーケットのレストランでスイーツを食べまくってきたレオニードの言葉に、ニコライは優しく頷いた。

4人が食堂に行くと、すでに帰還してきた隊員達で込み合っている状況であった。
「ズルゾロフ確保してくれたんだって?ありがとよ!」
「お前等、昨日も今日も大活躍だな。」
コプチェフとボリスに次々と声がかけられる。
「いやー、でも、これからが山場だよ。
 ミーティングまで、少しでも羽伸ばそうぜ。」
コプチェフが朗らかに答えを返す。
「ボリス先輩!お疲れさまです。」
小柄な人影が近付いてきてボリスに抱きつくと、コプチェフが慌ててそれを引き矧がした。
「ユーリ、お前最近どさくさに紛れて…イヴァンに怒られるぞ?」
コプチェフにギロリと睨まれても
「イヴァンはそんな事くらいで、俺の愛を疑うような器の小さい奴じゃありませんよ。」
ユーリは意に介した様子を見せなかった。

「検問所で、ユーリが04号囚人を車内から引きずり出したんだってね。
 26期の人たちが自慢してたよ。」
ボリスに話しかけられて、ユーリの顔が輝いた。
「はい!でも逃げられちゃって残念です。
 あいつ、何なんでしょうね。
 何発も弾が当たってるの見たのに、全くダメージ与えられなくて。」
ユーリが顔をしかめると
「マシンガンじゃ無理だよ。
 ランチャー弾でも無理だったから…」
ボリスは前日の激戦を思い出して遠い目をした。
「ユーリ、お待たせ。」
2人分の食器をのせたトレイを持って、イヴァンが一団に近付いてくる。
「イヴァン、お前が買いに行ってたのか?
 ユーリを甘やかしすぎだ。」
コプチェフに呆れた顔をされ
「いや、でも、ユーリ、液体の入った食器運ぶの苦手だから俺が運んだ方が早いんですよ。」
イヴァンはオロオロと弁解を始めた。
「あ、今日のスープそれか、俺の好きなのだ。」
ボリスがイヴァンの持っているトレイをのぞき込むと
「やったー、アプリコットタルトがある!買い占めなきゃ!
 ユーリ、俺達の分も席取っといて!」
レオニードも同じようにのぞき込み、笑顔を見せる。

その後、トレイを手にしたコプチェフ、ボリス、ニコライ、レオニードがユーリの確保したテーブルに集い、夕飯を食べ始めた。
6人は昨日の騒動が起こる前のように、笑いながら食事をする。
これから始まるであろう地獄のミーティングを前に、食堂内の隊員達は『今だけはゆっくりしよう』と明るい声で朗らかに話し合う。
それは、戦士達のつかの間の休息のようであった。

その休息時間は、すぐに終わりを告げる。



予定通り日付が変わる前にイリヤとミハエルが帰還した。
緊急合同ミーティングの為に実働部隊の面々がガレージに集合したのは、日付が変わってからの事となった。
ズルゾロフファミリーを潰せたとは言え、脱獄した04号囚人を確保出来なかった隊員達の顔には一様に焦りが浮かんでいる。
隊員達の前に立つイリヤの顔には優しい笑みが浮かんでいたが、機嫌が良い時に浮かべている笑みでは無いことに、全員が気が付いていた。
イリヤの第一声を待つガレージ内の空気は、刃物のように研ぎ澄まされた緊張感に満たされていた。


「俺達が居ない間、大変だったようだな。
 ズルゾロフを確保してファミリーを潰してくれたことは素晴らしい成果だ。
 ありがとう。
 死者を出さずにそんな大事業をやり遂げてくれて、本当に感謝してる。」
イリヤがガレージ内の隊員達を見渡しながらニッコリと笑う。
しかしその讃辞の言葉に浮かれるような隊員は皆無である。
彼らは皆、それが嵐の前の静けさであると理解しているのだ。

「あのチビ親父には個人的な恨みがあるからな。
 俺直々に尋問しようと思ってるよ。
 ミーシャの腹にはまだあの時の傷が残ってる。
 今でもそれを見るたびに、腸(はらわた)が煮えくり返りそうになるんだ。
 毎晩おがむ傷だからさ。」
半ノロケのようなセリフであったが、それをはやし立てるような命知らずの隊員はいなかった。
ズルゾロフがどんな尋問を受けるか考えると、同情さえしてしまう。

「で」
イリヤが続きの言葉を発すると、隊員達がビクリと体を震わせる。
「04号囚人はどうした?」
ニッコリと笑うイリヤのこめかみに、血管が浮くのが確認できた。
隊員達のすがるような瞳がヤンに集中する。
ヤンはゴクリと唾を飲み込むと、かすれた声で
「あ、それなんだがな…
 脱獄されてすぐに検問をしいて、かなり良いところまで追いつめたんだ…
 本当に、あと一歩と言うところで…」
何とかそんな言葉を紡ぎ出す。
「あと一歩というところで?」
イリヤが続きを促すと
「逃げられた…」
ヤンが小さく呟いた。

「その後、奴はズルゾロフマーケットに現れたんだろ?
 人員を配置していたと聞いている。」
経緯はすでに報告されているイリヤが、さらに続きを促した。
「マーケットの崩壊前に、付近住民を避難させるのに手一杯で…
 何というか…
 04号囚人は、マーケット崩壊のどさくさに紛れて行方不明状態に…」
ヤンの言葉は歯切れが悪い。

「04号囚人はな、俺とミーシャが命がけで確保した凶悪犯だ。」
イリヤが静かに語り始めると、場の空気が張りつめた。
実際には怪我で動けなくなっていた04号囚人を車に乗せ連れ帰ってきただけなのだが、そのことを知っている隊員達ですら言葉を挟めなかった。
「それが脱獄された上、追いつめておきながら確保にも失敗?
 俺とミーシャは、1日たりとてここを離れられないのか?」
徐々にイリヤの言葉に熱がこもってくる。
「お前等、何年警官やってんだ?
 逃げられたんなら、意地でも連れ戻せ!
 行方不明なら、草の根分けて探し出せ!
 街中に緊急手配しろ!
 当然、指名手配書は作成済みだろうな?!」
語気を荒げたイリヤに、ガレージ内の隊員の顔がハッとする。
それを見たイリヤが
「明日までに手配所10000枚作って近隣の街中に貼ってこい、このボンクラども!!!」
そう吠えたてた。
それは、最後に対峙した04号囚人の雄叫びに酷似していたため、コプチェフとボリスの意識は恐怖のあまり遠のきかけた。

「ぶっ壊れたラーダはすぐさま修理して整備し直せ!
 タンクコフとソコシャコフも!
 整備士だけにまかせるな、てめーらでやれ!
 銃の整備も怠るな!3割り増しでラーダカスタムに積み込んで、どこで04号囚人に出くわしても取り押さえられるようにしろ!
 04号囚人を、地獄の底まで追いかけるんだ!」 
イリヤの命令でガレージ内の隊員が蜘蛛の子を散らすように、自分のラーダカスタムの整備に向かっていった。

ヤンを庇うようにサーシャが進み出て
「イリヤ、ごめんね。
 でもあいつ、04号囚人って銃が効かないんだよ。
 どんな体の作りになってるんだか…
 別働隊が何度も追いつめたんだけど、決め手が無くて確保出来なかったんだ。
 皆、命がけで頑張ったんだよ。」
そうやんわりと報告する。
イリヤは不機嫌な顔で
「まあ、あいつが普通じゃないのはわかってるよ。
 あの顔で50代とか、不老不死を疑うぜ。」
自分のことは棚上げし、憎々しげにそんな事を呟いた。
「04号囚人を相手に、殉職者が出なかったのはありがたいことだ。
 先輩達から、ツインネンコファミリーの話は散々聞かされてたからな。」
ミハエルがそう言いながら優しくイリヤを抱き寄せると、やっとイリヤの顔に穏やかさが戻ってきた。
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