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8・Zマーケットにて

レストランフロアでレオニードがケーキの山に夢中になっていた頃、その上の階、5階ダンスフロアは緊張した空気に包まれていた。
2階の酒場から逃れてきた隊員達からの報告により、建物内に04号囚人が進入してきている事が知られていたからだ。
このフロアには年輩の隊員が多く配置されている。
実際にツインネンコファミリーとやりあったことがある者が多かったのだ。
「あの時は俺もまだ新規生だったから大した戦力にならずにやられちまったが、今はベテランだ。
 今度はあのときみたいにはいかないぜ!」
「あの抗争で同室だった奴、2人も退職を余儀なくされたんだよ。
 あいつらの分まで頑張らねーと。」
「俺のこと可愛がってくれた先輩、撃たれて殉職したんだ。
 今こそ、敵が討てるってもんよ!」
隊員達は目に強い決意をみなぎらせて、DJの奏でるリズムに合わせながら体を動かしていた。

そんな緊張感を破るようにダンスフロアの前方、DJブースの床が大音響とともに破壊される。
下の階から飛んできたテーブルが床を貫き、04号囚人の風圧で巻き込まれた物が舞い上がってきたのだ。
541号囚人も風圧に巻き込まれ、ダンスフロアに運ばれた1人であった。
緊張感を破られた隊員達の怒りが、DJブースでオロオロしている541号囚人に向く。
「んだ?店側のアトラクションか?」
「こんな時にくだらないマネしやがって!」
「邪魔だ、引っ込め!」
怒声とともに、ガラクタやナイフが541号囚人に向かい投げつけられた。
541号囚人はオロオロしながらも、DJが操作していたレコードを回し始める。
その音楽に合わせ、彼と一緒に吹き飛ばされてきたカエルがリズムよく鳴き始めた。

最初はいきり立っていた隊員達であったが、テンポのよいリズムに合わせ他の客達が踊り出すと自分たちも体を動かし始める。
そんな時、エレベーターが客を運んできてその扉を開いた。
恐ろしいほどの美貌の青年(実際には中年であるのだが)04号囚人が、ダンスフロアに到着したのであった。
541号囚人の奏でるリズムに合わせ体を動かす者達の拳が、フロアの奥に進む04号囚人に触れる。
進行を邪魔された04号囚人の顔に、不快気な表情が浮かんだ。
04号囚人が自分に触れようとする者達を、次々と投げ飛ばしていく。
その騒ぎに
「おい!04号囚人だ!」
そう気が付いた隊員達が、次々にナイフを構えた。
しかし、そのナイフを振るう時間を与えず04号囚人が辺りの者をなぎ払っていく。
541号の奏でるリズムに合わせるように、04号囚人に向かっていった者達は吹き飛ばされて壁や天井に叩きつけられた。
動く者がいなくなったダンスフロアを04号囚人が進んでいく。
このフロアには探している最新スニーカーが置かれていないことを確認すると、04号囚人はエレベーターに乗り込み次の階を目指す。
541号囚人が、慌ててそのエレベーターに駆け乗った。


着替え終わったレオニードとニコライがダンスフロアに到着すると、そこは惨憺たるありさまであった。
あちらこちらに意識を失った隊員達が倒れ伏している。
「先輩!しっかりしてください!」
レオニードに介抱され意識を取り戻した隊員が、苦痛に顔を歪める。
「くそっ!面目ねえ…04号囚人を取り押さえるどころじゃなかったよ。
 なんだありゃ、前から思ってたけど、ほんまモンの化けモンじゃねーか!」
「先輩の敵、とれなかった…」
04号囚人に指1本すら触れられなかった隊員達の顔に、怒りと嘆きの表情が浮かんだ。
そんな時、ダンスフロアにエレベーターが止まり、扉の開く音が響く。
04号囚人が戻ってきたのではないかと、隊員達の緊張した視線が集中するエレベーターの中からはゴロツキに扮した隊員達が駆け下りてきた。

「来た、04号囚人だ!怪物だぜ、あいつ!」
「この建物は、もうダメだ!」
「皆、退避!退避だ!」
「巨大化って、何なんだ?アニメかよ!」
慌てふためきながら次々にわめき立てる同僚達に、ダンスフロアに居た隊員がポカンとした視線を向ける。
「お前ら、8階のボクシング場で待機してたんだよな?
 何があった?」
この場にいる1番の年輩隊員が問いかけても、暫くは意味のある答えが返ってこなかった。


「先輩、落ち着いて!」
レオニードが差し出した水筒から水を飲み落ち着きを取り戻してきた隊員が、震える声で話し始めた。
「俺達、8階のボクシング場で待機してたんだが…
 試合にあいつが、04号囚人が乗り込んできたんだよ!
 あっという間にチャンピオンをKOしたと思ったら、ノされたはずのチャンピオンが巨大化して。
 そいつ、何か変な薬打たれたみたいなんだ。」
隊員はその情景を思い出したのか、ガタガタと身を震わせた。
「その後、04号囚人にもその薬が投与されたんだよ!
 今、ボクシング場では2匹の怪物が暴れてる!
 きっと、この建物は崩壊するよ!」
最後は絶叫に近い声で報告を締めくくる隊員の言葉に、その場にいる者が顔を見合わせる。
その顔は皆一様に青ざめていた。

試合の途中で逃げ出してきた隊員には知る由もなかったが、件の争いは短時間で決着が付いていた。
一応は04号囚人の勝利であるのだが、その04囚人は薬の副作用で召されている。
今は9階電気管理室で、541号囚人が必死に04号囚人の蘇生を試みている最中であった。


「退避しよう。」
年輩隊員の言葉にフロアにいる全員が深刻な顔で頷いた。
「一般客もこの建物から退避させるぞ!
 怪我をしている者から優先的に避難させろ!
 各自、自分と一緒に行動していた者の安否も確認しながら移動だ!」
04号囚人の驚異に総崩れ状態となっていたミリツィア隊員達であったが、次第に落ち着きを取り戻し機敏に行動し始める。
巻き込まれた一般客を避難させながら、隊員全員が避難するまで、1時間とかからなかった。


マーケットの外では、連絡を受け建物付近住民の避難誘導を終えたヤンとサーシャ、午後から出動している者達が待機していた。
「おい、大丈夫か?」
建物から出てきたレオニードとニコライに、コプチェフとボリスが駆け寄った。
「大丈夫、オレ達より先輩達の方が04号囚人と直に接触したから重傷だよ。
 って、昨日のオレ達より軽傷だけど。
 あいつ、これでも力を加減してたみたいに見えるんだ。」
レオニードは思案顔になる。
この建物内のどこかにある新型スニーカーを破壊しないよう、04号囚人が一応の気を使っていた事はこの場にいる者には想像もつかない事であった。

「この建物が崩壊すれば、ズルゾロフファミリーだけでも潰せるかもしれないよ。」
ニコライの説明を聞いて
「俺達、イリヤ先輩に殺されなくて済むかも!」
コプチェフの表情が明るいものになる。
「確保するとき部下のラバーマスク達は分かりやすいけど、ズルゾロフは時によって顔の印象がかなり違うから注意してね。
 これ、指名手配凶悪犯の資料で確認すると良いよ。」
ニコライは車から資料を取り出すと、コプチェフに手渡した。
「よし!俺達だって、最後くらいは活躍するぜ!」
コプチェフとボリスは顔を見合わせて、力強く頷いた。


マーケットから、次々とラバーマスク達が駆けだしてくる。
驚いたことに自主的に助けを求めてくる者も多かった。
「お巡りさん、助けてくれよ!知ってること全部話すから、ここから連れ出してくれ。」
「あんな化け物の相手をさせられるなんて、聞いてねーよ!」
「ここのボス、人使い荒すぎるぜ!」
彼らは電気管理室で、541号囚人が作成したメカネンコの驚異を味わった者達であった。

隊員達がラバーマスク達を護送車に乗せている時に、それは起こった。
13階建てのズルゾロフマーケットが、どんどん低くなっているのだ。
怒りに身を任せた04号囚人がバーサーカーモードになり、マーケットのフロアを1段ずつ破壊していくために起こっている現象であった。
なにが何だかわからないうちに、ズルゾロフマーケットは1階建てになっていく。

そんな中、ラバーマスク達を連行しているコプチェフとボリスの目に、1人の人物が写る。
「あれ、避難させる一般客か?」
裸で倒れ伏す小柄な人物に、コプチェフとボリスは近寄っていった。


「大丈夫ですか?」
ボリスが声をかけると、その人物はガバッと起き上がり
「お巡りさん、助けてください!
 僕は被害者なんです!急に凶暴な奴に襲われて、この通り身ぐるみ矧がされてしまいました!」
潤む瞳を向けながら、必死に訴えかけてくる。
毛先だけを茶色く染めたおかっぱ風の白髪、幼い大きな瞳、震える細い肩。
しかし、その様子は芝居掛かっていて嘘くさく見えた。
コプチェフとボリスは顔を見合わせると凶悪犯資料をめくって確認し始めた。

「この人、ズルゾロフに見える気がするんだけど…
 写真の顔とはちょっと違うかな?」
首を傾げるボリスに
「そういや、ニコライが注意しろって言ってたよな。」
気が付いたコプチェフが持っていた資料をパラリとめくる。
「あ…」
そこには、今、目の前で儚げな表情を見せる人物とうり二つの顔写真が載っていた。
犯罪者名は『ズルゾロフ』
それを目にしたコプチェフとボリスの顔に、凶悪な笑みが浮かんだ。


「ありがとう!貴方の尊い犠牲のおかげで、ミリツィアに血の雨が降る事態は避けられそうです。」
薄暗い笑みを浮かべながら自分の左右を固め護送車に連行しようとする警官2人に、ズルゾロフの顔色が変わる。
「え?あの、いや、僕は被害者でですね…
 あの建物の中に、凶悪なマフィアが!」
慌てて警官の意識をマーケット内にいる04号囚人に向けさせようとするが、コプチェフとボリスは聞く耳持たなかった。
「04号囚人確保、なんて非現実的な事よりも、ズルゾロフを確実にミリツィアに連行するぞ!」
「俺達が護送車の護衛をしよう。
 絶対に逃がさないからな!」
決意に燃えるコプチェフとボリスに引きずられるように、ズルゾロフは護送車に連れ込まれた。

「ズルゾロフを確保したぞ!
 こいつさえミリツィアに連れて行けばイリヤ先輩が帰ってきても、俺達、最悪の事態にならずにすみそうだぜ。」
コプチェフが運転席のカンシュコフに話しかけると、小窓から車内を確認したカンシュコフがニヤリと笑う。
「助かった…絶対に逃がさないよう、俺達も細心の注意を払うから大丈夫だ。」
何故、警官達が自分を見てこんなにも壮絶な顔をするのか訳が分からず、ズルゾロフは恐怖におののいた。
過去に始末したと思っていた以前のボス、キレネンコ(orキルネンコ)に襲撃されただけでも十分な痛手なのに
『今日はいったい、どんな厄日だ!?』
ズルゾロフは混乱の極みにあった。
以前、自分の部下が警官を撃った騒動など彼の頭の中にはこれっぽっちも残っていなかったのだ。


日が暮れ始めた山道を、ズルゾロフを運ぶ護送車が走っていく。
それを護衛するコプチェフとボリスを乗せたラーダカスタムも、山道を進む。
前日、壮絶な捕り物劇が繰り広げられた山道は、今は静かにその2台の車を受け入れていた。
星が瞬き始めると、遙か彼方に見慣れたミリツィアの建物が見えてくる。
護送車を運転するカンシュコフもラーダカスタムを運転するコプチェフも自分たちの帰る場所、ミリツィアに向けスピードを上げた。


イリヤが帰ってくるまでの束の間の時間を有意義に使おうと、警官達の心は早くもミリツィアに飛んでいるのであった。
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