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8・Zマーケットにて

04号囚人に脱獄された翌日の朝、ミリツィアではいつもの時間にガレージでの合同ミーティングが行われていた。

「じゃーん、どう?令嬢っぽく見える?」
勤務中には結っているハニーブロンドを背に流し、エレガントなドレスを着こなしたレオニードが隊員達の前でポーズをとっている。
メイクをしているため、一見すると親しい者でもレオニードであるとは気が付かなかった。
その隣には黒いスーツを着て表情の読めないサングラスをかけたニコライがいる。
髪をオールバックに整えているため、こちらも、いつものニコライには見えなかった。

「おお、上出来!良いとこの嬢ちゃんに見えんぜ!」
隊員達から賛辞が飛ぶ。
「先輩達も、警官に見えませんよ!
 このまま連行したいくらいのチンピラっぷり!」
レオニードが二ヒヒッと笑って見る先には、体にタトゥーシールを張り付けたり、ヨレヨレの上着を着たり、いかにもゴロツキ風の隊員達が数多く集まっていた。
「そだ、こうすると、もっとらしく見えるかも。」
レオニードは持っていたポーチからアイシャドウを取り出し、隊員達の目の下に塗り始める。
「うわ、ボリスより目つき悪!」
自分でやっておきながら驚きの声を上げるレオニードに、鏡を持っていない隊員達がお互いの顔を確認し合う。
「うわ、お前、前科5犯は堅いな!」
「そーゆーお前は、終身刑だ!」
人相の悪い男達が和やかにそんな事を言い合っている光景は、異様なものであった。

「先輩方、足りない奴はいますか?
 24期は全員出動しますよ。」
ヤンがアバウトな点呼を始める。
04号囚人確保に燃える隊員達は、前日に怪我を負った者以外、全員出動となった。
「変装してる者はラーダカスタムで移動すると目立つな。
 先輩達、今日は実習車で出てください。
 車体は少し汚した方が、らしくみえるかな?
 レオニードとニコライは、来客用の車を使え。
 こっちは汚すなよ?」
ヤンの指示に隊員達が笑って頷いた。

「では、昨日言った通り、今日はズルゾロフマーケットを重点的に見張ることとする。
 それ以外の街の各所の警護も頼んだぞ。」
ヤンの言葉に
「まかしとけ!」
隊服姿の隊員達から頼もしい返事が返ってくる。
「俺とサーシャは街に向かうが、24期は街には出ないで、いつも通り近辺の警護をしてもらう。
 今日はあまり予定通りには行動できないだろう。
 各自、ロウドフ先輩と連絡を密にとってくれ。
 事務所が今日の情報集積の場になっている。
 皆、今日も安全運転でかっ飛ばすぞ!」
隊員達を見渡しながら言うヤンに
「了解!」
全員が敬礼と共に答えた。


ガレージのシャッターが全開になり、次々とラーダカスタムが出動していくいつものミリツィアの朝が始まるが、今日はその中に薄汚れた実習車やピカピカの来客用乗用車が混じっていた。
隊員達は街を目指し、あるいは山道へと散っていく。
大捕り物が行われる緊張感に、隊員達の気持ちは高ぶっていた。

ガレージから出動していく車のエンジン音を遠くに聞きながら、コプチェフの意識が覚醒していく。
部屋の中がいつもの朝より明るいことに気が付くと
「ヤベッ!寝過ごした!」
慌てて身を起こす。
そのとたんに体中に痛みが走り、昨日のことを思い出した。
「いってー、そっか、今日は午後からの出動だったっけ。」
コプチェフが起きた気配で、ボリスの意識も覚醒する。
「おはよ、っつ、動くとまだ痛いな。」
軽く顔を歪めるボリスに、コプチェフが
「おはよ」
ソッとキスをする。
「腹減ったー、食堂ってまだやってるかな?
 今日は午後組が多いから、1日営業してくれてるといいけど。」
コプチェフがベッドから起き出して着替え始めると、ボリスも後に続いた。
「とりあえず、食堂に行ってみよう。
 それから事務所行って、連絡待ちだ。」
着替え終わった2人は部屋を後にする。
食堂で朝食をとると事務所に移動して、出動した隊員達からの情報を待つのであった。



街にあるズルゾロフマーケットの2階にある酒場では、ゴロツキに扮したミリツィア隊員達が多数たむろしていた。
集団であることを悟られないため、少人数のグループに分かれながらも油断なく辺りを警戒している。
「勤務中に飲めるなんて、ありがたいこった」
ヒヒッと笑う隊員に
「まったくだ」
他の者が相槌を打つ。
彼らはヤンより1、2期上の者が多く、ツインネンコファミリー隆盛時代の事は先輩達からの話にしか聞いたことがなかった。
「04号囚人てのは、本当に化けモンみたいだな。
 新規やら25期のやられっぷり見たか?
 あいつらだって、若いとは言え、うちの精鋭だぜ?」
そう囁く1人に
「あの別働隊、コプチェフとボリスですらかなわなかったんだ。
 先輩達からも、散々04号囚人の話は聞かされてたけど…
 上の世代、ツインネンコファミリーのせいでボロボロだったもんな。」
別の者がそう言葉を続ける。
「そうそう、ほら、今は内勤に異動した先輩とかよ。
 今でも悪夢見る、とか言ってたし。」
ヒソヒソとそんな話をしている隊員達の耳に、エレベーターの扉が開く音が聞こえた。

彼らがさりげなくエレベーターに視線を向けると、そこにはこの世の者とは思えない美貌の青年と、前髪を頭の上で結い上げたおっとりした感じの青年が立っている。
思わず息を飲む隊員達であったが
「おい、あいつらがそうじゃないか?
 やっぱり、おいでなすったか。」
一人の囁きで、フロア全体に緊張した空気が流れた。
自分に向けられる警戒の視線をものともせず、美貌の青年、04号囚人は酒場の奥に進んでいく。
小競り合いを装ってこのフロアから連れ出そうと近寄っていく隊員達は、次々と04号囚人に吹き飛ばされた。
派手なアクションを起こしているわけではない。
ハエを払うような何気ない動きであるにも関わらず、屈強な男達が投げ飛ばされているのだ。
時分の身に何が起きたかわからないまま宙を舞う同僚を見て、さすがに隊員達の心に恐怖がわき起こる。

「上の階の奴に連絡取らないと!」
「って、この格好じゃ、レストランフロアに入れないぜ。」
「ダンスフロアにいる先輩達に応援頼め!」
総崩れとなった隊員達が、逃げまどうようにエレベーターに乗り込んでいく。
04号囚人はそちらには見向きもせず、カウンター内にいるバーテンに雑誌に載っている新作スニーカーの写真を見せ、その所在を尋ねていた。
その隙に、無事だった者が投げ飛ばされた隊員を担いで避難する。
逃げ出した隊員達は1階で強引に店内の電話を借り、ミリツィアに応援要請をかけていた。


2階の騒動を知らないレオニードとニコライは、4階のレストランフロアで優雅にランチを楽しんでいる。
「04号囚人、ここに来るかな。」
緊張した声で言うニコライに
「どうかな。
 ヤン先輩は『ズルゾロフに復習を企てる』って思ってるみたいだけど、あいつズルゾロフのことなんて覚えてないぜ。
 ただ、ここの1階ってスニーカー売場だろ?
 むしろ、そこを襲撃する確率の方が高いんじゃないかと思うね、オレは。」
レオニードがそう答える。
「おっと、そう思いましてよ、わたくし。」
うっかり地声で話してしまったことに気が付いたレオニードが、慌てて裏声で言い直した。
「こちらのケーキ、とても良いお味ですこと。
 これは、全部試してみなくては。」
ホホホホホ、と上品に笑うレオニードの意図を察し、ニコライが店内を歩いているウェイターを呼びつけた。
「お嬢様にこちらをお持ちして。」
ニコライの指がデザートメニューの上から下までなぞるのを、ラバーマスクの下から困惑した表情でウェイターが見つめている。
ニッコリと美しく微笑んで、レオニードがウェイターを見つめ、注文を促した。
去っていくウェイターを見ながら
「あれだけ頼めば、暫くこのフロアでねばれるぜ。
 先輩達、あの格好じゃここに入れないからなー。」
また地声に戻ってしまったレオニードが二ヒヒッと笑って囁いた。

ケーキの山にレオニードが気を取られている頃、エレベーターの扉が開き新たな客が入ってくる。
それは上品なレストランフロアにも違和感なく溶け込む美貌の持ち主、04号囚人であった。
3階のスロットで大量の資金を手に入れ、一休みしようと訪れたようであった。


自分たちのテーブルのすぐ近くに04号囚人がいる事に気が付かず、レオニードとニコライは会話を続けている。
「とにかく、イリヤ先輩が帰ってくるまでに何かしらの成果を上げないと…」
ニコライが緊張した面持ちで話しかけた。
「そうね、今夜が恐ろしいわ。」
レオニードが裏声で答えた後ケーキを口にし
「あ、これ、美味!」
つい、地声で感嘆の声を上げる。
「レオ…っと、お嬢様。」
ニコライに言われ
「あら、わたくしとしたことが。」
レオニードはハンカチで口元を押さえながら、上品に微笑んだ。

そんな会話が繰り広げられているテーブルの側では、04号囚人とウェイターが密やかに揉めていた。
04号囚人が食べようとしているニンジンステーキの値段を、ウェイターがどんどんつりあげているのだ。
自分のペースを乱されることを好まない04号囚人の顔が、徐々に険しいものになっていく。
側のテーブルでの揉め事にレオニードとニコライが気が付いた時には、それはすでに止めようのない状態になっていた。

「おい、あいつ、04号囚人だ!」
レオニードの叫びでニコライが振り向くのと、それが起こったのはほとんど同時であった。
怒りにまかせた04号囚人の振るう拳の風圧で、自分たちのテーブルのみならず、辺りのテーブルが巻き込まれて宙を舞う。
テーブルは天井を破壊して、上のフロアに直通の穴を開けた。
04号囚人と同席していた541号囚人は、その風圧に巻き込まれて上のフロアに飛ばされる。
レオニードとニコライも風圧に巻き込まれ、壁際まで吹き飛んだ。
壁に叩きつけられた2人は、一瞬意識を失ってしまう。
2人が意識を取り戻したときには、04号囚人の姿はどこにもなかった。

レオニードは壁際に設置されていた電話を勝手に拝借し、ミリツィアに連絡を入れる。
「ロウドフ先輩、いました!04号囚人です!
 ズルゾロフマーケットに来てます!
 そっちで待機してるやつら、至急応援に寄越してください!」
そんなレオニードの言葉に
『30分前にすでに連絡は受けてる、もう待機してる者達は出動済みだ
 お前らは大丈夫なのか?
 酒場の方で、怪我した奴らも出たらしいぞ』
ロウドフがそう報告する。
「大丈夫です、皆が到着したら合流します。」
レオニードはそう答え、通話を終了した。


レオニードが滅茶苦茶になってしまったレストランフロアを見渡し
「あーあ、ケーキ半分しか食ってないのに、もったいない。
 でも、このありさまじゃ精算しなくても済みそうだから、得したのかな?
 経費で落ちるかヒヤヒヤしてたから、ラッキー!」
そう言って二ヒヒッと笑う。
「車に戻って着替えて、皆と合流だ。
 下の階の先輩達、怪我人が出たらしい。
 さすがに俺達と潜入してる先輩達だけで、04号囚人を確保するのは無理だからな。」
真剣な顔になるレオニードに
「うん、行こう!これ、もしかするとズルゾロフファミリーを潰すチャンスになるかも。
 04号囚人の目的はわからないけど、このあばれっぷり。
 ここの建物、きっと酷いことになるよ。
 そうすれば、犯罪の証拠が出てくると思う。
 ミハエル先輩がズルゾロフの部下に撃たれてから、イリヤ先輩、ズルゾロフファミリーのこと潰したがってたもんね。」
ニコライも真剣な顔で言う。
その言葉にレオニードがハッとする。
「そっか、せめてズルゾロフだけでも何とか出来れば、イリヤ先輩の怒りが薄まるかも!
 護送車も手配しよう!」
希望の光を見いだしたレオニードの顔が明るくなった。

レオニードは再び受話器を取ると、ロウドフと連絡を取り始める。
連絡を終えたレオニードがニコライを振り返り
「やつら、上のダンスフロアでも悶着起こしたらしい。
 着替えたら、先輩達の救出に行こう。
 さすがに、これじゃ動き回れ無いからさ。」
レオニードの着ていたドレスは盛大に破れ、大胆なスリットが入り足が丸見えの状態であった。
レオニードに示され初めてそれに気が付いたニコライが、慌てて自分のスーツの上着を脱いで、レオニードにかけてやる。
「ありがと。」
レオニードはいつものようにチュッと音高くニコライの頬にキスをして
「やべ、口紅つけてんの忘れてた。」
派手に付いてしまったキスマークを見て、苦笑するのであった。
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