6・総攻撃突破注意
「逃げても、許される場面ではあるな。
お前だけでも逃げてくれ。」
コプチェフが対峙する04号囚人を睨みつけながら言う。
その声は震えていた。
「お前を残して逃げられないだろ。」
ボリスも震える声でそう答える。
2人で逃げ出してしまいたい。
だが、自分達の後方を駆けていく同期や後輩の姿を確認している2人には『逃げる』という選択肢はあり得なかった。
コプチェフは少し落ち着きを取り戻すといつものように二ヤッと笑い
「別働隊、切り込み隊としての意地、見せてやる!」
そう叫んで小型ランチャーを構える。
「連続首位者、舐めるなよ!」
ボリスも鋭く相手を睨みつけ、マシンガンを構えた。
2人の銃器が火を噴くのと、04号囚人が動いたのはほとんど同時であった。
04号囚人の口から、この世のものとは思えない雄叫びが長く尾を引いた。
コプチェフとボリスは、自分達に向かい突っ込んでくる04号囚人に集中砲火を浴びせかける。
弾が直撃したカツラが吹き飛び、瞳を隠していたサングラスが弾け飛ぶ。
しかし、04号囚人には傷一つつけられなかった。
露わになった04号囚人の瞳は、雑誌を破壊された怒りの光で満ちあふれている。
タンクコフの中で04号囚人に襲われたときとは比べものにならない恐怖が、コプチェフとボリスを襲った。
迫り来る恐怖の具現化に、すでに弾を撃ち尽くしてしまった銃器を持つ2人に為す術はない。
死を覚悟したコプチェフとボリスの体は、04号囚人に弾き飛ばされる。
2人の意識も、その力の前に弾け飛んでいた。
眼前の警官2人を弾き飛ばし、更に逃げていく警官を追おうとしていた04号囚人の目に、自分達が乗ってきたモスクビッチの屋根が写る。
まだ万能アームで繋がっていた時に振り回したため、外れて吹き飛んだ物のようであった。
屋根にかろうじて付いているフロントガラスを見て、04号囚人の動きが止まる。
『あいつ、セロテープ持ってたか』
04号囚人は動きを止めると、何事もなかったかのようにモスクビッチに向かい歩き始めた。
彼の中から、警官への怒りは消えている。
と言うよりも、全く関心が無くなったと言った方が正確であった。
かすかにうめき声を上げ倒れ伏す警官達、煙を噴いて横転しているパトカーの山、04号囚人の瞳にはそれらはすでに意味ある物に写らなかった。
モスクビッチに引き返した04号囚人は、541号囚人の持ってきたトランクを開け、セロテープを取り出した。
破れてしまった雑誌をそっと広げ、残っている紙片を丁寧に補強し始める。
何とか雑誌として読める状態に修復した頃に、モスクビッチの運転席で意識を失っていた541号囚人が目を覚ました。
慌てて辺りを見回した541号囚人は、倒れ伏す警官達とスクラップ状態のパトカーの山を見て目を丸くする。
しかし、後ろから04号囚人に座席を蹴られ、その衝撃で我に返った。
軽く顎を前方に向ける04号囚人が何を言わんとしているのかを察し、541号囚人はモスクビッチを発進させる。
屋根が外れオープンカーのようになっていしまっているにもかかわらず、奇跡のようにモスクビッチは動き始めた。
「うーむ…」
修復できたと言っても、かなりボロボロになってしまった雑誌を前に、04号囚人が美しい顔をしかめ不満のうなりを上げる。
しかしページをめくり始めると、たちまちその世界にのめり込んでいった。
後部席で雑誌を読む04号囚人を乗せ、モスクビッチは夕焼けに染まり始めた山道を下る。
星が瞬き始める頃、遠くに街の明かりが見えてきた。
541号囚人はその明かりに向かいモスクビッチを走らせる。
街のマーケットで起こる騒動はまだ先の事であり、また再びキレネンコと一緒に居られる喜びを噛みしめながら、プーチンはハンドルを握るのであった。
「しまった、間に合わなかったか…」
検問所に到着したアイザックは、無人となっているその場所でしばし立ち尽くしていた。
「突破されちまったみたいだな。」
同期の者達もラーダカスタムを下りて辺りを見回している。
「イリヤ、怒るだろうな~。」
深い溜め息と共に吐き出された言葉に、イリヤと同期である者達の間に恐怖が駆け抜けた。
「さすがにミハエルも怒るだろうから、イリヤを止めてくれないだろうし。」
『イリヤを止められるのはミハエルだけ』
彼らと同期であるアイザック達には、それは嫌と言うほどわかりきっている事であった。
「取りあえず、先に進もう。
無線が通じないから状況がわからんが、負傷者がいたら救護しないと。」
アイザックの言葉に、周りにいた隊員達が頷いて自分達のラーダカスタムに戻っていく。
暫く山道を走ると横転したラーダカスタムが見えてきた。
まともに止まっているものは1台もない。
地面にめり込んでいたり、叩きつけられて薄くなったラーダカスタムがミルフィーユの様に積み上がっていたり、惨憺たる有様であった。
そんな中、何人かの無事な隊員が倒れ伏す者を介護している。
彼らはアイザック達のラーダカスタムに気が付くと、駆け寄ってきた。
「アイザック先輩!すいません、突破されました。」
『無事な』と言っても、皆一様に怪我をしている。
「ヤンとサーシャはどうした?」
アイザックの問いかけに、後輩達は顔を見合わせる。
「もっと、先にいると思いますが…
情けないけど、怖くて、確認に行けなくて…」
肩を震わせる後輩に
「わかった、俺達が皆を回収してくるから、お前達はここにいる者達の救助を続けてくれ。」
アイザックは安心させるよう言葉をかけると、そのままラーダカスタムを先に進ませる。
現場は更に酷い惨状となり倒れ伏す隊員達、地面にめり込んでいる者達の姿も増えてきた。
「ヤン!サーシャ!」
新規生時代の同室者であり、未だに親しく付き合っている者達の姿を発見し、アイザックはラーダカスタムを下りて駆けだした。
倒れ伏していたものの、揺り動かされたヤンの意識がゆっくりと覚醒する。
「っつ、何が…起こったんだ?」
全身に走る痛みに顔を歪めながら呟くヤンに
「こっちが聞きたいよ、おい、大丈夫か?」
アイザックが労りの声をかけた。
「あいつが、突っ込んできたんだ…
モスクビッチ引っ張りながら、でたらめだよ、あのパワー…」
他の者に抱え起こされたサーシャが呻く。
意識のはっきりしてきたヤンが周りを見渡し
「別働隊、コプチェフとボリスはどうした?
それに、ソコシャコフの中にはニコライとレオニードもいるはずなんだ。」
後輩の心配をし始める。
「ニコライとレオニードなら、さっき救護したよ。
別働隊はまだ見てない、きっと、最前線を守ってくれてたんだろ。」
アイザックが固い声で答えると、ヤンは飛び起きて走り出そうとするが、ガクリと膝をついてしまう。
そんなヤンを肩で支えながら、アイザックは更に先に進む。
そこには、竜巻が通り過ぎたのかと思わせるような惨状が広がっていた。
全てがなぎ払われ、車も人も地に埋もれている。
脱獄した囚人達の姿は見あたらなかった。
「コプチェフ!ボリス!」
果敢に戦ったであろうことが伺えるランチャーやマシンガンの山に埋もれるように、2人は倒れ伏していた。
「おい、しっかりしろ!」
ヤンがコプチェフの頬を軽く叩くと、薄く目を開ける。
「先…輩…、すんません…、また…逃がしちまった…
俺、イリヤ先輩に殺されるかも…
せめて…、ボリスだけでも助けてください…」
『そんな事はさせないから』
と言う言葉をかけられず、ヤンは一瞬口ごもった後
「とにかく、一端ミリツィアに帰ろう。
街を流してる先輩達に連絡とって、明日、装備を整えて再出動だ。
行けるか?」
優しくそう尋ねる。
「行きます!」
他の隊員に抱え起こされたボリスが、後ろからハッキリと叫んだ。
その声で、コプチェフの意識がしっかりと覚醒した。
「俺達は正義の警察官です!立ちショウベンでも狙い撃ちですよ!
みてろ、今度こそとっ捕まえてやる!」
痣だらけの顔を歪め、笑い顔を見せようとする後輩の姿を頼もしく感じながら
『イリヤに殺されるとしたら、責任者である俺が最初だろうな…』
ヤンは心の中で嘆息する。
しかしそれを顔には出さず
「よし、帰って準備を整えるぞ!期待してるからな、別働隊!」
いつものように朗らかな声で檄を飛ばすのであった。
お前だけでも逃げてくれ。」
コプチェフが対峙する04号囚人を睨みつけながら言う。
その声は震えていた。
「お前を残して逃げられないだろ。」
ボリスも震える声でそう答える。
2人で逃げ出してしまいたい。
だが、自分達の後方を駆けていく同期や後輩の姿を確認している2人には『逃げる』という選択肢はあり得なかった。
コプチェフは少し落ち着きを取り戻すといつものように二ヤッと笑い
「別働隊、切り込み隊としての意地、見せてやる!」
そう叫んで小型ランチャーを構える。
「連続首位者、舐めるなよ!」
ボリスも鋭く相手を睨みつけ、マシンガンを構えた。
2人の銃器が火を噴くのと、04号囚人が動いたのはほとんど同時であった。
04号囚人の口から、この世のものとは思えない雄叫びが長く尾を引いた。
コプチェフとボリスは、自分達に向かい突っ込んでくる04号囚人に集中砲火を浴びせかける。
弾が直撃したカツラが吹き飛び、瞳を隠していたサングラスが弾け飛ぶ。
しかし、04号囚人には傷一つつけられなかった。
露わになった04号囚人の瞳は、雑誌を破壊された怒りの光で満ちあふれている。
タンクコフの中で04号囚人に襲われたときとは比べものにならない恐怖が、コプチェフとボリスを襲った。
迫り来る恐怖の具現化に、すでに弾を撃ち尽くしてしまった銃器を持つ2人に為す術はない。
死を覚悟したコプチェフとボリスの体は、04号囚人に弾き飛ばされる。
2人の意識も、その力の前に弾け飛んでいた。
眼前の警官2人を弾き飛ばし、更に逃げていく警官を追おうとしていた04号囚人の目に、自分達が乗ってきたモスクビッチの屋根が写る。
まだ万能アームで繋がっていた時に振り回したため、外れて吹き飛んだ物のようであった。
屋根にかろうじて付いているフロントガラスを見て、04号囚人の動きが止まる。
『あいつ、セロテープ持ってたか』
04号囚人は動きを止めると、何事もなかったかのようにモスクビッチに向かい歩き始めた。
彼の中から、警官への怒りは消えている。
と言うよりも、全く関心が無くなったと言った方が正確であった。
かすかにうめき声を上げ倒れ伏す警官達、煙を噴いて横転しているパトカーの山、04号囚人の瞳にはそれらはすでに意味ある物に写らなかった。
モスクビッチに引き返した04号囚人は、541号囚人の持ってきたトランクを開け、セロテープを取り出した。
破れてしまった雑誌をそっと広げ、残っている紙片を丁寧に補強し始める。
何とか雑誌として読める状態に修復した頃に、モスクビッチの運転席で意識を失っていた541号囚人が目を覚ました。
慌てて辺りを見回した541号囚人は、倒れ伏す警官達とスクラップ状態のパトカーの山を見て目を丸くする。
しかし、後ろから04号囚人に座席を蹴られ、その衝撃で我に返った。
軽く顎を前方に向ける04号囚人が何を言わんとしているのかを察し、541号囚人はモスクビッチを発進させる。
屋根が外れオープンカーのようになっていしまっているにもかかわらず、奇跡のようにモスクビッチは動き始めた。
「うーむ…」
修復できたと言っても、かなりボロボロになってしまった雑誌を前に、04号囚人が美しい顔をしかめ不満のうなりを上げる。
しかしページをめくり始めると、たちまちその世界にのめり込んでいった。
後部席で雑誌を読む04号囚人を乗せ、モスクビッチは夕焼けに染まり始めた山道を下る。
星が瞬き始める頃、遠くに街の明かりが見えてきた。
541号囚人はその明かりに向かいモスクビッチを走らせる。
街のマーケットで起こる騒動はまだ先の事であり、また再びキレネンコと一緒に居られる喜びを噛みしめながら、プーチンはハンドルを握るのであった。
「しまった、間に合わなかったか…」
検問所に到着したアイザックは、無人となっているその場所でしばし立ち尽くしていた。
「突破されちまったみたいだな。」
同期の者達もラーダカスタムを下りて辺りを見回している。
「イリヤ、怒るだろうな~。」
深い溜め息と共に吐き出された言葉に、イリヤと同期である者達の間に恐怖が駆け抜けた。
「さすがにミハエルも怒るだろうから、イリヤを止めてくれないだろうし。」
『イリヤを止められるのはミハエルだけ』
彼らと同期であるアイザック達には、それは嫌と言うほどわかりきっている事であった。
「取りあえず、先に進もう。
無線が通じないから状況がわからんが、負傷者がいたら救護しないと。」
アイザックの言葉に、周りにいた隊員達が頷いて自分達のラーダカスタムに戻っていく。
暫く山道を走ると横転したラーダカスタムが見えてきた。
まともに止まっているものは1台もない。
地面にめり込んでいたり、叩きつけられて薄くなったラーダカスタムがミルフィーユの様に積み上がっていたり、惨憺たる有様であった。
そんな中、何人かの無事な隊員が倒れ伏す者を介護している。
彼らはアイザック達のラーダカスタムに気が付くと、駆け寄ってきた。
「アイザック先輩!すいません、突破されました。」
『無事な』と言っても、皆一様に怪我をしている。
「ヤンとサーシャはどうした?」
アイザックの問いかけに、後輩達は顔を見合わせる。
「もっと、先にいると思いますが…
情けないけど、怖くて、確認に行けなくて…」
肩を震わせる後輩に
「わかった、俺達が皆を回収してくるから、お前達はここにいる者達の救助を続けてくれ。」
アイザックは安心させるよう言葉をかけると、そのままラーダカスタムを先に進ませる。
現場は更に酷い惨状となり倒れ伏す隊員達、地面にめり込んでいる者達の姿も増えてきた。
「ヤン!サーシャ!」
新規生時代の同室者であり、未だに親しく付き合っている者達の姿を発見し、アイザックはラーダカスタムを下りて駆けだした。
倒れ伏していたものの、揺り動かされたヤンの意識がゆっくりと覚醒する。
「っつ、何が…起こったんだ?」
全身に走る痛みに顔を歪めながら呟くヤンに
「こっちが聞きたいよ、おい、大丈夫か?」
アイザックが労りの声をかけた。
「あいつが、突っ込んできたんだ…
モスクビッチ引っ張りながら、でたらめだよ、あのパワー…」
他の者に抱え起こされたサーシャが呻く。
意識のはっきりしてきたヤンが周りを見渡し
「別働隊、コプチェフとボリスはどうした?
それに、ソコシャコフの中にはニコライとレオニードもいるはずなんだ。」
後輩の心配をし始める。
「ニコライとレオニードなら、さっき救護したよ。
別働隊はまだ見てない、きっと、最前線を守ってくれてたんだろ。」
アイザックが固い声で答えると、ヤンは飛び起きて走り出そうとするが、ガクリと膝をついてしまう。
そんなヤンを肩で支えながら、アイザックは更に先に進む。
そこには、竜巻が通り過ぎたのかと思わせるような惨状が広がっていた。
全てがなぎ払われ、車も人も地に埋もれている。
脱獄した囚人達の姿は見あたらなかった。
「コプチェフ!ボリス!」
果敢に戦ったであろうことが伺えるランチャーやマシンガンの山に埋もれるように、2人は倒れ伏していた。
「おい、しっかりしろ!」
ヤンがコプチェフの頬を軽く叩くと、薄く目を開ける。
「先…輩…、すんません…、また…逃がしちまった…
俺、イリヤ先輩に殺されるかも…
せめて…、ボリスだけでも助けてください…」
『そんな事はさせないから』
と言う言葉をかけられず、ヤンは一瞬口ごもった後
「とにかく、一端ミリツィアに帰ろう。
街を流してる先輩達に連絡とって、明日、装備を整えて再出動だ。
行けるか?」
優しくそう尋ねる。
「行きます!」
他の隊員に抱え起こされたボリスが、後ろからハッキリと叫んだ。
その声で、コプチェフの意識がしっかりと覚醒した。
「俺達は正義の警察官です!立ちショウベンでも狙い撃ちですよ!
みてろ、今度こそとっ捕まえてやる!」
痣だらけの顔を歪め、笑い顔を見せようとする後輩の姿を頼もしく感じながら
『イリヤに殺されるとしたら、責任者である俺が最初だろうな…』
ヤンは心の中で嘆息する。
しかしそれを顔には出さず
「よし、帰って準備を整えるぞ!期待してるからな、別働隊!」
いつものように朗らかな声で檄を飛ばすのであった。