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6・総攻撃突破注意

逃走するモスクビッチの中で、541号囚人が追跡してくるあまりのパトカーの量に頭の中を真っ白にしていた頃、当のパトカーを運転している者達の頭の中も真っ白になっていた。
『ここで04号囚人を確保しないと、俺達に明日はない!』
ラーダカスタムは獲物を追いつめる猛獣のように、大きく車列を広げながらモスクビッチを取り囲み追いつめていく。
その統制のとれた動きは、1つの生き物のようにも見えた。
それは、日頃の訓練のたまものであり、何よりイリヤを恐れる隊員達の心が一つになっていたからなせる技でもあった。
逃走するモスクビッチに向け、ラーダカスタムから一斉に銃弾が放たれる。
モスクビッチはもとより、その前方、万能アームにぶら下げられた04号囚人に、激しい銃弾の雨が襲う。
この物量作戦に隊員達は己の勝利を確信した。

銃弾の雨にさらされ、541号囚人の顔に激しい焦りが浮かんだ。
まだ04号囚人を車内に回収する前だったからだ。
マシンガンの弾くらいでどうにかなるとは思わなかったが、この状況が彼の怒りに触れる危険性は十分にあった。
04号囚人を守るため、と言うより、車体を守ることを考え541号囚人は改造スイッチを押す。
すると疾走中のモスクビッチから装甲が現れた。
前面にぶら下げている04号囚人と車体を守るように、装甲が張り巡らされていく。
車体に当たる銃弾の雨が、次々と装甲に弾かれていった。


マシンガンを連射していた狙撃組隊員達の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
コプチェフとボリスは、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「くそっ、ありゃソコシャコフのパーツじゃねーか!」
コプチェフが腹立たしげにハンドルを叩く。
「まさか、あんな短時間でこんな改造を加えるなんて…
 この弾じゃ、あの装甲はやぶれないよ。」
ボリスがマシンガンを連射しながら忌々しげに呟いた。

ソコシャコフを運転しているニコライも、何が起こったか気が付いていた。
「あのソコシャコフの残骸は、このためだったのか。
 きっと、改造したのは541号囚人だろうな。
 ああ、やっぱり、ラーダの改造手伝ってもらいたかった!」
不謹慎な叫びをもらすニコライに
「どうする?こっちの砲弾で、あの装甲、いけるかな」
緊張した声のレオニードが問いかける。
我に返ったニコライが
「改造したとき、あっちの機体は装甲強度上げたから、厳しいかも。
 でも、マシンガンの弾より効くはずだよ!
 装甲に集中放火して、僕たちで突破口作ろう!」
そう言ってレオニードに逞しい笑顔を向けた。
「ニコ、格好い!今夜はうんとサービスするからな!」
レオニードは二ヒヒッと笑うと、チュッと音高くニコライの頬にキスをする。
「いくぜ!」
気合いを入れたレオニードが、モスクビッチの装甲に集中的に砲弾を撃ち始めた。


ソコシャコフが行う集中砲火の意図に気が付いたサーシャが
「マシンガン隊、スピード上げて、もっと前に出て!
 装甲はソコシャコフに任せて、前面の04号囚人を狙うんだ!」
そう、指示を出す。
今までもかなりのスピードを出していたが、04号囚人に少しでも近付くためラーダカスタムは更に速度を上げる。
装甲に邪魔されて正確な狙いはつけにくいものの、狙撃組の面々は04号囚人に向かい次々と銃弾の雨を降らせ始めた。

04号囚人は万能アームに捕まれてブラブラと揺れながらも、雑誌を読むのをやめていない。
銃弾の雨に晒されているというのに、いつものように熱心に紙面に見入っている。
頭にはアフロのカツラ、顔には目が描かれているサングラスをかけたままなので、その光景は異様なものであった。
ユーリはそんな04号囚人を忌々しげに睨んでいる。
「あいつ、バカにしやがって!」
先ほど04号囚人の足を掴んで車外に引きずり出した際、自分の存在は歯牙にもかけられていなかった。
そんな04号囚人の態度は、ユーリの警官としてのプライドをいたく傷つけていた。
「イヴァン、もうちょい前に出て!
 あんなもん、読めなくしてやるよ!」
キツい印象を与えるツリ目ぎみの瞳に闘志を燃やし、ユーリはマシンガンの引き金を絞る。
狙いは正確で、04号囚人が読んでいる雑誌に次々と穴が空いていった。


04号囚人は、自分のおかれている状況を特に意識してはいなかった。
とにかく、街に出て新モデルのスニーカーを手に入れる事だけを考えていた。
どの角度から眺めるのが良いだろうか、雑誌の写真を見ながらウットリとそんな事を考えていると、ふいに目前の写真が消え失せた。
先ほどから自分の周りをウルサく飛び交っているマシンガンの弾に撃たれて紙面が散ってしまったのだと気が付いたとき、04号囚人の体は行動を起こしていた。
両足を地に着け、万能アームで繋がっているモスクビッチに強制的にブレーキをかける。
そのまま04号囚人は走ってラーダカスタムに向かっていった。


モスクビッチの中では、何が起こっているのか判断がつかない541号囚人が慌てていた。
警官から集中砲火を受けている状況で、とにかくそれを振り切って逃げることを考えていた矢先に起こった出来事であった。
モスクビッチの前面に万能アームでぶら下げていた04号囚人が、ふいに足を地に着け車体を止めたのだ。
そのまま、もの凄いパワーで車体を引きずりながらパトカーの列に突っ込んでいく。
モスクビッチの中にいる541号囚人に、それを止める術はない。
04号囚人に引きずられて激しく揺れる車体の中で、ゴロゴロと転がっていた。
自分どころか、周りがどうなっているのかもよくわからぬまま、車内で頭を打ち付けた541号囚人の意識は遠のいていく。
最後に04号囚人の雄叫びを聞いたような気もするが、確認出来ようはずもなく、意識は闇に落ちていった。


「ざまみろ!」
自分の放った銃弾により04号囚人の読む雑誌が散っていくのを、ユーリの目は捉えていた。
その瞬間、眼前にあり得ない光景が繰り広げられる。
04号囚人が両足を地に着けモスクビッチに強制ブレーキをかけたため、万能アームで繋がっていた車体が無茶な制止により大きく跳ねた。
04号囚人はモスクビッチを引きずりながら、ラーダカスタムの群に突っ込んでいく。
その唐突で俊敏な動きに、流石のミリツィア隊員達も即座に反応出来る者は居なかった。

いきなり向きを変え自分達に突っ込んでくる04号囚人に、隊員達は軽いパニックを起こしていた。
04号囚人の体が軽く触れただけで、ラーダカスタムが横倒しになっていく。
乗っている者は為す術もなく、車体と共に揺さぶられる。
04号囚人は手近にあるラーダカスタムのボンネットを掴んでは、地に叩き伏せていった。
次々とひしゃげたラーダカスタムが山を築いていく光景は、悪夢に相違なかった。
04号囚人のふるう拳の風圧で小さな竜巻が起こり、巻き込まれたラーダカスタムが空中を飛んで墜落していく。
長身ではあるが細身の部類に入る04号囚人が見せつける圧倒的なパワーは、隊員達の脳裏にある一人の人物を連想させた。
まるで、今後の自分達の運命を先に見せつけられているような光景に、隊員達の恐怖が頂点に達してしまう。


「む、無理だ、かないっこない!」
「助けて!」
「ごめんなさい!」
ひしゃげたラーダカスタムから這いだした隊員達が、悲鳴を上げながら次々と逃げ出していく。
それを諫(いさ)めたり止めようとする者は、混乱しきっているこの場に存在していなかった。
ソコシャコフですら04号囚人の猛進を止められず、横倒しになっている。
その中ではニコライとレオニードが意識を失っていた。
これだけの猛攻をみせたにもかかわらず、04号囚人の頭には相変わらず変装用のアフロのカツラが乗っており、顔には目の模様が描かれているサングラスをかけている。
一見コミカルに見える姿であるからこそ、その姿はより大きな恐怖を呼び起こさせた。


コプチェフとボリスの乗るラーダカスタムも風圧に巻き込まれ、宙を舞った1台であった。
2人が車から這いだすと辺りは惨憺(さんたん)たるありさまで、負傷した同僚達が倒れ伏し、ひしゃげたラーダカスタムが山を築いていた。
その光景は、コプチェフにある1つの過去を思い起こさせた。
ミハエルが撃たれた際、怒りに身を任せたイリヤがズルゾロフの部下のラバーマスク達をなぎ払った現場と酷似していたのだ。
崩れそうになる心と体を叱咤し、2人は04号囚人を前に果敢に立ち上がっていた。
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