5・検問突破注意
コプチェフとボリスを乗せたラーダカスタムが検問所に近付いていく。
そこに、嫌と言うほど見覚えのあるモスクビッチが停車している事に、2人はすぐ気が付いた。
「しめた、足止めしてくれてる!今がチャンスだ!」
コプチェフが明るい顔を見せる。
「今度こそ逃がさない!」
ボリスはマシンガンを構えると、同僚には当たらないよう慎重に狙いを定めて連射し始めた。
ボリスの姿を確認した隊員達から歓声が上がる中、2人を乗せたラーダカスタムがスピードを上げる。
その時、またしても予想外の出来事が起こった。
監視の目を逃れた541号囚人がモスクビッチに乗り込むと、改造スイッチを押す。
すると、ボンネットから延びた万能アームが04号囚人をガッチリと掴み込んだ。
そのままモスクビッチはビョン!と跳ね上がり、隊員達を飛び越え着地する。
04号囚人を万能アームで前面にぶら下げたまま、モスクビッチはスピードを上げてその場を離脱した。
初めて囚人達の起こす非現実的場面に直面した隊員達には、何が起きたのかさっぱりわからなかった。
毒気を抜かれ、ポカンとする同僚達に
「何やってんだ!今のが04号囚人だぞ!
追え、とにかく追うんだ、逃がすな!!」
コプチェフの怒声が響く。
その声に皆一様に我に返り、慌てて自分達のラーダカスタムに駆け寄っていく。
ヤンもラーダカスタムへと駆け寄りながら
「対凶悪犯追跡フォーメーションをとれ!
イリヤと連絡がついた、かなりオカンムリだぞ!
ここであいつら止めないと、俺達に明日はないものと思え!」
そう叫んだ。
それを聞いたコプチェフ、ボリスはもとより、隊員達全員の顔が青ざめる。
検問所にいる隊員達は皆、訓練期間中に教官であるイリヤにシゴかれてきたのだ。
イリヤの恐ろしさは、骨身に沁みていた。
04号囚人を確保したのがイリヤだということも知っているし、事あるごとにイリヤがそれを自慢している事も知っている。
イリヤの留守中に起こったこの不祥事の収集をつけなければ、どんな目に合うかわからない。
医務室送り、などという生ぬるい処置ではあり得ないことを、この場にいる全員が理解している。
イリヤと同期であるヤンとサーシャですら、それを『恐怖』と捉えていた。
「逃がすな!」
ここに、ミリツィア隊員達の心は一つになるのであった。
訓練の時とは比較にならないスピードと正確さで、ラーダカスタムとソコシャコフが山道を走り抜ける。
山道のみならず山の傾斜を利用して、前方を逃走するモスクビッチを取り囲むように隊列を広げて迫っていく。
それはまるで、1つの生き物のように統率のとれた動きであった。
ソコシャコフを運転するニコライはその才能を完全に開花させ、ラーダカスタムと変わらぬスピードで山の傾斜を走っている。
しかし、それに賛辞を送る者は誰もいない。
当のニコライですら、自分のやっていることを意識していなかった。
皆、前方のモスクビッチを確保する事のみに注意を向けている。
切り込み隊であるコプチェフとボリスのラーダカスタムを先頭に、運転組の者達が鬼気迫った顔でアクセルを踏みハンドルを操作する。
山道を密集しながらもの凄い速度で走っているにもかかわらず、自分の隣を走っている車に接触するような者は誰一人として存在しなかった。
狙撃組の者達も前方のモスクビッチをスコープ越しに睨みつけ、皆、一様に切迫した顔をしていた。
相方の運転の癖も、自分達のフォーメーションの位置も頭と体にたたき込んである。
同僚を撃つような愚か者は、ミリツィア隊員狙撃組の中には存在しない。
無線機から狙撃組隊長代理であるサーシャの声が響いてきた。
『別働隊から報告は受けてある、04号囚人はマシンガンの弾くらいで死ぬような奴じゃないよ
皆、思いっきり撃ってね
前方は04号囚人、後方はモスクビッチを集中的に
ソコシャコフは04号囚人、車体、ともに狙ってみるんだ』
その言葉の後に運転組隊長代理であるヤンの声が響く。
『集中砲火させやすいよう、取り囲め!
いつもの訓練思い出せ、根性入れて安全運転でかっ飛ばせよ!』
力強い2人の言葉で隊員達の士気が高まっていった。
「了解!」
隊員達の返事と共に、この逃走劇、最後の戦いが始まったのであった。
自分は、物事を深く考えない性格だと541号囚人は思っていた。
何度失敗しても飲酒を止められず、二日酔いで寝坊し、仕事に遅刻したため刑務所暮らしになった状況も、特に悲壮的にならず受け入れた。
それどころか、あまり働かなくてすむ刑務所暮らしが『気楽』だとさえ考えるようになっていった。
それには同房の『キレネンコ』の存在が大きく関わっている。
監房の中で初めて会った時、恐ろしく美しい同房者は自分の足下にチラリと視線を向けただけで、すぐに読んでいた新聞に目を戻してしまった。
名前も、罪状も聞かれなかった。
しかし、541号囚人の心を捉えるには、その一瞥だけで十分であったのだ。
彼と共に生活し、彼と一緒にいられるだけで、刑務所での暮らしが心躍るものに変化していく。
彼の機嫌を損ねて痛い目にあわされることもあったが、それでも、彼と一緒にいられる喜びの方が大きかった。
541号囚人は自分の出所の日、ウキウキと荷物をまとめながらも心の底で一抹の寂しさを感じていた。
『ここを出たら、彼とは会えないんだろうな…
刑期、凄い長いみたいだし
まあ、でも、今日は久しぶりに思いっきり酒を飲もう!』
酒で失敗して刑務所に入ったことをすっかり忘れ、そんな事を考えていた時、それは起こった。
ドッゴオオオオオオオオオン!!!
轟音と振動に驚いて振り返った541号囚人は、とんでもない物を目にする。
自分が入っている監房の壁に、大きな穴が開いていたのだ。
「え?ちょ?何、これ?」
オロオロと辺りを見回す541号囚人の目に、その穴を越えようとする04号囚人の姿が写る。
04号囚人は、すでに身の回りの物をまとめた鞄を手にしていた。
壁の破壊は内側から外に向かってなされていたので、それをやったのが04号囚人である事に、541号囚人はやっと思い至った。
「どこ行くの?」
慌てて04号囚人を追い、541号囚人も壁の穴を越える。
最奥の監房であったため、壁の向こうは一般道路になっていた。
その道を疾走してきた1台のモスクビッチがいる。
04号囚人がモスクビッチに向かい片足を持ち上げ軽く前に出すと、それに触れただけで疾走中の車体が急停止する。
運転していた者は慣性により車外に投げ出された。
あまりの急展開に付いていけず、541号囚人はオロオロしながらそれを見守るしかなかった。
04号囚人がモスクビッチの運転席に乗り込みエンジンをかける。
そんな時、後ろから看守達の制止の声と、威嚇射撃の銃弾が飛んできた。
541号囚人は思わずモスクビッチの中に避難した。
04号囚人はそのまま車を発車させる。
『来い』
とは言われなかった。
けれども
『来るな』
とも言われなかった。
もともと04号囚人と離れる事に寂しさを感じていた541号囚人は、何が何だか分からぬうちに、刑務所を脱獄するはめになったのであった。
「あの、どこにいくの?」
恐る恐る問いかけても、何の返事もない。
「まだ、一緒に居ても…良い?」
541号囚人の声が聞こえているのかいないのかわからない顔で、04号囚人はハンドルを操作する。
お気楽な性格の541号囚人は
『来るな、って言わないって事は、一緒に居ても良いんだよね』
そう納得すると、今後の行動も04号囚人と共にしようと心に決めた。
そうなると、彼とのドライブが楽しいものとなっていく。
景色を眺める余裕も生まれた541号囚人であったが、その楽しみは長くは続かなかった。
山道を流していたパトカーに発見されたのだ。
執拗に自分達を追いかけてくるパトカーに加え、04号囚人が起こすトラブルの後始末を一手に引き受けるハメになってしまう。
車ごと崖下に転落したこともあった、車ごと警官に投げつけられた事もあった、置いていかれかけた事も何度もあった。
それでも541号囚人は、04号囚人と共に居たいと思う心を止められない。
言葉をかけられずとも、彼の態度の端々から何を望んでいるのかを読みとり、それを実行していく事がとても楽しかった。
自分で作成した改造機能により、彼を連れて検問所から無事に離脱できた541号囚人の顔に、誇りと安堵が浮かぶ。
『このまま街まで逃げきれるかも』
そう考えて頬が緩みかけた541号囚人の耳に、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
「ムホッ!?」
慌てて振り返った541号囚人が目にしたものは、自分達のモスクビッチを追って迫り来る大量のパトカーだった。
この逃走劇最大のピンチの到来に、541号囚人の頭は真っ白になるのであった。
そこに、嫌と言うほど見覚えのあるモスクビッチが停車している事に、2人はすぐ気が付いた。
「しめた、足止めしてくれてる!今がチャンスだ!」
コプチェフが明るい顔を見せる。
「今度こそ逃がさない!」
ボリスはマシンガンを構えると、同僚には当たらないよう慎重に狙いを定めて連射し始めた。
ボリスの姿を確認した隊員達から歓声が上がる中、2人を乗せたラーダカスタムがスピードを上げる。
その時、またしても予想外の出来事が起こった。
監視の目を逃れた541号囚人がモスクビッチに乗り込むと、改造スイッチを押す。
すると、ボンネットから延びた万能アームが04号囚人をガッチリと掴み込んだ。
そのままモスクビッチはビョン!と跳ね上がり、隊員達を飛び越え着地する。
04号囚人を万能アームで前面にぶら下げたまま、モスクビッチはスピードを上げてその場を離脱した。
初めて囚人達の起こす非現実的場面に直面した隊員達には、何が起きたのかさっぱりわからなかった。
毒気を抜かれ、ポカンとする同僚達に
「何やってんだ!今のが04号囚人だぞ!
追え、とにかく追うんだ、逃がすな!!」
コプチェフの怒声が響く。
その声に皆一様に我に返り、慌てて自分達のラーダカスタムに駆け寄っていく。
ヤンもラーダカスタムへと駆け寄りながら
「対凶悪犯追跡フォーメーションをとれ!
イリヤと連絡がついた、かなりオカンムリだぞ!
ここであいつら止めないと、俺達に明日はないものと思え!」
そう叫んだ。
それを聞いたコプチェフ、ボリスはもとより、隊員達全員の顔が青ざめる。
検問所にいる隊員達は皆、訓練期間中に教官であるイリヤにシゴかれてきたのだ。
イリヤの恐ろしさは、骨身に沁みていた。
04号囚人を確保したのがイリヤだということも知っているし、事あるごとにイリヤがそれを自慢している事も知っている。
イリヤの留守中に起こったこの不祥事の収集をつけなければ、どんな目に合うかわからない。
医務室送り、などという生ぬるい処置ではあり得ないことを、この場にいる全員が理解している。
イリヤと同期であるヤンとサーシャですら、それを『恐怖』と捉えていた。
「逃がすな!」
ここに、ミリツィア隊員達の心は一つになるのであった。
訓練の時とは比較にならないスピードと正確さで、ラーダカスタムとソコシャコフが山道を走り抜ける。
山道のみならず山の傾斜を利用して、前方を逃走するモスクビッチを取り囲むように隊列を広げて迫っていく。
それはまるで、1つの生き物のように統率のとれた動きであった。
ソコシャコフを運転するニコライはその才能を完全に開花させ、ラーダカスタムと変わらぬスピードで山の傾斜を走っている。
しかし、それに賛辞を送る者は誰もいない。
当のニコライですら、自分のやっていることを意識していなかった。
皆、前方のモスクビッチを確保する事のみに注意を向けている。
切り込み隊であるコプチェフとボリスのラーダカスタムを先頭に、運転組の者達が鬼気迫った顔でアクセルを踏みハンドルを操作する。
山道を密集しながらもの凄い速度で走っているにもかかわらず、自分の隣を走っている車に接触するような者は誰一人として存在しなかった。
狙撃組の者達も前方のモスクビッチをスコープ越しに睨みつけ、皆、一様に切迫した顔をしていた。
相方の運転の癖も、自分達のフォーメーションの位置も頭と体にたたき込んである。
同僚を撃つような愚か者は、ミリツィア隊員狙撃組の中には存在しない。
無線機から狙撃組隊長代理であるサーシャの声が響いてきた。
『別働隊から報告は受けてある、04号囚人はマシンガンの弾くらいで死ぬような奴じゃないよ
皆、思いっきり撃ってね
前方は04号囚人、後方はモスクビッチを集中的に
ソコシャコフは04号囚人、車体、ともに狙ってみるんだ』
その言葉の後に運転組隊長代理であるヤンの声が響く。
『集中砲火させやすいよう、取り囲め!
いつもの訓練思い出せ、根性入れて安全運転でかっ飛ばせよ!』
力強い2人の言葉で隊員達の士気が高まっていった。
「了解!」
隊員達の返事と共に、この逃走劇、最後の戦いが始まったのであった。
自分は、物事を深く考えない性格だと541号囚人は思っていた。
何度失敗しても飲酒を止められず、二日酔いで寝坊し、仕事に遅刻したため刑務所暮らしになった状況も、特に悲壮的にならず受け入れた。
それどころか、あまり働かなくてすむ刑務所暮らしが『気楽』だとさえ考えるようになっていった。
それには同房の『キレネンコ』の存在が大きく関わっている。
監房の中で初めて会った時、恐ろしく美しい同房者は自分の足下にチラリと視線を向けただけで、すぐに読んでいた新聞に目を戻してしまった。
名前も、罪状も聞かれなかった。
しかし、541号囚人の心を捉えるには、その一瞥だけで十分であったのだ。
彼と共に生活し、彼と一緒にいられるだけで、刑務所での暮らしが心躍るものに変化していく。
彼の機嫌を損ねて痛い目にあわされることもあったが、それでも、彼と一緒にいられる喜びの方が大きかった。
541号囚人は自分の出所の日、ウキウキと荷物をまとめながらも心の底で一抹の寂しさを感じていた。
『ここを出たら、彼とは会えないんだろうな…
刑期、凄い長いみたいだし
まあ、でも、今日は久しぶりに思いっきり酒を飲もう!』
酒で失敗して刑務所に入ったことをすっかり忘れ、そんな事を考えていた時、それは起こった。
ドッゴオオオオオオオオオン!!!
轟音と振動に驚いて振り返った541号囚人は、とんでもない物を目にする。
自分が入っている監房の壁に、大きな穴が開いていたのだ。
「え?ちょ?何、これ?」
オロオロと辺りを見回す541号囚人の目に、その穴を越えようとする04号囚人の姿が写る。
04号囚人は、すでに身の回りの物をまとめた鞄を手にしていた。
壁の破壊は内側から外に向かってなされていたので、それをやったのが04号囚人である事に、541号囚人はやっと思い至った。
「どこ行くの?」
慌てて04号囚人を追い、541号囚人も壁の穴を越える。
最奥の監房であったため、壁の向こうは一般道路になっていた。
その道を疾走してきた1台のモスクビッチがいる。
04号囚人がモスクビッチに向かい片足を持ち上げ軽く前に出すと、それに触れただけで疾走中の車体が急停止する。
運転していた者は慣性により車外に投げ出された。
あまりの急展開に付いていけず、541号囚人はオロオロしながらそれを見守るしかなかった。
04号囚人がモスクビッチの運転席に乗り込みエンジンをかける。
そんな時、後ろから看守達の制止の声と、威嚇射撃の銃弾が飛んできた。
541号囚人は思わずモスクビッチの中に避難した。
04号囚人はそのまま車を発車させる。
『来い』
とは言われなかった。
けれども
『来るな』
とも言われなかった。
もともと04号囚人と離れる事に寂しさを感じていた541号囚人は、何が何だか分からぬうちに、刑務所を脱獄するはめになったのであった。
「あの、どこにいくの?」
恐る恐る問いかけても、何の返事もない。
「まだ、一緒に居ても…良い?」
541号囚人の声が聞こえているのかいないのかわからない顔で、04号囚人はハンドルを操作する。
お気楽な性格の541号囚人は
『来るな、って言わないって事は、一緒に居ても良いんだよね』
そう納得すると、今後の行動も04号囚人と共にしようと心に決めた。
そうなると、彼とのドライブが楽しいものとなっていく。
景色を眺める余裕も生まれた541号囚人であったが、その楽しみは長くは続かなかった。
山道を流していたパトカーに発見されたのだ。
執拗に自分達を追いかけてくるパトカーに加え、04号囚人が起こすトラブルの後始末を一手に引き受けるハメになってしまう。
車ごと崖下に転落したこともあった、車ごと警官に投げつけられた事もあった、置いていかれかけた事も何度もあった。
それでも541号囚人は、04号囚人と共に居たいと思う心を止められない。
言葉をかけられずとも、彼の態度の端々から何を望んでいるのかを読みとり、それを実行していく事がとても楽しかった。
自分で作成した改造機能により、彼を連れて検問所から無事に離脱できた541号囚人の顔に、誇りと安堵が浮かぶ。
『このまま街まで逃げきれるかも』
そう考えて頬が緩みかけた541号囚人の耳に、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
「ムホッ!?」
慌てて振り返った541号囚人が目にしたものは、自分達のモスクビッチを追って迫り来る大量のパトカーだった。
この逃走劇最大のピンチの到来に、541号囚人の頭は真っ白になるのであった。