1・脱獄注意
その日は民主警察ミリツィアにとって特別な日ではなかった。
いつものように始まり、いつものように終わるはずであったのだ。
あの大事件さえ無ければ…
その日、朝のガレージでは合同ミーティングが行われていた。
「いいか、お前ら。
今日から3日、俺とミーシャが居ないからって、ノンベンダラリと過ごしてんじゃねーぞ。
後1ヶ月もすりゃ、次の新規生が入隊してくるんだ。
今の新規は、そいつらの手本になるようきちんとパトロールしろよ!」
イリヤが新規生を見つめながら言う。
ユーリやイヴァンが入隊してから、3年近くの時が流れていた。
「俺達が居ない間は、ヤンとサーシャに隊長代理を委任してあるからな。
何かあったら2人に言ってくれ。
頼りっきりにするんじゃなく、皆もフォローしてくれよ。」
ミハエルが隊員を見回しながらそう注意する。
「俺とミーシャで、また軍から装甲車と戦車せしめてくるから、楽しみに待ってろ。」
ニヤリと笑うイリヤに
「イリヤ=イリザロフとミハエル=アルシャーヴィン運転の車に乗せてもらえれば、ジーノ叔父さんも大満足ですよ。
せいぜいかっ飛ばして、気分良くさせてください。
かなり融通きかせてくれるはずです。
これだから『ラベラスキー家の人間は、軍を私物化している』って言われるんですが…
まあ、でもジーノ叔父さんのとこには『黒の双璧』、ジョット兄さんとペトラ姉さんがいるから、大目に見てもらえるでしょう。
兄さんと姉さんのフォローは、後で僕がしときます。」
ニコライが苦笑気味にそう言った。
「頼むぞ、これでうちの装備がまた充実するな。」
ミハエルが満足そうな顔を見せる。
「しかし、ソコシャコフとタンクコフ、未だにあの2台の出番が無いのはちっと残念だよな。
せっかく操縦覚えたのにさ。」
コプチェフが頬を膨らませた。
「別働隊、俺達の許可取らなくていいからって、無闇にデカい銃器使おうとすんなよ。
あれは凶悪犯相手の最終兵器なんだぜ。」
イリヤがジロリとコプチェフを睨む。
「わかってますって。」
慌ててコプチェフがそう答える。
「マフィア共も大人しいし、ここ最近はこれといった事件も起こらないし、今日もいつも通りのパトロール形式で良いだろ。
それじゃお前たち、今日も安全運転でかっ飛ばせよ!」
恒例のイリヤの激でミーティングが締めくくられ、ガレージのシャッターが全開される。
次々とラーダカスタムが出動していく、ミリツィアのいつもの朝の光景が始まった。
「僕達が隊長代理を務めるからには、交通違反を厳しく取り締まるから。
山道で乱暴運転してるような輩は、徹底的に取り締まってね。」
サーシャがフフフっと笑いながら、車に乗り込んでいるコプチェフとボリスに話しかけてくる。
サーシャが身内を交通事故で亡くしている事を聞き及んでいる2人は
「了解!」
敬礼しながらそう答えるのであった。
「隊長、新しい銃器、期待してますよ!」
ボリスの言葉に
「まかせとけ!
お前等が出発したら、俺達もすぐに出るよ。
せいぜいニコライの叔父さんの機嫌をとって、あれこれせしめてくるさ。」
ミハエルがウインクとともに、朗らかに答える。
「それじゃ、行ってきます!」
こうして別働隊であるコプチェフとボリスもまた、いつも通りに出動していくのであった。
「おー、実働隊の奴らが出動していくぞ。」
「ミリツィアの朝だなー。」
「今日みたいに天気のいい日は、俺らも外で体動かしたいよな。」
「でもよ、もう少しでまた新規生が入隊してくるだろ?
まーた、実技実習採点補佐やらされんじゃねーの?
あれはもう、体動かすレベル超えてるぜ。」
「今期は内勤にも新規生入らないのかね。
あの仕事は、そいつらに押しつけたいって、マジで。」
事務室の窓から外を見て、今は見習いではなくきちんと看守の職に就いたカンシュコフ達が呑気にしゃべり始めた。
側の机で電卓を叩いていた会計担当官ゼニロフの顔が、険しいものへとなっていく。
それを察した囚人労働監督官ロウドフが
「おい、お前ら、今日出所する奴がいるんだろ?
そいつの書類作成しとけよ。
それが終わったら見回り行ってこい。」
厳しい顔をして、カンシュコフ達を注意する。
「はいはい。」
ダラリと返事を返すカンシュコフ達に
「『はい』は1回!!」
堪えきれずにゼニロフがビシッと言葉を挟んだ。
カンシュコフ達はビクッと飛び上がり、慌てて自分達の机のイスに座ると、大人しく書類を作成し始める。
事務室内の実力者は、ゼニロフであるのだ。
暫くはゼニロフの叩く電卓の音、書類を作成するペンの音と、紙の擦れる微かな音だけが事務所内に響いていた。
やがて書類を作成し終えたカンシュコフ達が、またしゃべり始める。
「今日であの囚人で遊べるのも最後って思うと、ちと残念だよな。」
「あいつ、ほんとバカで遊びがいあったのに。
同房の04号囚人と違ってさ。」
「次にあの房に入る奴、何ヶ月保つと思う?
今まであんなに04号囚人と同房でいられた奴、いなかったもんな。
俺、2週間に朝メシ3日分賭けるぜ。」
「あ、じゃあ、俺は10日に朝メシ3日分!」
また、ワイワイと騒ぎ始めたカンシュコフ達に、ゼニロフの顔が歪む。
再度、ロウドフがカンシュコフ達を咎めようとした瞬間
ドッゴオオオオオオオン
大音響が響きわたり、微かに事務室に振動が走った。
「えっ?」
一瞬、ゼニロフの怒りが爆発したのかと首を竦めたロウドフであったが、そうではなかった。
ゼニロフも訝しい顔で辺りを見回している。
「何だ?今の音?」
「ちょっと揺れたな、地震?」
事務室内にいた他の者達もキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「監房の方からじゃないのか?」
ゼニロフの指摘で、事務室内の視線が一斉にカンシュコフ達へ向かう。
「お前ら、ちょっと見に行ってこい。」
ロウドフの命令で、カンシュコフ達は渋々、といった様子で事務所を後にした。
「ちぇっ、いつまでも俺達が下っ端なんだもんな。」
「やってらんねーっての。」
「危険があったら、どうすんだよ。」
「ちょろっと見て回って、食堂にでも行っちまおーぜ。」
「だな、あちこち見て回った事にして、早めのランチでゆっくりするか。」
カンシュコフ達はワイワイと騒ぎながら監房に移動した。
「おい、看守さんよ、今の音何だ?」
「凄い轟音だったぜ?」
監房に着くと、何が起こっているのかわからず不安顔の囚人達が次々と監房の小窓から話しかけてくる。
「ああ、いま調べてやるよ。」
カンシュコフ達は鷹揚に受け答えし、監房の奥へと進む。
最奥の一際注意を要する04号囚人の監房まできたが、そこは静まり返っていた。
「?541号が慌てふためいてると思ったのに、妙に静かだな?」
何となく嫌な気配を察し顔を見合わせると、カンシュコフ達は扉を開けた。
「!!!!!」
5人の目には、監房の壁に開いた大きな穴が飛び込んでいた。
おまけに囚人の気配がない。
慌ててその穴をくぐると、今まさに囚人達が車に乗り込むところであった。
「とっ、止めろー!!」
あたふたと威嚇射撃をするが、車はそのまま遠ざかっていく。
カンシュコフ達は真っ青になり
「だっ、脱獄…、よりによって04号囚人が脱獄…」
力なく呟いて、全員涙目でその場にへたりこんだ。
これがミリティアにおける大事件の幕開けであった。
いつものように始まり、いつものように終わるはずであったのだ。
あの大事件さえ無ければ…
その日、朝のガレージでは合同ミーティングが行われていた。
「いいか、お前ら。
今日から3日、俺とミーシャが居ないからって、ノンベンダラリと過ごしてんじゃねーぞ。
後1ヶ月もすりゃ、次の新規生が入隊してくるんだ。
今の新規は、そいつらの手本になるようきちんとパトロールしろよ!」
イリヤが新規生を見つめながら言う。
ユーリやイヴァンが入隊してから、3年近くの時が流れていた。
「俺達が居ない間は、ヤンとサーシャに隊長代理を委任してあるからな。
何かあったら2人に言ってくれ。
頼りっきりにするんじゃなく、皆もフォローしてくれよ。」
ミハエルが隊員を見回しながらそう注意する。
「俺とミーシャで、また軍から装甲車と戦車せしめてくるから、楽しみに待ってろ。」
ニヤリと笑うイリヤに
「イリヤ=イリザロフとミハエル=アルシャーヴィン運転の車に乗せてもらえれば、ジーノ叔父さんも大満足ですよ。
せいぜいかっ飛ばして、気分良くさせてください。
かなり融通きかせてくれるはずです。
これだから『ラベラスキー家の人間は、軍を私物化している』って言われるんですが…
まあ、でもジーノ叔父さんのとこには『黒の双璧』、ジョット兄さんとペトラ姉さんがいるから、大目に見てもらえるでしょう。
兄さんと姉さんのフォローは、後で僕がしときます。」
ニコライが苦笑気味にそう言った。
「頼むぞ、これでうちの装備がまた充実するな。」
ミハエルが満足そうな顔を見せる。
「しかし、ソコシャコフとタンクコフ、未だにあの2台の出番が無いのはちっと残念だよな。
せっかく操縦覚えたのにさ。」
コプチェフが頬を膨らませた。
「別働隊、俺達の許可取らなくていいからって、無闇にデカい銃器使おうとすんなよ。
あれは凶悪犯相手の最終兵器なんだぜ。」
イリヤがジロリとコプチェフを睨む。
「わかってますって。」
慌ててコプチェフがそう答える。
「マフィア共も大人しいし、ここ最近はこれといった事件も起こらないし、今日もいつも通りのパトロール形式で良いだろ。
それじゃお前たち、今日も安全運転でかっ飛ばせよ!」
恒例のイリヤの激でミーティングが締めくくられ、ガレージのシャッターが全開される。
次々とラーダカスタムが出動していく、ミリツィアのいつもの朝の光景が始まった。
「僕達が隊長代理を務めるからには、交通違反を厳しく取り締まるから。
山道で乱暴運転してるような輩は、徹底的に取り締まってね。」
サーシャがフフフっと笑いながら、車に乗り込んでいるコプチェフとボリスに話しかけてくる。
サーシャが身内を交通事故で亡くしている事を聞き及んでいる2人は
「了解!」
敬礼しながらそう答えるのであった。
「隊長、新しい銃器、期待してますよ!」
ボリスの言葉に
「まかせとけ!
お前等が出発したら、俺達もすぐに出るよ。
せいぜいニコライの叔父さんの機嫌をとって、あれこれせしめてくるさ。」
ミハエルがウインクとともに、朗らかに答える。
「それじゃ、行ってきます!」
こうして別働隊であるコプチェフとボリスもまた、いつも通りに出動していくのであった。
「おー、実働隊の奴らが出動していくぞ。」
「ミリツィアの朝だなー。」
「今日みたいに天気のいい日は、俺らも外で体動かしたいよな。」
「でもよ、もう少しでまた新規生が入隊してくるだろ?
まーた、実技実習採点補佐やらされんじゃねーの?
あれはもう、体動かすレベル超えてるぜ。」
「今期は内勤にも新規生入らないのかね。
あの仕事は、そいつらに押しつけたいって、マジで。」
事務室の窓から外を見て、今は見習いではなくきちんと看守の職に就いたカンシュコフ達が呑気にしゃべり始めた。
側の机で電卓を叩いていた会計担当官ゼニロフの顔が、険しいものへとなっていく。
それを察した囚人労働監督官ロウドフが
「おい、お前ら、今日出所する奴がいるんだろ?
そいつの書類作成しとけよ。
それが終わったら見回り行ってこい。」
厳しい顔をして、カンシュコフ達を注意する。
「はいはい。」
ダラリと返事を返すカンシュコフ達に
「『はい』は1回!!」
堪えきれずにゼニロフがビシッと言葉を挟んだ。
カンシュコフ達はビクッと飛び上がり、慌てて自分達の机のイスに座ると、大人しく書類を作成し始める。
事務室内の実力者は、ゼニロフであるのだ。
暫くはゼニロフの叩く電卓の音、書類を作成するペンの音と、紙の擦れる微かな音だけが事務所内に響いていた。
やがて書類を作成し終えたカンシュコフ達が、またしゃべり始める。
「今日であの囚人で遊べるのも最後って思うと、ちと残念だよな。」
「あいつ、ほんとバカで遊びがいあったのに。
同房の04号囚人と違ってさ。」
「次にあの房に入る奴、何ヶ月保つと思う?
今まであんなに04号囚人と同房でいられた奴、いなかったもんな。
俺、2週間に朝メシ3日分賭けるぜ。」
「あ、じゃあ、俺は10日に朝メシ3日分!」
また、ワイワイと騒ぎ始めたカンシュコフ達に、ゼニロフの顔が歪む。
再度、ロウドフがカンシュコフ達を咎めようとした瞬間
ドッゴオオオオオオオン
大音響が響きわたり、微かに事務室に振動が走った。
「えっ?」
一瞬、ゼニロフの怒りが爆発したのかと首を竦めたロウドフであったが、そうではなかった。
ゼニロフも訝しい顔で辺りを見回している。
「何だ?今の音?」
「ちょっと揺れたな、地震?」
事務室内にいた他の者達もキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「監房の方からじゃないのか?」
ゼニロフの指摘で、事務室内の視線が一斉にカンシュコフ達へ向かう。
「お前ら、ちょっと見に行ってこい。」
ロウドフの命令で、カンシュコフ達は渋々、といった様子で事務所を後にした。
「ちぇっ、いつまでも俺達が下っ端なんだもんな。」
「やってらんねーっての。」
「危険があったら、どうすんだよ。」
「ちょろっと見て回って、食堂にでも行っちまおーぜ。」
「だな、あちこち見て回った事にして、早めのランチでゆっくりするか。」
カンシュコフ達はワイワイと騒ぎながら監房に移動した。
「おい、看守さんよ、今の音何だ?」
「凄い轟音だったぜ?」
監房に着くと、何が起こっているのかわからず不安顔の囚人達が次々と監房の小窓から話しかけてくる。
「ああ、いま調べてやるよ。」
カンシュコフ達は鷹揚に受け答えし、監房の奥へと進む。
最奥の一際注意を要する04号囚人の監房まできたが、そこは静まり返っていた。
「?541号が慌てふためいてると思ったのに、妙に静かだな?」
何となく嫌な気配を察し顔を見合わせると、カンシュコフ達は扉を開けた。
「!!!!!」
5人の目には、監房の壁に開いた大きな穴が飛び込んでいた。
おまけに囚人の気配がない。
慌ててその穴をくぐると、今まさに囚人達が車に乗り込むところであった。
「とっ、止めろー!!」
あたふたと威嚇射撃をするが、車はそのまま遠ざかっていく。
カンシュコフ達は真っ青になり
「だっ、脱獄…、よりによって04号囚人が脱獄…」
力なく呟いて、全員涙目でその場にへたりこんだ。
これがミリティアにおける大事件の幕開けであった。
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