空翔けるうた~03~
「柳宿さん!すみません…あれ?」
数刻後、真夜が戻ると柳宿がいた筈の場所に彼女の姿はなかった。
♪♪♪
首を傾げていると、手元の携帯にラインが入った。
『ごめんね、真夜。兄貴に迎えに来てもらう約束してたの忘れてたから、先に帰るね』
「なーんだ…残念」
その連絡に何の疑問も持たず、自身も帰り支度を始めた。
「翼宿…さん」
翼宿が、新しく借りたマンションの寝室。
その寝台の上で、激しく求め合う二人―――翼宿と玲麗。
何度も口付けをかわした後で、一旦二人の距離は離れる。
「わたし…わたし、本当は…あなたの事がずっと好きでした…だけど、ずっと柳宿さんには敵わないと思ってました…んっ」
また、翼宿の唇が玲麗の唇を食らう。
「はあ…だけど…あなたがわたしを求めてくれるなら…あなたの為なら…わたし…」
そんな言葉を聞きながら、翼宿もまたぼんやりと考えていた。
このまま、本当に自分を彼女で染めてしまえばいい。
身も心も全てひとつになり彼女を愛してやれば、自分の中の燻りも消えるだろう。
消えないと分かっていても、そう思い込む事で消えてくれるだろう。
そのまま、二人、寝台に倒れ込む。
無言で玲麗のワイシャツのボタンを外して、それを広げた。
「翼宿さん…」
彼女は、受け入れる体制をとった。
その肌に手を伸ばした…その時。
『翼宿!』
なぜか脳裏によぎったのは、忘れたかったあの笑顔。
「……………っ」
「翼宿さん…?」
後数センチで触れられそうな位置にある彼の指が震え、玲麗は目を見開く。
そして、そのまま翼宿は項垂れる。
「すみません…玲麗さん。やっぱり…俺」
「……………っ」
彼の本能が、拒否をしている。そう感じた玲麗は、静かに起き上がった。
「翼宿さん…」
「……………」
「まさか、これもポールに言われたんですか?」
その言葉に、翼宿はハッと顔をあげた。
先程まで自分を求めていた彼女が、また、優しく微笑んでいる。
そんな優しさに甘え、静かに頷く。
暫しの沈黙の後、フウと小さなため息が聞こえた。
「残念です…わたし、本当にあなたの気持ちがわたしに向いたのかと自惚れちゃいましたよ」
「ホンマに、すみません…俺、あなたに何て事を…」
「いいんです…わたし、あなたと付き合えても付き合えなくても、あの会社は辞めるつもりでいたので」
「………え?」
「マイケルが死んでから、薄々感じていた事です。ポールのやり方は、度が過ぎています。会社を自分の思い通りに動かして、そして何より、彼に犬のように扱われているあなたを見ているのが耐えられませんでした」
「玲麗さん…」
玲麗は、そこでまた翼宿の両肩を掴んだ。
「翼宿さん?あなたは…今、本当に辛いと思います。わたしに出来る事が何もなくて、とても悔しいです」
「…………っ」
「だけど…だけど、このままではあなた自身がダメになります。あなたのホームを護る為に、プライドを捨てて悪に染まって天津さえこんな事まで…」
一拍置いて、彼女は続ける。
「柳宿さんにだけは…本当の自分で接してください。彼女は、あなたを救ってくれます」
翼宿は、何も答えなかった。答えられなかった。
「帰りますね…」
そして、玲麗はそんな翼宿を残して部屋を出ていった。
彼女が出ていった後、脱力したようにベッドサイドの壁に寄り掛かる。
髪の毛をくしゃりと掴み、呟いた名前は。
「柳宿…」
本当に愛しい人の名前だった。
バタン
午前0時。柳宿は、ようやく帰宅をした。
真夜に嘘の連絡を入れて、ファミレスやカフェを巡って適当に時間を潰しながら考え事をしていたらこんな時間になってしまったのだ。
「柳宿!どうしたんだい?こんなに、遅くまで…」
家の奥から出てきたのは、何度も携帯に連絡を入れてくれていた兄の呂候だった。
彼の腕の中には、同じく心配そうに眉を寄せているタマの姿もある。
「兄…貴」
ドサッ
「ちょっと…どうしたんだい!?柳宿…」
突然、地に膝を突いた彼女の姿に、彼は驚き駆け寄る。
「…………うっ…ひっ…く。ひっ…」
堪えていた涙が、止めどなく流れ出す。
「柳宿…何が」
「翼宿が…翼宿が…いなくなっちゃった」
「え…?」
「もう…あたしのところには…帰って来ないの…うっ…ひっく」
それは、翼宿がまた米国へ行ったという意味ではない。
彼の気持ちが彼女から完全に離れた事を言っているのだと、呂候は理解した。
そっと妹の頭を抱えて、胸に引き寄せた。
「そうか…辛かったね。柳宿…今夜は、泣きなよ。僕が、傍にいてあげるよ」
「兄貴…兄貴…っっっ…」
『お前は…最高の女やさかい』
『こんなに愛した女に涙ひとつこぼされなかったら、男として示しつかんわ』
『…なあ。俺がもし成功したら、その時は…』
今更、あの日の言葉が甦ってくる。
あんなに拒絶されても、心のどこかであの言葉を信じていた。
あの人が他の誰かを好きにならない限り、まだ可能性はあるって信じていた。
だけど、あの人は自分で選んだ人に口付けをしていた。
もう、あの人はあたしのところには帰ってこないんだ…
今や、会社の顔になってしまった自分には社内で誰にも弱音を吐けず、唯一女性としての自分を受け止めてくれる兄の腕の中で柳宿は大声で泣いた。
『今日のコーナーは、MUSIC。週刊オリコンランキングを発表いたします!』
とある朝。通勤客が行き交う渋谷の交差点のディスプレイに映されていたのは、ワイドショー。
日替わりコーナーのオリコン発表の時間が、やってきた。
「え…?」
「マジ?僅差じゃん!」
道行く女性の何人かが足を止め、ディスプレイに釘付けになった。
『オリコン史上初の事態が起こりました。1位は、翼宿さんの「Wild Rush」で187万枚。2位は、Nurikoさんの「君のまま」で185万枚。ダブルリリースが、どちらもミリオンを達成しました!Nurikoさんに関しては初動から100万枚以上の記録を伸ばし、もう少しでトップに追い付く勢いまでになりました!』
そしてそれを記念するかのように、別のビルには二人の大型広告がそれぞれ飾られていた。
数刻後、真夜が戻ると柳宿がいた筈の場所に彼女の姿はなかった。
♪♪♪
首を傾げていると、手元の携帯にラインが入った。
『ごめんね、真夜。兄貴に迎えに来てもらう約束してたの忘れてたから、先に帰るね』
「なーんだ…残念」
その連絡に何の疑問も持たず、自身も帰り支度を始めた。
「翼宿…さん」
翼宿が、新しく借りたマンションの寝室。
その寝台の上で、激しく求め合う二人―――翼宿と玲麗。
何度も口付けをかわした後で、一旦二人の距離は離れる。
「わたし…わたし、本当は…あなたの事がずっと好きでした…だけど、ずっと柳宿さんには敵わないと思ってました…んっ」
また、翼宿の唇が玲麗の唇を食らう。
「はあ…だけど…あなたがわたしを求めてくれるなら…あなたの為なら…わたし…」
そんな言葉を聞きながら、翼宿もまたぼんやりと考えていた。
このまま、本当に自分を彼女で染めてしまえばいい。
身も心も全てひとつになり彼女を愛してやれば、自分の中の燻りも消えるだろう。
消えないと分かっていても、そう思い込む事で消えてくれるだろう。
そのまま、二人、寝台に倒れ込む。
無言で玲麗のワイシャツのボタンを外して、それを広げた。
「翼宿さん…」
彼女は、受け入れる体制をとった。
その肌に手を伸ばした…その時。
『翼宿!』
なぜか脳裏によぎったのは、忘れたかったあの笑顔。
「……………っ」
「翼宿さん…?」
後数センチで触れられそうな位置にある彼の指が震え、玲麗は目を見開く。
そして、そのまま翼宿は項垂れる。
「すみません…玲麗さん。やっぱり…俺」
「……………っ」
彼の本能が、拒否をしている。そう感じた玲麗は、静かに起き上がった。
「翼宿さん…」
「……………」
「まさか、これもポールに言われたんですか?」
その言葉に、翼宿はハッと顔をあげた。
先程まで自分を求めていた彼女が、また、優しく微笑んでいる。
そんな優しさに甘え、静かに頷く。
暫しの沈黙の後、フウと小さなため息が聞こえた。
「残念です…わたし、本当にあなたの気持ちがわたしに向いたのかと自惚れちゃいましたよ」
「ホンマに、すみません…俺、あなたに何て事を…」
「いいんです…わたし、あなたと付き合えても付き合えなくても、あの会社は辞めるつもりでいたので」
「………え?」
「マイケルが死んでから、薄々感じていた事です。ポールのやり方は、度が過ぎています。会社を自分の思い通りに動かして、そして何より、彼に犬のように扱われているあなたを見ているのが耐えられませんでした」
「玲麗さん…」
玲麗は、そこでまた翼宿の両肩を掴んだ。
「翼宿さん?あなたは…今、本当に辛いと思います。わたしに出来る事が何もなくて、とても悔しいです」
「…………っ」
「だけど…だけど、このままではあなた自身がダメになります。あなたのホームを護る為に、プライドを捨てて悪に染まって天津さえこんな事まで…」
一拍置いて、彼女は続ける。
「柳宿さんにだけは…本当の自分で接してください。彼女は、あなたを救ってくれます」
翼宿は、何も答えなかった。答えられなかった。
「帰りますね…」
そして、玲麗はそんな翼宿を残して部屋を出ていった。
彼女が出ていった後、脱力したようにベッドサイドの壁に寄り掛かる。
髪の毛をくしゃりと掴み、呟いた名前は。
「柳宿…」
本当に愛しい人の名前だった。
バタン
午前0時。柳宿は、ようやく帰宅をした。
真夜に嘘の連絡を入れて、ファミレスやカフェを巡って適当に時間を潰しながら考え事をしていたらこんな時間になってしまったのだ。
「柳宿!どうしたんだい?こんなに、遅くまで…」
家の奥から出てきたのは、何度も携帯に連絡を入れてくれていた兄の呂候だった。
彼の腕の中には、同じく心配そうに眉を寄せているタマの姿もある。
「兄…貴」
ドサッ
「ちょっと…どうしたんだい!?柳宿…」
突然、地に膝を突いた彼女の姿に、彼は驚き駆け寄る。
「…………うっ…ひっ…く。ひっ…」
堪えていた涙が、止めどなく流れ出す。
「柳宿…何が」
「翼宿が…翼宿が…いなくなっちゃった」
「え…?」
「もう…あたしのところには…帰って来ないの…うっ…ひっく」
それは、翼宿がまた米国へ行ったという意味ではない。
彼の気持ちが彼女から完全に離れた事を言っているのだと、呂候は理解した。
そっと妹の頭を抱えて、胸に引き寄せた。
「そうか…辛かったね。柳宿…今夜は、泣きなよ。僕が、傍にいてあげるよ」
「兄貴…兄貴…っっっ…」
『お前は…最高の女やさかい』
『こんなに愛した女に涙ひとつこぼされなかったら、男として示しつかんわ』
『…なあ。俺がもし成功したら、その時は…』
今更、あの日の言葉が甦ってくる。
あんなに拒絶されても、心のどこかであの言葉を信じていた。
あの人が他の誰かを好きにならない限り、まだ可能性はあるって信じていた。
だけど、あの人は自分で選んだ人に口付けをしていた。
もう、あの人はあたしのところには帰ってこないんだ…
今や、会社の顔になってしまった自分には社内で誰にも弱音を吐けず、唯一女性としての自分を受け止めてくれる兄の腕の中で柳宿は大声で泣いた。
『今日のコーナーは、MUSIC。週刊オリコンランキングを発表いたします!』
とある朝。通勤客が行き交う渋谷の交差点のディスプレイに映されていたのは、ワイドショー。
日替わりコーナーのオリコン発表の時間が、やってきた。
「え…?」
「マジ?僅差じゃん!」
道行く女性の何人かが足を止め、ディスプレイに釘付けになった。
『オリコン史上初の事態が起こりました。1位は、翼宿さんの「Wild Rush」で187万枚。2位は、Nurikoさんの「君のまま」で185万枚。ダブルリリースが、どちらもミリオンを達成しました!Nurikoさんに関しては初動から100万枚以上の記録を伸ばし、もう少しでトップに追い付く勢いまでになりました!』
そしてそれを記念するかのように、別のビルには二人の大型広告がそれぞれ飾られていた。