空翔けるうた~03~

とある高層ビルの会議室。
そこに集められたのは、日本を代表する音楽制作会社や関係各社の取締役だった。
そう。それは、まさにグローバルミュージックが立ち上げた例のプロジェクトの説明会。
「お宅も、やっぱり呼ばれたんですね?」
「ええ…どんなものかと、警戒はしていますがね。だけど、翼宿がサポートしていると言いますからね…」
ガチャ
そこに今回の首謀者が入室し、参加者の内緒話は途切れた。
大量の書類を抱えたポールは満席になっている室内を見渡すと、満足そうに微笑みその場に腰を下ろした。
「皆さま。この度はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
「ポール。プロジェクトとは…具体的に、どういうものなんだね?」
「うちの会社、最近、経営が厳しいから、費用も工面出来そうにないのだが…」
待ちきれないといった様子で、参加者達が疑問を口々にする。
そんな彼らをポールは片手で一度制し、手元のタブレットをプロジェクターに繋ぐと後ろのスクリーンに画面の内容が映し出された。
「さて、皆さま。この度、敢行しますグローバルホールディングスプロジェクトとは、以前、翼宿からもお話があったようにLAを拠点に音楽活動を展開していただく画期的なプロジェクトです」
その第一声に、手元に配られた資料をパラパラとめくる音があちこちから聞こえてくる。
「もちろん、旅費やその他の費用は全て弊社が負担します。その後の支援も、我々が出来る事であれば何なりといたしましょう。それくらいの覚悟がなければ、こんな大がかりなプロジェクトにはお誘い出来ませんからな」
「ほ、本当かね!?では、実質タダで、LAに会社を移せると!?」
「それなら、大助かりだ!何も、日本に留まって日本人のアーティストだけに拘る必要はない。海外に行けば、もっと実力のあるアーティストを引き入れる事が出来るんだ!」
「しかも定期的に監査を行い、業績が奮った会社には報奨金を、業績が奮わなかった会社には奨励金を差し上げます。活動の維持が困難にならないような措置も用意しますので、どうぞご安心ください」
徐々に、沸き始める会場。全て、思惑通りだった。

「そうでしょう?皆さん…LAに来れば、夢が広がる。皆さんも、翼宿のようなビッグアーティストを手に入れましょう?」

実は、金銭的援助などはほとんどが嘘だらけ。
だが、それほどまでにポールには名誉がほしかった。
契約書の印鑑と契約金を貰えれば、それだけで自分は音楽業界の王者になれる。
バックに翼宿がいれば、信用問題など何のその。何も、怖いものはない―――


♪♪♪
『こんばんは!今夜も素敵なゲストの皆さんを、早速ご紹介しましょう!』
「あ…柳宿だよ」
「いち早く、テレビ出演なんだね…」
渋谷の繁華街の大型モニターには、今日もSound Stationの生中継が流れている。
今夜のゲストは、今週水曜日にデビューシングルを発売したNuriko。
司会に話を振られると、彼女はおずおずと返答している。
『Nurikoさん!お久しぶりです!まさかソロでお会いできるなんて、思わなかったです』
『ホント…お久しぶりです。思いきって、デビューしちゃいました』
『今回の新曲の売上は、2位。奇しくも前バンドのメンバーである翼宿さんとのダブルリリースになってしまいましたが、それでも勢いはスゴいですよね!』
『ありがとうございます…』
『Nurikoさんの話題の新曲は、このあとすぐです!』
いつも通りに笑う柳宿だが、道行く女性には分かる。
彼女は、心に傷を抱えてこの場に来ているのだという事を。
それは、簡単には治せない傷で…
「柳宿…翼宿と、対立させられたんだよね」
「会えてないのかな?翼宿は、彼女の気持ち知らないのかな?」
LAの公演以来、密かに彼らの進展を心配していた女性達にとってその疑問は尽きなかった。
だが、今日、ディスプレイに映る柳宿の表情から、翼宿が帰国してから二人の仲はよい結果にはならなかったのだろうと察する。
そこで挟まれていたCMが終わり、柳宿のスタンバイから番組は再開した。
『それでは、お届けしましょう。Nurikoさんで「君のまま」』
そして、あまり人々の耳に届いていなかったその新曲。
冒頭の柳宿のボーカルが流れただけでその場にいた者に加えて道行く者も立ち止まり、彼らは惹き付けられるようにそのディスプレイに釘付けになった。


『Nurikoの新曲、聴いた!?』
『あたし、泣いちゃったよ…何だろう。あの歌詞…』
『辛かったんだろうね…応援してあげたい。あたし、CD買うわ!』
数刻後、業界に異変が起きた。
SNSではこのような類いのコメントが、後を断たず。
インターネット通販ではNurikoのCDが一気に完売になり、それに間に合わなかった者が閉店間際のCDショップに駆け込む事態が起きていた。
リスナーも、悟ったのだ。柳宿の曲に秘められた、彼女の限りない想いを…


「ふう…」
「柳宿さん!お疲れさまでした!」
「真夜…ありがとう」
収録を終えた柳宿は、休憩室の椅子に凭れていた。
そんな彼女の前に珈琲を置いたのは、マネージャーの真夜だった。
「初めての生放送だったから…あたし、ちゃんと歌えてた?」
「素晴らしかったですよ!久々に柳宿さんの美声が聴けて、感激しちゃいました!」

翼宿との接触から、一ヶ月余り。
仕事にすぐに身が入らなかった自分を奮い立たせてくれたのは、この真夜という新人マネージャーのお陰。
明るく屈託のない笑顔で古株ファンのように応援してくれるその姿に、強く励まされてきた。
そして生放送のオファーも受けられる程に、柳宿も徐々に回復していたのだ。

「今日は、打ち上げにゴハン行きましょう♡わたしの奢りです!」
「えー?まだ、そんなにお給料奮わないんじゃないの?」
「だ、大丈夫ですよ!これも、マネージャーの威厳ですから!奢らせてください!それに…柳宿さん」
「なあに?」
「何かあったんなら、もしよかったらわたしに話してください。これから、長くお仕事していくので…」
柳宿の元気がない事に気付きながら、その理由にも世間の女性同様何となく勘付いていた真夜。
一段落ついたので、そろそろ踏み込んでもよいかと思ったのだ。
「ありがとう…」
そんな彼女に、柳宿は優しく微笑んだ。


「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」
Sound Stationの収録現場のあるフロアのひとつ下の階には、某音楽雑誌の出版社がある。
その出版社の入口で、玲麗は雑誌の記者に丁重に挨拶する。
今日、翼宿はその雑誌の取材で、このビルをたまたま訪れていた。
「翼宿さん、お疲れさまでした!来週はこのビルの5FでSound Stationの収録なので、よろしくお願いします!」
「ああ…了解です」
あれから、特に彼女にアクションをしていない翼宿。
元々女嫌いなので、自分のタイミングといってもどうしたらいいのか分からない。
何かきっかけがない限り、彼女との距離を縮めるのは無理だ。
そう考えていた時、ふいに玲麗は目の前で立ち止まった。
「そういえば、今日は柳宿さんの収録らしいですね」
「え?」
よりによって、彼女の口から飛び出した名前は「柳宿」。
「もう収録終わりの時間ですし、会って…いかれなくていいんですか?」
「…何、言ってるんですか?玲麗さん。あいつとは、もう終わって…」
「終わらせたくなかったんじゃないんですか?あなた自身…」
いつになく真剣な表情で自分を見つめる玲麗に、翼宿はくっと息を呑んだ。


Plllllllllll
「あ、すみません…ちょっと、出てきますね」
「うん!」
ちょうどその頃、真夜の携帯が鳴り彼女は席を離れた。
吹き抜けになっているこのビルは、向かい側のビルの様子も見える。
ふと階下に目をやって、そこで視線は止まった。
「あれ…」
そこにいるのは、オレンジ髪のあの人。
彼は、恐らくマネージャーである女性と向かい合っている。
もちろん会話は聞こえないが、異様な空気を放つその光景は遠くにいる柳宿にも違和感を与えた。
「どうしたんだろう…」


暫しの沈黙の後、翼宿は玲麗から目を反らした。
「あんまり、他社のアーティストに肩入れするのよくないんやないですか?」
「確かに、そうかもしれません。それでも、わたしは同じ女として柳宿さんを放っておけないんです」

実は、玲麗もこっそり柳宿の新曲を聴いていた。
今になっても、彼女は翼宿を待っているという気持ちが伝わってくるのだ。
本当は玲麗も翼宿に惹かれていたが、だからこそ分かる。
翼宿自身も、柳宿を突き放した事を心のどこかで後悔していると。
だからこそまだ間に合うなら、彼には自分の気持ちに嘘をついてほしくないのだ。

玲麗は、翼宿の前に回って彼の肩を掴んだ。
「今回の方針は、ポールに従わなければないのかもしれません。だけど、柳宿さんと縁を切る必要はないじゃないですか!あなたの今の状況を話せば、彼女も分かって…」
「……………っっ!!」

タイミング。
それが、今なのだとしたら。

玲麗の腕をぐっと掴み、そのまま引き寄せて。
唇を近付けた瞬間、彼にもビルの向かい側の窓が見えた。
そこには、「彼女」の姿。
一瞬、目を見張るが、それでもその行為はやめず。

翼宿は、玲麗の唇に自身の唇を重ねていた。

「…………っ!!」
その光景は、もちろん柳宿の瞳にもしっかりと映った。

「翼宿…さん?」
唇を離した玲麗は、頬を染めていた。
まだ吐息がかかる至近距離で、翼宿は彼女に呟いた。

「分かって…くださいよ」

この時、玲麗の理性が弾けた。
もう一度、彼女から翼宿へ深く深く口付けた………
6/16ページ
スキ