空翔けるうた~03~

『空翔宿星元メンバー・翼宿、突然の電撃移籍!』
『グローバルミュージックの大型プロジェクトのサポートアーティストは、世界のトップアーティスト・翼宿』
『グローバルミュージックとyukimusicの完全対立!ライバルになった翼宿と柳宿?』
翼宿の帰国会見の翌日、スポーツ紙を賑わせたのは予想通りこんな一面だった。
「あーーー!どうするかなあ…」
そのスポーツ紙に埋もれたデスクで、夕城社長は頭を抱える。
もちろん、この報道の数々にも頭は悩ませているのだが。
もうひとつ、彼のパソコンでは今しがた届いた業界内の流通メールが開かれていた。
コンコン
そこに聞こえてきたノック音に、間延びした返事をする。
「社長…柳宿です」
「柳宿か…入れ」
顔を覗かせたのは、血色の悪い顔で微笑む柳宿の姿。
「お前…大丈夫か?体調の方は…」
「すみませんでした!昨日、徹夜で歌詞を書き直してたんです。チェックして貰えますか?」
「あ、ああ…」
差し出された書類に、社長は目を落とす。
暫しの時間、その2枚の書類を確認する間、二人の間に沈黙が流れた。
そして全てに目を通した彼は、そっと顔をあげる。
「…柳宿。お前」
「すみません…私的な歌詞で。だけど、あたし…今の気持ちに蓋をしたくなくて。もしもボツであれば、最初に考えていたものがありますのでそれでも大丈夫です」
「………………」
「…いかがでしょうか?」
椅子に大きく寄り掛かり、社長は一旦考えた。
が、次には優しく微笑みながら柳宿を見上げた。
「…いいと思う。あいつの耳にこの曲が入るかは分からないけど、この歌詞は、今、yukimusic全体が考えている事と言っても過言ではないからな」
「ありがとうございます…」
「また、バラードだな!作曲も、引き続き頼むよ。
それとな…柳宿。今、連絡が入った事なんだが…」
彼の深刻そうな表情に柳宿は首を傾げるが、その理由はすぐに分かる。
「お前のCDと翼宿のCDの発売日が、同日になったらしいんだ」
「それって…」
「ああ。今の報道に乗っかれば、お前と翼宿はライバルになる事になるんだ」
「……………」
「もしかしたら、グローバルミュージックがそれを踏んでわざと合わせてきた可能性がある。なあ?柳宿。今からなら変更はきくから、発売日変更した方が…」
「いいえ」
それでも、彼女は迷いのない瞳をすっと社長に向けた。
「このままで、行かせてください。覚悟は、してましたから」
今度は、自分がyukimusicを護ると決めたんだ。
どんな試練が起こっても、揺らいではいけない。
それが、一晩考えて決意した柳宿にとっての覚悟だった。



一ヶ月後。
「翼宿のCDが、日本で手に入るなんて夢みたい!」
「全米版は、ネットもすぐに売り切れてたもんね…3枚は、買うわ!」
「英語詞がスゴいんでしょ?早く、テレビで歌ってる姿も見たいな~」
渋谷のCDショップで大きく売り出されているのは、やはり翼宿のCDだった。
元祖翼宿ファンは口々にこんな言葉を並べながら、CDを手に取っていく。
やはり盲目なファンには、彼が支援しているプロジェクトの意味よりも彼が日本で活動する事の意味の方が何倍も大きく、空翔宿星活動当時とその人気の高さはさほど変わらなかった。
その横で、翼宿には劣るが、同じく大きめに売り出されている柳宿のCDもまたコアなファンによって少しずつ持ち出されていたのではあるが。


『ふふ…やはり、初動売上は我々の勝ちだな』
柳宿のデビュー発表時は沸いていた芸能界も、翼宿の帰国と共にその話題性も塗り替えられてしまっていた。
初動売上は、翼宿が105万枚、柳宿が64万枚と圧倒的大差であった。
しかし、ポールの手元には例の彼女のCDがある。
経営者として敵を知る必要があるため、売上カウントされない裏ルートで入手したものだ。
『小娘の安っぽいラブソングだろうが、聴いてみるか…』
こんな独り言を呟きながら、ウォークマンにCDをセットする。
程なくして流れてくる柳宿の歌声は全て日本詞だったが英語詞に翻訳された書類に目を通しながら、彼はその曲に聴き入った。
しかし1番を聴いた辺りから、彼の表情が強張る。
『この歌詞…』
そう。彼も、その歌詞の意味に気付いたのだ。
あっという間に曲が終わると、耳につけたヘッドホンを投げ出した。
ため息をつきながら、椅子にふんぞり返る。
『チッ…面白くない』
そこで、ポールは悟ったのだ。
柳宿の中には、まだ翼宿に対する未練がある事を…


コンコン
数刻後、ポールの部屋の扉がノックされた。
訪れたのは、初動ミリオンを達成したトップアーティスト。
『ポール。お呼びでしょうか?』
『翼宿。突然、悪いね。座りなさい』
翼宿がソファに腰掛けたのを確認し、ポールは身を乗り出す。
『今日の売上だけで、ミリオンだ。よくやったね…翼宿。さすが、グローバルミュージックの宝だけある』
『いいえ。俺は、何も』
淡々と答えていく彼の表情から、柳宿のCDは聴いてないようだとポールは判断した。
これはチャンスだと、ここである提案を持ち掛ける。
『それでだね…今日は、君にもうひとつ提案というか、お願いがあるんだ』
『何でしょうか?』

『うちの玲麗と、恋仲になってくれないかい?』

この発言には、さすがの翼宿も驚いた。
『何を…言ってるんですか?ポール。今、俺には恋愛は必要は…』
『だけど、嫌いではないだろう?外国でも日本でも、精一杯サポートしてくれる彼女の事…そこそこ美人な方だぞ』
『それは、感謝しています。だけどアーティストとマネージャーの関係なのでそこは割り切っていますし、それで仕事に影響が出たら困ります』
『…社長のわたしが、認めるんだ。堂々とすればいい』
ポールは、必死に否定する翼宿の様子に徐々に苛立ちを見せ始めた。

『それとも、空翔宿星のキーボードの女の子の事、まだ気になるのか…?』

その言葉には、彼は首を横にハッキリと振る。
『あいつとは、とっくに終わりました。彼女にもハッキリ伝えましたし、あれから俺の前には姿を見せてませんし…』
『…だけど、それだけじゃダメなんだよ!』
『…………?』
声を荒げられても、翼宿にはその意味が全く分からない。
翼宿が無自覚であっても、柳宿の心にはいつも翼宿がいる。
その事実が、ポールには耐えられない。
一拍置いて、ポールは続ける。
『いいのか?翼宿。わたしの提案に背いても…』
『……………っ』
『お前がここにいる恩恵は、全てこの会社にある。そうだろう?』
『は………い』
『君は、わたしに逆らう事は出来ないのだよ』
最後には彼にある弱味をちらつかせ、脅すような口調で語りかける。

『俺の…タイミングで…行かせてください』

相手から絞り出た返事に、ポールは満足そうに頷く。
『いい子だ。それでこそ、わたしの優秀な子供だよ。翼宿…』
仕事だけでなく、プライベートまでも。
全てをコントロールされた翼宿は、今やポールの犬以下の存在だった―――
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