空翔けるうた~03~

「え!?今、何て言いました!?」
「だから!Nurikoのソロデビューの話だよ!」
久々に連絡を受けて訪れた、yukimusicの社長室。
目の前では、スーツに身を包んだ社長がニコニコしながらこんな提案をしてくる。
「夕城社長…何の冗談ですか?あたしが、ソロデビューなんて…夢物語もいいトコですよ」
「ちゃんと、見込みもあるぞ?ホラ!」
そう言って彼が広げた書類は、数年前にリリースしたダウンロード限定シングルのダウンロード推移グラフだった。
空翔宿星解散日には、Nurikoの曲はダウンロード数1位。その後も、これまでずっとトップ10をキープしているのだ。
予想外の結果を持ち出され、柳宿は唖然とした。
「いや…あの。恐らく、お前が売れ出した理由は、正直素直に喜べる理由じゃないと思うんだ。少なくとも、お前にとっては…」
そう。あくまで、翼宿を遠くへ手離した彼女への共感や同情も含まれているかもしれない。
それをきっかけに、これから彼女を売り込むというのはいかがなものかとも思う。
それでも、当時の彼女の姿勢は少なからず称賛はされていた筈。社長は、そう信じていた。
「もちろん、無理にとは言わない。お前に、今、やりたい事が他にあるなら俺も諦めるよ」
「………それは」
「だけど、もしもやりたい事がないというのであれば…俺達に、もう一度だけ力を貸してくれないか?」
yukimusicの売上が芳しくない事は、柳宿も分かっていた。
そして今の柳宿にとって、専門学校に進む事が芸能界の仕事以上に魅力的なものだとも到底思えない。
きっかけはどうあれ、今まで、翼宿が、空翔宿星が護り続けてきたこの会社を再び助けるのだって悪くない筈だ。
それにここで頑張れば、ずっと連絡が取れないでいる彼といつか共に同じフィールドに立てるかもしれない。
意を決すると、柳宿は社長をまっすぐ見据えてようやく答えを出した。
「どこまで出来るか分からないけど…よろしくお願いします!」
「あ…ありがとう!柳宿おおお!!」
君のように、輝けるかは分からない。
だけど遠くで頑張る君を目指して、あたしも頑張りたい。


「え…ええっ!?柳宿が、デビュー!?」
数刻後、鬼宿は夕城社長から受けた電話越しに思わず声を張り上げた。
その叫びに、周りの社員も一気にどよめき立つ。
『お前には、柳宿の宣伝担当を任せるよ!マネージャーは女にするけど、あいつも久々の芸能界でまごついてる。お前からのフォローも、よろしく頼むぞ!』
「そっか…そっかあ~柳宿がか!あいつなら、やってくれるかもしれませんね!頑張ります!」
電話を切ると、会話の成り行きを見守っていた社員達がわあと感嘆の声をあげる。
空翔宿星が売れた時以来の、久々の沸いた空気である。
「柳宿が、デビューなんて!これは、話題性抜群ですね!」
「あたし、彼女の歌、未だに何度も聴くくらい大好きで!彼女の歌声も、翼宿に匹敵するくらいのレベルですからね!」
「よおし!広報課一丸となって、頑張るぞ!!」
「いや、あの~…」
勝手に盛り上がる広報課に、鬼宿はほとほと呆れ果てる。
それでも、かつての戦友がデビューする事を彼も素直に喜んでいた。
この後に待ち受ける、残酷な争いが待っているとも知らずに…



一ヶ月後―――
カタン
ある男性が成田空港ロビーに到着すると、周りの女性陣はその見覚えのある姿にきゃあと声をあげる。
相変わらずのオレンジ髪はどこから見ても目立つが、今はそれにシルバーのメッシュを加えてより一層目立つ髪型になっている。
しかしサングラスの奥の瞳は、以前のようなサービス精神の瞳ではなく氷のような冷たい瞳。
誰も寄せ付けないといった雰囲気に、女性陣はそれ以上距離を縮めようとはしない。
「行きましょう…翼宿さん」
「ああ」
後ろに立つ玲麗に促され、歩を進めた時。
空港ロビーに飾られている一際目立つ広告に気付いて、足を止めた。
それはピンク色のドレスを着た柳宿がボーカルマイクを片手に映っている広告で、そこには「元空翔宿星メンバー・Nuriko、待望のソロデビュー!」と書かれていた。


翌日。翼宿の電撃帰国はマスコミも嗅ぎ付けておらず、日本のファンは誰一人その状況に気付いていなかった。
もちろん、今や、Nurikoのデビュー準備に追われているこの男にも。
「今、鬼宿と柳宿が各メディアに挨拶に行ってるから…それが終わったら、いよいよレコだな!」
独り言を言いながらでも、社長の心は踊っていた。
既に大々的に宣伝している事もあり、話題性は抜群。
ネットのクチコミも、期待の声が止まらない。
久々に、期待の新人を送り出せる…そう考えていた時だった。
コンコン
ノック音が聞こえ、社長は返事をする。
「社長。お忙しいところ、すみません。社長に来客が…」
「へ?来客の約束なんて、あったっけ?」
秘書の声に、首を傾げていると。

「夕城社長…お久しぶりです」

聞き覚えのあるイントネーションの挨拶に社長は目を輝かせ、中に入るよう指示をするが。
次に入ってきた「彼」のその姿に、思わず顔を強張らせた―――


数刻後…
「鬼宿さん!柳宿さん!お疲れさまでした!今日の挨拶回りは、以上になります」
運転席に座る、柳宿のマネージャー・真夜は二人に声をかける。
「真夜さんも、お疲れ!初めてのマネージャーでしょ?こんなに動いて、疲れたんじゃない?」
「いえいえ!柳宿さんのデビューのお手伝いが出来て、光栄です!」
「ありがとう…頼りにしてるよ!」
本社前で二人を降ろすと、車庫に入れるために真夜は車をUターンさせていった。
「何とか、順調じゃん?後は、お前らしく!だな。歌詞は、書けたのか?」
「うん!何とかね…作詞なんて初めてだから、色々悩んだけど」
「期待してるぞ!楽しみだな~」
そんな会話をしながら、二人が玄関ロビーに入っていくと。

コツコツ…

向こうから、背の高い青年が歩いてくるのが見える。
遠くからでも異色なオーラを放つその男性が誰なのか、二人には最初は分からなかった。
しかし徐々に近付いてくる事で、彼のオレンジ髪が見えた。
鬼宿が、先に足を止める。

「………翼宿!?」
「………あ」

そう。それは、かつての戦友の姿。柳宿の恋人の姿だった。
向こうも足を止めたのを確認すると、鬼宿は真っ先に駆け寄った。
「翼宿!!どうしたんだよ!?帰国したのか?連絡のひとつくらい、よこしたって…」
しかし駆け寄られた翼宿は、笑みのひとつもこぼさない。
凍てついた瞳で、鬼宿を見下ろしている。
その異変に先に気付いたのは、柳宿。
「翼宿…?」

「何で、いちいち連絡せなあかんねん。うっとうしいな」

その口から聞こえた言葉は、信じられない言葉。
鬼宿もやっとその異変に気付いたようで、彼の肩を掴んでいた手をそっと外す。
「翼宿?」
「今、社長に挨拶してきたんや。この会社から、正式に除籍してもらうようにな」
「除籍って…え?お前が日本に帰ってからも活動できるように、この会社に籍は残して…」
「せやから、もうそれも必要なくなったんや」
唖然とする二人を前に、翼宿は続ける。

「今回は、異例の帰国や。ほんの少し暴れさせて貰ったら…いつかまたLAに帰る」

「暴れるって…」
その豹変した態度がさすがに癪に触り、柳宿がそっと呟く。
すると、翼宿は柳宿に歩を進めた。
距離を詰められた事で、体がなぜかびくつく。
「お前…デビューするんか?」
「え…?」

「気に食わんな」

最後にそう吐き捨てると、彼はそのままロビーを後にした。
取り残された二人は、同時に顔を見合わせる。
「柳宿…」
「…嘘でしょ?」

帰ってきた空翔宿星の伝説の男・翼宿は、グローバルミュージックに魂を売った冷酷なアーティストになっていた―――
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