空翔けるうた~03~

ピッピッピッ…
とある集中治療室のベッドに横たわっているのは、グローバルミュージック社長・マイケル。
昼間、現場で吐血して倒れ、搬送されたのだ。
『先生…これ以上の輸血は…』
看護師の言葉に、医師は観念したようにメスを置いて項垂れる。
『これ以上は…無理だ』
一同はその声に手を止め、モニターの心音計がその命の炎が燃え尽きる合図を出すのを待った―――



一週間後…
「翼宿さん!」
喪服に身を包んだ翼宿は、声をかけられて振り向いた。
「玲麗さん…お疲れさまでした。色々と、設営大変だったでしょう?」
「いえ…やっと、少し余裕が出来ました。翼宿さんこそお仕事詰まってるのに、お手伝いありがとうございました!」
「いつも、世話になってる礼ですよ。それに…マイケルの葬儀なんですから」
二人は、今、まさに遺骨を燃やす煙が立ち上っている葬儀場の煙突を見上げた。
玲麗は、そっとハンカチを取り出して涙を拭う。
「今でも、信じられないです…マイケルが、もうこの世にいないなんて」
「そうですね…」
「お体悪い自覚があったのに、病院にも行かずにずっと無理していて…気付けなかったわたしの責任です」
「それを言うなら、俺も同じです…マイケル、いつも俺の要望に応えてくれて俺がやりたいようにさせてくれてました」

肺がんだった。搬送された時はもう手遅れで、がんが全身に転移していたのだ。
65歳という若すぎる死は、全世界に衝撃を与えた。
全世界から弔電が届けられ、その中には翼宿のホーム・yukimusicの関係者のものも多々あった。

「これからは、ポールが社長に就任すると言っていました。後で、翼宿さんにお話があるとの事です」
聞き慣れない名前と突然の用件に、翼宿は首を傾げた。
次期社長は、どんな人なのだろうか?


「Ladies and Gentlema---n…」
社長室の水槽で泳ぐ熱帯魚をなぞりながら、ポールは不敵な笑みを浮かべていた。
先週までそこに座っていた人物の死など知った事かという態度で、椅子にふんぞり返っている。
『いよいよ、わたしの時代が来た。わたしが、全世界の音楽を統べる時代が…ついに』
コンコン
ノック音が聞こえ、そこでポールの独り言は終わった。
『誰だね?』
『ポール社長…翼宿です。入っても、よろしいでしょうか?』
『ああ。待っていたよ。入りなさい』
顔を出したオレンジ髪に、ポールはニコリと微笑んだ。
『疲れているところを、申し訳ない。翼宿くん』
『いいえ』
『改めて、僕が次期社長のポールだ。よろしく頼むよ』
握手を求められ、翼宿もそれに応じる。
この時点で嫌な香りが翼宿にはプンプンしていたけれど、それは気にせずポールに倣ってソファに座る。
『さて早速だが、君には新しい仕事をして貰う事にした。というのも、今後、グローバルミュージックは新しいプロジェクトを進める事になってね…君には、その協力者になってほしいんだ』
『プロジェクト?』
そこで、ポールは手元のタブレットを開く。
グラフのようなものが記されている画面を開いて、それを指した。
『日本の音楽会社を買収し、我々の傘下に置くプロジェクトだよ』
『……………っ!』
その言葉を聞いて、翼宿はすぐさまその意味を理解した。
『わたしは、ずっと考えてきた。このLAにトップアーティストを一同に集め、音楽を発信していく事を。この会社をアーティストの可能性を更に広げる存在にする事を。だけど、マイケルは聞き入れてくれなかったんだよ。わたしとは意見が合わなかったようでね。だが、マイケルが急死してわたしが次期社長に任命され、ついにこの時が来た…』
依然タブレットから目を離せないでいる翼宿に構わず、ポールは続ける。
『ただ、わたしがやろうとしている事をよく思わない人間もいるだろう。その時の為に、君にはこのプロジェクトを達成するまでこの会社のイメージキャラクターとして日本に帰国して活動して貰う。プロジェクトが終了したら、またここで活動をさせてやるよ。今よりも、更にVIPな待遇を揃えてね…』
そこまで聞き、翼宿はタブレットをポールに突き返した。
その表情は、険しく狼のような表情だった。
『申し訳ありませんが…協力は出来ません。お言葉ですが、非常に身勝手で利益目当てのプロジェクトにしか思えません』
『………………』
『確かに、俺はここで日本では経験出来ないたくさんの経験をさせて貰いました。だけど、それは全てのアーティストが望んでいる事ではない。LAを拠点にする事はアーティスト自身に負担がかかるし、ファンも足を運びづらくなります。日本の…東京をスタンスにするやり方は崩さない方が懸命だと思います』
『………そうかね』
『すみません…今の話は、なかった事にしてください』
そう言い残し、その場を離れようとポールに背中を向けた時。

『残念だ…それでは、君のホームを倒産に追い込むしかないな』

信じられない言葉を浴びせられ、翼宿はキッと振り向いた。
『今…何を…』
『君のホーム・yukimusicだよ。空翔宿星が解散してから、売れ行きがさっぱりらしいじゃないか。どうせ、潰れても誰も困らない。そうだろう?』
『何を言ってるんですか!?そんなん、俺が許可しません!』
『なら』
そこで、ポールの冷たい瞳が翼宿の瞳を射抜いた。
全身に鳥肌が立った翼宿は、そこで自分の立場をやっと把握する。

『やってくれるね?翼宿くん。君のホームを守る為にも』


バン!
乱暴にドアを開けると、目の前には茶をのせた盆を持った玲麗が立っていた。
中の会話を聞いてしまったようで、盆を持つ手が震えている。
そして虚ろになった自分の目を見て、更に彼女の顔が強張った。
「翼宿さん…あの…」
しかしそれには答えず、その場を後にした。

『玲麗』
そして社長室から聞こえた声に、翼宿を追おうとした玲麗は足を止めた。
『君には、引き続き翼宿のサポートを頼むよ。これから、彼は少し大変になる』
『……………っ』
『ずっと、好意を寄せていたんだろう?なあに…お前にとっても悪い話にはしないよ』
社長に歯向かえる立場ではない玲麗は、黙って首を縦に振る事しか出来なかった…


ガツン!
バルコニーの壁を、翼宿は殴り付けた。

自分は、こんな事のためにLAに残った訳ではない。
だけど自由な国であるがゆえ、突然、状況が一変する事はあるのだ。
そして、こんな時、自分の立場は情けなくもまだまだ弱い。

「くそ…!!」
YESを言わざるをえなかった。
あそこで断れば、日本で踏ん張っているホームが潰される。
心を鬼にして、日本に帰国するしか選択肢はないのだ。

「夕城プロ…鬼宿…柳宿。すまん…」



「………っ?」
「柳宿さん?どうしましたか?」
「あ。いえ…すみません!続けてください」
誰かに名前を呼ばれた気がして、柳宿は思わず振り向いた。が、気のせいだったようだ。
柳宿は、資料請求した専門学校の個別説明会に出席していた。
係の講師から、ちょうど今、説明を聞き終えたところだ。
「柳宿さんの才能なら、うちでもすぐにやっていけますよ!ブランクがある学生はたくさんいるので、そこは気になさらないでください」
「はい…ありがとうございました」
とりあえず、資料請求した専門学校の個別説明会へ。
柳宿も、徐々に次のステップへ進み始めていた。
しかし、心は相変わらず空虚なままで。
そんな心の余裕がない彼女に、この時、翼宿がどんなに大変な目に遭っているかなど知る由もなかった。


「っあーーー新人発掘…新人発掘…」
その夜、今日もyukimusicの社長室からは呪文のようにこんな言葉が聞こえてくる。
それは、数年前にも彼が同じように頭を悩ませていた問題についての事。
「無理だ…空翔宿星以上のインパクトのアーティストなんて…今時、発掘出来る訳ないよ…」
ポールの言う通り、yukimusicの業績は思わしくなかった。
当たり前だが、売り込めるアーティストがいない以上、会社が儲かる筈がない。
いくら社員が頑張ってくれていても給料が弾まない事に、社長は申し訳なさを感じていた。
「地元のライブハウス回るのに力入れるくらいしか…ないのかなあ」
ふと、自社の売り上げグラフにアクセスする。
CD、DVD、ダウンロードと、適当にカテゴリを進めていくと。
ダウンロードのカテゴリで、社長の手が止まった。

「ん………んんーー??」

ある曲のダウンロード数が、今も、伸び続けている事に気付いたのだ。
重たくなってきた目を見開き、その曲名を凝視する。
「この曲…」
そして、社長は思い付いた。
無茶な賭けかもしれないけれど。

「こいつなら…割とイケるかもしれないな」

今も、着実にダウンロード数を伸ばし続けているその曲。
ライブで翼宿を送り出すという勇気ある行動を成し遂げ、女性の支持が圧倒的に増えた人物の曲。
今や、その時の彼女の気持ちを歌っているようにしか聴こえない曲。

Nurikoの「恋いしくて」。
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