空翔けるうた~03~

「はあ…あたしとした事が」
化粧室の鏡に映る姿に、柳宿はひとつため息をつく。

いつまで経っても、自分は翼宿に迷惑をかけてばかり。
それでもこうして彼は戻ってきてくれたが、失う怖さを知った今となっては失う不安が以前より増している。
だからこそ、これからは慎重に接しなければいけないのに。

戻ってきても、世紀の大スターには変わりはない。
いつ、また、彼を失うか分からない。
そんな事を考えていると、こんな幸せな時間すらも怖い。

ぐっと不安を噛み締めて、柳宿は化粧室を後にした。


「あれ?」
戻ってみると、座っていたテーブルから翼宿の姿が消えている。

まさか、また…?

襲ってきた悪寒に、柳宿が身震いすると。
「お客様?」
後ろから声をかけられて振り返ると、ウェイターが微笑みながらこちらを見ている。
「………あの?」
「お連れ様からのご用命で、お客様をご案内したい場所がございます。どうぞ、こちらへ」
「…………え?」


通されたのは、レストランから続く廊下の向こう側にある礼拝堂だった。
まさかこんな場所があったのかと、柳宿は驚く。
そして、ここではたとある事に気付いた。

え…?これって…このパターンって、まさか?
いや。まさか、あの翼宿がこんな演出企てるなんてありえない。ありえない…

一人で、しどろもどろしていると。
ガコン
礼拝堂の扉が開かれ、その向こう側に花束を肩にかけて立っている翼宿の姿があった。
「………翼宿」
その姿を見た瞬間、柳宿の瞳には早くも涙が溢れていて。
「………やっぱり、女にはベタな演出やったか」
彼女のその反応に、翼宿は頬を染めながらガシガシと頭をかきむしった。
そのまま、ゆっくりと柳宿に近付いていく。
「な、何よお…ますます、ホスト姿に磨きかかってるじゃない…」
「るさい」
「そんな飄々と…現れるんじゃないわよぉ」
「……………」
そんな嫌味の飛ばし合いをしている間に、翼宿は柳宿の元に辿り着く。
「この俺が、腹括って用意したプランなんやからな。最後まで、聞け」
その言葉に、柳宿は顔をあげる。
「柳宿…ホンマに、すまんかったな。お前を裏切るような事、たくさんしてしもた。会社のためとはいえ、俺、お前の恋人として失格やと思う」
「そんな事…ない」
「俺な。日本で、一からやり直してみようと思うんや。それが結果的にまた海外に繋がっても繋がらなくても、やれるトコまでやってみたい」
「………うん」
「あそこまで騒ぎにしてしもたから、今更、空翔宿星で…って訳にはいかんのやけど」
「………うん」
そこで、翼宿は一拍置く。
「せやから、俺がどんな事になってもお前と離れん方法を…選んだ」
「………翼宿」

柳宿の両手に、花束が差し出される。
「お前を傷付けたこんな俺やけど…まだ間に合うなら、今度は、一生、俺の傍にいてほしいんや」
「…………っ」

「俺と、結婚してほしい」

「~~~~~~っ」
「って!泣きすぎや!まつ毛、取れそうやないか!」
「だって…だってぇ…翼宿が、また突然いなくなっちゃったんじゃないかって…思ったから…だから、びっくりして…」
「あー…すまんかったな」
翼宿は、そんな柳宿の頭をそっと引き寄せる。
「もう、あたしの事、置いていかない?」
「ああ」
「絶対に、絶対?」
「絶対に、絶対や」
その言葉に、柳宿は初めて笑って顔をあげた。
「あたしも、翼宿と一緒にいたい!ずっとずっと…一緒にいたい!」
そして、今度はぎゅっと翼宿の背中を抱きしめた。
「はあ…寿命縮むわ。こんなん」
翼宿も、安心したようにその小さな体を抱きしめ返す。
「ほんなら」
少しして翼宿は柳宿を引き離し、上着の内ポケットからずっと潜めていたあるものを取り出す。
小箱の中から取り出したものを、そっと翳して。
「証や」
微笑みながら、柳宿の左手の薬指にそれをはめた。
LAで買った指輪の宝石と重なったダイヤモンドは、より一層輝きを増す。
「………翼宿」
そのまま柳宿の頬に手が添えられ、二人は唇を重ねた。
それは、礼拝堂で永遠の愛を誓い合う優しいキスだった―――



『翼宿♡柳宿電撃入籍!!とうとう、世紀のビッグカップルが誕生!』
日本中を騒がせる電撃ニュースが報じられたのは、桜が咲き始める4月。
騒動から、半年が経った頃の事だった。
「マジかあ~いよいよ、この日が来たのね…」
「柳宿はyukimusicから除籍になるけど、翼宿がまた活動する事になったんだね!これにて、一件落着かあ~」
「玉麗?ところで、今日は随分とおめかしじゃない?」
喫茶店でスポーツ紙を広げながら会話している女性達は、かつてのサークル仲間だった。
その中で余所行き用のドレスを着ている玉麗に、一同は首を傾げる。
「実は~これから、二人の結婚式で…」
「あ、あんた!呼ばれたの!?どこで!?何時から!?」
「教える訳ないでしょ?じゃあ、行ってきます♡」
混乱する友人達をひらりと交わし、玉麗はその場を後にした。


海が見渡せる丘に建てられている可愛らしいチャペル。
チャペルの外には、たくさんの招待客と報道陣がごった返していた。
世紀のビッグカップルの結婚式は、混乱を避けるために挙式は親族のみで行われ、その他の招待客と報道陣はセレモニーからの参加となっていた。
「遂に…遂に、この時が…」
フラワーシャワーを手に、早くも涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている男が一人。
「もう!社長!涙、拭いてください!」
「おお…真夜。気が利くな。しょうがないだろ…おじさん、ここまで二人の関係にどれだけ一喜一憂してきた事か…」
「はいはい。社長の頑張りは、わたしが見てきましたから!」
「ま、真夜ちゃん…」
自分の兄が、十歳は離れているであろう女の子に相手にされている。
その光景を少し離れて見ていた美朱が唖然としながら、隣の鬼宿をつつく。
「ねえ?どういう事?あの女の子…好んで、お兄ちゃんの隣にいるって事?」
「ま、まあ~そうなるかな」
「頭、おかしいんじゃないの?あんなおじさんのどこがいいんだか…」
「まあまあ!強がるなよ、お兄ちゃん取られたからって!」
「べ、別に、あたしは…」
今回の騒動の件には特に触れていなかった美朱には、真夜の存在など知る由もなかった。
だが、次にはチャペルのステンドグラスを見上げながら安心したような笑みを浮かべる。
「だけど…よかった!翼宿さんも柳宿さんも…お兄ちゃんも、みんな幸せになれそうで!」
「そうだな」
「鬼宿も入社一年目で…大変だったね!よく、頑張ったよ~」
「ホント大変だったよ…」
それでも、変わらずに隣で笑ってくれている美朱の存在に今でも鬼宿は安心している。
だから。
そっと、彼女の手を握った。
「…………?」
「美朱…俺も、きちんとするからな」
「鬼宿?」
「待ってろよ」
その言葉の意味が何となく分かり、美朱の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。

「それでは、新郎新婦のご入場です!皆さま!祝福のフラワーシャワーで、お迎えください!」

司会の声で、チャペルの扉が開かれる。
そこには、先程、挙式を終えた翼宿と柳宿が最高の笑顔で立っていた。
様々な困難を乗り越えた彼らの笑顔は、誰にも負けない最高のものだった。


もう、二度と離れない。
ここから、また歩いていこう。
空翔宿星の新たなステージへ。


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