空翔けるうた~03~

夜更けに近づく頃。yukimusicの関係者は、やっと警察の取り調べから解放された。
駐車場に停められている車の中にいるのは、社長と鬼宿だった。
「鬼宿…体は、何ともないか?」
「大丈夫です!…って、言いたいところですけど…めちゃめちゃ怖かったですよ~俺、喧嘩だけは弱いんですからね」
「俺が来るのがもう少し遅かったら、肋の一本、二本は行ってたかもな…」
笑えない冗談を交わしながら、互いの缶コーヒーをかち合わせる。
「で?翼宿は?まだか?」
「まあまあ…柳宿のお兄さんが迎えに来るまでは、二人きりにさせてあげましょうよ」
「その後は…どんな仕打ちにしようか?」
「ですね」
悪戯っぽく笑い合う二人だが、本当は素直に喜んでいた。
心待ちにしていた「英雄」の帰りを…


警察署の裏手にある、夜景が見える公園。
そこで、壮絶な試練を乗り越えた一組の恋人が肩を並べていた。
「警察の取り調べって、こんなに時間かかるのね~もう、日付変わるじゃないの…」
「せやな」
柳宿の間延びした一言に、翼宿もくっと笑う。
「ホントに、この後、本社に戻るの?」
「ああ…男同士で改めて筋通さなあかんって事で、社長命令や」
「あーあ。あの二人の相手…久々で、大変ね。どうなっても、知らないから~」
それでも、本望。翼宿の顔は、そう語っているようだった。
だから、柳宿はそんな彼の顔にそっと近付いて。
「…ねえ」
「ん?」
その頬を、ぐっとつねってみた。
「何すんねん、お前はあっ!」
「ごめんごめん…ホントに翼宿かどうか、再確認…いたっ!」
そして、次には柳宿の頬が倍返しでつねられる。
「ちょっと~乙女の柔肌に何て事するのよ!」
「そんなん、知るか」
「もお~翼宿のバカ…ひゃっ!?」
半分涙目で相手を睨み上げようとするが、しかし次の瞬間、彼の手によって自分の頭が引き寄せられた。
ふいをつかれたその行動に、素直に抵抗が止まる。
風が、さわさわと流れていく。
「………もう、何ともないか?」
優しいトーンでかけられる優しい言葉に、鼓動が鳴る。
「…何ともないって言ったら嘘になるけど、大丈夫よ」
「………………」
どんな理由があれ、翼宿の男の汚い部分が柳宿を傷付けたのもまた事実。
彼の手からそんな申し訳なさが伝わってくるのが分かり、安心させるように彼の肩に顔を埋める。
「それ以上に、大事なものが帰ってきたんだから。気にしない」
「…ホンマに、何度謝っても謝りきれんけど」
「…今度のデートで、手を打つわよ」
「…ふっ。分かった」
気丈に、でも、可愛らしく言葉を返してくれる柳宿の姿に、翼宿の表情も自然と緩んだ。
Plllllllllll
その沈黙を遮ったのは、柳宿の携帯の着信音だった。
「兄貴だ…」
お迎えの時間。二人の暫しの別れの時間だ。
素直に体を離して、互いに向かい合う。
「じゃあ…またな」
「うん…またね」
最後に翼宿から確かめるようにもう一度軽く柳宿を引き寄せて、二人はその場を離れた。


「さっき刑事さんから連絡があったんだが、グローバルミュージックの事務所から放火に使われたプラスチック爆弾と同型のものが見つかったらしい。真夜の件についても、その内、余罪が発覚するだろう」
「この件で、プロジェクトもなくなるでしょうね。取引先からも、何件か心配の連絡が来てました。みんな、目を覚ましてくれてよかったですよ…」
数刻後、yukimusicの社長室で、男同士の筋を通す会が行われた。
とは言っても、そう銘打っただけの慰労の酒盛り。
これにてyukimusicを襲った全ての事件が解決して安堵した社長と鬼宿は既に缶ビールを開けているが、翼宿だけはまだ手をつけられないでいた。
「…翼宿。お前も、飲めよ。ろくに、飲んでないだろ?」
社長の優しい気遣いに、ようやくそこで橙色の頭を垂れた。

「本当に…申し訳ありませんでした」

「翼宿…」
「ホンマは、俺も加害者です。どんな理由があろうと、会社や仲間を裏切ろうとしたんは事実です。それどころか、俺、社長にとんでもない暴言まで…」
「違うよ、翼宿。お前は、一番の被害者だ」
頭上からかけられた優しい声に、翼宿は顔をあげる。
「お前は純粋な気持ちでLAに残り、音楽の勉強を志していた。そんなお前の熱意を中断され、この下らない計画の協力者にさせられた…
俺こそポールのような悪者がいた事を見抜けずに、お前をLAに置いてきてしまった。本当にすまなかった…」
「夕城社長…」
「そうだよ、翼宿。こんな形で再会するなんて…思ってもみなくて…俺…」
翼宿の肩に手を置いた鬼宿の語尾は、微かに震えていた。
「たま…?」
「ごめん…俺…ホントに翼宿が帰ってきて…よかったって…」
それは、一番にメンバーを心配していた元リーダーの本音。
その気持ちが痛い程に伝わり、俯き涙を堪える鬼宿の背中をポンと優しく叩く。
「ああ…ありがとな、たま。お前の声で、目が覚めた。お前は、ホンマに空翔宿星最高のリーダーや」
「翼宿。お前、これからどうするんだ?音楽の活動は…」
その質問に暫し沈黙した後に、翼宿はまっすぐに社長を見て返答した。
「出来れば…ここで、やらせていただきたいです。こうなったのも、海外の門戸は俺にはまだまだ遠いって事ですから」
「そうか」
「すんません…都合がいい事を…」
すると、社長は引き出しからあの除籍届の控えを取り出した。
そして、おもむろにそれを破り捨てる。
「いや。うちとしては、大本望だよ。お前がこの世界を引退しないと言ってくれるなら、これからもいくらでも協力する!」
父親の優しい笑顔にまた心を打たれ翼宿の目頭は熱くなるが、それを隠すかのようにまた頭を垂れた。
「ありがとうございます…社長」
「柳宿との激しい売上争いの後に、空翔宿星の再結成…ってのも複雑だろ?ソロ活動の方が、これまでのペースも乱されないだろうしな」
「まあ、俺も幸いこの仕事が合ってるみたいだから、そういう事にさせてやるよ!」
「鬼宿。まだまだ、偉そうな口叩ける身分じゃないぞ?」
三人は、やっと昔のように笑い合う。
「それにしても、今回、驚いたのは翼宿の柳宿への深い愛!だよな~鬼宿?」
「ですよね!あんな翼宿…初めて見ましたよ!「こいつに死なれるのが死ぬほど嫌だった」とか、言って~」
そこで、翼宿はうっと顔を歪める。
これが、自分への仕打ちだと察したのだ。
照れ隠しに、ようやく手元の缶ビールを開ける。
「あいつとは、きちんとけじめつけるつもりです…俺もあいつも…こんな思いはもうごめんなので」
「え!?それは、つまり!?つまるところ、どうなるんですか!?」
「そこからは、オフレコや!お前、酔いすぎやぞ!」
絡んでくる鬼宿を片手で払い除けて、一気にビールの中身を飲み干した。
そんな彼の姿を眺めながら、社長は呟いた。

「幸せになれよ…翼宿」

ニャン♡
翼宿の膝の上では、先程呂候が連れてきてくれたタマが嬉しそうに鳴いていた。



「ねえ…」
「何や?」
「ホントに、ホントにいいの?」
「ああ」
「ホントに、ホント?」
「ええって、言ってるやろ!しつこい奴やな!」
「だって…こんないいトコのお酒…あたし、飲んだ事ないから♡♡」
翼宿の返答を確認すると、柳宿は手元のワインを一気に飲み干した。
「ほい。それで、終わりや」
「えー!?一杯だけなら、先に言ってよー!」
「アホ。そんくらい、予想せえ。こんなところで暴れ回られたら、たまったもんやないわ」
空になったグラスと手元のノンアルコールシャンパンをすかさず交換する翼宿に、柳宿は頬を膨らませる。

あの騒動から、一週間―――
二人がいるのは、ほぼ貸切状態のイタリアンレストランだった。
しかも、階下には東京の夜景が一望出来る超高等な立地のビルの最上階。

「ま!いっか~今日は、こないだのお詫びにって奮発してくれたんだもんね?」
「俺にとっては、ちょい窮屈やけどな…女は…その。こんなんに憧れるんやろ?」
「うん!一度、来てみたかったんだ~♡」
あの翼宿が、珍しく女心に配慮した行動。
その意味に気付く訳もなく、柳宿は出された前菜に手をつける。
そんな仕草がまた可愛く、翼宿は気付かれないようにふっと微笑む。
「ねえ!今日のあたし!どう?久々のドレスアップなんだけど?」
「相変わらず、暖色しか似合わんな。お前は…」
「何、それ!?子供っぽいって、意味?」
「褒めてるんやて…」
「あんたは…スーツ、似合うわね」
「そおか?」
「………ホストみたい」
「言うと思った」
場所が場所なだけに、二人の格好も余所行きの格好。
本当はお互いのいつもと違う格好に見初め直していた二人なのだが、やはり素直に褒め合う事は出来ない。
それでもいつもと違う格好で微笑みながらグラスを傾ける翼宿の姿に、柳宿は一人見とれていて…

何だか…意味もなく、緊張するわ。

そこで気合いを入れ直そうと、化粧室に立つ事にした。
「ごめん。あたし、化粧室に…」
「場所、分かるか?」
「う、うん!さっき、確認してきたから………きゃ!」

慌てて足がもつれた…その彼女の肩を。
翼宿が、優しく受け止めた。

それは、まるであのホテルの夜のように…

「ご、ごめん…」
「ったく…お前はあ~」
そして、そこでまた視線がかち合う二人の動きが止まる。
ほんのりと、頬が染まる。それも、あの日のように…
「行ってくる…」
「………おう」
柳宿がその場を離れた事で、翼宿は脱力しながら椅子に座り込む。
そっと、懐にあるあるものを探った。

「こんなんで…心臓持つんか?…俺」

そう。この日は、翼宿にとっても一世一代の決心の日。
絶対に失敗できない、運命の日なのであった―――
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