空翔けるうた~03~

「さて、今夜は先日に帰国した翼宿くんの単独番組をお送りしております。今夜は素敵なゲストの方をお招きして、色々とお話を伺っていきます。元空翔宿星のキーボード・柳宿さんです。よろしくお願いしまーす!」
「よろしくお願いします」
司会の男性が柳宿を挟むように座り、カメラは柳宿を中心に向けられる。
「柳宿さんも翼宿さんと同日にデビューを果たしており売上がミリオンを突破したという事で、スゴい快挙ですね!柳宿さん!」
「い、いえいえ!こんなわたしが、そんな快挙だなんて…恐縮です」
「とか何とか言って!翼宿くんに会いたくて、わざとリリース合わせたんじゃないの?ダメじゃないか~彼の邪魔をしたら!」
「す、すみません…」
「今日は、初めての共演なんですよね?今の気持ちは、いかがですか?」
この質問の流れには、若干気まずいものがあった。
スタッフに交じってこの光景を眺めているポールと、特に何も言わずに司会を挟んで座っている翼宿を確認して。
「本当に久々で…元気そうでよかったなって、思ってます」
これ以上詰め寄られないように、柳宿はさらりとそんな返答をした。
すると彼らは一度目配せをした後で、手元の資料に目をやる。
「そんな柳宿さんに、現役時代の噂について色々伺っていきたいと思うんだけど…」
そこで、柳宿は首を傾げた。

「今まで、何人と寝てきたんですか?」

「えっ…?」
「―――っ!」
その質問には、柳宿は愚か翼宿も驚く。
「何の…話ですか?」
「あれ?本人自覚ないの?男社会で、あれだけチヤホヤされてきたんだもーん。関係者とその度に寝てきたのは、当然だよね?」
ここで、翼宿もやっとこの収録の異変に気がついた。
司会が明らかにおかしい質問をしてきているのに、スタッフは誰もこの場を止めようとせず終止ニヤついているのだ。
つまり、これは地上波に乗せられる番組ではない。恐らく、この番組は…
そこでポールを見やると、彼は凍てつくような瞳でこちらを見つめている。
思い出されるのは、あの日の言葉。

『お前は、いつも通りでいいからな?いつも通り歌って、いつも通り淡々と話をして、いつも通り他の共演者に肩入れしない。分かっているね?』

これが、自分への試練だ。
自分の制止で、収録を中断する事が出来ない。
柳宿を見ると彼女はそんな事まで頭が回っていないようなのか、両の拳を握り締めて必死に言葉を探しているようだ。

「そんな事実は…ありません」
やっと柳宿の口から絞り出たのは、そんな言葉だった。
「嘘だあ~メンバーとの練習で遅くなった時もさ!二人同時に相手とかしてきたんじゃないのお~?」
しかし、尚も司会は柳宿に詰め寄ってくる。
そればかりか、少しずつ距離を縮めているかのようにも思えてくる。
不自然な状況ながら、柳宿の恐怖は止まらない。


「ちょっ…!!」
モニタールームでその光景を見ていた鬼宿も、異変に気付き立ち上がる。
「あんた達!止めなくていいんですか!?こんなの、放送禁止内容ですよね!?」
しかしモニタールームのスタッフも皆満足そうにその光景を眺め、誰も収録中止の指示を出さない。
「………んだよ。これ…」
鬼宿は慌てて部屋を飛び出し、収録スタジオへ続く階段を登ろうとした。
「ははは…柳宿も、今日でおしまいだな」
すると向こう側の階段から降りてくるスタッフの声が聞こえ、足を止める。
「ポールも、考えるよな。この撮影は、柳宿の卑猥な動画を撮るためのもの。それを流出しちまえば、あいつはもう表舞台には出てこられないよ」
「翼宿にも、協力してもらうらしいぜ?何でも、歯向かえばyukimusicを潰すって脅されてたみたいなんだけど、最近は態度が悪くなってきたからここらで更正させないとってさ。まあグローバルミュージックのイメージキャラクターなんだから、仕方ないよなあ!」
その話で、鬼宿は全てを悟った。
先程から、感じていた違和感の正体…それはここに派遣されているスタッフは、女性のそのような動画を専門に撮るスタッフだから。
だから柳宿の歌の収録の時、やたら彼女の体に寄るような撮り方をしていたのだ。
そして、片や翼宿はもがきながらもグローバルミュージックの手に堕ちようとしている。
「翼宿…柳宿!」
二人が、危ない。


「だってさ。翼宿くんが否定しないトコが、もう既に事実を認めちゃってるようなものじゃん?」
柳宿は瞳で翼宿に助けを求めるが、彼は唇を噛み締めて黙ったままだ。
「ね?俺らにも、見せてよ?今日の下着、何色なの?」
すると、突然司会の手が柳宿の腿に侵入する。
「や………だっ………!!」

ガターーーン

突然の衝撃音に、三人は慌てて翼宿の方を見た。
彼が、すぐ隣にあるセットを押し倒していたのだ。
「………すんません。カットで」
「はい。カーット!」
司会は舌打ちをすると、柳宿から離れた。
「翼宿…」


パンパンパン
すると、そこに手拍子が聞こえてきた。
スタッフの中から、ポールの姿が現れる。
『翼宿…ダメじゃないか。こういうのは、一発で撮るものなんだぞ。すまないねえ…柳宿さん。これは、ちょっとした前説でね…』
「前説…?」
『実は、海外でも君の人気がスゴくてね。君の流出ものを極秘に撮れないかと、お願いされていたんだよ』
「………っ!!」
「ポール…お前…!!」
そこに、翼宿もすかさず日本語で反応する。
もちろん、そんなものは真っ赤な嘘。
この撮影自体、ポールが仕組んだものだった。
『ちょっとだけ、我慢してくれるかな?これも、人気女性歌手の流儀だよ。LAでは、みんなやってる事だ…さあ。続きから撮り直そうか』
「やだ…ちょっと…!」
隣の司会が、突然、柳宿の両腕を押さえ付けた。
「柳宿…!」
『翼宿!』
ポールの怒号に、彼はビクリと動きを止める。

『お前が…脱がせろ』

その言葉に、翼宿の心臓は止まりそうになった。
『なあに…安心しろ。お前の顔は映さないよ。アシスタントとして、加担して貰うだけだ。後は、そこの男優二人に任せるから…さ』
これは、翼宿への罰ゲーム。彼は、瞬時に察した。
出来ない。出来る訳がない。
今でも愛しているこの女に、そんな仕打ちなんて。だが。
『何をしている?翼宿』
「翼宿…」

『翼宿』

その呼び掛けを合図に、彼は拘束されている柳宿にゆっくりと歩を進めた。
震えている彼女と同じ目線の高さまで屈むと、ドレスの横のホックをひとつひとつ外していく。
もはや相手の顔を直視できず、柳宿はギュッと目を瞑る。
「……………っ」
『いい顔だ…いい顔だよ、柳宿。ああ…これだけで、いい画が撮れそうだ』
翼宿は動かす手はそのままに、唇をきつくきつく噛み締めている。
完全に肌が露になるその時に、ポールの合図でカメラマンのレンズが近付いてくる。
もはや、絶対絶命だ。

「柳宿!翼宿!」

そこに飛び込んできたのは、元空翔宿星のリーダーであり柳宿のマネージャー代理の男。
「何ですか!?関係者以外立ち入り禁止ですよ?」
すぐさま、大柄で強面な男達が彼を押さえ込む。
「っっ!!俺は、関係者だよ!それよりも、すぐに撮影を中断しろ!これ以上、二人を傷付けるな!!」
「たま…」
「翼宿!俺、全部知ったよ!お前…ポールに利用されてたんだろ!?
グローバルミュージックがお前を楯にしながら、yukimusic以外の日本の音楽レーベルを全て買収しようとしていたんだ…抵抗すれば、yukimusicを倒産に追い込むって脅されて…それで、仕方なく奴らに協力してたんだよな!?だから、俺らにも冷たくして…」
「翼宿…」
柳宿が翼宿を見上げると、彼は絶句している。
「でも、翼宿!!お前は、間違ってる!yukimusicが、そんな簡単に潰されてたまるもんか!俺だって柳宿だって、「家族」を守れる!お前一人で犠牲になる事は、ないんだよ!だから…」
ドスッ
その言葉の続きは、彼の鳩尾に拳を入れた事で遮られた。
「たまっ…!!」
『お喋りな新人さんだな。収録事故に見せかけて、この二人には少しお仕置きしてやれ。これ以上、余計な事を喋られない程度に…な』
ポールの指示を受けたスタッフが、ゾロゾロと鬼宿の周りに集まっていく。
目の前に立った男を睨みつけて、鬼宿は呟く。
「空翔宿星を…ナメんなっ…!」
「何だって~?聞こえないよ!」
その男が、乱暴に彼の髪の毛を掴んだ。
「柳宿…翼宿…逃げろーーー!!!」

「たまを離して!」
「おっと…柳宿ちゃん。ここまで脱いだんだから、きちんと協力してもらうよ?」
「嫌だ!やめて!嫌あっ!」
片方の男が柳宿を押し倒し、彼女のドレスを剥ぎ取ろうとする。
「おい、カメラ回せ!!」
次には、カメラが自分の表情を撮ろうと詰め寄ってくる。

ガシャーーーン

そこで、耳をつんざくような破壊音が聞こえた。
その場にいた者の動きが、全て止まる。
恐る恐る顔をあげると、そのカメラはある男の拳によって無惨にも叩き割られていた。
その拳からは、鮮血が滴り落ちている。橙色の髪の毛が、靡いた。
「たすき…」
「………離せ」
「え?」
狼の如く、その三白眼が鋭く光った。

「その汚い手…離せ言うとるんや!!」

小心者の男優は、そんな彼にすっかり圧倒されて柳宿から離れた。
その隙に押し倒されていた女の体を抱き起こし、ジャケットを被せてやる。
『翼宿…お前、どうして…?』
柳宿を庇った翼宿の姿に、ポールは唇をわなわなと震わせ問いかける。


「彼女に手ぇ出す時は…昔から俺を通すようにお願いしてるんですよ」


自分の胸で泣きじゃくる柳宿の肩を大事そうに抱えながら、凄みをきかせたその目を今度はポールに向ける。
隣の通訳の必死の翻訳に、ポールは英語で答える。
『翼宿…!分かってるのか?我々に歯向かえば、今すぐお前の「故郷」を倒産させるぞ、倒産!』
「やれるもんなら、やってみぃ!!yukimusicだけはなぁ…絶対渡さへん!俺ら…「三人」がなぁ!!」
「翼宿…」
その言葉に、鬼宿の顔が輝いた。
『ええいっ!相手は、三人だ!全員ボコボコにしろ!』


「そこまでだ!」


突然、割って入った怒声に、皆が入口を見やる。
そこには、ホームの父・夕城社長の姿。
バックには、大勢の警官が群れを成して立っている。
『あ…何で…』
『ご無沙汰してます…ポールさん。また、随分の悪人顔でどうしたんですか?
我々を倒産させるとか、聞こえましたね?それと音楽に純粋なうちの翼宿を、お宅のイメージキャラクターに利用してるとか?そんな契約、いつしましたっけ?』
『それは…』
社長は終止笑顔のままポールの目の前まで進むと、その胸ぐらをグイと掴んだ。

「翼宿を返せ、このカスが」

「ポール!及び関係各社を、恐喝罪及び迷惑行為条例違反で逮捕する」
後ろに控えていた警官が、その号令でその場にいた者達を一斉に取り押さえた。


「たま…掴まれ」
「翼宿…お前だって、手が…」
解放された鬼宿を、翼宿がすぐさま肩に担ぐ。
「平気や。手足の一本二本くらい…」
そう言って苦笑いする翼宿は、いつもの翼宿…鬼宿の涙腺が緩んだ。

救急隊員に彼を預けた翼宿は、次にそっと後ろを振り返る。
「翼…宿」
「………………」
未だ信じられないようにふらつきながらこちらに近寄ってくる柳宿を、翼宿はもう一度乱暴に抱き寄せた。
本当は誰よりも求めていた、ただ一人の愛する女を…
「たす…き…たすきぃ…」
すがり寄ってくる彼女の頭を、懸命に撫でながら。

「すまんかったな…柳宿。よう…頑張った」

本当は、ずっと伝えたかった言葉を伝えた。


「翼宿…お帰り」


社長がそんな翼宿に微笑みながらそう声をかけると、彼もまた優しく微笑んだ。
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