空翔けるうた~03~
「いっ…つつつ…」
その頃、翼宿は自宅で火傷の消毒に追われていた。
右腕と右足に、それぞれ軽症の火傷。
柳宿を助けに行く時に、入口の火の海に飛び込んでついたものだ。
『それでは、次のニュースです。午後1時半頃、赤坂のTBRテレビ局から出火がありました。火元は、部屋に仕掛けられていた時限爆弾の模様。多数の怪我人が出ていますが、いずれも命に別状はないという事です。警察は、放火事件と見て捜査を進めています』
点けていたテレビから流れてくるその報道に、翼宿も違和感を感じていた。
柳宿の楽屋に、放火。
何だか、不自然だ。
今回、彼女にマネージャーは着いていなかった。
まるで、彼女が一人になったのを見計らって放火されたかのようだ。
そして、最近、ポールが自分に何も言ってこない件。
まさか…まさかとは、思うが。
「あいつが…やった?」
『は?』
『いきなり、すみません。昨日は…外出されてたようですが、一体、どちらへ?』
翌日、翼宿はポールの部屋を訪れていた。
彼は当たり前のように出迎えてくれたが、質問を投げ掛けたところでその態度は豹変する。
『変な質問だねえ…わたしだって、席を外す日くらいあるよ。昨日は、契約会社の取締役との食事会だ。それ以外に、わたしが何かしていたとでも?』
『いえ…今後のスケジュールの確認をと訪れたのですが、部屋に鍵がかかっていたもので』
咄嗟に嘘をつく。すると、彼は手元のパソコンに視線を移した。
『…そうだ。昨日は、大変だったね…翼宿。君に、怪我がなくてよかったよ』
『…はい』
『柳宿さんも…特に大怪我もせずに、無事だったようだし。幸運だったね…誰に助けてもらえたんだか』
『…………』
反射的に、右腕を庇う。
ポールにも、きっと自分に聞きたい事があるのだろう。
だがそれ以上は続けず、話題を切り替えた。
『ああ。すまない…今後のスケジュールだったね。新規が、一件あったよ…』
『え?』
『今度の日曜日、うちのスポンサーで君の単独番組をしようと考えているんだ。大型のテレビ局を借りきってね…今回の収録もなくなってしまったし、君はただでさえテレビ露出が少ないだろう?』
そこで、一拍置いて言葉が続けられた。
『そうだね…今回の件、気の毒だから、柳宿さんも呼んだらどうかと思っているんだ』
『え…?』
『なあに。色々とタイミングが被ってしまったけど、何も彼女を敵視する必要はない。元々、君とは共通点があるんだ。ゲストとして呼べば、話も弾む。そういうものだろう?』
おかしい。今まで、柳宿を敵視していたのはポールだ。
不必要に彼女と接触させるなんて、都合がよすぎる。
『なあ?翼宿…』
『はい』
そんな自分の考えを見透かしたかのように、名前を呼ばれる。
『お前は、いつも通りでいいからな?いつも通り歌って、いつも通り淡々と話をして、いつも通り他の共演者に肩入れしない。分かっているね?』
『………はい』
以前のように、多くを求めてこない。
これは、試されているのだ。
それに気付きながらも、威圧的な目で自分を睨むポールにそれ以上反論する余地はなかった。
「もう~営業妨害も、甚だしいよ~」
いよいよ限界というかのように、夕城社長は机に頭を突っ伏す。
彼にも、目星はついている。
だが、前回は自分の目撃情報のみ。
今回は、彼らがやったという証拠すらない。
刑事に念のため相談はしたものの、捜査に踏み切るかどうかは分からない。
「とりあえず、柳宿はもう絶対に外に出したらいけない。うちが…護らなきゃな」
Plllllllllll
決意を新たにした時、手元の電話が鳴る。
「はい…yukimusic社長室です…」
『おやおや…お疲れですか?夕城社長』
『ポ、ポール!?社長…ですか?』
呼び捨てになりそうだった呼び名を、慌てて訂正する。
ここに来て、ポールが直接電話をかけてきたのだ。
『この度は、大変でしたね…うちの翼宿も出演する番組だったので、色々と心配しましたよ』
『ああ…ありがとうございます。スケジュールがお互い白紙になっちゃって…残念でしたね』
警戒しながらも、何とか会話を繋ぐ。
『そこで、提案なんですがね?』
『?』
『今度の日曜日、うちのスポンサーで翼宿の単独番組を組むんですよ。そこに、是非…お宅の柳宿さんをお招きしたいと思っているんです』
『え…っ!?そ、それは…』
『別に、不都合はないでしょう?会社が変わってしまっただけで、翼宿がそちらで柳宿さんと活動していた事実は変わりないのですから。翼宿が、ここにいる間だけです。仲良くやりましょうよ…』
『しかし…あのような事が起きた後で、またマネージャーの目の届かないところで何か起きたらですね…』
『うちを…疑ってるんですか?』
相手の低い声に、また社長は飛び上がる。
『いやいやいや!そうじゃなくて…お宅の翼宿にまで被害が及んでは、迷惑がかかるので…』
『そう考えて、うちもセキュリティには抜かりがない建物を借りきるんですよ。今回のような爆発物が持ち込まれないよう、入館時に身体検査を実施したり各部屋に感知機能を取り入れたりしている建物をですね』
『はあ…』
もはや、断る余地はなかった。
それに、翼宿と共演出来なくて残念がっているのは柳宿だろう。
今回の話は、彼女の危険を除けば悪い話ではない。
『…分かりました。こちらも万全を期して、そのお話、お受けします』
『ありがとう。楽しみにしていますよ』
『………あ。ポール社長』
電話を切られそうになり、慌てて声をかける。
『何でしょう?』
『………つかぬ事をお聞きしますが、お宅の会社に銀髪の男性はいらっしゃいますでしょうか?』
『…はい?』
『あ!こないだ、街で見かけたもので…もしかしたら、お宅の社員さんだったのかなあと…ただ、何となく』
『さあ…そんな髪色の男は、いませんね』
『そ、そうですよね。すみません!じゃあ、よろしくお願いします!』
電話を切られたポールは、静かに受話器を置いた。
鏡に映る、自分のヘアスタイルを気にする。
『危ない危ない…彼と面識がなくてよかったよ。染め直さないとな…クククク…』
最後の計画は、抜かりなく。
この計画は、柳宿と翼宿に課せられる最後のショータイムなのだから。
ブロロロロロロ…
日曜日。柳宿は、鬼宿の車で収録現場のビルの地下駐車場に来ていた。
「柳宿…本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!体調は、もう全然!」
「まあ…社長の言う通りこのビルのセキュリティは完璧らしいから、この間みたいな事はないだろうけど…単独行動は絶対にするなよ?」
「うん…」
「じゃあ!中の様子、見てくる!俺から連絡するまで、お前は車にいろ。いいな?」
「分かった!気をつけてね?」
先に鬼宿が下車をし、柳宿はその場に待機となった。
今回、また翼宿と共演できるのはやはり柳宿には好機だった。
結局、あの日も接触出来ずに終わっていたのだから…
あれからも、彼を助けるためにはどうしたらいいのかずっと考えていた。
その結果、これといったいい案は浮かばなかったけれど、それでも微力ながら自分に出来る事を思い付いた。
それは、恐らく彼がずっと避け続けてきた事なのかもしれないけれど。
「後は、これをどう、あいつに伝えるかよね…」
ドルンドルン…
すると、向こうから微かにバイクのエンジンを吹かす音が聞こえた。
「この音…」
それは、昔、いつもいつも聞いていた、彼のバイク特有のエンジン音。
程なくして、翼宿が乗ったバイクが駐車場に入ってきたのだ―――
その頃、翼宿は自宅で火傷の消毒に追われていた。
右腕と右足に、それぞれ軽症の火傷。
柳宿を助けに行く時に、入口の火の海に飛び込んでついたものだ。
『それでは、次のニュースです。午後1時半頃、赤坂のTBRテレビ局から出火がありました。火元は、部屋に仕掛けられていた時限爆弾の模様。多数の怪我人が出ていますが、いずれも命に別状はないという事です。警察は、放火事件と見て捜査を進めています』
点けていたテレビから流れてくるその報道に、翼宿も違和感を感じていた。
柳宿の楽屋に、放火。
何だか、不自然だ。
今回、彼女にマネージャーは着いていなかった。
まるで、彼女が一人になったのを見計らって放火されたかのようだ。
そして、最近、ポールが自分に何も言ってこない件。
まさか…まさかとは、思うが。
「あいつが…やった?」
『は?』
『いきなり、すみません。昨日は…外出されてたようですが、一体、どちらへ?』
翌日、翼宿はポールの部屋を訪れていた。
彼は当たり前のように出迎えてくれたが、質問を投げ掛けたところでその態度は豹変する。
『変な質問だねえ…わたしだって、席を外す日くらいあるよ。昨日は、契約会社の取締役との食事会だ。それ以外に、わたしが何かしていたとでも?』
『いえ…今後のスケジュールの確認をと訪れたのですが、部屋に鍵がかかっていたもので』
咄嗟に嘘をつく。すると、彼は手元のパソコンに視線を移した。
『…そうだ。昨日は、大変だったね…翼宿。君に、怪我がなくてよかったよ』
『…はい』
『柳宿さんも…特に大怪我もせずに、無事だったようだし。幸運だったね…誰に助けてもらえたんだか』
『…………』
反射的に、右腕を庇う。
ポールにも、きっと自分に聞きたい事があるのだろう。
だがそれ以上は続けず、話題を切り替えた。
『ああ。すまない…今後のスケジュールだったね。新規が、一件あったよ…』
『え?』
『今度の日曜日、うちのスポンサーで君の単独番組をしようと考えているんだ。大型のテレビ局を借りきってね…今回の収録もなくなってしまったし、君はただでさえテレビ露出が少ないだろう?』
そこで、一拍置いて言葉が続けられた。
『そうだね…今回の件、気の毒だから、柳宿さんも呼んだらどうかと思っているんだ』
『え…?』
『なあに。色々とタイミングが被ってしまったけど、何も彼女を敵視する必要はない。元々、君とは共通点があるんだ。ゲストとして呼べば、話も弾む。そういうものだろう?』
おかしい。今まで、柳宿を敵視していたのはポールだ。
不必要に彼女と接触させるなんて、都合がよすぎる。
『なあ?翼宿…』
『はい』
そんな自分の考えを見透かしたかのように、名前を呼ばれる。
『お前は、いつも通りでいいからな?いつも通り歌って、いつも通り淡々と話をして、いつも通り他の共演者に肩入れしない。分かっているね?』
『………はい』
以前のように、多くを求めてこない。
これは、試されているのだ。
それに気付きながらも、威圧的な目で自分を睨むポールにそれ以上反論する余地はなかった。
「もう~営業妨害も、甚だしいよ~」
いよいよ限界というかのように、夕城社長は机に頭を突っ伏す。
彼にも、目星はついている。
だが、前回は自分の目撃情報のみ。
今回は、彼らがやったという証拠すらない。
刑事に念のため相談はしたものの、捜査に踏み切るかどうかは分からない。
「とりあえず、柳宿はもう絶対に外に出したらいけない。うちが…護らなきゃな」
Plllllllllll
決意を新たにした時、手元の電話が鳴る。
「はい…yukimusic社長室です…」
『おやおや…お疲れですか?夕城社長』
『ポ、ポール!?社長…ですか?』
呼び捨てになりそうだった呼び名を、慌てて訂正する。
ここに来て、ポールが直接電話をかけてきたのだ。
『この度は、大変でしたね…うちの翼宿も出演する番組だったので、色々と心配しましたよ』
『ああ…ありがとうございます。スケジュールがお互い白紙になっちゃって…残念でしたね』
警戒しながらも、何とか会話を繋ぐ。
『そこで、提案なんですがね?』
『?』
『今度の日曜日、うちのスポンサーで翼宿の単独番組を組むんですよ。そこに、是非…お宅の柳宿さんをお招きしたいと思っているんです』
『え…っ!?そ、それは…』
『別に、不都合はないでしょう?会社が変わってしまっただけで、翼宿がそちらで柳宿さんと活動していた事実は変わりないのですから。翼宿が、ここにいる間だけです。仲良くやりましょうよ…』
『しかし…あのような事が起きた後で、またマネージャーの目の届かないところで何か起きたらですね…』
『うちを…疑ってるんですか?』
相手の低い声に、また社長は飛び上がる。
『いやいやいや!そうじゃなくて…お宅の翼宿にまで被害が及んでは、迷惑がかかるので…』
『そう考えて、うちもセキュリティには抜かりがない建物を借りきるんですよ。今回のような爆発物が持ち込まれないよう、入館時に身体検査を実施したり各部屋に感知機能を取り入れたりしている建物をですね』
『はあ…』
もはや、断る余地はなかった。
それに、翼宿と共演出来なくて残念がっているのは柳宿だろう。
今回の話は、彼女の危険を除けば悪い話ではない。
『…分かりました。こちらも万全を期して、そのお話、お受けします』
『ありがとう。楽しみにしていますよ』
『………あ。ポール社長』
電話を切られそうになり、慌てて声をかける。
『何でしょう?』
『………つかぬ事をお聞きしますが、お宅の会社に銀髪の男性はいらっしゃいますでしょうか?』
『…はい?』
『あ!こないだ、街で見かけたもので…もしかしたら、お宅の社員さんだったのかなあと…ただ、何となく』
『さあ…そんな髪色の男は、いませんね』
『そ、そうですよね。すみません!じゃあ、よろしくお願いします!』
電話を切られたポールは、静かに受話器を置いた。
鏡に映る、自分のヘアスタイルを気にする。
『危ない危ない…彼と面識がなくてよかったよ。染め直さないとな…クククク…』
最後の計画は、抜かりなく。
この計画は、柳宿と翼宿に課せられる最後のショータイムなのだから。
ブロロロロロロ…
日曜日。柳宿は、鬼宿の車で収録現場のビルの地下駐車場に来ていた。
「柳宿…本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫!体調は、もう全然!」
「まあ…社長の言う通りこのビルのセキュリティは完璧らしいから、この間みたいな事はないだろうけど…単独行動は絶対にするなよ?」
「うん…」
「じゃあ!中の様子、見てくる!俺から連絡するまで、お前は車にいろ。いいな?」
「分かった!気をつけてね?」
先に鬼宿が下車をし、柳宿はその場に待機となった。
今回、また翼宿と共演できるのはやはり柳宿には好機だった。
結局、あの日も接触出来ずに終わっていたのだから…
あれからも、彼を助けるためにはどうしたらいいのかずっと考えていた。
その結果、これといったいい案は浮かばなかったけれど、それでも微力ながら自分に出来る事を思い付いた。
それは、恐らく彼がずっと避け続けてきた事なのかもしれないけれど。
「後は、これをどう、あいつに伝えるかよね…」
ドルンドルン…
すると、向こうから微かにバイクのエンジンを吹かす音が聞こえた。
「この音…」
それは、昔、いつもいつも聞いていた、彼のバイク特有のエンジン音。
程なくして、翼宿が乗ったバイクが駐車場に入ってきたのだ―――