空翔けるうた~03~

『柳宿。今回の事、よく反省してるんだろうな?まあ鬼宿に免じて、今回は大目に見てやるよ。次は、ないと思えよ。
別件だが、来週のMUSIC FAIRの共演者が決まった。今まで避けてきたんだが、翼宿との共演になったらしい。ただ、断る事も可能だ。お前の気持ちが、一番だからな…返事、待ってる』

帰宅してから、柳宿は昼頃に社長から受信したメールをずっと眺めていた。
いよいよ、翼宿と共演する。
何があるという訳ではないが、彼が歌う姿や彼が喋る姿を間近で見る事になるかもしれない。
敢えてそれを避けてきた柳宿にとっては、どうにも複雑な心境だった。
だが、昼間に鬼宿と話した事も気になる。
彼が何かに悩んでいるのだとしたら、これを機会に何とか力になってあげられないだろうか。
コンコン
「柳宿。入るよ」
「兄貴…」
前回に引き続き、心配をかけてしまった男が部屋に入ってくる。
彼がベッドの隣に座ると、すぐに頭を垂れた。
「兄貴…ごめんなさい!あたし…今回は…その」
しかし、頭に置かれたのは優しくて大きな手だった。
「鬼宿くんから、お前を叱らないよう電話で頼まれたんだ。俺がきつく叱っちゃったからって…」
「あ………ごめん」
「次は、ないからな」
社長と同じ言葉を口にして、彼は笑った。
「ねえ…兄貴。来週、翼宿と共演なんだ…」
「え?」
「断るつもりはないけど…どんな顔して会えばいいのかな」
「………………」

『事情があって…故意にやった事です。彼女の気持ちを分かっていながら、俺はあいつを捨てたんです』

呂候の脳裏に浮かんだのは、あの日の翼宿の言葉。あの日の翼宿の表情。
どうしよう。今、この事を柳宿に伝えるべきなのだろうか。
だがこのまま黙っていたら、二人が近付く機会を失ってしまう。

「あのな…柳宿」

Plllllllllll
そこで、タイミング悪く柳宿の携帯が鳴った。
相手は、鬼宿のようだ。
「もしもし…たま?どうしたの?」
『柳宿!今すぐ、紅南病院に来られるか!?』
「え…?何が…」

『真夜さんが、階段から誰かに突き落とされたんだ!』

その言葉に、頭が真っ白になった。


「社長!たま!」
とある病室の扉を開けると、中にはベッドに横たわる真夜に付き添っている夕城社長と鬼宿がいた。
「真夜が突き落とされたって…どういう事ですか!?」
「ま、まあ…落ち着けって。出血は止まったし、命には別状はないって」
社長は、慌てて柳宿をたしなめる。
「真夜…あたし、まだ、この子にちゃんと謝ってないのに」
眠る真夜の手を、そっと握った。
過去に二度も約束を破ってしまった事…今回の件も、本当は真っ先に彼女に謝罪すべきだった。
自分の事ばかりで彼女の事を気にかけられなかった自分を、強く責める。
その時。真夜が、ゆっくりと目を開けた。
「柳宿さん…」
「真夜!!」
「真夜!分かるか?」
「社長も、鬼宿さんも…すみません。ご心配お掛けしちゃって…」
力なく笑うそんな彼女に、柳宿の涙が溢れた。
「真夜…ごめん。ごめんね…あんたを困らせるような事ばかりして…天津さえ、こんな目にまで遭わせて…」
「何、言ってるんですか…柳宿さんが、謝る事じゃないですよ」
「でも…」
「ねえ…柳宿さん」
名前を呼ばれ、伏せていた顔をあげる。

「退院したら…ランチブッフェしましょうね。今度こそ…」

真夜は、何事もなかったかのように優しい笑みを浮かべていた。
「うん…うん!絶対…行こう!あたしも、それまで頑張るから…」
その横から、社長の手が真夜の頭をそっと撫でる。
「社長…すみません。早く治して、仕事に戻りますので」
「何、言ってるんだ!暫くは、絶対安静!社長命令だ!」
「でも…」

「安心しろ…お前に寂しい思いさせないように、俺が、毎日、見舞いに来てやるから」

彼の力強くも優しい言葉に、初めて真夜は顔を歪ませた。
「柳宿…ちょっと」
そんな二人を気遣い、横にいた鬼宿が柳宿に声をかけた。


「真夜を突き落とした人間が、外国人…!?」
「ああ。社長が、逃げていく奴を見たんだって。銀髪のヘアスタイルで、日本人のものじゃなかったって」
待合室で聞かされたその言葉に、柳宿は唖然とした。
そして想像した人物は、恐らく鬼宿と同じ人物。
「グローバルミュージックの…人間って事?」
「確証はないけどな。今、俺らに恨みを持つ外人っていったら、そのくらいだから」
柳宿の売上を妬んだ犯行なのだとしたら、全くもって許せない話だ。
柳宿の拳が震えているのを見つめ、鬼宿はこう提案した。
「さっき、社長とも話したんだけど…柳宿。お前の活動も、自粛した方がよさそうだな」
「え…?」
「来週の収録から、キャンセルした方がいい。次の狙いは、恐らくお前だから…」
「でも…」

自分が、今、ここで逃げていいものなのか。
yukimusicが、家族が、傷付けられているというのに、グローバルミュージックの攻撃に怯えて自分だけ逃げていいものなのか。
星宿の件で申し訳なさでいっぱいになっていた分、今度こそ会社の名に恥じぬように誠意を持って歌おうとしていたのに。

柳宿は、鬼宿をまっすぐ見た。
「たま…キャンセルはしないで」
「えっ!?だって、お前…」
「あたしは、大丈夫!自分の身くらい、自分で護れるようになるから!もう、絶対に昨夜みたいな事はしない…歌いたいの。あたし。最後まで、yukimusicの看板を背負って」
「…柳宿」
歌姫の揺るぎない思い。それは、もう誰にも止める事は出来なかった。



『何?柳宿が、予定通り、来週の収録を行うだと?』
日本人スタッフからその旨を聞いたポールは、顔を歪める。
『やはりマネージャーの件だけでは、怖じ気づかなかったようですね。どうしましょうか?』
「はは…ははははは!!」
また高らかに笑い声をあげた上役は、狂ったように立ち上がった。
『このわたしが自らyukimusicに出向いてやった事なのに、それすらも受けて立つか!ククク…驚いたよ。見上げた根性を持つ女だ!なら、こちらにも考えがある』
引き出しの中に忍ばせていた次なる策を手に取り、彼は不気味にニヤついた。
『命を落とす事になりかねないが…仕方がないね』
今や、ポールの表情は悪魔の表情そのものになっていた―――



「Nurikoさん、入りまーす!」
「よろしくお願いします!」
MUSIC FAIRの収録日。
柳宿は、マネージャー代理の鬼宿と共に現場入りしていた。
「たまとテレビ局なんて、何年ぶり?何だか、おかしな話ね!」
「仕方ないだろ?社長から、お前に着くのは俺が適任だって言われたんだから。まあこんなマネージャーでよければ、顎で使ってくれよ!」
「はいはい…感謝してるわよ!」
「楽屋は、この向こうだから。打ち合わせしてくるわ!」
「うん!」

鬼宿から離れて、一人で楽屋までの廊下を歩く。
すると、向こうから一人の青年が歩いてくるのが見えた。
それが誰なのか、柳宿にはすぐに分かった。
その人物は、歌の収録をいち早く終えた翼宿。
「…お疲れさまです」
「…お疲れっす」
共演者はそれ以上言葉を交わす事なく、すれ違った。


「翼宿さん…どちらへ?」
スタッフに声をかけられ、彼は振り向いた。
「すんません…まだトーク収録まで時間あるので、野暮用済ませてきていいですか?」
「それはいいですけど…あんまり遠くへ行かないでくださいね?マネージャーも、不在なので」
「はい…分かりました」
柳宿の歌の収録は、見ない。彼も、今回の収録を受けた時点で心に決めていた事だった。
そのまま、現場を後にした。


バタン
楽屋に入って荷物を置くと、鏡張りの机の前に座る。
翼宿と顔を合わせて、何とも思わない訳がなかった。
考えてみれば、彼と顔を合わせるのは口付けを目撃したあの日以来なのだ。
だが先程の態度からは、鬼宿が危惧していたような彼が何かに悩んでいる様子は見られなかった。
グローバルミュージックは確かに許せないけれど、彼が今回の真夜の件に関わっているとも思えない。

「あたしが出来る事…何なんだろう」

この次に彼と顔を合わせるのは、トーク収録の時。
まさか、収録の時に彼の事を堂々と聞く事は出来ないし。
頭を悩ませていた…ちょうどその時。
「…ん?」
どこかから、焦げ臭い匂いがする。
廊下からではない。この楽屋全体に充満しているような…そんな匂い。
「やだ…火事?どこから…」
立ち上がり、火元を確認しようとして。
ロッカーに向けた視線が、止まった。


その頃、ビルの向かい側にあるコンビニで煙草を購入した翼宿は、喫煙所で煙草を吸っていた。
今も収録が行われているであろうビルの階を、眺める。

あいつも…マネージャー、おらんかったな。
何か、あったんやろか…?

今回の事件の事は、翼宿の耳には入っていない。
だから、今日も普通に収録を終えて帰るだけ…そう、思っていた。
まさに、その時。

バアン!

爆発音に似た音が響き、突然ビルの一角の窓が割れた。
「な…!!」
その階は、先程まで自分がいた階。
しかもその窓が宛がわれている部屋は、確か先程まで自分が使用していた楽屋付近の部屋。
嫌な悪寒を感じた。

「ぬ…りこ…!?」
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