空翔けるうた~03~

『Hello, everyone!This Lesson is that you can enjoy English Conversation. Please listen next conversation...』
コンコン
「翼宿さん!お時間ですよ!」
「あ。はい…今、行きます」
とある控室内で英会話のリスニングCDを聞いていた翼宿は、マネージャーの声がけにウォークマンをしまう。
「ふふ…また、勉強ですか?」
「ああ。いくら玲麗さんに指導して貰っても、分からんトコは分からんのですわ」
「簡単な会話なら、もう出来るじゃないですか!相変わらず、頑張り屋さんですね」
マイケルの通訳と今は翼宿のマネージャーも兼ねている玲麗は、そう言って微笑んだ。

空翔宿星の解散から、早一年―――
今日も世界のトップアーティストの仲間入りをした翼宿は、地方の番組収録で大忙しだった。
『おう!翼宿!そろそろ、その髪も銀髪に染めたらどうだ?』
『ますます、売れるぞ!』
『やめてくださいよ…そこまで、アメリカナイズされたくないので』
LAに残留した当初は英語のひとつも話せなかった彼も、 玲麗のお陰で今ではスタッフとこんな英会話を交わせるレベルにまでなった。
勉強は得意ではないが仕事が絡むと何でもやってのけるのが、この男の長所なのかもしれない。
『じゃあ、本番入りまーす!』
スタッフの掛け声で、翼宿は一拍置くと大きく息を吸い込んだ。


『お疲れさまです!マイケル!』
『ああ…お疲れさまです』
今日も彼の成り行きを見守っていたマイケルに、スタッフが声をかける。
『翼宿の奴、スゴいですよね…この一年で縦続けにアルバムまで出して、あっという間に全米500万枚のセールスですから』
『わたしの目に、狂いはなかったようだね。本当に、才能の賜物だよ…ゲホゲホッ』
そこで、突然、マイケルは胸を押さえて咳き込んだ。
『だ、大丈夫すか!?最近、具合が悪いって聞きましたけど…』
『ああ。あまり寝てないからな。そのせいだろう…』
『翼宿のために、そこまで無理しないでくださいよ?』
『いや…あいつを護るのが、この国の父親としてのわたしの役目だからね』
優しくて情に厚いマイケルは、苦し紛れにこう言って笑った。
彼に降りかかる危険が、もうそこまで迫ってきているとも知らずに―――


カタカタカタカタ…
『ポール。また、その計画案ですか?』
『ああ。手が空くと、どうしても気になってな』
とある真っ暗なオフィスの片隅で、パソコンのディスプレイの明かりを頼りに作業をしている男がいた。
彼の名は、ポール。グローバルミュージックの取締役の一人。
普段はあまり出勤していないためアーティストやスタッフと顔を合わせる機会が少ない人物だが、ときたま人が出払った頃合いを見計らってオフィスに現れるのだ。
その理由は、彼が、今、水面下で行っている計画を密かに進めるため…
『最近、マイケルの体調が芳しくないと聞きましたが…』
その言葉に、ポールがキーボードを叩く手が止まる。
そして、不気味に眼鏡の奥の瞳を光らせた。
『そうか…いよいよだな』
そして、ディスプレイに映るその計画を凝視した。
『わたしの時代が、来る』
その画面には、英語で『日本の音楽会社買収計画』と、書かれていた―――



時を同じくして、日本では…
ガチャ
「お疲れさまです!」
「たま!お前、昨日の売上グラフ間違えて入力してたぞ!やり直し!」
「げ…マジ…」
出先から戻った入社一年に入りたての新入社員を、先輩社員はピシャリと叱り付ける。
「それと、これ!社長室に持っていって!今日もご機嫌ナナメだから…お前に任せた!」
「ちょ…俺が社長に会ったら話に付き合わされて仕事が進まないの、分かってくださいよ~」
そして、次にはこうしてパシりにされる。
相変わらず人がいい鬼宿は、この厳しいビジネス社会では都合のいい存在同然だった。
それでも、好きな仕事は出来ている。鬼宿は、気合いを入れ直した。

ここは、「yukimusic」広報課のオフィス。
鬼宿は晴れてこのホームに内定し、今は社員として精一杯貢献している。
社員もホームの卒業生という立場に引けをとらず、どんどん仕事を任せてくるのでやりがいがある仕事ではあった。
そして、この会社の現在の社長は…

コンコン
「はい」
「…夕城社長。鬼宿です。入ります」
ガチャ…
「たまちゃーーーん♡」
社長室のドアを開けると、中で四苦八苦していたのであろう書類を投げ出してハートマークを飛ばしてくる社長が一人。
そう。かつて夕城プロと呼ばれていたその男は、今年度から次期社長として任命されたのだった。
だけど、その性格は相変わらずで…
「これ、頼まれてた書類です」
「ありがと!ねえ!たまちゃん!聞いてよ聞いてよ~」
「役員会の愚痴ですか?合コンの愚痴ですか?仕事の愚痴ですか?俺、仕事溜まってるので、早めに戻らさせてくださいよ!」
「もう~冷たくなったなあ、君は!僕と君の仲じゃないか!じゃあ、久々に飲みに行く?」
「今日は美朱と出かけるので、速やかに帰らせていただきます」
「何を!お前は、今日から残業6時間だ、6時間!」
「…日付、変わっちゃいますよ」
それでもこんなやりとりが出来る存在がいるのは、鬼宿にとって心強い。
彼は、今、本当に充実した社会人生活を送っている最中だった。


♪♪♪
その頃、自室でピアノを弾くホームの卒業生が、ここにも一人。
しかしその表情は意気消沈していて、鍵盤を走る指先も落ち着かない。

ポロン…

最後は、威勢がない終わり方になってしまった。
「はあ~…これから、どうしよう」
コンコン
「はい」
ノック音に応答すると、母親がお菓子を持って入ってきた。
足元には、あの愛猫の姿も。
「柳宿。おやつにしない?」
ニャン♡
柳宿は、そんな二人?に静かに微笑んだ。

「まだ、迷ってたの?」
「え?何で、分かるの?」
紅茶を含んでいた柳宿は、母親の問いにくいと首を傾げる。
「誰だって、分かるわよ。そんな乱れた演奏してたら…あなたの演奏は、感情が入りやすいの」
「はは…ごめん」
「とりあえず、音楽の専門受けてみるんじゃなかったの?」
「ん…そうなんだけど」
そう。柳宿は、この時期になっても将来が見つからない。
とりあえずは興味があるピアノを続けたいという気持ちで、専門学校の資料を取り寄せてみたのだけれど…
「昔のお父さんなら、大反対よ?好きな道を極められるだけ、感謝しなさいよ」
「そういえば、そうね」
「大丈夫?」
「ん?」

「何か、今ひとつって顔…」

その問いに含まれた意味を、柳宿は瞬時に理解した。
あれから、一年。自分の中では、割り切った筈なのに…
結局、あれ以来、3人で集まる機会はなかった。
翼宿に関しては、音信不通。鬼宿に関しては就職が決まった時に一度打ち上げをしたが、その後、彼とも連絡をあまりとらなくなり、柳宿はこうして自宅でピアノと遊ぶ日々が続いているのだった。
「空虚…っていうか、そういう気持ちはあるわよ。あたしだけ、置いてかれてる感じ。元々、スタートダッシュが遅いのもあるけどさ」
「いいのよ。人それぞれで…今まで走り続けてきたから、そう思うだけよ。けど、そろそろ腹括らなきゃね?」
母親は空になったティーカップを盆に乗せると、そのまま部屋を後にした。

ニャン♡

こんな時、いつも寄り添ってくれるのはタマだ。
そんな猫の頭を、柳宿はいとおしそうに撫でる。
「ありがと…タマ。あんたは、優しいね」
すると、タマが左手の薬指にはまっている指輪をいじり出した。
まるで、思い出してとでも言うかのように―――

「翼宿…」

ねえ?今、どこで何してるの?
そろそろ、日本に帰る目処はたったのかな?
こんな話をしたら、あんたはきっと怒るだろうけど
それでも、一度、会いたい。
会えたら、ここから動ける気がするから。
ねえ…翼宿。会いたいよ。


しかし、この3人が再び集まる日はそう遠くはなかった。
だが、それは最も残酷であってはならない形になってやってくるのであった―――
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