空翔けるうた~02~

「お疲れさまでーす!」
横浜アリーナにて、空翔宿星ツアーの最終公演が行われている。
柳宿は着替えとメイク直しの為、一旦ステージ裏に戻っていた。
メイク直しをしていると、夕城プロが拍手をしながら近寄ってきた。
「いや~柳宿!今日も、みんな絶好調だなあ♪」
「ホント、お客さんの熱気もスゴくて…こっちが、刺激もらいますね」
モニターには、今もなお演奏している男性メンバーとギタリスト兼コーラス・天文の姿が映っている。
天文は空翔宿星の専属サポートギタリストとして共に活動しているが、普段は三人だけの練習をベースにしているので彼と顔を合わせるのは全体リハーサルと本番のみ。
今、演奏しているのは、柳宿がライブで捌ける時用に用意された、キーボードレスのカップリング曲「DOLLS」だ。
このツアーから始まった男性メンバーのみで見せるこのパフォーマンスも中々の評判で、女性ファンが粒揃いの男性メンバーに暫し酔いしれる時間でもあった。
もちろん今日からは柳宿もその女性ファンの一人になり、食い入るようにモニターを見つめる。
翼宿がモニターに映る度に、相変わらず正直に鼓動が速まる。

あいつへの気持ち、認めちゃったもんね…

そんな柳宿の視線を知ってか知らずか、夕城プロはひとつ咳払いをする。
「柳宿?今日はツアー最終日という事で、お前からファンのみんなにひとつ報告をしてきてほしいんだ」
「えっ?何ですか?」
「空翔宿星のアルバム制作決定だ!」
「えっ!?」

「DOLLS」タイムが終わり、今度は翼宿と入れ違いに柳宿がステージに戻っていく。
MC担当の鬼宿が饒舌に横浜の魅力について語り出している最中、柳宿は配置についた。
「柳宿?どうしたんだよ?深刻な顔しちゃって?」
「今ね…プロデューサーから、発表があって―――空翔宿星アルバム制作決定だって!」
「えっ!?」
その場に、歓声と拍手が沸き起こった。
「何か、随分とフルスピードだな。休む暇もないって感じ…でも、何でそんな暗いんだよ?」
「それが~…アルバムのオリジナル曲も、全部あたしが作曲なのよ~」
「そ、そんなに一遍に作った事ないから、大変だな」
鬼宿も柳宿の心中を察するが、観客席からは次々とエールが送られる。
「皆さん…ありがとうございます。頑張ります~」

楽屋でその話を知った翼宿も、唖然としていた。
「翼宿!お疲れ。今日も、素晴らしい大スターぷりだ」
「夕城プロ…また、スパルタっすね。この短期間でアルバム…」
「この波に乗り続けてくれって、社長にゴリ押しされちゃってさ~すまない!」
「まあ、俺はいいですけど…大丈夫ですか?あいつ、怯えた子犬みたいな目してますけど?」
「その為に…今回は『助っ人』を用意してるんだ」
少々気まずそうに提案する夕城プロに、翼宿は首を傾げた。


ツアーは大盛況で幕を閉じ、空翔宿星は夕城プロに楽屋に呼び出された。
「諸君!本当に、お疲れさま!地方公演だったとはいえ、物凄い盛り上がりだった!これなら、全国ツアーも夢じゃない♡
そしてそして!続いては、その全国ツアーの架け橋になるアルバム制作だあ!!」
改めて大発表する夕城プロだが、三人の目は冷ややか。
「あれ…?みんな、疲れちゃった?」
「それもありますけど…心配ですよ、柳宿が」
鬼宿は苦笑いしながら、俯く柳宿の肩を叩く。
「ごめんな?柳宿。お前のメロが空翔宿星を際立たせてるからこのまま引き続き頼みたいって、社長が直々にお前を指名してくれたんだ」
「それはありがたいですけど…出来るかな?あたしに…」
「その代わり、柳宿と二人三脚で作曲に挑む『助っ人』を用意していいって事になったんだ!入れ」
促された人物は静かに扉を開け、その人物に三人は目を見開いた。
「天文?」
「よ。お疲れ!」
空翔宿星のギタリストは、片手をあげる。
「ギターとキーボードは、メロディの真骨頂だ。メロディを先に固めてしまえば、リズム隊への引き継ぎも早いだろ?柳宿が作曲で躓く箇所は天文にお願いしてもいいし、そこは二人の自由だ」
「まあ、俺なんかが逆に柳宿の足引っ張っちゃわないか不安だけどさ」
「そ、そんな事ないよ!あんた、すっごい頑張ってるじゃん!天文なら色々頼れそうだし…何か安心した」
「そ、そうか?」
一人ではないと感じた柳宿が思わず漏らしたその言葉に、天文の頬に一瞬赤みがさしたところを鬼宿は見逃さなかった。
相変わらず、翼宿は煙草を吸っているだけ。
「鬼宿と翼宿には、オリジナル曲を半々で作詞してもらう。それから曲が出来るまでは、主にプロモーションがメインになるかな。鬼宿はラジオの取材、翼宿は雑誌の取材を中心に受けてもらって、後は柳宿の分まで打ち合わせに参加してもらう事くらいか。一ヶ月くらいは三人バラバラになる事が多いんだけど、いいかな?」
三人一緒に…がモットーだった空翔宿星にとって一ヶ月バラバラになるのはいかがなものかと、夕城プロは恐る恐る問いかける。
「何、言ってんすか!仕事なんですから、仕方ないですよ」
「ガキみたいにずっとつるんでるのも何やし、それのがやりやすい事もありますわ」
鬼宿と翼宿の快諾に、夕城プロはさすがプロ根性!と満足そうに腕組みをする。
しかし柳宿はというと、それを聞いてちょっと気落ちする。
彼女にとって二人と活動しているのが何より楽しかったし、帰りの翼宿の見送りはどうなるのか?といった不安もある。
そんな柳宿の動揺した表情を、天文は目を細めて見つめていた。
そして、鬼宿にも夕城プロに対して密かな疑念がひとつ…


「このタイミングで、ちょっと鬼だったんじゃないですか?夕城プロ…」
「そ、そんな事言わないでくれよ!鬼宿くん!!」
その後、楽屋に残った夕城プロと鬼宿は、愉快に乾杯しながら今回のアルバム制作過程について話し合っていた。
柳宿が明日の朝早くから大学の大事な試験があるため翼宿が柳宿を高速経由で送り届けるという事で、一同は早くも解散したのだった。
「柳宿がきついっていうのは、俺も先回りして分かってたんだ。だからって、翼宿と…って訳にもいかないだろ。天文と…の方が、社長にも説明がしやすかったんだよ」
「それは分かりますけど、本当にそれだけですか?」
鬼宿の鋭い勘に、夕城プロは観念したように缶ビールを置いた。
「鬼宿…お前、あの二人を応援してるのか?」
「へっ?いや…まあもしそうだとしたら、当然応援は…」
「それが、空翔宿星の解散に繋がってもか?」
「えっ…?」
夕城プロの口から飛び出した予想外の言葉に、鬼宿は驚く。
「翼宿は、今や国民的スターだ。そんな奴と柳宿が、付き合ってみろ?世間は大パニックになり、バッシングを受けるのは女の柳宿だ」
「あ…」
「そうなれば、活動も困難になる。だから、そうなる前に俺は柳宿に翼宿以外の男と接する機会を与えたんだよ!別に俺だって、柳宿に意地悪したい訳じゃない。だけどそれ以前に、俺はプロデューサーとしてお前らを守る義務があるんだ。リーダーのお前なら、分かるよな?」
「は…い…」
夕城プロの威勢に負けて鬼宿は渋々返事をするが、心の中では本当にそれでいいのだろうかとどこか腑に落ちないでいる自分がいた。
そして、先程の天文の表情。あれは、明らかに…


ドルンドルン
その頃、翼宿のバイクは柳宿の自宅に到着していた。
「翼宿…ありがとうね?疲れてるのに、高速使わせちゃって…」
「いや。明日の試験、頑張れや」
「う…ん…」
そう言って差し出した手にヘルメットを返さないでいる柳宿に、翼宿は首を傾げた。
「………どした」
「あのさ。翼宿…これから暫く一緒に活動出来ないけど…当然、その間はこういう風に一緒に帰れない、よね…?」
俯いて尋ねてくる柳宿の表情から彼女の寂しさが伝わり、翼宿はふっと微笑んだ。
「何や。寂しいんか?」
「ばっ…!違うけど!一応聞いておかなきゃ…って、思っただけで…」
「ええよ」
「へっ?」
柳宿の手からヘルメットを掴みバイクの所定の位置に戻しながら、翼宿は答える。

「待ってるから」
「あ…」

その場に沈黙が流れ、翼宿はまたも首を傾げる。
「何や。どっちやねん?」
「あっ!ううん!ありがとう…助かる」
「めんどくさいなあ、お前は」
昨夜のホテルの一件があってからどこかぎこちない会話を繰り返す二人だったが、柳宿はそれを振り払うように手を振った。
「じゃあ、気をつけてね!アルバム作り…頑張ろう!」
「………ああ」
翼宿の背中を見送った柳宿は彼の先程の返答に安心し、よっしと気合いを入れて自宅の門を開けた。
夕城プロの懸念による今回の作戦にも負けじと、翼宿と柳宿の間にはいつもとは違う雰囲気が取り巻いていた。
しかしその雰囲気が壊される日がこんなにも早く来ようとは、恐らく夕城プロすらも予想していなかっただろう―――



「お疲れっす…」
「おお!翼宿、お疲れ!どうだった?雑誌の取材!」
「何や途中から、全然関係ない俺個人の話になったで。マトモな雑誌出来るんか?あれ…」
「それなら、俺のラジオ取材と変わるか?トークスキルがつくぞ♪」
「それは、断る」
「二人とも~打ち合わせ入るぞ!」
初めてのアルバム制作という事もあり戸惑う事も多かったが、鬼宿と翼宿は個々の仕事を着実にこなしていく。
一方の彼女も…

「っあーーー!これで、四曲目完成か!」
その道のプロ、柳宿と天文の作曲活動も絶好調だった。
柳宿は二人とは別の仕事という事に最初は不安を感じていたが、二人とは頻繁に連絡は取れているし翼宿の見送りも続いているため、逆に仕事にも精が出せているといった状況だ。

しかし、この作曲活動を別の目的で好機だと思っている人物が一人いる。それは鬼宿の読み通り、天文自身である。
「さすがだな、柳宿♪お前主導で、どんどん曲が出来ていくよ!」
「そんな…あたし一人じゃ、パニックになってたよ。ギターが入るといつもよりイメージがつきやすいし、こんな作り方もいいね!」
天文と一緒に作曲活動。この状況を無邪気に喜ぶ柳宿の笑顔に、天文の胸はときめいた。
実は初めて柳宿に会った時から可愛いなと密かに思っていた天文だったが、鬼宿と翼宿の存在で彼はあまり柳宿と接する機会がなかったのだ。
だから今回夕城プロがなぜか意味深な表情で自分に作曲活動の手助けを依頼してきた時は、心の中でガッツポーズをしていたのだった。
この雰囲気ならいけるだろうか?と、彼は思う。
「あ、あのさ?柳宿…もう少しだけ詰めて…その後、夕飯にでも…」
「えっ?」
天文は途切れ途切れにデートに誘おうとするが、案外鈍感な柳宿は首を傾げる。
「あっ、ごめんね?天文。あたし、翼宿に見送りしてもらってるんだ」
その言葉に、天文は驚きの瞳を柳宿に向けた。
「だから、翼宿に聞いてみないと…あ。もしよければ、翼宿も一緒に三人でゴハン行く?」
よりによって彼女の口から連呼される名前は、「翼宿」。
天文は喉の奥から振り絞るように、ある疑問を口にする。
「な、何だよ。お前ら…もしかして、付き合ってるのか?」
「えっ?違うよ~あたしがこのバンドに入った時から、翼宿があたしの監視役みたいなものになってくれてるのよ!女にバンドなんかやらせられないって思ってたみたいだから、いざあたしを入れるって決めたからにはあたしの安全に責任持ちたいって言ってくれてさ。そういう責任感は、無駄にあるのよねえ~あたしも、すっかりそれに甘えちゃって…」

「………それ、おかしくねえか?」

天文の低い声に、今度は柳宿が驚く。
「彼氏でもねえのに、そんなの余計なお世話っていうかさ。それにデビュー前ならまだしも、今なら夕城プロとか俺とかスタッフとか他にも頼れる男はたくさんいるよな?そんな習慣、翼宿とだけ続けなくたって…」
「天文…?いきなり、どうしたの?」
翼宿と柳宿の不可解な関係に苛立ちを覚えつい本音が漏れてしまったが、天文は次の瞬間笑顔に戻る。
「あーわりっ!俺こそ、余計なお世話だよな。今日は、終わりにしようぜ?翼宿…あんまり待たせたら、悪いだろ?」
「うっ…うん。じゃあ、お疲れさま…」
柳宿は戸惑いながらも帰り支度を整え、部屋から出ていった。
それからしばらくして窓から見えた翼宿と柳宿の二人乗りバイクを、天文はじっと見送ると。
「………汚えぞ、翼宿」
唇を噛み締めて、そう呟いた。
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