空翔けるうた~02~
「そっかあ~そんな善人めいた面が、あの子にもあったんねえ…」
御堂筋のおっさんのお好み焼き屋で、大阪本場の味を楽しみながら。鬼宿と柳宿は、これまでの結成秘話を愛瞳に聞かせていた。
「あの…あいつには、この事言わないでくださいね?俺、絶交されるかもしれないんで…」
「ああ~言わへんよ!兄弟喧嘩した時に、ネタにさせてもらうくらいにしとくわ!」
「げっ…マジ…」
「それにしても、鬼宿くん。ホンマによかったん?ご家族の事も心配だったろうに、あんなアホの夢に着いていって…」
愛瞳に遠慮がちに尋ねられた鬼宿の表情には、曇りはなかった。
「それは、正解でした。そりゃあ商売業なので今の勢いはいつまでも続かないかもしれませんが、今は、俺、この三人で活動してるのがスゴく楽しいです!それに、あいつは俺の自慢の親友なので!」
「そう?何か、羨ましい話やな~」
お好み焼きを四等分にし、愛瞳は二人にそれぞれ取り分ける。
柳宿の皿にも取り分けて、そのまま彼女の顔を覗き込む。
「………柳宿ちゃん?大丈夫?」
「あっ!すみません!大丈夫です!もう、このノンアルコールサワーもとっても美味しく…」
「おい、柳宿!それは、俺のビール!」
柳宿は鬼宿のビールを危うく取り違えて、そのまま飲むところだった。
「何?柳宿ちゃん、飲めないん?」
「いや…飲めない訳じゃないみたいなんすけど、翼宿から止められてるんです。飲むと大変だからって…」
「へーえ?あれ?柳宿ちゃんって、翼宿の彼女なん?」
柳宿は、その質問にサワーを詰まらせた。
「ちっ、違います!彼は…その。危なっかしいあたしの監視役っていうか…」
「そうそう!翼宿がいないと柳宿ステージにも立てないくらいなんで、俺が任命したんです!」
「ちょっ!誤解されるような事、言わないでよ!てか、それマジ!?たま…」
「分かった分かった~誤解なんやね。でも、柳宿ちゃん。あいつに冷たくされてショックやったんちゃうの?」
「あ…それは、素直に言えばそうです…」
その質問に、柳宿はそれまでの勢いをなくして俯いた。
「大丈夫だよ、柳宿!男には、ひとつふたつ秘密があった方がカッコつくもんなんだって!ほら、あいつただでさえそういうタイプだろ?天津さえ実家の事情なんて、知られたくない秘密ワンツー…」
「鬼宿くん。それ、フォローになっとらんで」
「いえ!ホントその通りだと思います。あたし、翼宿の地雷踏んじゃったかなって…昔から、深入りすると心配性になっちゃうんです。ダメですよね、こういうところ」
「柳宿…」
「柳宿ちゃんは、可愛いねえ。大丈夫!あいつは、人の好意は無にしない奴や。姉として、それだけは認める!」
「愛瞳さん…」
「気にせんと!家族とトラブルになったのはあいつの責任なんだし、今頃家で何とかやってるでしょ!それよりお好み焼き冷めてまうから、はよ食べんさいな!」
「あ、そうですね!せっかくだし…いただきます!」
「それにしても…女嫌いのあいつがねえ…」
一連の話を聞き終えた愛瞳は弟と柳宿のいじらしい関係にすっかり興味を持ったらしく、お好み焼きを食べ始める柳宿をほろ酔いの瞳で眺めた。
「ほれ。あんたの好きな肉じゃが」
「すまんな…わざわざ」
「何、言うとるん。あんた、ちゃんと食べてるの?」
「デビュー前はごっつ不摂生な生活しとったけど、今は何とかな。ええもん食べさせてもろとる。
叔父さんからも、もう援助は受けてへん…やっと、自分のカネで生活出来るようになったわ」
「それなら…よかったけど」
翼宿の家の食卓にて。母親は夕飯を並べながら翼宿を気にかけて何かと声をかけるが、父親は依然黙ったまま出された味噌汁をすすっている。
「それにしても、あんたも命拾いしたねえ。近所の人にも言われとるんよ?お宅の息子さん、この不況にCD売りまくっててスゴい才能やね~って。ねえ?あんた?」
「………ああ」
「夕方も、ファンが来てたみたいで…すまんな。近所も偉い迷惑してるやろ?」
「そんなん…寧ろこんなド田舎が観光地化して嬉しいって、町長さんが言うとったわ」
「はは…相当ボケとるからな、あのじいさん」
カチャッ
その会話を遮ったのは、父親が箸を置く音だった。
「こないだの…テレビ見たで」
「………ああ」
「全く。一人で大きくなったような態度取りおって…ここまで来られたのは、誰のお陰や思うとるんや」
「あんた…」
ここまで来たら父親の怒りの鉄拳一発くらいは食らう事を覚悟していた翼宿は、何も言い返さなかった。
「だけど、ホンマに変わったな。お前…」
「えっ…?」
しかし聞こえてきた優しい父親の声に、翼宿は顔をあげる。
「お前がここを出てった時は、自分だけを信じてただがむしゃらに突っ走ってて誰の言う事も聞こうとせんかった。これじゃあ、挫折してその辺で飢え死にするんやろなと思うとったんや。
それなのに一年ぶりに見たお前の姿は、支えてくれた仲間に感謝しながら謙虚にでも確実に前を向いとった。驚いたで…」
「親父…」
「きっと、今の仲間のお陰なんやろうな。だからいい人間に出会えて変わったお前を、俺はもう責めないって決めた。
芸能界は厳しい。まだまだ、これからや。だけど、今のお前なら、お前らなら、やれるって俺は信じてる。
それでもどうしようもなくなった時は…また、大阪帰ってこいや」
母親は、その横で静かに涙を拭っていた。
『翼宿に、仲直りさせてあげてください!!』
今更柳宿の言葉が頭に響いた翼宿は椀を机に置き、あぐらをかいた膝に両手をつき頭を垂れた。
「親父…オカン。ホンマに…すまんかった。俺、ここまで来られたんも、二人のお陰や思うとる。こんな俺を見捨てないでくれて…ありがとう」
「―――ほら、食え。母さんが、久々に腕奮ったんやからな」
「あんた。それ、どういう意味よ?」
翼宿はふっと笑うと、また椀を手に取った。
「鬼宿さん!どうして、大阪に?ツアーでも、あるんですか!?」
「えっ…あっはは。ちょっと、心の休息にね~」
その頃、お手洗いに立った鬼宿は今度は彼のファンに捕まってしまっていた。
「ねえ!柳宿ちゃん!正直なトコ、どうなのよ?うちの弟!」
「えっ…?何言ってるんですか?愛瞳さん…」
そんな彼に気付かず、すっかり酔っ払った愛瞳は柳宿の隣で彼女に絡んでいた。
「だって~ホントは面白くないんでしょ?今の関係がー!」
「いえいえ。ホントそんな事ないです…まだまだ、足引っ張ってばかりなので…」
「あたしは、あいつは柳宿ちゃんの事をいい感じに見てると思うんだけどなあ?だって、天性の女嫌いだよ?
学生時代はあんな奴でもよくモテて女子からのお菓子たくさん持って帰ってきたんだけど、それを始末したのは全部あたし~」
「た、翼宿らしいですね…」
「柳宿ちゃんみたいな可愛い子が妹になってくれれば、あたしも嬉しいんだけどね♡」
「あはは…お気持ちだけ、いただいておきます」
苦笑いしながらデザートを食べる柳宿を、しかし愛瞳は真剣な目で見つめ始めた。
「ホンマだよ…弟の事、これからもよろしく頼むね」
「えっ?何ですか?」
「柳宿―――!!」
そこに飛び込んできた鬼宿の声が、店内中に響き渡った。
「なっ、何よ!たま!てか、声でかい!」
「それが明日の朝一に夕城プロが雑誌取材の依頼を受けてたのを忘れてて、今から東京戻れって連絡が来た…」
「ええーーーーーーーっ!!??」
「ホントにわざわざ遠いところを、ありがとうございました。すんませんね、何のお構いも出来ず…」
「いいえ!こちらこそ、急に押しかけてすみませんでした!」
翼宿の実家前に三人は集合し、彼の家族と別れの挨拶をかわす。
「また、いつでも遊びに来てください。こいつの友達は、あなた方くらいなもんですから」
「こら、親父。どういう意味やねん」
そのやりとりに、柳宿は無事に仲直りが出来たのだとホッとする。
「まあ!次は、可愛い嫁さんも一緒に連れてきてもええねんで?翼宿ー?」
「アホ抜かせ。姉貴こそ、はよ誰かに嫁にもろて貰え。もう、アラサーやろが」
「まだ、27や!!可愛げない弟やな!」
「じゃあ、俺達行きます!今から走っても、最終ギリギリなんで!」
「はい…あの。皆さん、頑張ってくださいね?大阪からも、みんなであんた達の事応援してます」
「お気をつけて」
「柳宿ちゃーん!またなー♡」
三人は笑顔で手を振り、その場を後にした。
「っあー!タクシー呼ぶか!電車待ってたんじゃ、間に合わねー」
鬼宿は、いそいそと駅の方向へ走っていく。
仲直りしたみたいではあるが…まだ、あれから翼宿と口を聞いていない柳宿ーーー気まずい。
「タクシー…あんまりいないね。あたしも探してきて…」
「柳宿」
翼宿の言葉に、柳宿は立ち止まる。
「ありがとな…連れてきてくれて」
その語調はいつもの翼宿のもの…いや。いつも以上に、優しく感じた。
「うっ、ううん…余計な事して…ごめんね」
きっと振り返れば翼宿の優しい笑顔がそこにあると分かっていた柳宿は、なぜか振り返れずに呟く。
「次こそは、連れてったるさかい。たこ焼き屋」
翼宿は、そんな柳宿の横を通りすぎていく。
『柳宿ちゃんみたいな可愛い子が妹になってくれれば、あたしも嬉しいんだけどね♡』
その時、愛瞳のあの一言が柳宿の背中を押した。
「ねえっ!!」
「あ?」
柳宿は翼宿を呼び止め、彼は振り向く。
「それって………三人で………だよ、ね?」
「は………?」
さわさわと風が小枝を揺らす音が聞こえるのは、二人の間に沈黙が流れている証拠だ。
柳宿は、尋ねてしまってから心底後悔した。
女嫌いの彼が、「三人でだよね」が「二人がいい」の裏返しのメッセージである事に気付く筈がない。
だから「会社の人も一緒がええか?」と返される事を一番に期待し、その返事を静かに待つ事にした―――が。
「翼宿ー!柳宿ー!タクシー捕まったぞ!急げ~」
残酷にも、そのタイミングでタクシーを捕まえた鬼宿が遠くからその静寂を破った。
「あっ…!よかった!翼宿、ごめんね。変な事聞いて…早くいこ…」
柳宿がいそいそと彼の横を通り過ぎようとすると翼宿がふっと笑ったので、彼女は反射的に立ち止まった。
「なっ、何…?」
「案外、回りくどい誘い方するんやなあ…」
「えっ…?」
ふわりと彼の煙草の香りがしたと思えば翼宿は柳宿の顔の真横に顔を近付け、そっと耳打ちをする。
「ほな、たま抜きでな」
「――――っっ!!」
優しく掠れた声が伝えるのは、「二人がいい」に気付いた翼宿のサイン。
「はよせえ。置いてくで」
そしていつも通りの声に戻った翼宿は駅に向かって駆け出すが、取り残された柳宿の心臓はバクバクしていて…
『だって~ホントは面白くないんでしょ?今の関係がー!』
またしても頭に響くのは、愛瞳の言葉だ。
面白くない…?ううん。そんな事ない。
翼宿はあたしを「特別」って、認めてくれた。それだけでいいじゃない…それだけで。
それでも彼をここまで連れてきた褒美に与えられたいつになるか分からないデートの約束に、微かな「期待」を寄せている自分の本当の気持ちが柳宿には分からずにいた―――
御堂筋のおっさんのお好み焼き屋で、大阪本場の味を楽しみながら。鬼宿と柳宿は、これまでの結成秘話を愛瞳に聞かせていた。
「あの…あいつには、この事言わないでくださいね?俺、絶交されるかもしれないんで…」
「ああ~言わへんよ!兄弟喧嘩した時に、ネタにさせてもらうくらいにしとくわ!」
「げっ…マジ…」
「それにしても、鬼宿くん。ホンマによかったん?ご家族の事も心配だったろうに、あんなアホの夢に着いていって…」
愛瞳に遠慮がちに尋ねられた鬼宿の表情には、曇りはなかった。
「それは、正解でした。そりゃあ商売業なので今の勢いはいつまでも続かないかもしれませんが、今は、俺、この三人で活動してるのがスゴく楽しいです!それに、あいつは俺の自慢の親友なので!」
「そう?何か、羨ましい話やな~」
お好み焼きを四等分にし、愛瞳は二人にそれぞれ取り分ける。
柳宿の皿にも取り分けて、そのまま彼女の顔を覗き込む。
「………柳宿ちゃん?大丈夫?」
「あっ!すみません!大丈夫です!もう、このノンアルコールサワーもとっても美味しく…」
「おい、柳宿!それは、俺のビール!」
柳宿は鬼宿のビールを危うく取り違えて、そのまま飲むところだった。
「何?柳宿ちゃん、飲めないん?」
「いや…飲めない訳じゃないみたいなんすけど、翼宿から止められてるんです。飲むと大変だからって…」
「へーえ?あれ?柳宿ちゃんって、翼宿の彼女なん?」
柳宿は、その質問にサワーを詰まらせた。
「ちっ、違います!彼は…その。危なっかしいあたしの監視役っていうか…」
「そうそう!翼宿がいないと柳宿ステージにも立てないくらいなんで、俺が任命したんです!」
「ちょっ!誤解されるような事、言わないでよ!てか、それマジ!?たま…」
「分かった分かった~誤解なんやね。でも、柳宿ちゃん。あいつに冷たくされてショックやったんちゃうの?」
「あ…それは、素直に言えばそうです…」
その質問に、柳宿はそれまでの勢いをなくして俯いた。
「大丈夫だよ、柳宿!男には、ひとつふたつ秘密があった方がカッコつくもんなんだって!ほら、あいつただでさえそういうタイプだろ?天津さえ実家の事情なんて、知られたくない秘密ワンツー…」
「鬼宿くん。それ、フォローになっとらんで」
「いえ!ホントその通りだと思います。あたし、翼宿の地雷踏んじゃったかなって…昔から、深入りすると心配性になっちゃうんです。ダメですよね、こういうところ」
「柳宿…」
「柳宿ちゃんは、可愛いねえ。大丈夫!あいつは、人の好意は無にしない奴や。姉として、それだけは認める!」
「愛瞳さん…」
「気にせんと!家族とトラブルになったのはあいつの責任なんだし、今頃家で何とかやってるでしょ!それよりお好み焼き冷めてまうから、はよ食べんさいな!」
「あ、そうですね!せっかくだし…いただきます!」
「それにしても…女嫌いのあいつがねえ…」
一連の話を聞き終えた愛瞳は弟と柳宿のいじらしい関係にすっかり興味を持ったらしく、お好み焼きを食べ始める柳宿をほろ酔いの瞳で眺めた。
「ほれ。あんたの好きな肉じゃが」
「すまんな…わざわざ」
「何、言うとるん。あんた、ちゃんと食べてるの?」
「デビュー前はごっつ不摂生な生活しとったけど、今は何とかな。ええもん食べさせてもろとる。
叔父さんからも、もう援助は受けてへん…やっと、自分のカネで生活出来るようになったわ」
「それなら…よかったけど」
翼宿の家の食卓にて。母親は夕飯を並べながら翼宿を気にかけて何かと声をかけるが、父親は依然黙ったまま出された味噌汁をすすっている。
「それにしても、あんたも命拾いしたねえ。近所の人にも言われとるんよ?お宅の息子さん、この不況にCD売りまくっててスゴい才能やね~って。ねえ?あんた?」
「………ああ」
「夕方も、ファンが来てたみたいで…すまんな。近所も偉い迷惑してるやろ?」
「そんなん…寧ろこんなド田舎が観光地化して嬉しいって、町長さんが言うとったわ」
「はは…相当ボケとるからな、あのじいさん」
カチャッ
その会話を遮ったのは、父親が箸を置く音だった。
「こないだの…テレビ見たで」
「………ああ」
「全く。一人で大きくなったような態度取りおって…ここまで来られたのは、誰のお陰や思うとるんや」
「あんた…」
ここまで来たら父親の怒りの鉄拳一発くらいは食らう事を覚悟していた翼宿は、何も言い返さなかった。
「だけど、ホンマに変わったな。お前…」
「えっ…?」
しかし聞こえてきた優しい父親の声に、翼宿は顔をあげる。
「お前がここを出てった時は、自分だけを信じてただがむしゃらに突っ走ってて誰の言う事も聞こうとせんかった。これじゃあ、挫折してその辺で飢え死にするんやろなと思うとったんや。
それなのに一年ぶりに見たお前の姿は、支えてくれた仲間に感謝しながら謙虚にでも確実に前を向いとった。驚いたで…」
「親父…」
「きっと、今の仲間のお陰なんやろうな。だからいい人間に出会えて変わったお前を、俺はもう責めないって決めた。
芸能界は厳しい。まだまだ、これからや。だけど、今のお前なら、お前らなら、やれるって俺は信じてる。
それでもどうしようもなくなった時は…また、大阪帰ってこいや」
母親は、その横で静かに涙を拭っていた。
『翼宿に、仲直りさせてあげてください!!』
今更柳宿の言葉が頭に響いた翼宿は椀を机に置き、あぐらをかいた膝に両手をつき頭を垂れた。
「親父…オカン。ホンマに…すまんかった。俺、ここまで来られたんも、二人のお陰や思うとる。こんな俺を見捨てないでくれて…ありがとう」
「―――ほら、食え。母さんが、久々に腕奮ったんやからな」
「あんた。それ、どういう意味よ?」
翼宿はふっと笑うと、また椀を手に取った。
「鬼宿さん!どうして、大阪に?ツアーでも、あるんですか!?」
「えっ…あっはは。ちょっと、心の休息にね~」
その頃、お手洗いに立った鬼宿は今度は彼のファンに捕まってしまっていた。
「ねえ!柳宿ちゃん!正直なトコ、どうなのよ?うちの弟!」
「えっ…?何言ってるんですか?愛瞳さん…」
そんな彼に気付かず、すっかり酔っ払った愛瞳は柳宿の隣で彼女に絡んでいた。
「だって~ホントは面白くないんでしょ?今の関係がー!」
「いえいえ。ホントそんな事ないです…まだまだ、足引っ張ってばかりなので…」
「あたしは、あいつは柳宿ちゃんの事をいい感じに見てると思うんだけどなあ?だって、天性の女嫌いだよ?
学生時代はあんな奴でもよくモテて女子からのお菓子たくさん持って帰ってきたんだけど、それを始末したのは全部あたし~」
「た、翼宿らしいですね…」
「柳宿ちゃんみたいな可愛い子が妹になってくれれば、あたしも嬉しいんだけどね♡」
「あはは…お気持ちだけ、いただいておきます」
苦笑いしながらデザートを食べる柳宿を、しかし愛瞳は真剣な目で見つめ始めた。
「ホンマだよ…弟の事、これからもよろしく頼むね」
「えっ?何ですか?」
「柳宿―――!!」
そこに飛び込んできた鬼宿の声が、店内中に響き渡った。
「なっ、何よ!たま!てか、声でかい!」
「それが明日の朝一に夕城プロが雑誌取材の依頼を受けてたのを忘れてて、今から東京戻れって連絡が来た…」
「ええーーーーーーーっ!!??」
「ホントにわざわざ遠いところを、ありがとうございました。すんませんね、何のお構いも出来ず…」
「いいえ!こちらこそ、急に押しかけてすみませんでした!」
翼宿の実家前に三人は集合し、彼の家族と別れの挨拶をかわす。
「また、いつでも遊びに来てください。こいつの友達は、あなた方くらいなもんですから」
「こら、親父。どういう意味やねん」
そのやりとりに、柳宿は無事に仲直りが出来たのだとホッとする。
「まあ!次は、可愛い嫁さんも一緒に連れてきてもええねんで?翼宿ー?」
「アホ抜かせ。姉貴こそ、はよ誰かに嫁にもろて貰え。もう、アラサーやろが」
「まだ、27や!!可愛げない弟やな!」
「じゃあ、俺達行きます!今から走っても、最終ギリギリなんで!」
「はい…あの。皆さん、頑張ってくださいね?大阪からも、みんなであんた達の事応援してます」
「お気をつけて」
「柳宿ちゃーん!またなー♡」
三人は笑顔で手を振り、その場を後にした。
「っあー!タクシー呼ぶか!電車待ってたんじゃ、間に合わねー」
鬼宿は、いそいそと駅の方向へ走っていく。
仲直りしたみたいではあるが…まだ、あれから翼宿と口を聞いていない柳宿ーーー気まずい。
「タクシー…あんまりいないね。あたしも探してきて…」
「柳宿」
翼宿の言葉に、柳宿は立ち止まる。
「ありがとな…連れてきてくれて」
その語調はいつもの翼宿のもの…いや。いつも以上に、優しく感じた。
「うっ、ううん…余計な事して…ごめんね」
きっと振り返れば翼宿の優しい笑顔がそこにあると分かっていた柳宿は、なぜか振り返れずに呟く。
「次こそは、連れてったるさかい。たこ焼き屋」
翼宿は、そんな柳宿の横を通りすぎていく。
『柳宿ちゃんみたいな可愛い子が妹になってくれれば、あたしも嬉しいんだけどね♡』
その時、愛瞳のあの一言が柳宿の背中を押した。
「ねえっ!!」
「あ?」
柳宿は翼宿を呼び止め、彼は振り向く。
「それって………三人で………だよ、ね?」
「は………?」
さわさわと風が小枝を揺らす音が聞こえるのは、二人の間に沈黙が流れている証拠だ。
柳宿は、尋ねてしまってから心底後悔した。
女嫌いの彼が、「三人でだよね」が「二人がいい」の裏返しのメッセージである事に気付く筈がない。
だから「会社の人も一緒がええか?」と返される事を一番に期待し、その返事を静かに待つ事にした―――が。
「翼宿ー!柳宿ー!タクシー捕まったぞ!急げ~」
残酷にも、そのタイミングでタクシーを捕まえた鬼宿が遠くからその静寂を破った。
「あっ…!よかった!翼宿、ごめんね。変な事聞いて…早くいこ…」
柳宿がいそいそと彼の横を通り過ぎようとすると翼宿がふっと笑ったので、彼女は反射的に立ち止まった。
「なっ、何…?」
「案外、回りくどい誘い方するんやなあ…」
「えっ…?」
ふわりと彼の煙草の香りがしたと思えば翼宿は柳宿の顔の真横に顔を近付け、そっと耳打ちをする。
「ほな、たま抜きでな」
「――――っっ!!」
優しく掠れた声が伝えるのは、「二人がいい」に気付いた翼宿のサイン。
「はよせえ。置いてくで」
そしていつも通りの声に戻った翼宿は駅に向かって駆け出すが、取り残された柳宿の心臓はバクバクしていて…
『だって~ホントは面白くないんでしょ?今の関係がー!』
またしても頭に響くのは、愛瞳の言葉だ。
面白くない…?ううん。そんな事ない。
翼宿はあたしを「特別」って、認めてくれた。それだけでいいじゃない…それだけで。
それでも彼をここまで連れてきた褒美に与えられたいつになるか分からないデートの約束に、微かな「期待」を寄せている自分の本当の気持ちが柳宿には分からずにいた―――