空翔けるうた~02~

一年前。それは、翼宿が成人を迎えたばかりの頃。
『ちょっと、翼宿!あんた、何、冗談言うとるの!?』
『冗談やないて…さっき、言った通りや』
『大学辞めてきたと思ったら、音楽極めるために今から上京するて…んな、はしたない事やめなさい!!』
とある屋敷の玄関で、とある親子が言い合いをしている。
それはまとめ終わった荷物を持って靴を履いている翼宿と、そんな彼を制止している彼の母親だった。
『………あんたらの適当な考えで適当な大学行かせられて、そこでのうのうと過ごすよりマシや』
『………あんた』
そこで立ち上がった翼宿を無理矢理振り向かせて胸ぐらを掴んだのは、彼の父親だった。
『貴様…!あまっちょろい事、言うな!例えデビュー出来たとしても、このCDが売れない時代、砂漠に突っ込むようなもんや!!んな事を望む親が、どこにおる!!』
『………それでも、ええ』
向けられた息子の狼のような目に、父親は一瞬たじろぐ。
『それでもこんなにやりたい思うた事は、あらん!!それでボロボロになってあんたらに見捨てられても…俺は後悔せん!!』
そこまでを聞き終えると、父親の手は乱暴に翼宿を突き飛ばす。
『………勝手にしろ』
ひとつの家族の絆は、この日を境に途絶えた―――



一年後



空翔宿星3rdシングル「Rainy~愛の調べ~」
作詞:鬼宿 作曲:柳宿
オリコン初登場1位・初動売上96万枚


『いや~スゴいですね!このCD不況に、おまけも付けずにミリオン目前の売上とは…』
『これは近日発表が噂されてるアルバムは、ミリオン突破間違いないですね!』
ワイドショーのオリコンコーナー後、コメンテーター達は、皆、感嘆の声をあげている。
そんな番組が上映されているのは、大阪の繁華街の大モニター。
そのモニターを見上げていた女子大生達は、はあとため息を吐く。
「あんな男前が、大阪におったなんて…!何で才能ある人は、みんな東京行ってまうんやろね~」
「まあまあ…もうすぐ、全国ツアーも近いんやないの?大阪凱旋ツアーでは、きっと翼宿があたしらの為に浪花節溢れるMCやってくれるって~♡」
「きゃあ!そら、たまらんなあ♪ファンクラブ設立したら、真っ先に入らな~♡」
そんな女子大生と変装を施した男女三人組が、すれ違った。


「街の生の声も聞けた事だし…そろそろだな」
「ぜっっったい!やらんぞ、俺は!」
「まあまあ…照れるな照れるな。大阪の人達も、あんたの帰りを心待ちにしてるのよっ!」
そう。空翔宿星の三人は、休息もかねて大阪に小旅行に来ていたのだ。
既に関東圏を回る小さなツアーも決まりその準備が始まる前の息抜きにと、夕城プロも渋々了承してくれた。
くれぐれも大阪でトラブルを起こしてこないように…と、釘を刺しながら―――


「…………で。これから、どこ行くねん?」
「は?どこって、あんたの実家に決まってるじゃない!大阪観光は、その後!」
大阪駅のホームに来たところで今回の行動日程を訪ねた翼宿は、ここに来て初めて柳宿の魂胆を聞かされる。
そこで目眩を起こし、側の柱に凭れかかった。
「な………にを、訳分からん事言うとんじゃ、お前は!」
「訳分からん事じゃないわよ!何よ、家出って!?全国民にカミングアウトするタイミングで知ったあたしの気持ちを、考えてよ!」
「ま、まあまあ…二人とも…」
唯一事情を知っていた鬼宿が、二人をたしなめる。
「とにかく!きちんと、仲直りしてきなさい!」
「んなダサい事………今更出来る訳ないやろが」
「まあさ!まずは、俺と柳宿もお前のご両親にご挨拶したいし!?とりあえず、家まで連れてってくれよ、翼宿!」
こんな状況では鬼宿が一番大変だと察した翼宿はさすがにこれ以上柳宿と口論を繰り広げる訳にもいかず、観念したようにため息を吐いた。
「ここからやと…五駅や。ちょっと、歩くで」


翼宿の実家の最寄り駅に着く頃には、夕刻になっていた。
基本的に素性は隠す主義の翼宿はポケットに手を突っ込み、むすっとしながら二人を誘導する。
「たま…さすがに、怒ったかな?翼宿…」
「いや。お前の今回の目的には俺も賛成だし…じきに分かってくれるよ、あいつも」
二人は、その半歩後ろでこんなひそひそ話をする。
すると翼宿が急に立ち止まり、そのすぐ後ろを歩いていた柳宿が彼の背中にぶつかる。
「いった~………翼宿。止まるなら止まるって、言ってよ…」
彼の目線の先には、瓦屋根が古風な屋敷が建っていて。恐らくここが彼の実家なのだろうが、彼は玄関に続く門よりもかなり手前で立ち止まっている。
その理由は、とある女性の怒鳴り声で分かる。
「だから!もう、随分帰ってきてないんやって!家まで押しかけるの、やめてくれへん?」
植え込みでよく見えなかったが、玄関から複数の女性を帰そうとしている女性の姿が見える。
「翼宿さん、いつ帰ってくるんですか?サイン貰いたくて~…」
「だったら、郵送でもいいんです!何とか、連絡取ってもらえませんか?」
「あのな。そうしたいのは山々やねんけど、うちにはうちの事情があってあんまり連絡取らへん事にしてんねん…せやから、帰ってや~」

「ねえ…翼宿。あの人って…」
柳宿の質問には答えず、翼宿は大きく息を吐きながら歩き出す。
「おっ、おい…」

「ええ~?でもお~」
「俺に、何か用か?」
その言葉に女性達は振り返り、彼女達を追い返していた人物含め一瞬ポカンとした顔になる。
「また、偉い歓迎やなあ~…」
「あ………翼宿………?」
「嘘っ!?本物ーーー!?サインしてください!握手してください!!」
サービス精神で、バンド活動してる訳ではないのだけれど。翼宿は求められるがままにサインや握手に応じる事で、彼女達を家の前から追っ払う事に徹する。
これからファンクラブも設立する予定だからもう実家には来ないでほしいと、一人一人に念押ししながら…


そうこうしてる間に、数十分経っただろうか?
「――――つぅ…」
「ちょっと、翼宿!大丈夫?」
「お前…尊敬するよ。地獄だっただろ?」
「ああ…死んだ方がマシや」
一通りが終わり脱力しながら門に寄り掛かった翼宿に、柳宿と鬼宿は駆け寄った。
本当は女性対応など彼にとっては吐き気がする事なのだが、これはビジネスだと割り切りトラブルを起こさないように対応するのが翼宿のプロ精神。
そして翼宿ファン達の餌食になる彼を玄関に立つ女性は相変わらずポカンと見ていたが、落ち着いてきたところでようやくその名を呼ぶ。
「翼宿…あんた…」
「よう。久しぶりやんけ…姉貴」


「よく見たら、空翔宿星のお仲間さんじゃないのお~!よお、遠いところを来てくれはりましたねえ!」
翼宿の姉・愛瞳は二人分のお茶を丁寧に注ぎ、二人の前に差し出す。
翼宿は煙草を吸いながら、何とか気持ちを落ち着けていた。
「すみません…いきなり押しかけて。だけどこないだの番組で家出してきたなんて言うものだから、あたし、心配になって」
「ああ!情熱列島ですよね!?見ましたよ~?翼宿!あんたは、この家に泥塗る気なん!?」
「いたっ!せやから悪い思って、家の前の連中追っ払ったんやんか!」
愛瞳から突然茶菓子を投げつけられ、翼宿は負けじと吠える。
「………はあ。全く!ご縁があって大手に引き抜かれて、こんな素敵なお仲間と活動出来てるからよかったようなものの…それがなければ、あんたは今頃どうなっていた事か…」
「……………ふん」
姉の正論に、弟は面白くなさそうに煙草を灰皿に突っ込む。
「あの…翼宿さん。ご両親とは、その…円満には…」
「なってませんよ?ベースにハマったからデビュー目指すなんて生意気な事言ってその勢いで家を飛び出してったっきり、デビューが決まってからも連絡のひとつもよこしてません!お陰で、オカンはやつれにやつれて…」
「はは…そうなんですね。俺らの前ではそんなやんちゃっぷり見せないので、今回は色んな翼宿が見られてビックリ…」
「だったら!!」
「わっ!?」
柳宿は、また机に両手を叩き付ける。

「翼宿に、仲直りさせてあげてください!!」

その言葉に、一同はポカンとした。
「あの…柳宿くん?ここは、翼宿の家で…」
「分かってる。でもあたしも鬼宿も家族の事で悩んでた時に、翼宿に随分助けられたんです…だから翼宿だけが家族と不仲なのは、耐えられなくて…だから…」
家族と喧嘩しながら好きなピアノを続けていた柳宿だからこそ、翼宿の気持ちは痛いくらい分かる。
そんな自分でも仲直り出来たのだから、彼だってきっと…
「………柳宿」
だが翼宿の低く押し殺したような声が、柳宿の言葉の続きを遮る。

「ここからは、お前は部外者や。余計な事………すんな」

「………っ………!」
「お、おい。翼宿!そんな言い方…」
「おい。姉貴…こいつら、御堂筋のおっさんのお好み焼き屋連れてったってくれや。こんな狭苦しいトコでなんぞ、もてなせへんやろ」
「あ…ああ、そやね、分かった。すみませんなあ…もうすぐ両親も帰ってくるんで、そこでサシで話させますさかい。ちょっとそれまでは…」
「分かりました。ホラ、柳宿。行くぞ」
鬼宿はそれきり黙った柳宿を促し、玄関へ向かっていく。
それに着いていくように部屋から出ていこうとした愛瞳は立ち止まって、弟に声をかけた。

「………あの子の言う通りやで。一度、きちんと話せえ。このまんまって訳にはいかんやろ?」

翼宿は黙ったまま、二本目の煙草に火をつけた。

カタン…
それから十分も経った頃だろうか。玄関の引き戸が開く音がし、廊下をミシミシと歩く音が近付いてくる。
それは今まで二人で買い物に出ていた、定年を迎えたばかりの老夫婦・翼宿の両親だった。
「―――翼宿」
「………おう」
「帰って…たんやね」
「……………」
事前に愛瞳からメールを貰っていた母親の声は驚いたものではなかったが、それでも少しだけ嬉しそうに聞こえた。
そして父親は何も言わず、そのまま翼宿の向かい側に座った。
「………ご飯作るわ。ちょっと、待っとって」
母親は買ってきた食材を冷蔵庫へ入れる為に、いそいそとキッチンへ走っていった。

大スターになった息子の成功を素直に喜べばいいのに
過去に起こした反抗期を素直に父親に謝ればいいのに
母親が立ち去っても相変わらずの空気を垂れ流しているこの父子は、全くの似た者同士だった―――
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