空翔けるうた~02~

帰国日のLAの空は、どこまでも青く澄み渡っていた。
空港ロビーには、空翔宿星のカンパニーが集まっている。
帰国組の夕城プロ、奎宿、昴宿、美朱、鬼宿、柳宿。そして、それを見送る翼宿。
「じゃあ…ここで」
保安検査場の前、夕城プロが翼宿を振り向く。
列の最後尾にいた翼宿は、笑顔で立ち止まる。

「お気をつけて。落ち着いたら、また連絡入れます」
「ああ。お前も暫くは異国の水は口に合わないかもしれないが、体壊すんじゃないぞ?何か困った事があったら、いつでも連絡をくれ」
「ありがとうございます。夕城プロ」

「俺らにもな!日本の飯が恋しくなったら、いつでも食いに来いよ!」
「奎介のツケで、待ってるからさ!」
「昴宿さん…勝手に、決めないでよ」
「はい!楽しみにしてます」
続いて声をかけてきた奎宿と昴宿にも、翼宿は笑いかける。

「翼宿さん…あたし、やっぱり寂しいです。日本で、暫く翼宿さんの歌声聴けなくなるなんて…」
続いて、涙ぐみながら翼宿に近寄ったのは美朱。
そんな彼女の頭を、翼宿はそっと撫でる。
「泣くな、美朱。俺が、たまに怒られるやろ?空翔宿星を最後まで応援してくれて、ありがとな。これからは、たまの事応援してやってくれ。俺も俺で、何とか頑張るから」
「また、翼宿さんの歌声聴けるの…待ってますから」

「翼宿…」
その後ろで、鬼宿も無理に笑顔を作る。
「たま…ここまで着いてきてくれたのに、迷惑かけてホンマにすまんかったな。今度は、今度こそは、お前はお前の人生を生きろ。家族の事、考えてやれ」
「俺、お前と活動出来て本当に楽しかったよ!一瞬だって、ここまで来られた事後悔してねえよ。だから、翼宿も何かあったら俺を頼ってくれよ。離れてても、俺達は親友だからな!」
「ああ…ありがとう」
二人笑いながら、拳をかち合わせた。

そして最後に鬼宿は、自分の後ろで静かに微笑んでいる柳宿を気遣った。
「柳宿。そろそろ時間だけど…」
「え?うん」
「その…いいのか?お前…」
「な、何よ!みんな、深刻な顔しちゃって!別に、今生の別れじゃないんだからさ!」
ヘラヘラ笑いながら、柳宿は翼宿の前に立つ。
そして、精一杯の作り笑顔を彼に向けた。
「翼宿!頑張りなさいよ?英語もサボってきた分、しっかり勉強して!途中で、へこたれるんじゃないわよ?」
「柳宿先輩…」
姉貴風吹かして軽い激励をかける彼女に、しかし周りの人間も翼宿も眉を潜める表情は変わらなかった。
そんな周囲の空気に気付かないフリをして、柳宿は踵を返す。
「そろそろ、時間よね!あたし、先に検査場に行って…」

その時、翼宿の手が柳宿の腕を掴んだ。

「え?ちょっと…何?」
「夕城プロ。まだ、時間に余裕ありますよね?」
「あ、ああ」
「すんません…ちょっと、借りますわ」
「ちょっと、翼宿!?」
そのまま翼宿は手荒に柳宿の腕を引きながら、スタスタとその場を離れた。
残された者達からは、やっと安堵の笑みが零れた。
「柳宿のあの顔、見たか?痛々しいったら、ありゃしない」
「少しだけでもここで泣いて帰ってくれたら、ありがたいんたがね」
「大丈夫」
そんなやりとりを遮ったのは、美朱の穏やかな声。

「翼宿さんが…泣かせてくれますよ、きっと」


翼宿の背中は、少し怒っているようにも見えた。
手は離されたが、それでも平常心を保ちながら黙って彼の後を着いていく。
いつしか、二人は空港の滑走路が見渡せる大きなウインドウの前に来ていた。
いかにも遠距離のカップルが別れを惜しむ場所といったかのように、まばらに男女二人が景色を眺めている場所だ。
そこで、翼宿は立ち止まる。

「…ホンマに。お前は」

聞こえたのは、いつもの呆れた声。
「本番中に勝手に打ち合わせにない事言いよるし、その後も全然顔合わせへんし、今日も普通にスタッフ面して別れようとするし…」
「…ごめん」
「お前、俺を怒らせたいんか?」
まさか、最後の最後に説教。
説教なんて慣れっこの筈だったのに、それでも今回ばかりは反論出来ずに柳宿はその言葉を黙って聞く事しか出来ないでいた。


「…ホンマに。お前は………っ」


しかし再び発せられたその語調は、なぜか揺れていて。


「翼宿…?」


翼宿は、近寄った柳宿を力の限り抱きしめた。
普段は警戒している周りの視線などものともせず、強く強く…力を込めて。


「たすき…痛いよ…」
「……………………」
「た…すき」
翼宿は、泣いていた。
肩を抱く手が、微かに震えている。


「ありがとう」


ハッキリと、かけられた言葉。


「お前は…最高の女やさかい」


もう泣かないと決めていたのに、そんな言葉を言われたらもう我慢出来ないじゃないか…
翼宿の背中に手を回して、ギュッと抱きしめ返す。
堪えていた涙が、あっという間に彼の胸を濡らす。

「今更…遅いわよ。バカ」
「柳宿…」
「っく…うっ…翼宿…ごめん。あたし…」
「ええから」
「………………」
「こんなに愛した女に涙ひとつこぼされなかったら、男として示しつかんわ」
「…………翼宿。あああっ…!!」

緊張の糸が、切れたような気がした。
翼宿の許可で、柳宿はいよいよ泣き叫ぶ。
離れたくない。離れたくない。
でも、離れなければいけない。


暫く抱き合っていたが、そっと身を離す二人。
「少し、時間かかるかもしれんけど…」
「…うん」
「たまには、日本に顔出すさかい」
「うん」
素直に返事をする柳宿が可愛くてたまらず、翼宿は両手で彼女の頬を包む。


「…なあ。俺がもし成功したら、その時は…」
「………………?」


\"結婚しよう\"


生涯初めてここまで愛した女にそう言いたかったが…今は、まだ、未来を約束出来ない事に気付く。
思わず言葉を飲み込んだ翼宿に気付いたのか、柳宿はそっと微笑み。


「うん…また、会おうね」


一言、そう呟いた。
そのまま二人の唇は近付き、ピタリと重なり合った。
永遠に離れる事がない愛を、誓いながら―――




数刻後、そこには、一人、日本行きの飛行機を見送る翼宿の姿があった。
「タスキ」
後ろから声をかけられ、振り向いた翼宿は微笑んだ。
「これから…よろしくお願いします」
第二の父もまた、そんな彼の姿に満足そうに微笑んだ。




一週間後―――
「空翔宿星解散かあ~…まあ、しょうがないよね。翼宿の可能性を考えたらさ」
「柳宿も、泣ける演出するよね。それだけ、翼宿の事が…好きだったんだろうね」
暫くスポーツ紙やワイドショーを騒がせていた人気バンドグループ解散のニュースも、徐々に落ち着きを取り戻しつつあったが。
それでも、暫くは女性ファンの間ではこんな会話が止まらなかった。
そして、今日も街を行く某大学のサークル仲間で結成されたこのバンドの間でも。
「ねえ?玉麗。あんたなら、出来た?」
「………………」
「ご、ごめん!別に、柳宿と比べてる訳じゃないけど…もしかしたら、あのバンドにいたのはあんただった可能性もあるから」
しかし、こう問われた玉麗の表情は穏やかで。
「あたしには、出来なかったよ。いつまでも盲目になって、翼宿と信頼関係すらも築けなかったと思う。あの子は凄いし、そんなあの子だから翼宿も彼女を愛していたと思うよ」
彼女には、もう柳宿を恨む理由は毛頭ない。
それどころか、同じ女として、翼宿ファンとして、これからは陰で彼女を見守り続ける存在になってゆく事だろう。


ガチャ
とある家の扉が開かれ、中からは黒いスーツをビシッと着こなした青年が出てくる。
「じゃあ、親父!みんな!行ってくる!」
「鬼宿…帰国したばかりなのに…もう少しゆっくりしてからでもいいんじゃないか?」
「何、言ってんだよ、親父!俺、就職浪人にも遅れとるくらいの立場なんだぜ?早めに動いて、早く親父達食わせられるようになるよ!」
「兄ちゃん!頑張ってね?」
「噛まないでね?」
「ああ!じゃあな!」
鬼宿も、今では立派な就職活動生。
太陽に負けないくらいの笑顔を作り、彼は家を出た。


♪♪♪
一件のメッセージ着信に、鬼宿は立ち止まる。
それは、最愛の彼女からだった。

『鬼宿?就活一発目。気合い入れてね?
言っておくけど、お兄ちゃんは手加減しないからね!』

微笑みながら、目の前に建つビルを見上げた。
「当たり前じゃん…実力勝負だよ。この世界は」
ビルの案内板に書かれた「yukimusic」の文字を確認し、歩を進めた。


♪♪♪
今日も、柳宿の家には美しいピアノの音色が流れている。
出勤前、呂候はそのピアノが流れる部屋を訪れた。
「柳宿。今日の新聞、見たかい?」
「何?兄貴」
「翼宿くん。早くも、来月には全米デビューシングルが出るみたいだぞ」
その言葉に、ピアノを弾いていた手が止まる。
だが、その表情はあまりにも落ち着いていて。
「へえ…英語、大丈夫だったのかしら?案外、泣きながらスパルタ学習した結果かもよ?」
「柳宿…」
「何よ、兄貴!そんな腫れ物に触るような顔しないでよ!言ったでしょ?あたしは、無理してないって」
帰国してからも一度も涙を見せない妹をずっと心配してきた兄ゆえ、翼宿の話をする時はどうも気を遣ってしまう。
だが気丈に振る舞う彼女を見ていると、そんな心配も申し訳ない気持ちになってくる。
「そうか。そうだな…お前がよければ、僕はいいよ」
「ふふ…それにね」

ニャン♡♡

足元で、愛らしい声が鳴いた。
そっと持ち上げると、タマはゴロゴロと柳宿の頬に頬を寄せる。
そう。それは、彼に預けられた大事な家族同然の存在。

「次にあいつに会えた時に元気な姿を見せられるように、あたしがこの子を護るんだから」

嘘偽りない笑顔で微笑む妹に、また兄の笑みも零れた。



3つの流れ星は、今は違う方向を向いているけれど
いつか、また、1つに交わる筈。
その時、3人はまたきっとどこかで会えるだろう。
だから、今はそれぞれの夢をしっかり見つめていこう。



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