空翔けるうた~02~

国際フォーラムは、今日もたくさんの客でごった返していた。
今日は、昨日から行われている空翔宿星の海外公演の最終日だ。

「ここだここだ!国際フォーラム!」
「もうー!開演ギリギリじゃないか、あんた!」
「仕方ねえだろ!?出発直前まで店の事で手一杯で、ここら辺マトモに調べてこられなかったんだからよ!」
「まあまあ!奎宿さん!昴宿さん!無事に着いたんだから、喧嘩はやめて…グッズなら、後で鬼宿に譲って貰うよ」
そして、ここにも日本から駆け付けた空翔宿星ファンでありカンパニーの3人が到着した。

何も知らないファンは、今日も空翔宿星の出番を心待ちにしていた。


鬼宿は、いつものように開演前に翼宿と柳宿と円陣を組む。
「いいか?今日は、最終公演だ。全てを出し切って……堂々と、日本に帰るぞ?」
「ああ」
鬼宿の号令に、翼宿は答える。
暫しの沈黙の後。
「…うん!」
二人の手をしっかりと握り返して、柳宿は答えた。


スタンバイ中―――
『やあ。奎介』
『マイケル!お疲れさまです!』
『昨日の公演も、素晴らしかったね。ますます、ファンになってしまったよ!』
『ありがとうございます!…あの。マイケル?例の話って…どうなりましたか?』
『…何も、返事は貰っていないよ。もしかしたら…彼には、その気はないのかもな』
『…そうでしたか』
『まあ…仕方がないさ。日本の仲間が大切で日本に戻る事もまた…彼の道さ』
仲間が大切だから。
その言葉は、確か、自分が彼をメジャーデビューに誘った時も、そう言っていた言葉だ。
いいのかもしれない。
彼の気持ちが、この世界に入っても変わる事がないのなら。
そして、今、彼にはもうひとつかけがえのない大切なものがあるのだから。
夕城プロも、いつしかそのように考え始めていた。
柳宿が、ある計画を思案していた事も知らすに…


『レディースエーンドジェントルマーン!!みんな!ラストだぞー!!』
鬼宿の掛け声と共に、会場が一気に沸く。
「鬼宿ー♡かっこいい♡♡」
「す、すげえ熱気…俺らみたいなジジババなんてお呼びじゃないって感じだよな…」
「きゃー!翼宿も、相変わらずいい男だねえ♡」
「…お前」
若者がはしゃぐ中で思わず顔をしかめる奎宿だったが、女房の隠れ翼宿好きに気付き次には呆然となるのであった…

演奏やパフォーマンスは、着々と進む。
何も、問題はなかった。
柳宿の心を除いては…


ラストのMCで、鬼宿は今後の活動については未定だがまた日本で会える事を楽しみにしている旨を皆に伝える。
翼宿は、穏やかにその様子を見守っているだけ。
そう。このまま日本に帰れば、また3人で活動出来るのだ。
活動…出来るのに。


『じゃあ!ラスト!皆さん、聞いてください…』


『ちょっと、待って!!』


柳宿は、突然、鬼宿のラストのフリを呼び止める。
その行動に、ステージ上の人物全員がキーボードを見る。


「ん?」
夕城プロとマイケルも、裏手で異変に気付いた。
「おい…柳宿の奴、何、やって…?」

「柳宿先輩?」
「どうしたんだ?いきなり、深刻な顔して…」
それまでライブを楽しんでいた美朱達も、息を呑む。


『皆さん…ごめんなさい。少しだけ…あたし達に時間をください』
『柳宿?どうしたんだよ?急に…』


『…翼宿』


柳宿は、まっすぐに中央の翼宿に呼び掛ける。
彼は特に驚きもせずに、またまっすぐに柳宿を見る。


『ここに…残りなさい』


その言葉に、一斉に会場がどよめいた。
『柳宿!?そんな話、ここでは…』
『いいから!聞いて!』
少し苛立ちを見せる叫びに、またその場が静まり返った。


『皆さん…翼宿は、この度、この国の大手音楽会社に引き抜きの依頼を受けました。だけど、彼はそれを断ろうとしています。それは、このグループが存在しているからです』
一拍置いて、柳宿は続けた。
『だけど、あたしは彼に挑戦してほしいと思っています。この中で一番プロ意識が高い翼宿は、空翔宿星結成前からずっと一人音楽の道を極める事を夢見ていました。空翔宿星を続けようとしてくれている事は嬉しい事だけれど、一方で翼宿は迷っている筈です。このチャンスを逃したら、次はないのではないかと…』
翼宿は、何も否定しなかった。
それどころかまるで心の中を読まれているかのように、ぐっと唇を噛み締めている。
その反応で、柳宿は翼宿の答えを悟った。
だから。

『あたしは…あたしは、翼宿にどこまでも輝いてほしいです』

声が、震える。
こんな大衆の面前で泣いては、叩かれるかもしれないのに。
それでも、本当は素直に空翔宿星と、翼宿と離れるのは寂しくて。
言葉とは裏腹にそんな感情が溢れ出し、柳宿は涙を拭いながら語り続ける。

『あたしや鬼宿を…この世界に連れてきてくれた彼に…今度は自分の夢を…自分の為に…叶えてほしいんです』

しかし、優しいファンは誰もそんな柳宿に非難を浴びせたりしない。
それどころか柳宿の涙に影響されて、すすり泣くファンの泣き声が聞こえてくる。
ファンも、悟ったのだ。
柳宿の翼宿に対する深い愛情を―――


「照明、落としますか!?」
「このままじゃ、ライブどころじゃないですよね!?」
「よし、照明落とせ!」
裏のスタッフルームは、大パニックになっていた。
打ち合わせにない事をされては、混乱は避けられない。
しかし慌てて指示を出すスタッフを制したのは、夕城プロだった。
「…夕城プロ」
「すまない。もう少しだけ、俺に免じて時間を与えてやってくれないか?」
空翔宿星の父は、今まで見せた事のない真剣な瞳でそう訴えかけた。


柳宿は、暫くすすり泣いていた。
翼宿は、ずっと俯いている。鬼宿も、得意のトークすら言えない。
しかしその沈黙を遂に破ったのは、翼宿だった。

『皆さん…こんな空気にさせてしまって、すみません』

ステージ上で、初めてマトモに喋るかもしれない。
そんな翼宿の姿に、観客の目は一気に集中する。
『今…柳宿が言った事は、事実です。俺は、グローバルミュージックに声をかけられました』
少しのざわつきが会場内に響くが特に大きな騒ぎにならない事を確認すると、翼宿は続けた。
『俺は、一度、仲間を離れて単独行動をした事があります。だけど、その時、俺にはこの仲間がいないととても音楽を続けていけないと気付きました。その気持ちは、今も変わっていません』
いつしか、鬼宿の瞳にも涙が浮かんでいた。

『…だけど、本当は自分の限界に挑戦してみたい自分もいます』

絞り出した答えは、本当に正直な翼宿の本音だった。
『今回の事で、空翔宿星を捨てる訳ではありません。だけど、ほんの少しだけ…俺に旅をさせてほしいんです』
そして、会場内をぐるりと見渡して翼宿は告げた。


『空翔宿星からは…今日限りで、一旦、抜けたいと思います。こんな俺を…許してください』


そして、頭を垂れる。
自分こそ、叩かれるべき存在。
そう自負しながら、会場の反応を待つ。


パチパチパチパチ…


しかし、会場からは暖かな拍手が沸き起こった。
そして、様々なエールが翼宿へ向けて送られる。
その反応に翼宿は驚いたが、次にはまた穏やかな微笑みを向けた。

『みんな…ありがとう』

そして後ろを振り向き、涙を流している二人の仲間に告げる。

『鬼宿…柳宿。すまんな』

二人とも、懸命に首を横に振った。
『じゃあ…みんなで、最後に歌いましょう。\"Rainy~愛の調べ\"。』
最愛の恋人との別れの曲。
そのイントロが、ゆっくりと流れ出した。


君との思い出だけは、ひとつも雨は流さない。
短すぎた季節の中で、まだ君が笑ってる。
どれだけ記憶辿っても、どれだけ時間が過ぎても
こんなに忘れられないくらい、愛したのは君だけ…
二人で輝きながら、確かな愛を育てたよね。
広がる雨上がりの空に、僕の明日が見えた…


最後は、会場全体で大合唱。
泣きながら笑いながら、空翔宿星の突然のラストステージは幕を下ろした―――




「ホンマに…すみません!!」
夜遅くに店を借りきって始まった打ち上げの席で、翼宿はまた頭を垂れた。
目の前では、暖かい目を向けるメンバーやスタッフ。
「いいんだよ!翼宿!めでたい事じゃないか!祝おう!祝おう!」
「寂しいけど…その代わり、たまには日本に帰ってきてくれよ!」
「その時は、「白い虎」総力あげて飯奢るからよ!」
「…あんた、それは予算と相談」
様々な声がかけられ、翼宿も安堵の笑みをこぼす。
しかし、自分を素直にさせてくれた人物の姿は見当たらない。
「………柳宿は」
「テラスにいるよ。今、美朱が様子見に行ってる。今日くらいは、そっとしといてやれよ」
「…ああ」
本当は、一番にこの事について話したい相手…しかし、彼女がこの席で笑いながら自分を励ましてくれるとは翼宿も到底思えなかった。
彼女の一世一代の決心が、翼宿をここまで動かしたのだから―――



「二人で輝きながら―――」
柳宿は、夜空に向かってポツリポツリと歌っていた。
歌詞に込められた意味を理解するように、一言一言丁寧に…

「いい歌ですよね…わたしも、一番好きです」

その歌声を遮ったのは、美朱の声だった。
「美朱…今日は、ありがとね?わざわざ、日本から…」
「いいえ!お陰で、空翔宿星の大切な瞬間を見届ける事が出来ましたから」
そう言って穏やかに微笑む美朱は、まるで自分の姉になったように見えた。
それくらい、今の柳宿は憔悴しきっていたから…
「翼宿さんと…お話しなくていいんですか?」
「…美朱。あたしね?この決断をするまでに、一人で、翼宿の前で、たくさん泣いたの」
その理由と向き合うのが怖くて、ただひたすらに泣き続けていた日々。
「だから、もう、あいつの前では泣きたくないから。だけど…」
「笑えない…のも、本音ですよね?」
その言葉に、柳宿の唇は震えた。
口許を押さえて、嗚咽を漏らす。
「………あたしは、みんなで笑ってあいつを見送るのが…一番…いいのよ」
笑ってお別れモードの中で自分の正直な気持ちを隠してしまえば、本当は我儘になりたい自分を消す事が出来るから。
もう、彼を揺らす事はしたくないから…だから。
『ここ』でしか泣く事が出来ない柳宿の肩を、美朱は優しく抱いた。

「泣いてください…柳宿先輩。先輩は…頑張りました。その気持ちは、翼宿さんにも伝わってますよ。だから…翼宿さんは、今でも柳宿先輩が大好きですよ?」


こんな優柔不断な自分でも
あいつの背中を押せたなら
あたしは、幸せだ。


今宵、美朱の腕の中で、柳宿は存分に泣き続けた。
明日は、みんな揃って翼宿と笑顔でお別れ出来るように―――
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