空翔けるうた~02~

空翔宿星デビューシングル「Love is here」
作詞:翼宿 作曲:柳宿
オリコン初登場2位・初動売上80万枚


「あ!空翔宿星!デビューしたんだね?」
「きゃー!まだ、初回限定盤余ってんじゃない♪あたし、買ってこよう~」
「ちょっと~見つけたのあたしよー!?」
空翔宿星のホームがある渋谷のCDショップ店頭には、『渋谷のホープ、早くも待望のメジャーデビュー♪』と銘打ったポップに飾られた空翔宿星特設コーナーが出来ていた。
そのコーナーの前に、ひとつのバンド集団が立ち寄る。
「ちょ、ちょっと!玉麗!こいつ、デビューしてんじゃん!」
「くそ~!あの日、あいつが代わりのキーボード調達してこなきゃ、こんな事にもならなかったのにな~」
キーボードを調達してきた人物が柳宿本人だと思い込んでいるメンバーが悔しそうに唸る傍ら、玉麗は静かにCDを手に取る。一枚ではなく、何種類かある通常盤も…
「ぎ、玉麗…?」
「このジャケットの翼宿とこのジャケットの翼宿…映り方が、ちょっとずつ違うわ。買ってくる」
「ええーーー!?」
最早、今の玉麗には頂点に登り詰めた柳宿の文句など言える筈もなく、引き続き翼宿を応援する純粋なファンに戻らざるをえなかった…



空翔宿星のデビューは、大成功を飾るものとなった。
某アイドルの握手券付シングルにトップを譲る結果とはなったが売上は僅差で、初週売上発表後も根強く売上を伸ばしておりランキング上位に暫く居座る可能性は十分にあった。
そんな彼等への褒美として与えられたのは、yukimusic事務所内の真新しい専属スタジオに鬼宿用のプレミアドラムセット、yukimusic敏腕のサポートギタリスト配属等々VIPな待遇ばかりだった。
その中で、こちらも一気にVIPに登り詰めて意気揚々としている人物が一人…


「ふっふっ…ふっふっふっふ」
「夕城プロ。気持ち悪いっす」
「失礼な、鬼宿くん!君達の活躍に、大感謝してるんだよ!これで、俺もプロデューサーという名に恥じる事なく…事務所内にも、また居場所が出来たんだ…」
「そ、そんなに、切羽詰まってたんですね…」
プロモーションの打ち合わせにと空翔宿星のスタジオを訪れた夕城プロだったが、タブレットに表示される売上グラフばかりをニヤニヤしながら眺め中々本題を切り出さない。
元々、夕城プロはプロデューサー業務のみを担当していたのだが、予想以上にメンバーと気が合いここのところ収入も乏しかったのでマネジメント業務も兼任する事になったのだ。
そんな彼に鬼宿と柳宿は苦笑いし、翼宿は相変わらずそんな光景を眺めながら煙草を吸ってばかり。
「これで握手券なんか付けたら、一気にミリオンかなあ?社長に、提案してみようかな…」
「「「それは、嫌です」」」
そこだけは、口を揃えて断る三人。
「冗談だよ♪…と、言う訳で!デビューシングルに続き、2nd、3rdを連続リリースする事が決定した。作曲はそのまま柳宿で、作詞は鬼宿に頼む事にする!期待してるぞv」
「おっ!マジすか♪腕が鳴るなあ~」
「おい、お前。ベタベタのラブソングとか、勘弁やぞ?そんなん、歌わん」
「照れるなよ、翼宿!お前のデビューシングルだって、際どかったじゃん!」
そんな二人の言い合いに挟まれながらも、柳宿はとても楽しそうだった。


「おい。柳宿~」
「何よ?」
少し席を外すように言われた鬼宿と柳宿が事務所の一階で翼宿を待っている間、鬼宿はヘッドホンでデビュー曲の音を聞いていた
「何かさ!あいつが作ったデビュー曲の歌詞、お前を歌ってるように聞こえないか?」
そう言ってニヤつく鬼宿は、耳に当てていたヘッドホンを柳宿に手渡す。

まだ届かなくて、もどかしくて
こんなに傍にいるのに
抱きしめても抱きしめても
心に届かない
一人で泣かないで
ほら。瞳閉じて、感じる
暖かな手を繋いで、離さない―――

改めてじっくり歌詞を聞くまで、気付かなかった。
確かに、上手くいかなくなるとよく塞ぎ込む自分に向けたエールに聞こえなくもない。
そんなエールを恋愛に疑似した部分がまた心に響き、柳宿は耳まで赤くなる。
「よかったな!まあ、頑張れよ?引き続き、迷惑かけねえように、な♪」
「あんた…それ、嫌み?」
どんどん翼宿をサポートしていく鬼宿とは裏腹に相変わらず翼宿に公私で叱られている柳宿は、ため息をつきながらヘッドホンを外した。


「翼宿…どうだ?デビューの手応えは…」
夕城プロはスタジオに翼宿だけを残し、改めて彼に問いかける。
というのも、三人でいると翼宿は中々前に出たがらないからだ。メジャーデビューの話の時も、そうだった。
「まずまずっすね。色々サポートしてくれてる、yukimusicのお陰ですわ」
「ったく…見かけによらず謙虚だなあ、お前は!
それでだな、翼宿。お前だけ残したのには、もうひとつ理由があって…」
「………?」
「実は、TBRテレビの「情熱列島」からオファーが来てるんだよ。「空翔宿星」の翼宿をメインに取材したいって!」
「何で、俺が…たまでええやないですか」
「何、言ってるんだよ!お前がこのバンドの創始者であり、バンドの顔じゃねえか!それに、お前の初回限定フォトが入ったCDだけが予約時点で完売して既にプレミア化してるの知ってるだろ?その話題性に乗った取材なんだよv」
うーんと髪をかきむしる翼宿に、夕城プロはそっと耳打ちする。
「………せっかくライブが満員御礼だったのに、大して贅沢出来てないんだろ?柳宿のキーボードの支払いで!当然弾むよ?」
「んなっ…!………たまですか?言うたの…」
「酒豪同士で盛り上がると、口がポンポン軽くなるもんでね~♪」
そんな夕城プロの勧誘に観念し、翼宿は大きく息を吐く。
「………分かりました。夕城プロの頼みですからね。断れませんわ」
「よし!早速、スケジューリングだ!」
夕城プロは腕捲りをしてタブレットに予定を書き込んだ後で、改めて翼宿を見た。
「………それに、お前からメンバーに対して素直に気持ちを吐ける内容にもなってるしな」
「何ですか?」
「いやっ!何でも!」
そう。今回の取材には、夕城プロの密かな企みも仕込まれていたのだった…



空翔宿星2ndシングル「Kiss Me」
作詞:鬼宿 作曲:柳宿
オリコン初登場1位・初動売上89万枚


デビューシングルリリースから一ヶ月後に2ndシングルをリリースした空翔宿星は、遂に売上トップに躍り出た。
「えーっ!?完売なのー?」
「ごめんな。入荷一時間で、アウト」
渋谷のCDショップの店員に詰め寄っているのは、一ヶ月前にデビューシングルをこの場所で衝動買いした女子大生達だった。
「空翔宿星を贔屓してるホームに一番近いこのCDショップが完売じゃ…他のお店も期待できないじゃないの~」
「まあまあ。機嫌直して!入荷したらすぐに連絡するから、予約票書いて!ね?」

そんな彼女らを遠くで見ているのは、これまた一ヶ月前にCDを買っていた玉麗のバンド集団だ。
「スゴいね~このCD不況に。次は、ミリオン行っちゃうんじゃない?」
「ね?玉麗!今回は、何枚買ったの?」
「ゼロ…」
「へっ!?」
「翼宿の初回限定フォト付のCD…ネット先行予約したらそれで安心して…入金忘れてキャンセルになっちゃったあーーー!!」
「ちょっと、玉麗!?」
玉麗は自分の初歩的ミスを嘆いて、そのままアーケードを走り抜けていってしまった。
「あっ!でもさ。今日だっけ?翼宿が出る情熱列島!あの子、知ってるよね?」
「玉麗のお陰で、あたしらもすっかり翼宿チェッカーになっちゃったよね…」
「とか何とか言って~!あんた、デビューシングルの帯のシリアルナンバーで当選した翼宿のサイン入りピック、大事に持ってるんでしょ?」
「なっ、何で、知ってるのよ!?玉麗には、言わないでね?殺されるから!」
渋谷の街を中心に続々と、空翔宿星のファンが増えていく―――


Plllllllll
「何や?」
『たーすーきー!!』
翼宿に突然電話をかけてきたのは、こちらも隠れた『翼宿ファン』柳宿だった。
「何やねん…不細工な声、出しよって…」
『元々の声よっ!それより…情熱列島の話!あたし、今日の新聞見て知って…!何で、教えてくれなかったのよ~?』
「…俺が、息急ききって自分が出る番組の宣伝すると思うか?」
『思わないけど…教えてくれたって…』
「あ~すまんすまん。今度美味いもん奢ったるから、勘弁せえや」
電話の向こうでむくれる柳宿に、翼宿は苦笑いしながら詫びる。
『…まあ、いいや!今日の夜、「白い虎」でみんなで観賞会するの!翼宿も、来るでしょ?』
「パスパス…自分の番組なんて、こっ恥ずかしくて見られへんわ。それに、今夜はStudio Reikakuの店長と飲む約束してんねん」
『え~?そうなの~?』
「………それに、あの内容は俺がいないトコで見た方がええ」
『何か、言った?』
「…何も。ほな、奎宿さんと昴宿さんによろしくな………それと、分かってるやろな?柳宿」
『あたしは、ノンアルコール限定です』
「ふっ…ちゃんと約束守ったら、大阪本場の味出せるお好み焼きにでも連れてったるさかい」
『はーい…楽しみにしてるわ。じゃあね』
翼宿が来ないと知って残念がり棒読みで締め括る柳宿の声を聞き、翼宿はまたも苦笑いしながら電話を切った。


「かんぱーい♡」
情熱列島開始の30分前から、「白い虎」では宴会が始まった。
「白い虎」は、yukimusic御用達の居酒屋。
主に所属アーティストの打ち上げやスタッフの親睦の場として、使われている。
その居酒屋の店主は奎宿、女将は昴宿。
「奎介~よかったな!当たり星が見つかって!2ndの売上も、スゴいそうじゃねえか!」
「はははっ!まあね~俺の目も、まだまだ捨てたもんじゃない!ってねv」
「何、言ってんだい!美朱ちゃんがあんたに彼等の存在教えなければ、今頃路頭に迷ってたかもしんないんだろっ!」
「昴宿さ~ん!俺にも、カッコつけさせてよ~ん」
そんなやりとりを見ながら、鬼宿と柳宿は笑う。
「柳宿。しかし、偉いな!翼宿がいない時でも、ノンアルコール!」
「だって…これを守れば、お好み焼きが…」
「何っ!?お好み焼き!?俺も行きたい!あいつなら、大阪本場の美味いお好み焼き屋知ってるんだろうな♪」
「えっ…ちょっと…たまも、行くの!?」
「えっ!?何だよ、デートなのかよ!?」
「いや…そういう訳では…」
鬼宿も行くなんて言ったら翼宿は喜んで彼も加えるだろう…と、柳宿はそこで観念したように反論をやめた。

「おっ!始まるぞ!!」

夕城プロは、「情熱列島」のタイトルが映ったテレビ画面を指差した。
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