空翔けるうた~02~

「…………………」
「…………………」
一枚の盤の上を、睨み付ける四人。
翼宿の手が、ゆっくりと駒にかかって…

「ロン」

「っあーーーーー!!また、翼宿の勝ちかよ!」
「ねえねえ、翼宿くん?プロデューサーの俺は、まだ一回も勝ててないんだよ?」
「お前…こないだ手合わせた時は、俺に負けてたよな…?」
五回目の翼宿の勝利に、鬼宿、夕城プロ、天文はブーイングを浴びせながら、チップを翼宿の前に積み上げていく。
「今月の煙草代浮かせる為ですから、こちらも本気で勝負しますわ」
そう言って、翼宿は楽しそうに笑った。

翼宿のインターンシップ事件から、3ヶ月―――
空翔宿星はすっかり元通りになり、今はホームツアーの真っ最中。
折り返し公演を終えて明日は休演という事もあり、四人は「白い虎」で夜遅くまで麻雀を楽しんでいた。

「女を、何時間待たせれば気が済むのよ、あの男は~~~!」
そんな中、今は翼宿の恋人に昇格した柳宿は、離れたカウンターで彼の帰りを待っている。
「まあまあ、柳宿ちゃん!ホラ。あんみつ、あたしの奢りだよ」
「きゃーーーっ!昴宿さん、ありがとう♡」
「文句言いながらも待ってるところを見ると、この後お楽しみなのかな?」
「うっ…!昴宿さん、ストレートすぎ…」
「まあ!活動中は、禁欲だからね。今夜は、楽しみなさいよ♡」
「は、はあ…」

そう。翼宿と柳宿は、すっかり公認の仲。
とは言っても仕事にメリハリをつけたがる翼宿は、仕事中は禁欲というルールを決めて他人には迷惑をかけないようにする事を柳宿に約束させた。
そのお陰か特にマスコミにバレる事もなく、二人の付き合いも始まって3ヶ月になる…

「…にしても、女嫌いだったあいつと付き合うなんてそれだけで大変じゃないの?ちゃんと、定期的に愛してもらってる?」
「だ、大丈夫ですよ!まあ…淡白なトコもありますけど…そこが翼宿らしいっていうか。傍にいられるだけで、あたしは十分です…」
「だよね~。淡白って事は…もう寝たのかい?」
そこで柳宿は、白玉を詰まらせてむせた。
「ちょっと、昴宿さん………うっ!水、いただきます…」
「あ!柳宿ちゃん、それは…」
昴宿の前に置かれた「水」を流し込んだ後、そのまま柳宿は倒れた。
「ちょ、ちょっと!翼宿!柳宿ちゃんが~!!」


「う~ん…頭が爆発する…」
「お前、アホか。どこに、焼酎ストレートを水と間違える奴がおんねん」
「だーって、昴宿さんが際どい質問するから~…」
その後、すぐに翼宿の自宅に戻った二人。
柳宿は翼宿の膝に頭を乗せて、休んでいる。
「もとはと言えば、あんたが麻雀にハマって抜けられなくなってるのが悪いんでしょ~?せっかく、明日お休みなのに…」
「何や。そんなに、鬱憤溜まってたんか?」
「そんな言い方!いったたた…」
「はいはい、寝てろ」
額を雑に撫でてくる翼宿のその仕草に、顔が赤くなる。
未だに彼に何をされても、柳宿はその度にこんな気恥ずかしい思いになるのだ。
こんな自分でもつい一ヶ月前は彼の前で全てを見せて愛し合ったのだと思うと、命があるのが不思議なくらいだ。
それほど、二人の仲は順調だった。
「そういえば、こないだタクヤさんと飲んだんだって?」
「ああ。結局、インターンシップはなくなったみたいや。あの後、みんなもそれぞれのバンドに戻ったらしい」
「そっか…その方がよかったんだよね、きっと」
「………ああ」
悪夢のインターンシップもなくなり、これで翼宿を誘惑するものはなくなった。
「でも何だか…まだ、不安だったり」
「あ?」
柳宿の呟きに、翼宿は首を傾げる。
「………幸せでも不安が消えないなんてさ、人生は面倒よね」
それでも、柳宿の心にあるのはまた別の不安。今度は、いつどこでこの幸せが壊されるのか…と。
すると遠くを見ている柳宿の頭上にふわりと煙草の匂いが香り、見上げると翼宿はそっと柳宿の額にキスをしていた。
「…………っ………?」
「今日は…これだけな」
それは、柳宿の不安を消す翼宿の精一杯の愛情表現。
「………うん」

それでも、今がしあわせなら…それでいいんだ。



残りのツアーも順調に進み、いよいよ最終公演となった。
今日も柳宿はメイクをばっちり決めて、開演前のリハーサルへと急ぐ。
「えっ…来週…!?ちょっと、急すぎますよ~社長…」
すると、舞台袖で何やら慌てた様子で電話をする夕城プロを見かける。
首を傾げるが、気にせずに柳宿はリハーサルに入った。
「………今日、発表ですか。そうですか…」
最後は社長の権力に押され、夕城プロはその「用件」を渋々受け入れた。


「今日で、終わりか~何だか、感慨深いな。相変わらず、翼宿は喋らねえし…」
「ね!いつになったら、見られるんだろうね…」
ホームツアーのお開きの時間も、MC担当同士でいつも通り会話を繋いでいく。
「これから暫く会えなくなるけど、次こそは大きな箱で会おうな、みんな!」
鬼宿が締め括り、最後の曲が始まろうとした。まさに、その時だった。

『ちょーっと、待ったーーー!!』

途端にスクリーンが背後に降りてきて、鬼宿はヒッと仰け反った。
アナウンスの声は、夕城プロのようだ。
『まだまだ、終わらないぞー?お前らの活躍は…』
「へっ…?何の話…」

「―空翔宿星、海外公演決定!―
今夜0時、チケットFC先行予約受付開始!」

スクリーンにはそのような告知がデカデカと映し出され、それを見た観客がきゃあと声をあげた。
「海外…」
「公演…?」
またしてもライブ中に飛び込んでいたビッグニュースに、メンバーは唖然とするばかりだった。


「日程が、来週からぁ!?」
「そそ!みんな、ごめーん!社長からのゴリ押しを俺が断れる訳もなく…休暇返上で強行突破だ…」
「俺、美朱と旅行行く約束してるんすよ!?今からだと、キャンセル料取られるかも…」
「旅行?鬼宿くん、どういう事かな?兄の僕の許可も取らずに…」
「あ\"…いやあ~今のは聞かなかった事に!」
「俺だって、悔しいさ!合コンに合コンに合コンに…たくさん予定入れてたのにーーー!
とにかく!手続きは、本社で全部してもらえるから!みんなは、来週に向けて出発の準備をしておいてくれ!給料は弾むしタダで海外旅行に行けるんだし、これも休暇のひとつだと思ってさ~お願い!」
「………しゃあないな、仕事なら」
「向こうで、いい女見つけましょう。夕城プロ」
「天文くん!今、ちょうど俺も同じ事を言おうと思ってたんだ!!」
ギャンギャンはしゃぐ夕城プロと天文をよそに、柳宿も深くため息をついた。
(あたしだって…暫く、翼宿の家でゴハン作ってあげたかったのにな~)



しかし、出発当日―――
「このアクセサリー、免税店でめっちゃ安く買えるみたい♡ねえ、夕城プロー!買ってきても、いいでしょ~?」
「………女と海外旅行。なるほど…こうなるのか」
飛行機の中、ガイドブックを片手にはしゃぐ柳宿に男性陣は、皆、呆れ返っていた。
「翼宿。お前、何か買ってやれよ」
「何で、俺が。女の買い物に付き合わされる事ほど、面倒なもんはこの世にはない」
「何、言ってんのよ!あたし一人じゃ迷子になるんだから、きちんと同伴してよね?」
「………地獄や」


そう。楽しい海外旅行になる筈だった。
再び、空翔宿星が、翼宿の人生が、左右される分岐点がこの先に待っているとは…
この時の三人には、想像もつかなかっただろう。
27/33ページ
スキ