空翔けるうた~02~

『「青龍レコード」のインターンシップで結成されたバンドグループ「THTC」のデビューライブが、今週末に日本武道館で行われる事が発表されました。各メンバーは有望なバンドグループからそれぞれ引き抜かれ、元々のバンドグループは現在活動を休止中。今後の活動は、未定としています』
『しかし、思いきった事しましたね!つまり、泥棒商法でしょう?よくもまあ、メンバーも了承しましたね』
『大体のメンバーは、高収入と話題性に飛び付いたんでしょう。だから、翼宿さんの参加は意外でした。そのような事に好んで参加するタイプには見えませんでしたからね』
『何か、事情があったんでしょうか?』
渋谷の大型ディスプレイに流れるワイドショーを、道行く人々は心配そうに見上げている。
その中には、翼宿推しメンバーが多い玉麗のバンドの姿もあった。
「事情って、何があったんだろうね?仲良しが売りのバンドだったのに…」
「柳宿の怪我で失速はしてたけど、ファンはみんな待ってたと思うし…」
その中で、勘のいい玉麗はある事を考える。

「柳宿に、恋…しちゃったからだったりしてね?」

「えっ!?翼宿に限って、そんな事ある訳…」
「例えばの話よ…」
さらりと流して歩き出す玉麗だったが、案外間違いではないのかもと彼女は思っていた。


「青龍レコード」の専属スタジオでは、デビューライブのリハーサルが行われていた。
今日も通し稽古を終えると、見物していた心宿が手を叩く。
「中々、まとまってきたじゃないか!THTC。その調子で、明日も頼むよ。お疲れ!」
この短期間でセットリストを全て覚えた、実力派が集められたバンドグループ。その中には、橙頭のベースもいる。
一仕事終えた後の一服をするため、彼は一人喫煙室へ向かう。

空翔宿星に暫しの別れを告げてから、一週間。
翼宿の周りは驚く程静かで、「yukimusic」の関係者からは誰からも連絡は来ていない。

喫煙室に入り、煙草に火をつけると大きく煙を吐く。
親友も妹もいない空間。その空白の時間は、翼宿に妙な落ち着きをもたらしていた。このままでいれば本当に何もかもなくなってしまいそうな、そんな雰囲気。
「お疲れ」
隣を見ると、いつの間にか喫煙室に入ってきた新しい仲間のギター・タクヤがいた。いや、新しい仲間ではない、それは。
「タクヤ…FIRE BLESS以来、上手くなったやないか」
「お前もな。翼宿」
そう。ギターとして引き抜かれたタクヤは、以前翼宿が加入していたFIRE BLESSのメンバーだった。彼も別のバンドでメジャーデビューを果たしてまずまずの売上を出していたため、心宿に声をかけられたのだ。
タクヤは比較的温厚な性格でFIRE BLESS時代は翼宿を一番気にかけてくれていた存在だったため、翼宿も抵抗なく彼と接する事が出来ていた。そのため、彼は翼宿がこのバンドにいる理由を知っている。
「しかし…お前の参加理由には驚いたよ、翼宿」
「……………」
「みんな今のバンドで反りが合わないだとか手柄を独り占めしたいだとかいう奴ばかりなのに、お前は好きな女から逃げたいからって理由だもんな」
「もう、その話はやめろや…」
「しかし、変なトコ真面目というか何というか…好きなら好きって、認めれば済む話じゃねえか。案外、女慣れしてないんだな。お前は」
「うっさいわ、アホ」
これ以上話したくないといった雰囲気を醸し出す翼宿に気付きタクヤもそれ以上問い詰めるのをやめて、煙草に火をつけた。
逃げてきたところで現状に満足してる訳でもなさそうだなと、思いながら―――


「お疲れさまです!どうでしたか?本社の様子は…」
「いや~相変わらず、今後の活動再開についての質問攻めだよ。毎日来てもらっても同じ回答しか出来ないのに…マスコミってのは、暇なもんだな」
事務所に戻ってきた夕城プロは額の汗を拭いながら、待っていた鬼宿に経緯を話す。
♪♪♪
すると二階のスタジオから、柳宿のピアノが聞こえてくる。
「………今日も、来てるのか?」
「はい。あれから、毎日来てるみたいなんですよね。お兄さんが送り迎えをしてくれてるみたいなので、公にならないで済んでますが…まるで翼宿の帰りを待ってるみたいに思えて、俺も声をかけられなくて…」
「まだ現実を受け入れられないんだな。落ち着くまでは、そっとしておく方がいいだろう…」
彼女が奏でるそのメロディは悲しいものばかりで、二人は思わず耳を塞ぎたくなる程だった―――

夕方になりピアノで遊ぶのも飽きた柳宿は、ソファに座りながらテレビで流れるニュースをボーッと見ていた。
兄の呂候の仕事が終わるまでは、こうして暇を持て余さなければいけない。とても静かに流れる時間―――
『さて、次です。「青龍レコード」のインターンシップで結成されたバンドグループ「THTC」。デビューライブ用に作られた、メインタイトルのプロモーションビデオが解禁されました!その一部を、ご覧いただきましょう!』
その報道が流れた途端、柳宿は目を見開く。
サビ部分から流れたその映像。左端には、あの橙髪の青年もしっかりと映っていて―――
一週間ぶりの再会に、柳宿はそっとテレビ画面に近付く。アップになったその顔をそっとなぞり、そして。

「お疲れさまでーす」
「あれ、天文さん!今日は、またどうしたんですか?」
「俺の機材、何個かスタジオに置いたまんまだからさ。それを取りに…」
その頃、天文はスタジオの廊下ですれ違ったスタッフと会話をしていた。
「空翔宿星、どうなっちゃうんですかね…?夕城プロは保留で通してますけど、翼宿さんの返答次第では解散も視野に入れなきゃいけなくなるかも…」
「ま、まあまあ!まだ、時期尚早ですよ!」

ガシャーーーン

途端に、スタジオの中から衝撃音が聞こえてきた。
「な、何だ!?」
「あっ!俺、見てきます!」
天文が慌ててスタジオの扉を開けると、そこには粉々になったテレビの前に呆然と座る柳宿の姿。テレビを押し倒したらしく、頬からは血が流れていた。
「ぬっ、柳宿!?お前、何してるんだよ!てか、血が…」
天文が慌てて駆け寄り、両肩を掴む。
「離して――――よっ!!」
すると柳宿は気が動転し、それをはね除けた。が、相手を見上げてその勢いは止まった。
「あ、天文…」
「……………」
「………ごめん」
涙を拭う柳宿の横で、音声のみになったテレビからは『以上、「THTC」メインタイトルのプロモーションビデオをお送りしました』というアナウンスが流れていた。


「ずっと、来てたんだな」
柳宿の傷の手当てを終えて、向かい合う二人。
「………うん。結局、あたしにはここしかないからね。来るなって言われるまで、弾いてたの」
「そっか。
………俺は、許せねえよ。何も言わずに行ったあいつの事が…」
「………あたしのせいだよ。あたしが怪我してツアー中止になっちゃったから、もう愛想つかしてさ。今回だけじゃない。あたし、今までもあいつに散々迷惑かけてたしね…」
天文は暫くためらっていたが、懐から二枚のチケットを取り出す。
「柳宿。これ、週末のライブのチケット」
「えっ…!?」
その券面に書かれていたのは、「THTC」の文字。巷を騒がせている彼らの、デビューライブのチケットだった。
「「青龍レコード」って、俺がサポートの見習い時代に所属してた会社なんだ。契約が切れてこっちに移ったんだけど、販売に掛け合ったらチケット用意してくれた」
「…………」
「話してねえんだろ?一度、会えよ。頼めば裏にも入れるから、話すなり…殴るなり。こんなトコで待ってても、何も変わらねえぞ?」
「天文…」
「俺も、一緒に行くからさ」



ライブ当日。日本武道館前ではチケットが取れた幸運な人々とチケットが取れずに譲りを請うている不運な人々が入り乱れ、半ばパニック状態になっていた。
「お疲れさまです、天文さん」
武道館の関係者入口前に車を停めた天文に声をかけたのは、「青龍レコード」の関係者だ。
「お久しぶりです!すみません、わざわざ関係者入口開けてもらっちゃって…」
「いえいえ。かなりの競争率のライブなんでね。パニックは必至ですから。
あ。彼女は…」
天文の後ろからおずおずと出てきた女性を見て、その関係者は目を見開く。
「ごめんね。終わったら話させてくれると、嬉しいんだけど…心宿さんに伝えてて?」
「天文…あたしは、まだ話すって決めた訳じゃ…」
「分かりました。同じメンバーの方に話さないで来たメンバーがほとんどですからね…気にしないでください」
その関係者はそれ以上深入りはせず、二人を座席まで案内した。

「会社の人達、いい人なんだね」
「え?」
二人が座ったのは、バルコニーの二人掛け席。一般と鉢合わせてはトラブルになると会社側が考えて用意してくれた特等席だ。
座席が徐々に埋まり始める光景を眺めながら、柳宿は呟く。
座席の気遣いや温厚な関係者を見て、思った事なのだ。
「まあ、悪い会社ではないぞ。待遇もいいし養成システムも整ってるし…ただ全体の売り上げ幅は下がってて、無茶な賭けだと知りながらも行ったプロジェクトだったらしい」
天文は、既にインターンシップの詳細も調査済だった。
「そっか…あいつが成長できる環境なら、このままここにいてもいいのかもしれないな」
「えっ…?柳宿…」
翼宿の今の環境に触れて感じた事は、別に自分の傍でなくとも彼が愛してやまない音楽を楽しめる環境ならそこに彼が身を置くのも悪くはないという気持ち。
ここなら、女の面倒を見るという煩わしさからも解放されるのだ。
それは強がりなどではない、純粋な気持ちだった。

そう思った瞬間、会場が暗くなる。

『レディースエーンドジェントルマーン!!THTCのお披露目だーーー!!』

ボーカルの叫びと共に翼宿のベースがイントロを奏で、観客のボルテージが最高潮になった。
火柱が上がり姿が見えた四人の中に、彼もいた―――
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