空翔けるうた~02~
「それでは!空翔宿星の全国ツアー成功祈願と翼宿の課題終了記念と…それと…」
「たま。長い」
「あ…ごめん!とりあえず、かんぱーい!」
大好きな酒に囲まれて早くも上機嫌な鬼宿は、張り切って乾杯の音頭をとる。
テーブルには柳宿が命懸けで?作ったつまみの数々と、今、まさに翼宿の手によってひっくり返されているたこ焼きが入った機械。大阪人は手慣れていないといけないという謎の慣習を子供の頃に叩き込まれた翼宿は、器用にたこ焼きをひっくり返している。
「しかし!翼宿と柳宿は、料理のセンスがあるな!二人とも、俺の嫁に来てくれよ!」
「なに酔っぱらってんのよ…でも久々に料理したから、いい気分転換にはなったかな」
「考えてみたら、三人だけで「白い虎」以外で遊ぶのって初めてだもんな~」
「ふふ…中々、時間取れなかったもんね。でも、これからはますますそんな時間作れなくなるんじゃないの~?」
「せやな、お前が忙しくなる」
「なっ、何だよ!お前ら~背中押しておいて、悪趣味だぞ!」
「冗談冗談♡喜んでるわよ!」
柳宿は笑うと、相変わらずのノンアルコールビールを口に運ぶ。
「白い虎」以外で遊ぶ三人は、鬼宿の冷やかしを中心に全国ツアーへの思いや今までのこぼれ話など普段は中々話せない事を存分に話しながら時を過ごしていた。
しかし一通り会話を楽しんだところで、鬼宿は急に神妙な面持ちになりグラスを置いた。
「で、こんな和やかな雰囲気の時に話す事じゃないんだけどさ…二人に話しておきたい事があって」
「えっ!?早くも、婚約した!?」
「違う!仕事の話だよ!」
柳宿のボケに、翼宿はちょっと笑う。
「実は…全国ツアーが終わったら、半年くらい休暇…貰えるそうなんだよ」
「えっ…?」
そしてそこで柳宿は、予想通りの反応を見せた。
「会社としても予算があるしな。デビューして半年足らずで、ツアーまで決まっちゃっただろ?まあ、仕事的には一段落というか」
「ええ事やん。軽く労基法違反やったで」
「って!ホントにそう思ってるのか!?翼宿!」
「何やねん、いきなり…」
鬼宿が説明したいのは労基法の事などではなく…この三人が暫く会えなくなる事の意味なのだが、そこは語らず鬼宿は期待の目を柳宿に向ける。
しかし、彼女は能天気にこんな言葉を口にした。
「…仕方ないじゃないの!あんた達今年卒業なんだから、論文もあるんでしょ?」
「あ、ああ…それはそうだけど…」
「あたし、翼宿が卒業出来ないの見てられないし」
「おい、お前。それ、どういう意味やねん」
「寂しい」という言葉が出てこない代わりに翼宿を茶化す柳宿の姿に肩を落とす鬼宿だが、当たり障りない言葉で締めた彼女の表情はどこかやるせなくも見えて…
「おい、柳宿…?言いたい事あれば…」
「あっ!たこ焼きの素、切れてるじゃん!あたし…作ってくるね!」
そして柳宿はそれを隠すように、キッチンへ走っていく。
鬼宿も心配していたが、翼宿だって…そんな柳宿が気にならない訳はなかった。
たこ焼きの素をこしらえながら、一人考えを巡らせる柳宿。
(そっか…会えなくなるのか。半年…まあ、それだけあれば十分よね)
まさに考えている事は、翼宿を諦める期間について。これで、いいんだ。復帰したら、安定して仕事が出来る。翼宿の夢も邪魔しないで済む。全てが…上手くいくのだ。
しかしたこ焼きの素が出来上がり、再びリビングに向かおうとすると。
「いいのか?聞かなくて」
鬼宿の声が聞こえ、柳宿は足を止める。
「お前だって、分かってんだろ?柳宿が何をお前に言いたいのか…」
その言葉に、心臓が止まりそうになった。
「そんなん急かす権利は、俺にはあらんやろ」
先程柳宿からその事を聞き出す事が出来なかった翼宿はそう言いながら、水割りを継ぎ足す。
「いつまでも、意地張るなよ。柳宿の話を聞かないまま、あいつと半年離れる事…お前は何とも思わないのか?」
たま、やめてよ…あんたからそんな事聞かないで…
暫くして彼の深いため息が聞こえ…言葉は続けられた。
「…………それは…………ちょっと、寂しいけど…な」
「……………っっ!!」
ニャンニャン!
すると、柳宿の足元で不運にも猫が鳴いた。
陰に隠れて会話を聞いていた柳宿に、二人はやっと気付く。
「柳宿…」
顔を真っ赤にしてボウルを握り締めている柳宿の姿に、翼宿も思わず正直な言葉が飛び出た口許を押さえて頬を染める。
「じゃ…俺、帰るわ!」
鬼宿はついにこの時が来たと言わんばかりに、すっくと立ち上がる。
「え…まだ、半分しか食べてないじゃない…」
「もう、腹いっぱい!たこ焼き器はまたの機会のために置いてくから、二人で好きに回せよ!」
「いや。意味分かんないし…てか、たま!!」
柳宿はボウルをキッチンに置くと、そそくさと立ち去ろうとする鬼宿を追いかけていく。
ニャン♡
髪の毛をくしゃりと掴む翼宿に、猫がすりよる。
「………ったく。余計な事しおって…」
その猫の頭を撫でる翼宿は、恥ずかしさでもうどうしようもなくなっていた。
「たま!ちょっと、待ってよ!あたし、どうしたら…」
玄関で靴を履く鬼宿に、柳宿は詰め寄った。
「諦めんなよ、柳宿。いや、やっぱり諦められねえだろ?」
「えっ…?」
「気持ちだけは、ちゃんと伝えろ。後の事は、あいつが決める事なんだから…」
「………たま」
鬼宿は微笑むと、柳宿の頭を撫でる。
「あいつ、待ってただろ?頑張れよ!」
そう答えると、鬼宿は出ていった。
部屋に戻ると、翼宿は猫の顎をいとおしそうに撫でていた。
その柔らかい横顔にまたひとつ翼宿の知らない顔を知り、胸が高鳴る。
「………翼宿」
「………今日は、悪かったな。お前を励ます会でもあったのに、色々動かしてしもて…」
「…大丈夫よ。こういう時は、あたしの出番でしょ?」
「………ま。何だかんだで、一番楽しんでたのは、たま自身やったけどな」
「うん…」
柳宿は自分の席に戻るが、先程の件を気にして二人はお互いの顔が直視できない。
『気持ちだけは、ちゃんと伝えろ。後の事は、あいつが決める事なんだから…』
「少しは…元気になったんか?」
「え…?」
問いかけてきたのは、柳宿自身の事。
「…いや。お前が元気ないと、覇気が出ないから…な。一応、心配してた」
わざと誤魔化しているが、いつでも自分を心配してくれている翼宿の優しさが伝わってくる。
そうだ。そんな翼宿が、自分はずっと好きだった筈だ。
事故で伝わってしまった、自分が言いたい事を待ってくれているのもきっと彼の優しさ。
だからこそ、その優しさに答えて真実を伝える必要があるんだ。結果や世間を気にするよりもまずはきちんと彼に気持ちを届ける事が大切なんだと気付いた柳宿は、観念したようにぐっと唇を噛んだ。
「あたしさ…抑えきれなくなってきたんだ。好きな人に対する…自分の気持ちが」
「…………」
「それで、曲が書けなかった。ただ、それだけなのよ…」
「…………さよか」
「そう。それだけ…だから、翼宿は全然気にしなくていい…」
だけど、まだ空翔宿星には全国ツアーがある。今、お互いの関係を壊す事は出来ない。だから、休暇が始まるその前に―――
「翼宿」
「ん…?」
翼宿はテレビを眺めたまま、返事をする。
「全国ツアーが終わったら、聞いてほしい事があるんだ。………聞いてくれる?」
あたしが勇気を出す日を、約束しよう。
「……………ああ」
暫しの沈黙の後、視線はそのままで翼宿は答えた。
そこに、22時を告げる時計の音楽が流れてきた。
「………あ。もう、そんな時間だったんだ…」
「送ってく。片付けは俺がやるから。ホンマに、今日はありがとな」
「ううん。お礼を言うのは、あたしの方よ」
猫はゴロゴロと頬を寄せて、柳宿を見送る。
「あ。そういえば、この子!名前ないのー?」
「一人で猫に話しかけたりせえへんし、つけとらんわ」
「嘘!可哀想だよ~じゃあ………タマは!?」
「気色悪いわ。家まで、たまと一緒かいな…」
「いいの!今日から、お前はタマだよ~♡」
ニャン♡
柳宿に頭を撫でられ、タマは嬉しそうに鳴き声をあげる。
そんな柳宿を見て、翼宿はいつもの笑顔でこっそり微笑んだ。
そう。その日が来るまでは、このままでいよう。それは、二人の僅かな望み。
「たま。長い」
「あ…ごめん!とりあえず、かんぱーい!」
大好きな酒に囲まれて早くも上機嫌な鬼宿は、張り切って乾杯の音頭をとる。
テーブルには柳宿が命懸けで?作ったつまみの数々と、今、まさに翼宿の手によってひっくり返されているたこ焼きが入った機械。大阪人は手慣れていないといけないという謎の慣習を子供の頃に叩き込まれた翼宿は、器用にたこ焼きをひっくり返している。
「しかし!翼宿と柳宿は、料理のセンスがあるな!二人とも、俺の嫁に来てくれよ!」
「なに酔っぱらってんのよ…でも久々に料理したから、いい気分転換にはなったかな」
「考えてみたら、三人だけで「白い虎」以外で遊ぶのって初めてだもんな~」
「ふふ…中々、時間取れなかったもんね。でも、これからはますますそんな時間作れなくなるんじゃないの~?」
「せやな、お前が忙しくなる」
「なっ、何だよ!お前ら~背中押しておいて、悪趣味だぞ!」
「冗談冗談♡喜んでるわよ!」
柳宿は笑うと、相変わらずのノンアルコールビールを口に運ぶ。
「白い虎」以外で遊ぶ三人は、鬼宿の冷やかしを中心に全国ツアーへの思いや今までのこぼれ話など普段は中々話せない事を存分に話しながら時を過ごしていた。
しかし一通り会話を楽しんだところで、鬼宿は急に神妙な面持ちになりグラスを置いた。
「で、こんな和やかな雰囲気の時に話す事じゃないんだけどさ…二人に話しておきたい事があって」
「えっ!?早くも、婚約した!?」
「違う!仕事の話だよ!」
柳宿のボケに、翼宿はちょっと笑う。
「実は…全国ツアーが終わったら、半年くらい休暇…貰えるそうなんだよ」
「えっ…?」
そしてそこで柳宿は、予想通りの反応を見せた。
「会社としても予算があるしな。デビューして半年足らずで、ツアーまで決まっちゃっただろ?まあ、仕事的には一段落というか」
「ええ事やん。軽く労基法違反やったで」
「って!ホントにそう思ってるのか!?翼宿!」
「何やねん、いきなり…」
鬼宿が説明したいのは労基法の事などではなく…この三人が暫く会えなくなる事の意味なのだが、そこは語らず鬼宿は期待の目を柳宿に向ける。
しかし、彼女は能天気にこんな言葉を口にした。
「…仕方ないじゃないの!あんた達今年卒業なんだから、論文もあるんでしょ?」
「あ、ああ…それはそうだけど…」
「あたし、翼宿が卒業出来ないの見てられないし」
「おい、お前。それ、どういう意味やねん」
「寂しい」という言葉が出てこない代わりに翼宿を茶化す柳宿の姿に肩を落とす鬼宿だが、当たり障りない言葉で締めた彼女の表情はどこかやるせなくも見えて…
「おい、柳宿…?言いたい事あれば…」
「あっ!たこ焼きの素、切れてるじゃん!あたし…作ってくるね!」
そして柳宿はそれを隠すように、キッチンへ走っていく。
鬼宿も心配していたが、翼宿だって…そんな柳宿が気にならない訳はなかった。
たこ焼きの素をこしらえながら、一人考えを巡らせる柳宿。
(そっか…会えなくなるのか。半年…まあ、それだけあれば十分よね)
まさに考えている事は、翼宿を諦める期間について。これで、いいんだ。復帰したら、安定して仕事が出来る。翼宿の夢も邪魔しないで済む。全てが…上手くいくのだ。
しかしたこ焼きの素が出来上がり、再びリビングに向かおうとすると。
「いいのか?聞かなくて」
鬼宿の声が聞こえ、柳宿は足を止める。
「お前だって、分かってんだろ?柳宿が何をお前に言いたいのか…」
その言葉に、心臓が止まりそうになった。
「そんなん急かす権利は、俺にはあらんやろ」
先程柳宿からその事を聞き出す事が出来なかった翼宿はそう言いながら、水割りを継ぎ足す。
「いつまでも、意地張るなよ。柳宿の話を聞かないまま、あいつと半年離れる事…お前は何とも思わないのか?」
たま、やめてよ…あんたからそんな事聞かないで…
暫くして彼の深いため息が聞こえ…言葉は続けられた。
「…………それは…………ちょっと、寂しいけど…な」
「……………っっ!!」
ニャンニャン!
すると、柳宿の足元で不運にも猫が鳴いた。
陰に隠れて会話を聞いていた柳宿に、二人はやっと気付く。
「柳宿…」
顔を真っ赤にしてボウルを握り締めている柳宿の姿に、翼宿も思わず正直な言葉が飛び出た口許を押さえて頬を染める。
「じゃ…俺、帰るわ!」
鬼宿はついにこの時が来たと言わんばかりに、すっくと立ち上がる。
「え…まだ、半分しか食べてないじゃない…」
「もう、腹いっぱい!たこ焼き器はまたの機会のために置いてくから、二人で好きに回せよ!」
「いや。意味分かんないし…てか、たま!!」
柳宿はボウルをキッチンに置くと、そそくさと立ち去ろうとする鬼宿を追いかけていく。
ニャン♡
髪の毛をくしゃりと掴む翼宿に、猫がすりよる。
「………ったく。余計な事しおって…」
その猫の頭を撫でる翼宿は、恥ずかしさでもうどうしようもなくなっていた。
「たま!ちょっと、待ってよ!あたし、どうしたら…」
玄関で靴を履く鬼宿に、柳宿は詰め寄った。
「諦めんなよ、柳宿。いや、やっぱり諦められねえだろ?」
「えっ…?」
「気持ちだけは、ちゃんと伝えろ。後の事は、あいつが決める事なんだから…」
「………たま」
鬼宿は微笑むと、柳宿の頭を撫でる。
「あいつ、待ってただろ?頑張れよ!」
そう答えると、鬼宿は出ていった。
部屋に戻ると、翼宿は猫の顎をいとおしそうに撫でていた。
その柔らかい横顔にまたひとつ翼宿の知らない顔を知り、胸が高鳴る。
「………翼宿」
「………今日は、悪かったな。お前を励ます会でもあったのに、色々動かしてしもて…」
「…大丈夫よ。こういう時は、あたしの出番でしょ?」
「………ま。何だかんだで、一番楽しんでたのは、たま自身やったけどな」
「うん…」
柳宿は自分の席に戻るが、先程の件を気にして二人はお互いの顔が直視できない。
『気持ちだけは、ちゃんと伝えろ。後の事は、あいつが決める事なんだから…』
「少しは…元気になったんか?」
「え…?」
問いかけてきたのは、柳宿自身の事。
「…いや。お前が元気ないと、覇気が出ないから…な。一応、心配してた」
わざと誤魔化しているが、いつでも自分を心配してくれている翼宿の優しさが伝わってくる。
そうだ。そんな翼宿が、自分はずっと好きだった筈だ。
事故で伝わってしまった、自分が言いたい事を待ってくれているのもきっと彼の優しさ。
だからこそ、その優しさに答えて真実を伝える必要があるんだ。結果や世間を気にするよりもまずはきちんと彼に気持ちを届ける事が大切なんだと気付いた柳宿は、観念したようにぐっと唇を噛んだ。
「あたしさ…抑えきれなくなってきたんだ。好きな人に対する…自分の気持ちが」
「…………」
「それで、曲が書けなかった。ただ、それだけなのよ…」
「…………さよか」
「そう。それだけ…だから、翼宿は全然気にしなくていい…」
だけど、まだ空翔宿星には全国ツアーがある。今、お互いの関係を壊す事は出来ない。だから、休暇が始まるその前に―――
「翼宿」
「ん…?」
翼宿はテレビを眺めたまま、返事をする。
「全国ツアーが終わったら、聞いてほしい事があるんだ。………聞いてくれる?」
あたしが勇気を出す日を、約束しよう。
「……………ああ」
暫しの沈黙の後、視線はそのままで翼宿は答えた。
そこに、22時を告げる時計の音楽が流れてきた。
「………あ。もう、そんな時間だったんだ…」
「送ってく。片付けは俺がやるから。ホンマに、今日はありがとな」
「ううん。お礼を言うのは、あたしの方よ」
猫はゴロゴロと頬を寄せて、柳宿を見送る。
「あ。そういえば、この子!名前ないのー?」
「一人で猫に話しかけたりせえへんし、つけとらんわ」
「嘘!可哀想だよ~じゃあ………タマは!?」
「気色悪いわ。家まで、たまと一緒かいな…」
「いいの!今日から、お前はタマだよ~♡」
ニャン♡
柳宿に頭を撫でられ、タマは嬉しそうに鳴き声をあげる。
そんな柳宿を見て、翼宿はいつもの笑顔でこっそり微笑んだ。
そう。その日が来るまでは、このままでいよう。それは、二人の僅かな望み。