空翔けるうた~02~

『今日タコパをするので、練習は4時で切り上げます!よろしくお願いします♪』
夕城プロは、今しがた鬼宿から受け取ったメールを確認すると携帯を持つ手を震わせる。
「鬼宿の奴…!俺も、誘えー!!」
しかしその言葉はその連絡に呆れて出たものというより、目の前に仕事を積み上げている自分を差し置いて遊びに行ってしまう三人に対する羨ましさからくるものだった…


「で?何で、タコパ?」
「知らん」
言われた通り材料を買って翼宿のマンションに到着した、翼宿と柳宿。
辿り着いたマンションは、いわゆる高級マンション。柳宿は、目を見開いた。
「住人の風貌とは裏腹の、このマンションは一体…!」
「どういう意味やねん。場所を提供するんやから、文句言うな」
照れ隠しなのか何なのか、翼宿はいそいそとロビーへ急ぐ。
その背中を見て、柳宿はため息をついた。
(このタイミングで…たまのお節介)
そういえば、前にたこ焼きデートに誘われたっけ。まさか、こんな形で実現するなんてなあ。
彼との思い出を振り返りながら、翼宿の後を追いかけた。

部屋に入ると、中も中々の広さ。意外とものも散らかっていない…というか、もの自体が少ない。雑然とした雰囲気が嫌いな、翼宿らしい部屋といった感じだった。
(部屋の管理には、困らなそうね…)
そう思いながら辺りを見回していた柳宿だったが、いつもの何かと勘ぐってしまう癖が出ている事に気付きハッと自分の頬を叩く。
(何、考えてるの!?諦めなきゃ…)
「何やねん、お前は…落ち着かないなあ」
「ご、ごめん…」
「冷蔵庫最低限しか入ってないけど、後は任せるわ。ベランダで、煙草吸ってくる」
「へ?何で?ここ、あんたの部屋じゃない…」
「部屋では吸えない理由があんねん…」

ニャ~

すると、柳宿の足元にその「理由」が近寄ってきた。
見下ろすと、愛らしい白黒の毛を身にまとった子猫だった。
「か、かわいい~♡♡」
大の猫好きだった柳宿は、がばとその子猫を抱き寄せる。
「あんたの飼い猫なの?」
「ああ。捨て猫や。上京する時に見つけて、連れて帰ってきた」
「教えてよ~あたしが、大の猫好きなの知ってたでしょ~?」
「んなの、忘れたわ。まあ、俺に拾われたお前も似たようなもんか」
「あっ、あたし、猫じゃない!
………もう!じゃあ、キッチン借りるね?たまが来る前に、簡単なつまみでも作っておかないと…」
材料を入れた買い物袋を持ち上げてキッチンに入ると、柳宿はそこでこっそりため息をつく。
高級マンション、整った部屋、そして大好きな猫。翼宿の私生活は、柳宿にとってプラスポイントのものばかり。これでは本末転倒だ。
(今日は、祝賀会よ!好きな料理をして気分転換すれば、その内気にならなくなる!気にならなくなるわ…)
よっしと気合いを入れて、柳宿は腕まくりをした。


Plllllllll
「はい、もしもし」
『たまほめくーん?タコパは、楽しいかーい?』
「げ!夕城プロ…!お疲れさまでーす!今から、翼宿の家に向かうところです」
『………まあ、俺はタコパに文句を言うために連絡した訳じゃねえよ。たまには、お前らにもそんな時間があったっていいだろ。
それでな、鬼宿。めでたく全国ツアーが決まった訳だが、ここまで矢継ぎ早に駆け抜けてきた事だし翼宿も大学の課題を疎かにしすぎたし…社長とも話し合ったんだが、ツアーが終わったら少しお前らに長い休暇をと思ってるんだ。まあ、半年くらい?』
「はっ、半年!?」
『ガンガン売り込みたい気持ちもあるけど、さすがに予算の兼ね合いもあるんでな』
「それは仕方ないですけど…そっかあ~半年か…半年…それだと彼女が吹っ切るには十分…」
『柳宿の事か?』
「あ\"。すみません、夕城プロ…俺、あいつの事が心配で…諦める方向に行っちゃってるんですよ」
『………うーん。正直、以前よりも応援しづらい状況になってきてるからな。俺も、ちょっと考えてた。柳宿、これからどうするんだろうってな…』
「俺と美朱は、応援してます。多分、翼宿だって気付いてるのに…こんな長い期間、前に進めない二人が、俺、可哀想で…」
『んん…まあ、あんまり深く関わるなよ。あの二人が大切なのは分かるけど、慎重になる立場なんだからそこも考えてやれ』
「はい…」
『んじゃ、二人にも伝えててくれよ?お疲れ!』
電話を切った鬼宿は柳宿にとってますます不利になるこの状況に、まるで自分の事のように深くため息をついた。


(やっぱり、あたしには料理がないとね♪)
その頃、ある程度好きな料理を楽しむ事で気持ちもだいぶ落ち着いてきた柳宿。
鼻唄を歌いながら、つまみと調味料を和えていく。
すると手元に使いたい油がない事に気付いたので、リビングにいる住人に声をかける。
「ねえ?油、どこー??」
「ああ、棚の上段や。取れるか?」
言われた通り棚の上段に油はあったが、柳宿の背では少々届きにくい…精一杯両手を伸ばす。

―――と、翼宿がいつの間にか後ろから近寄り、ひょいとそれを取って柳宿に手渡す。

何ともない仕草なのに、それだけで身が固くなった。
「あ…」
「無理な事は、頼め」
「あ、ありがと…」
油を受け取りそこでバチッとぶつかる視線に、二人の動きが止まる。
(ち、近い…)
今まで取り戻してきた落ち着きが崩れ、柳宿は耳まで真っ赤になる。
翼宿も一瞬目が泳ぐが、硬直する柳宿の手前このタイミングで鬼宿と昼間話したある事を口にする。

「…………なあ。お前、何か俺に用があるんやないんか?」

「…………っっ!!」
ドクンと、心臓が波打つ。
「そ、それは………」

(たま…早く、来て!早く…)

ピンポーーーン
いよいよ今回の首謀者が訪問し、二人は身を離した。
「たまやな」
「うっ、うん!行ってきて…」
翼宿が廊下に出る足音を見送ると、柳宿は脱力したように油を机に置く。
どんなに料理を楽しんでも、ここは翼宿の家。あのような事が起こるのは日常茶飯事のようなものだという事に、額に滲んだ汗を拭う。
それに翼宿が突然あんな事を聞いてきたという事は、鬼宿に何か言われたんだろう。それと同時に今回の宴会の目論みに気付き、柳宿は悔しそうに唇を噛む。
でもそれより悔しかったのは、よりによってそれを「今」聞いてきたムードのない翼宿の行動。どうせ、内容は察しがついているんだろうに…

「油受け取りながら…話す事じゃないわよ」
――――――――翼宿の意地悪。

ニャ?
そんな柳宿にすっかりなついた猫は、彼女の足元で尻尾を振りながらその様子を見上げていた。
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