空翔けるうた~02~

「空翔宿星」ダウンロード限定販売ソロシングル

1位「冬の幻」Tasuki 1300,000DL
2位「恋いしくて」Nuriko 880,000DL
3位「Discovery」Tama 550,000DL

ソロシングルを発表した週のダウンロードランキングは、大変な結果となっていた。
4位との差を大きく引き離し、空翔宿星がTOP3を独占。
翼宿の1位は当然といえば当然だが、意外な歌唱力を見せつけた上に失恋がテーマの柳宿の曲は多くの女性の共感を呼び、予想以上のDL数を獲得した。
あれから着実にファンを取り戻した鬼宿も歌唱力とクオリティで惜しくもDL数は伸び悩んだものの、中々の快挙だった。


電車内では、女子大生全員がヘッドホンを携帯に繋げて何かを聞いている。
「………やっぱり、翼宿のソロは心に響くよね♡また、プレイリストが増えちゃった」
「てーか!こないだのテレビ!翼宿、やばかったじゃん♪ああいう人が好きになる女の人って、どんな人なんだろうな~あたしの為に、歌ってほしい~♡」
「そういえば!全国ツアーも、決まったんだよね♪東京は、2daysかなあ?あたしら一般人じゃ翼宿のお眼鏡にも止まらないんだろうから、そこでたくさん妄想させてもらお♡♡」
そんな話題で盛り上がる女子大生の横には、一人大音量でNurikoの曲を聴きながら座っている少年。

(柳宿…何て、切ない曲なんだ…!まるで、俺のためにあるような曲じゃないか…くっ!悔しい…!!)

それは鼻水をすすりながら感動を露にしている、空翔宿星のギターの姿だった………


『スゴい快挙ですね!空翔宿星…
だけど、一番は翼宿さんのDL数。今も着実にその数は伸び続けています。これは、やはり先日のテレビでの発言が影響してるんでしょうかね?』
『そりゃ、そうでしょう!全国にあの名言が流れたんですから…あそこまで男らしく報道に立ち向かうアーティストなんて、中々いませんよ?』
『わたしも~DLしちゃいました♡♡』
どのチャンネルをかけても、この内容ばかり。徹夜明けの柳宿は、それらの番組を眺めながら深くため息をつく。

『翼宿が誰かと付き合ったら、あたし身投げするわ』
『でも、ああいう男こそ理想が高かったりするのよ~大丈夫!彼こそ、あたし達に夢を見続けさせてくれるわ♡』
『鬼宿には悪いけど、彼がスキャンダルになるのとはレベルが違いすぎるもんね~』
手元のTwitterでは、こんなツイートが後を絶たない。その中には、鬼宿ファンから翼宿ファンに乗り換えた女性もいるようだった。

「はあ~~~~~」
「はよ」
二度目のため息をついて机に突っ伏す柳宿の横に、珈琲カップが置かれた。
見上げると、我らがリーダーの姿。
「たっ、たま!おはよ…」
「また、スタジオ泊まったのか?まさか、三日間ずっと?」
「ははは…曲が、中々思い浮かばなくてね~」
そう。先日に全国ツアーが決まり仕事はどんどん舞い込んでくるのだが、柳宿は未だ新曲を書けずにいるのだ。
家よりスタジオの方が仕事が捗ると考えた柳宿は三連休返上でスタジオに寝泊まりしていたのだが、結局採算はゼロ。
原因は、ある。それは…
「それで?恋しい翼宿のニュース見て、気合い入れ直してた訳だ?」
「ぶっ!!」
珈琲を派手に吹き出し、柳宿はむせ返る。
「何、言ってんのよ!?だって、どこつけてもこの報道しかやってないんだもん!」
「はは…んな、マジになんなよ~」
しかしすぐに茶化し合いは止まり、その場に沈黙が流れる。

「嘘つくなよ。お前、もう手遅れなんだろ?」

今まで鬼宿は柳宿の気持ちを確認してこなかったが、そろそろ限界が近いと感じた鬼宿はこのタイミングで彼女に切り出したのだ。
柳宿はぐっと唇を噛むが、慌てて話題を変える。
「たま。おめでとう…美朱と、両思いだったんじゃん。連休も、デートしてきたんでしょ?」
「まあな~あいつには元々妹以上の気持ちがあったから…昨日のデートも、中々…って!あのな~」
流されやすい鬼宿は、一瞬柳宿のペースに持っていかれそうになる。

そう。彼女が新曲を書けない、つまりスランプの理由は「あの一件」から、今まで以上に翼宿の事ばかり考えてしまうから―――
しかし一方で気持ちを吐き出そうにも、世間の目が一気に翼宿に向いてしまったため今はそれすらも叶わずに気持ちが堂々巡りになってしまっているのだ。
だからこそ、今、一番頭を悩ませているのが柳宿自身が楽になる方法。それは、二つに一つという事になる…

「…………告白しないのか?」
「…無理だよ。こんな報道が出ちゃったらさ…」
「んな、弱気になんなって!俺が言っても説得力ないけど、ファンのみんなだって俺らの恋愛には理解示してくれたし…」
「同じメンバー同士でも?」
その言葉に、鬼宿は自分と柳宿は違うという事にやっと気付く。
以前、夕城プロも言っていた懸念。メンバー同士の熱愛は、活動自体に歯止めがかかる可能性があるという事。ましてやスキャンダルで過敏になった空翔宿星に再び熱愛報道が出れば、世間は前回以上に大パニックになる。
「つい最近まではさ、行けるかなって思ってたんだよ。でも、まさか先日に翼宿があんな事言って世間の関心を寄せるなんて思わなかったから…」
「………ごめん、それは俺の…」
「たまのせいじゃないって!」
否定しながら、立ち上がる柳宿。すると翼宿のバイクが駐輪場に入ってくるのが、窓から見えた。

「だから、あたしは諦めなきゃ…」

だからこそ、二つに一つの悲しい決断をしなければいけない。
「そ、そんな事する必要ねえよ!あいつここまで人気が出ても全然曲がってないし、お前の事スゴく大事に思ってくれるしさ。きっと、あいつだって心の中ではお前の事を…」
「やめてよ…そんな事ある訳ない。例えそうだとしても翼宿が音楽より恋を優先する訳ないんだし、どのみち無理なのよ…」
「………柳宿」
「そんな悲しい顔しないで!だから、あたしの分までたまは幸せになって!ね?」

「はよ~」
何も知らない翼宿が、欠伸をしながら入ってくる。
「お、おはよ!翼宿。久しぶり!課題、片付いたのか?」
「久々にメール開いて、ビビったわ。20件、放置してた」
「げ…お前、それはやりすぎ…」
翼宿は予想以上に大学の課題を貯めに貯め込んでいた為、夕城プロから休暇明けまで謹慎命令を出されていた。
その為、二人が翼宿と顔を合わせるのは、実に「あの一件」以来になるのだ。
「何とか片付いたけど、昨夜は天文にいきなり麻雀誘われてな。気付いたら、朝だった」
「………タフな奴」
「………おはよ」
柳宿は普段通り、翼宿に努めて明るく話しかける。
「何や、お前。血色悪い顔しよって…寝てないんか?」
「うん、新曲書けてなくて…」
「はあ?」
「顔、洗ってくるわ…」
どこか元気がない柳宿の後ろ姿に、翼宿は首を傾げる。
「………何か、あったん?」
「さ、さあ?」
鬼宿も、わざと肩を竦めてみせる事しか出来なかった。


昼休みになる頃には、ようやく一曲書き終えた柳宿。
やはり仕事に一本気な翼宿と会えば、自然とやらなければいけない気持ちになるものだ。
「今日中に、完成するかなあ?これ…」
鬼宿が気を遣って翼宿を昼飯に連れていった事で、部屋には柳宿一人になっていた。
♪♪♪
その時、一件のメッセージ着信。相手は、美朱だった。

『柳宿せんぱーい♡今日、糖分取りに行きませんか~??』

それは、以前に美朱とかわした約束の誘いだった。


カランカラン
「いらっしゃいませ~」
「で!柳宿先輩!わたしに、何でも話してください!」
「えっ…?何の話??」
パフェを前にして机に拳を叩き付けた美朱に、柳宿は首を傾げる。
すると美朱の薬指に光る指輪が、目に止まった。
「美朱…その指輪…」
「あ。これ、鬼宿から貰ったんです。仕事で中々会えなくなっても、これ毎日つけてて待っててねって…」
「相変わらず、ラブラブだねえ♡ホント羨ましい…」
「その節は、本当にありがとうございました…って!!そうじゃなくて!」
流されやすいところは、今朝の鬼宿と同じだ。柳宿は、こっそり微笑んだ。
「柳宿先輩!今度は、わたしに応援させてください!翼宿さんに、告白しましょう♡」
「ちょ、ちょっと!あんた、声が大きい!…気持ちは嬉しいけど、あたしは無理よ、美朱」
「またスキャンダルになったら活動出来なくなるから悩んでるって、鬼宿から聞きました。でも、そうなるとは限らないじゃないですか!鬼宿だってお兄ちゃんだって柳宿先輩達を応援してるし、みんなで話し合えば…」
「そんな事は、出来ないわ」
そんな事をすれば一番嫌がるのは、恐らく翼宿。そこまでして恋に身を委ねる程、翼宿は現状に不自由していない筈だ。今朝鬼宿に話したように、柳宿の恋はきっと今後の翼宿の夢の邪魔をする―――
「そんな…柳宿先輩。初めて会った時から、ずっと好きだったんですよね…?」
黙って首を縦に振る柳宿を見て、美朱の涙が溢れた。
「ずっとずっと、気持ちを閉じ込めてきたのに…そんなの、苦しいですよ。先輩…」
「………ありがとう、美朱。その気持ちだけで、十分よ。いいのよ、あたしは…あいつの傍にいて、あいつの活躍を見届けられればそれもまた幸せなの」
大丈夫。きっと、兄に見られる日が来る。
例え、永遠に手に入らないとしても…
それは、きっと自分に課せられた運命。最初から、決まっていた事―――


『作戦失敗。後は、頼んだ。みあか』
美朱からの敗戦のメッセージを受信し、鬼宿はガックリと項垂れる。
「何やねん、お前も柳宿も威勢がないな…」
「あっ、わりぃわりぃ!ただの、休みボケだよ!」
鬼宿と翼宿は昼飯を終え、食後の珈琲を飲んでいたところだった。
「そういえば、こないだはホントにありがとな?MC嫌いのお前が俺のためにお客さん説得してくれたって聞いた時は、耳疑ったよ。きちんと、お礼言えてなかったから…」
「ああ…もう、何言うたか忘れたわ。まあ、気にすんな。いつだったかお前に助けられた借り、返したまでや」

男の鬼宿から見てもかっこいいと思える、翼宿。やはり、彼にも幸せになってほしい。
そう。翼宿だって、柳宿を何とも思ってない筈はないのだ。以前、翼宿が倒れた後の柳宿とのやりとりを覗いていた時に、彼が彼女を自分から抱きしめたあの行動。あれは、明らかに柳宿に依存していた彼の姿だった。なのにそれからは何もアクションを起こさず、彼は普段通りに彼女と接している。
鬼宿は、考える。翼宿は自分の気持ちが恋だと気付いていないから、その気持ちの育て方が分からないのではないだろうか?ならばここで自分が助け舟を出せば、まさかの形勢逆転も有り得るのではないか?

するとタイミングよくカフェで流しているラジオから、柳宿のソロ曲が流れてきた。
『翼宿さんの勢いもスゴいですが、今回驚いたのは柳宿さんの歌唱力ですよね。それでは、お届けしましょう。Nurikoで\"恋いしくて\"』
翼宿は特に気にも留めずに、煙草に火をつける。
鬼宿は、思った。これは、柳宿トークに持っていくチャンス!
「なあ…柳宿。いい声してたんだな。気付かなかったよ」
「………まあな。ピアノやってる奴は、音感しっかりしてるし」
「いや~こういう歌詞ってさ!恋したくなるよなあ!」
「これ、別れの曲やろ」
「あ\"っ…そうだったな。
………でも確かに天文が言ってた通り、デビューしてからあいつますます女に磨きがかかった気がしねえか?ずっと一緒にいると慣れちまうけど、性格もいい奴だし!女としては申し分ないよな~」
いきなり柳宿をベタ褒めし出した鬼宿を、翼宿は煙草を口から離してポカンと見つめる。
「な、何?」
「何や、お前…もう、心変わりか?」
「ちっ、ちげえよ!そうじゃなくて!」
思わず両手で机を叩き付けた反動で、ストレートな疑問が口から飛び出した。

「お前…柳宿の事どう思うんだよ…?」

「………はあ?」
「ずっと、一緒にいるじゃん?気持ちに変化とか、ないのかなあって思って」
「お前が面倒見ろって、言うたんやろが」
「そ、それはそうだけど…」
翼宿はふうとため息をつきながら、灰皿に煙草の灰を落とす。
「そんな野暮な質問すんなや。返答に困る」
「こ、困るって事はさ!いい感じに見てるって事なんじゃねえか?」
「………お前、今日やけにがっつくな」
「その…もっと、柳宿の話、よく聞いてやれよって事だよ…」
「……………………」
「お前に聞いてもらえればそれで何かが変わるって事が…あいつにはあるんだよ」
翼宿が煙草を深く吸い込み少し沈黙が流れたが、彼はふっと笑った。
「まあ、お前の言いたい事は何となく分かるけど…」
「えっ…」
「そん時は、聞いてやるわ。せやけど、その後の事はどうなるか分からん」
「翼宿…」
ここで、鬼宿は気付いた。翼宿は、柳宿の気持ちに気付いている。彼女の気持ちをまずは聞いてあげたいとも、思っている。
それは兄心から聞いてあげたいという意味なのか、それとも自分も彼女の気持ちに答えたいという意味なのか、その先は濁している翼宿。さすがに他人の鬼宿がこれ以上踏み込む事は不可能で、彼のこの時の気持ちを知る事は出来ない。
ならばせめて機会を―と頭を抱えていると、カフェの外の路地で週末の花火大会の出店の準備をしている姿が見えた。
その看板には、大きく「たこやき」の文字が。
「たこやき…」
「は?」
「そうだ!翼宿!!今日は練習を早めに切り上げて、全国ツアー決定祝いと翼宿の課題終了祝いと柳宿の気分転換の為にお前の家でタコパをしよう!!」
「どんだけ前置き長いねん…てか、うちでかいな…?」
「だって、お前だけだろ?メンバーで、一人暮らし!たまには招待しろよ♪」
「課題明けで、何も片付けてないで」
「うちたこ焼き器あるから家に取りに行ってる間に、お前と柳宿は材料買って先に行ってろ!な?」
「話を聞け」
勢いよく話を進めていく鬼宿には、もはや反論する余地はなかった…


諦めてほしくない。芽を摘んでほしくない。
鬼宿と美朱は、決めていた。今度は、自分達が柳宿の気持ち、そして翼宿の気持ちを守る番なのだと―――
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