空翔けるうた~02~

救急車が駆けつけた時には夕城プロも二階から降りてきて、鬼宿の腕の中で苦しそうに息をする美朱の姿に目眩を起こした。
「何で、美朱がここにいるんだ!?まさか、俺に内緒で一人でここまで来たのか…?」
「夕城プロ…俺、全然気付かずに…申し訳ありません」
「違うよ。美朱は、たまに直接謝りたかったんだよ…」
そこで柳宿が言葉を挟み、夕城プロに詰め寄った。
「接触禁止って言われても、それでも慣れない人混みの中電車使ってここまでたまに会いに来たんですよ!?
そんな美朱の気持ちを世間様の目を気にして潰すのは、もうやめてください!!」
「柳宿…」
「おい、やめろ。柳宿」
興奮する柳宿の両肩を、翼宿が引く。
「っあ~~~分かってるさ!俺だって、美朱の兄だ!ここまで来て、否定する気は専らない!
それより、まずは美朱をちゃんと診てもらってからだ!俺は、美朱に同行して病院行くぞ!」
「夕城プロ!俺にも、行かせてください!」
「あたしも、行くわ!」
「俺もや」
「って!?おいおい!今夜は、生放送の収録があるんだぞ…」
「それまでには、戻ります…何とか、口実作ってもらえませんか…?」
純粋な一人のファンを見捨てて仕事に戻る気は、今の三人には全くなかった。
「…お前ら。プロデューサーの俺を、顎で使いやがって…………分かった。話がつき次第俺もそっちへ向かうから、まずは美朱を頼んだ」
夕城プロは事務所へ戻り、空翔宿星は美朱を連れて救急車へ乗り込んだ。


オペ室の廊下で、オペの終わりを待つ3人。
「たま…」
深く俯いている鬼宿を、柳宿は心配そうに覗き込む。
「大丈夫よ…助かるよ。美朱は絶対…」
「美朱ちゃん…そんなに気に病んでいたなんて。俺が逃げずにもっと早く電話してあげれば、こんな事にはならなかったんだ…」
「そんな事ない…美朱は、あなたを想って…」
その時、美朱の両親と夕城プロが駆けつけた。
「美朱は…!?」
「まだ…手術中です…」
「何とか、話はついたよ。ただ今回は未発表の楽曲を披露する事で宣伝してたから、番組終了までに間に合わないとあちらとしても数字が取れないから困るって…もしも番組に出られなかったら、違約金を請求するかもってさ。ったく…当たり前だけど、売上絡むとメディアは慈悲がないんだから…まあこの流れで欠席なんて事したら、それこそイメージも悪くなるしな…って、今はそんな事言ってる場合じゃないんだけど…っあーーー!!」
「奎介。病院では、静かにしなさい」
頭をかきむしる夕城プロを、母親がたしなめる。
時刻は、午後5時。8時スタートの番組なので、遅れるとしても8時には病院を出なければいけない。もちろん、3人揃って―――
鬼宿は美朱の両親の前に立ち、頭を下げる。
「本当に、すみませんでした…俺のせいで美朱さんが…」
しかしそんな鬼宿を前にして、両親は笑顔だった。
「…いいえ。鬼宿さんは、寧ろ美朱の生き甲斐のようなものでした…」
「え…?」
「あの子は、発作という孤独な世界で戦う病気に小さい頃から凄く悩んでいました。
でも「空翔宿星」を、鬼宿さんを知ってからは、それはもう楽しそうで。入院中も、テレビや雑誌を欠かさず見てはその度に鬼宿さんに夢中だったんです」
「…………」
「あの子は、鬼宿さんなしではきっと生きていけませんでした。あなたのおかげです…」
「俺は、何も特別な事は…」
「先日のスキャンダルの件、鬼宿さんには悪いのですが、本当に美朱は今までにないくらい楽しそうに私達にその日の事を話してくれました…」
「………そうですか」
「あんたやるじゃん!こんなに、健気に想ってくれるファンがいてさ!」
「ホンマや。羨ましいな、お前」
「美朱が、今、本当に必要としてるのはお前なんだな」
翼宿と柳宿が冷やかす横で、夕城プロも観念したように腕組みしながら頷く。
鬼宿は、頬を少し染める。

その時、手術室の扉が開いた。
「先生…!」
「峠は、越えました。発作もおさまっています。意識も取り戻しましたよ」
その場は、一斉に歓喜の渦に包まれた。
「先生!ありがとうございます…おじさん、おばさん!早く、美朱さんのところへ…」
「行ってやってあげてください…」
そして両親は、鬼宿にそう声をかける。
「…えっ…でも…」
「娘は、あなたの為に発作を起こしたんです。だから…」
「…たま!」
鬼宿が仲間を振り返ると、柳宿は微笑み翼宿は静かに頷いた。

暫くして、病室に移された美朱。その病室を、鬼宿は訪れる。
「美朱ちゃん…」
彼女の目は開いていたがその動きはまだ虚ろで、鬼宿は静かに手を握ってやる。
「………鬼宿さん………?」
「ああ、俺だよ。分かるか?」
「………ごめんなさい………」
「えっ…?」
「ごめんなさい…鬼宿さん。また私のせいで、こんなトコまで…」
「何、言ってるんだ…君が、俺の所までドラム運ぼうとしてくれたんだろう?」
「…だって、ずっと面と向かって謝りたかったんです。鬼宿さんはいつも優しいけど、きっと心のどこかで怒ってるんじゃないかって思って…」
「そんな事ない…俺は何も怒ってないよ」
「…鬼宿さん。今日…収録なんじゃ…」
美朱は覚えていた。今日が、「Sound Station」の収録日である事を。
だが、鬼宿は静かに首を横に振る。
「いいんだよ、美朱ちゃん。君の一大事に比べたら、そんな事…」
「でも…ファンの子が、怒ります…」
「いいんだ…」

「ダメ。行ってください…」
「えっ?」

「行って、わたしみたいな、鬼宿さんを応援している人の為に、ドラムを叩いてください…」
「美朱ちゃん…」
美朱はこんな体になっても、まだ自分の活動を応援してくれている。
それを感じた鬼宿は笑顔で頷くと、「すぐ戻るから」とその場を離れた。

時刻は、午後8時を既に過ぎていた。
病院の待合室のテレビでは、「Sound Station」が始まっている。
「空翔宿星の皆さんはスケジュールの都合上、後ほど駆けつけてくださるそうです…」
「ちょっと!何言ってんのよ!!」
「そうよそうよ!あたし達、何の為に来たと思ってんの!?」
「もしかしてさあ!鬼宿のスキャンダル隠す為に、出ないつもりなんじゃないのお!?」
「皆さん、静かにしてください!」
観覧客が騒ぎ出し、司会者がそれを必死で止めている。
「…まずいわ。お客さん…相当怒ってる」
「………とりあえず、俺らだけでも行くで。番組にだけは、出させてもらわんと…」
「翼宿!柳宿!」
そこに、夕城プロが駆けつける。
「行こう!今からなら、終了前には間に合う!」
「えっ…でも…」
「鬼宿が、先に行っててくれって…逃げたくないんだって…美朱の為に!」
「たま…」
そんな柳宿の頭を、翼宿は平手で打つ。
「いたっ!」
「何、ぼけっとしてんねん!行くで!」
すぐさま上着を着た翼宿は、玄関へ駆けていった。


番組は終わりにさしかかろうとしており、観客の苛立ちはMAXに達している。
局側では混乱を避ける為にCMを差し込み続けていたが、それももう限界だった。
「空翔宿星は、まだなの!?」
「そうよ!もうすぐ、終わっちゃうじゃない!」
観客がまた騒ぎ出し、司会者もどうおさめればいいか分からなくなっていた時だった。

「遅れてごめんなさい!!」

翼宿と柳宿が、スタジオに駆けつけた。
「皆さん、すみません!私達のせいで、苛々させちゃって…」
柳宿の必死の謝罪にその場は静まり返るが、そこに勇気ある少女が尋ねた。
「…鬼宿は、どうしたんですか?」
「一般女性との交際って、本当なんですか!?」
「酷いですよ…!あたし達に失礼だと思わないんですか!?」
抗議の嵐が、翼宿と柳宿に降りかかる。
これ以上この場を落ち着かせる言葉が見つからず柳宿は思わず翼宿の顔を見上げると、彼は腕組みしてその光景を見つめながら何かを考え込んでいるようだった。

「翼宿…?」
「俺が言う」

MCが大嫌いだった翼宿がマイクを持ち、静かに観客席の前に歩み出る。
皆、その姿にまた静まり返った。

「なあ?恋するて、そんな悪い事か?」

翼宿から飛び出たのは謝罪の言葉ではなく、ただ観客に問いかける言葉。
しかし観客はその言葉にハッとした表情になり、依然抗議の言葉を浴びせない。
翼宿は、続ける。

「…あんたら、恋するよな?あいつも、恋するで?誰か好きになって、そいつ護りたい思う。裏切りでも何でもない。これ、普通なんちゃう?俺らとあんたらとのボーダーライン、誰が決めたんや?そうなった以上、ファンにはそれを見守る義務があると思う。いや…俺は、あんたらにそうなってて欲しいんや。責めるんやのうてな…素敵な事やろ。うちのドラムが恋したんやで?」

その場の女性陣のみならず柳宿も、翼宿に釘付けになる。
もはや観客は反論する気もなく、ただ翼宿の姿に酔いしれていた。


「…すみませんっ…遅くなって…」
そこで鬼宿も、ようやく会場に到着した。
今のやりとりを聞いていなかった彼は、静まり返る観客席に向かって大きく頭を下げた。
「…みんな…本当にごめんなさい…俺…」

「たま~~~!ドラム叩いて~~~!」
「歌ってください~!」

その時、観客の中の数名が叫んだと思ったら、いつの間にか全員が空翔宿星コールをしていた。
鬼宿と柳宿は思わぬ事態に驚いたが、翼宿はスタッフが「時間」というカンペをあげたのに気付き、二人をステージへ先導する合図を出した。
柳宿は笑顔でそれに頷き、鬼宿の肩を叩いた。鬼宿も、笑っていた。
その後、演奏は無事行われ、大盛り上がりで番組は終了した―――



一週間後。
鬼宿と柳宿は、美朱の病室にお見舞いに訪れていた。
「すみません…忙しいのに、わざわざ…」
「何、言ってるの!ホントは、毎日来たいくらいなのよ?翼宿はどうしても大学に行かなきゃならなかったみたいだから今日は二人だけだけど…よろしく言っておいてくれって。
でも、よかった。明日には、退院なのね…」
「はい!今回の新曲のお陰で、またすっかり元気になりました♡」
空翔宿星の存在が、美朱の何よりの処方箋なのだ。
「それでね~美朱!今日は、退院祝い♡」
そう言うと、柳宿は鞄から一枚のCDを取り出した。
「知ってると思うけど、明日からあたしらのソロ曲がダウンロード限定で販売されるの!一日早いけど、美朱にたまのソロ音源あげる~!」
「お前っ…何かこそこそしてるって思ったら、それをっ…」
鬼宿が慌てふためく横で、美朱は目をハートマークにしてそのCDに飛びつく。
「本当ですか!?いいんですか?わたしなんかに…」
「いいのいいの!だって、たま、一番に美朱に聴いてほしいって言ってたもん♡」
「おっ…おい…」
「鬼宿さん…」
「実は、俺、メンバー一の音痴でさ。あんまり、上手くないんだ…」
そう言って照れくさそうに笑う鬼宿にも、美朱は茶目っ気いっぱいの笑顔を向けた。
「夢みたいです!鬼宿さんの歌なんて!わたし、毎日聞きます!起きた時も寝る時も!」
「あ、ありがとう…」
「あ~あたし、この後親友と約束あるんだ!後は、二人でゆっくり!ね!じゃ、たま!後はよろしく~」
「あ、ああ…」
そんなベタベタラブラブのこの雰囲気を見ていられなくなった柳宿は、嘘をついて足早に病室を出ていった…

「よかったです。スキャンダル、丸く収まったみたいで…」
「うん。どうやら、今回は翼宿が俺の為に言ってくれたみたいなんだ。いいトコあるよな、あいつも」
「…いいお友達ですね」
「そっちは、お友達と仲直り出来た?」
「はい!先日、お見舞いに来てくれました!」
「そっか…よかった」
窓の外を見る鬼宿の横顔は、あの日と変わらなかった。

芸能人も恋をする…ならば、もうワガママになってもいいんじゃないだろうか?
少なくとも、鬼宿をもう離したくないと感じている美朱の思いは、今、どのファンにも負けない筈だ。
何よりも、柳宿と翼宿が守ってくれたこの気持ちを彼にぶつけたい。

今しかないのだ。今しか―――

「…鬼宿さん」
「ん?」
「あのっ…」

頑張れ。勇気を出せ―――わたし。

「わたし、ずっと…鬼宿さんの事…好きでした」

鬼宿は、目を見開く。
「これからはプロデューサーの妹じゃなくて、一人の女性としてわたしを見てほしいんです!もう周りに何を言われても…わたしは、負けません!」
それは今まで周りの目を気にして生きてきた、少女の成長した姿。

「俺もだよ」


そして、彼は答えた。美朱には、一瞬何と言われたのか分からなかった。
「俺も、美朱ちゃんの事が好きだ」
続けられた返事に、美朱の涙が溢れる。
「これから、俺は君の為に音楽を続けるつもりだよ」
ずっとずっと自分を応援してくれた、一途な少女の為に。
「鬼宿さん…」
二人は、抱き合った。
穏やかな優しい夕暮れの光がそんな二人の姿を、優しく包んでいたーーー


♪♪♪
病院の外に出た柳宿の携帯に、メッセージが届いた。
『美朱、元気だったか?行けなくて、すまんな』
彼からだった。
柳宿は暫く画面を見つめ、「元気だったわよ。それよりサボった課題、ちゃんと終わらせなさい」と当たり障りのない返事を返した。
だけど、柳宿の心は穏やかではなくて。そっと、携帯を胸に握り締める。

あの日、恋を語った翼宿の姿に、もう理性が押さえられない。

これ以上気持ちを閉じ込めて翼宿と接するのが、柳宿には苦しくてどうしようもなかった。
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