空翔けるうた~02~

「ええっ!?鬼宿、彼女いた訳?」
「まだデビューして一年も経ってないのに…酷いよ、鬼宿~」
その週刊紙の記事は、鬼宿を応援していたファンの夢も見事にぶち壊した。
「ちょっと?これ、美朱じゃない?」
「何なのよ、あいつ!体弱いの利用して、鬼宿に近づいたのよ!もう、最低!あんな奴、絶交よ!」
もちろん、美朱の友人達の信頼さえも…


ピンポーン
休暇の日、全く連絡がとれない美朱を心配した柳宿は、彼女の家を訪れた。
家のチャイムを鳴らすと中から顔を出したのは、美朱の母親だ。
「あら…柳宿さん」
「お久しぶりです。すみません…いきなり、押しかけてしまって…」
「いいえ。助かるわ…さあ、入って?」
「…あの。美朱さんは…?」
「完全に部屋に入ったきり、学校にも行ってません。奎介が何度か来て普通の生活は続けていいと説得してるんですけど、状況は変わらずでして。
この度は、ごめんなさいね。美朱が、皆さんにご迷惑を…」
「いいえ。とんでもないです…こちらこそ、せっかく元気になってきた美朱さんをまた追い込んでしまって…」
「そんな事はないです。でも、柳宿さん。もしよければ、あの子に声だけでもかけてあげていってください」
「………はい」

コンコン
「美朱?あたし。柳宿よ」
「…………………」
「ここ、開けてくれない?あなたと、話がしたいの」
「………帰ってください」
「美朱…」
部屋の扉の向こう側で久々に聞いた彼女の声は、今にも消えてしまいそうだった。
「もう、皆さんに合わせる顔がないんです。わたしが遊園地なんかに行きたいって言わなければ、こんな事も起こらなかった。全部…わたしが、悪いんです」
「………そんな事ない」
「…………………」
「たまは、今でもきっとあの日を励みに頑張ってるよ。あたしも翼宿も、あなたを責めたりはしてない。芸能人だって、人間よ?恋もするし、デートもしたいわ。あんたもたまも、何も間違った事はしてないのよ?」
「柳宿先輩…」
「時間はかかるかもしれないけど、あたしが助ける!あんたの気持ち、あたしが守るから!」
バタン
「せん…ぱい…!」
目を真っ赤にした美朱が飛び出してきて、柳宿に抱きつく。
柳宿は、やっと会えた妹の頭を優しく撫でた。

「毎日、こんなメッセージが来るんです」
美朱の携帯には、今回の騒動についての苦情のメッセージの数々が映し出されていた。
「こんなの、気にする事ないわよ。今回の事は、たまが好意で誘ってくれてたんでしょ?」
「はい。でも………鬼宿さん。どうしてますか?怒ってないですか…?」
「怒ってる訳ないじゃない。ちゃんと仕事にも来てるしなるべく翼宿がついててくれてるみたいだから、安心して!この事については、あたしらからも触れないようにはしてるんだけど…さ」
「そうですか…」
「ね?たまに、電話してみたら?」
「えっ…でも、お兄ちゃんには接触禁止って」
「そんなの、ビジネスに託つけた勝手な取り決めよ。美朱の気持ちは、どうなるのよ…たまも、絶対あんたの事心配してるから!まずは話してみて、今後の事はまた考えよう?ね?」
この芸能界の隠蔽するようなやり方には、柳宿自身も納得している訳ではない。
美朱の肩に手を置き、精一杯励ましの言葉をかける。
「柳宿先輩。ありがとうございました…わたし、先輩がいなかったら…」
「いいのよ!あんたはあたし達の恩人で、あたしの妹なんだから!落ち着いたら、お薦めのカフェ一緒に行こうね♡糖分、足りてないでしょ?」
「はい…」
そう言って笑う柳宿の顔を見て、美朱の涙が再び溢れ出した。


柳宿が帰ってから夜まで、美朱はずっと考え事をしていた。
そうだ。このまま閉じこもっていても、何も変わらない。鬼宿だって、辛い筈。まずはきちんと謝って…それから、考えよう。
震える指で鬼宿の電話帳を開いて、通話ボタンを押す。
Plllllllll
電話の向こうで聞こえるコール音に、耳を研ぎ澄ます。
『はい。もしもし』
何回かのコール音の後に、大好きな声が聞こえた。
「…あの…」
『美朱ちゃんか?大丈夫?学校行ってないって、奎介さんから聞いたんだけど…』
いつも通りの優しい声だった。
「ごめんなさい…鬼宿さん…こんな事になっちゃって…」
涙で言葉を詰まらせながらも、精一杯謝罪する。
『…美朱ちゃんのせいじゃないよ。俺が自分の立場を理解しないで、君を巻き込んだのがいけなかったんだ。本当にごめんね…?』
「違います!わたしが、遊園地なんて人が多い場所に行きたいなんて言ったから…」
『違うよ。美朱ちゃんは何も悪くない…』
「でもっ…」

『泣かないで…美朱ちゃん…』

「え…?」
『俺、美朱ちゃんの笑顔が好きだから…笑ってまた会いたい…』
「鬼宿…さん…」
『落ち着いたら、また俺から連絡するね?元気出して…』
「…はい…」
『じゃあ…』
「…失礼します」
電話を切った後、美朱は大声をあげて泣いた。

今でも大好きな、大好きな人だから、こんなに苦しくなる…


静かに電話を切る鬼宿の横では編曲の手伝いを終えて煙草を吸っていた翼宿が、黙ってそのやりとりを聞いていた。
「………たま」
翼宿が声をかけると、鬼宿は寂しげに微笑んだ。



「Sound Station」収録日当日。
生放送前に全体練習をと、今日も空翔宿星はスタジオに集まっていた。
鬼宿は、今日も元気がない。考え事をしながら、珈琲を飲んでいる。
翼宿も柳宿も、そんな彼を心配していた。
「たま。ドラムのメンテ終わって、機材室に届いてるって。取りに行こう?」
「ん…?ああ…そうだな…」

一方その頃、美朱は一人電車を乗り継いで事務所を訪れていた。
接触禁止になっているので奎介には同行を頼まず、たった一人で6駅離れた場所にあるこのスタジオまで来ていたのだ。
目的は、ひとつ。鬼宿に面と向かってきちんと謝って、今夜の生放送を成功してもらうように伝える事。
今の自分に出来る、たったひとつの事。
しかし、鬼宿のドラムは聞こえない。
すると側の機材室に、鬼宿のドラムがあるのを発見した。
いつもいつも鬼宿の傍らにあったドラムなので、その色形はよく覚えていた。
メンテナンスが終わったそのドラムはいつもより輝きを増し、カートの上にワンセットにして収納されている。
美朱は、思った。

このドラムを、鬼宿さんのところまで持っていこう。そして、謝ろう。
少しでも、鬼宿さんの役に立ちたい…

鬼宿の笑顔を目指して、美朱はそのカートを全身で押す。
女の力で動かすにはかなりの体力が要り、カートは中々動かない。
発作持ちの美朱には相当危険な行為だが、それでも力の限り押し出した事でゆっくりとカートの車輪が回り出す。
楽屋までは、そんなに距離はなかった。角を曲がればすぐだ。
一方で、息が切れる。酷く切れる。
それでも、美朱は歩き続けた。
後、5メートル、4メートル、3メートル…
その時、グラリと意識が傾いた。


「じゃあ、俺ドラム取って…」

ガシャガシャガッシャーン

廊下から金属が割れるようなけたたましい音が、突然聞こえてきた。
「何!?」
「今の音…ドラム…?」
「え!?」
鬼宿が急いで部屋を出ると、曲がり角からドラムの一つが転がっているのが見えた。
曲がり角の先で、美朱が胸を押さえながら崩れたドラムにもたれかかっていた。
「美朱ちゃん!?」
すぐさま彼女を抱き起こすが、発作を起こしていて鬼宿の声は届いていないようだ。
「美朱ちゃん…どうして…」
そこで、周りに散らばっているドラムの機材を見て気付く。
「まさか…こんな重い機材を…一人で…!?」
「美朱!?」
翼宿と柳宿も駆けつけ、柳宿は涙目で美朱に駆け寄る。
「くそっ…!翼宿、救急車だ!早く!!」
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