空翔けるうた~02~
朱雀遊園地。
毎年10万人も入る、大人気アトラクションがたっぷりの遊園地。
そこの入場門に、美朱はいた。
時計をやけに気にしながら。鏡で何度も化粧を直しながら。普段はおろさない髪の毛も、今日はおろしてきた。普段はあまりしないお化粧もしてきた。
今日の美朱は、まさに初デートの女の子といっても過言ではない姿だった。
「美朱ちゃん!!」
すると人だかりの中でも一際目立つ背の鬼宿が、手を振りながら彼女の名を呼ぶ。
変装用にサングラスはかけているもののいつもよりお洒落な格好をしてきた鬼宿の姿を見て、美朱の心臓は高鳴った。
「ごめんごめん!待った?」
「いえ!わたしも、今来たところだったので…」
「そう?いや~分かっちゃいたけど、人出が凄いね~美朱ちゃん、体調大丈夫?」
「大丈夫です!この日の為に万全にしてきたので、思いきり振り回しちゃってください♪」
「そっか…じゃ行こっか!」
そこで、鬼宿はごく自然に美朱の手を掴んだ。
「えっ…」
彼の大胆な行動に驚くが、普段は見られない少年のように無邪気な鬼宿の横顔を見上げて美朱は静かに微笑む。
(何か…ホントにデートみたいだな…)
そこまで考え、美朱はハッと片手で頬を叩いた。
「柳宿!元気そうで、よかった…仕事は、順調?」
「鳳綺~会いたかったよ~」
かつて二人がお喋りをしていたカフェで、柳宿は親友と久しぶりの再会を果たしていた。
進級と同時にメジャーデビューを果たした空翔宿星は現在大学の副業者向け通信カリキュラムを受けており、一般の学生と接する機会がぐっと減っていた。そのため、鳳綺とはメジャーデビュー以来の再会となる。
「仕事は楽しいし、順調よ!
ただ、それ以外がジェットコースターのような忙しさで…糖分足りない~
あ!ストロベリーパフェください♡」
「それ以外って…何があったの?」
柳宿は先に出された紅茶を口にして落ち着くと、大阪旅行、ツアーの時の部屋、すれ違いからの喧嘩、翼宿が倒れた事、そして天文の告白とこれまでに起こった全ての出来事と自分の気持ちの変化について、実に一時間かけて語り続けた。
「…………なるほど。昼ドラ総集編を、一気に見たような感覚だわ」
「そういう事。鳳綺が言ってくれた言葉の意味も、やっと分かったわ…」
「そうなの…でも、メジャーデビューはよかったんじゃない?もしあの時デビューを断ってたら、そんなにたくさんの経験は出来なかったわよ」
「それはそうなんだけど…」
パフェの奥に詰まっていたゼリーをかき混ぜながら、柳宿は口ごもる。
「ここから、先に…進めない」
もう自分の気持ちは彼に半分はバレてるようなものだという事は、柳宿にも分かっている。
核心をつく発言や行動、それに加えて先日「白い虎」で起こしてしまった暴動―これについては、依然本人の記憶にはないが。
ここまで起こしてしまえば、さすがに鈍感な翼宿もいい加減気がついているだろう。
それでも一緒にいてくれる、彼の行動は肯定か。それとも、否定か?
「そうね…メンバー同士の熱愛ともなれば、世間は騒然とするわ」
「まあ今までも二人きりなんて何度もあったのに、撮られてないのが不思議なくらいなんだけどね~」
「だけどね、柳宿?それで、自分の気持ちを殺す事はないわよ。世間は冷やかすけどいずれほとぼりは冷めるし、それを気にしてあなたが手を引く必要はないわ」
「鳳綺…」
「まあ…撮られるっていう事がどれだけ大変なのか、分からないわたしが言うのも説得力ないんだけどね」
「そんな事ないよ…ありがとう。
あたし、頑張ってみるね。いつになるか分からないけど、その時が来るまで諦めないよ。
撮られたら、会見で発表するくらいの勢いでやってやるわ!」
「うん!応援してる!」
鳳綺は、柳宿の両手をぎゅっと握った。
夕方になり人もだいぶ空いてきた頃、鬼宿と美朱は観覧車に乗った。
昼間は大人気アトラクションを存分に満喫しカフェでお昼ごはんをたくさん食べ、本当に大満足の一日を過ごした二人。
「今日は本当にありがとう、美朱ちゃん。すげえ楽しかった」
「いえ!わたしこそこんな所に付き合わせてしまって、すみません!」
「ううん、そんな事ないよ。俺、オフでもこんなに遊んだ事なかったから!」
「そうなんですか…」
「美朱ちゃんこそ、大丈夫?体の方…」
「大丈夫です!何か、もっと元気が出てきたみたいです♡」
鬼宿は微笑むと、夕日に照らされた景色を見渡す。その横顔は、本当に綺麗なものだった。
景色の方が負けてしまう程の鬼宿の眩しさが、美朱の胸をまた熱くする。
「美朱ちゃん、最近変わりない?」
「はい!私は全然!先日の鬼宿さんの言葉で元気になれて、最近はずっと学校にも行けてるし毎日楽しくやってます!」
「そうか…それは俺のお陰じゃなくて、君が自力で立ち上がったからだよ。
もしもいつか病気が治ったら、また来ようね!遊園地」
「いいんですか!?」
「もちろん。これからもいつでもスタジオに遊びに来ていいし、連絡してくれていいから」
日に日に売り上げを伸ばしているスターの一員からかけられる言葉の数々が、美朱にとっては本当に夢のようだった。
「あたし…頑張ります!病気に勝てるように、もっともっと頑張ります!!」
美朱の胸に、新たな希望が漲る。
「うん、頑張ろうね。一緒に!」
幸せだった。本当に幸せな一日だった筈なのに―――
休暇明け。空翔宿星は、朝から編曲作業に大忙し。
来週の「Sound Station」でいち早くその新曲を披露する事も決まっており、作業は巻きで行われた。
その作業も一段落し、遅めの昼食を取るメンバー。スタジオには、鬼宿と柳宿の二人が残っていた。
翼宿は喫煙仲間の天文と共に、コンビニに煙草を買いに行っている。
「…よかったな。あいつら、元に戻って。こないだの件がなければ、仲いい方だったんだよな」
「ごめんなさいね。仲を乱すような真似して…」
「あ、いや…そういう意味じゃ…」
すると柳宿は、苦笑いしながら珈琲を飲む鬼宿の腕に自分の腕を絡める。
「で?どうだったのよ!?昨日のデート♡」
「なっ、何で、知ってるんだよ!?」
「あたしは、美朱の先輩よ?知らない訳ないじゃないの!」
「ははは…まあ、内緒にするつもりはなかったんだけどさ。
楽しかったよ。美朱ちゃんも喜んでくれたし、俺自身もリフレッシュ出来たしな」
「ふ~ん?で、次の約束はしたの?」
「次って…美朱ちゃんの体も心配だし、そんな軽くは誘えねえよ!スタジオに遊びに来てもいいって、言ったくらいだ…」
「ホントはまた二人きりで会う約束も、してきたかったんじゃないの~?」
「ったく…やっぱり、お前も女だな」
これは早々に先を越されそうだと思う柳宿だったが、大好きな鬼宿と美朱が急接近するのにこれほど嬉しい事はなかった。
「ありがとうございました~」
一方、こちらはコンビニで煙草を購入し終えた翼宿と天文。
「ったく…休暇明けに突然詰めろなんて、相変わらず鬼だな。夕城プロ」
「ホンマや。お前みたいに、休み中に進めとけばよかったわ」
「んな事言いながら、お前も午前中で完成してんじゃん。
っあーーー!俺は、逆に遊び足りなかったよ…今度、麻雀付き合えよ。翼宿」
「んなの、何年もしとらんで」
「なら、俺の方が強いな♪たまには、お前も派手に負けろ!
あーあ。今日の週刊紙も、たくさん撮られてるなあ…」
翼宿が音楽誌を立ち読みする間、天文は手元にあった週刊紙のページをパラパラめくる。
「これなんて、一面ドカンだぜ?『頂点のドラマー鬼宿、一般女性と念願の遊園地』………?」
「………っっ!!おい!何や、それ!」
天文が適当に読んだキャッチコピーを聞き、翼宿は彼が手にしていた週刊紙を奪い取った。
コンコン
「社長。夕城です…」
「入りたまえ…」
その一時間後、重苦しい表情で本社の社長室の扉を開ける夕城プロとその後ろには鬼宿の姿があった。
社長室の机には、先程天文が見つけた週刊紙が広げて置いてある。
「大変だったろう?表の報道陣から、隠れて入ってくるのは…」
早くも本社前には、週刊紙の真実を追求しようとする報道陣が詰めかけていた。
「社長…この度は、大変申し訳ありませんでした…」
夕城プロは頭を下げ、鬼宿もそれに続く。
「鬼宿くん。これは、どういう事だね?」
険しい表情で、社長は鬼宿に詰め寄る。
「俺から、誘いました…夕城プロと繋げてくれた彼女を勇気づける為に…」
「夕城くん、君の妹さんだそうじゃないか!全然、気付かなかったのかね!?」
「申し訳ありません…わたしには、そのような事は一言も…」
普段から夕城プロの事はお調子者だとは思っていたがここまでだとは思わなかった社長は、ため息をつく。
「まあ、いい。直にほとぼりも冷めるだろう。仕事の依頼は増えているし特に中断はしないが、しばらくは目立つ外出は無し。もちろん彼女に会うのも、禁止だ。
鬼宿くん、分かっているね?君は、空翔宿星のリーダー。君のファンだって増えているし、今、ペースを乱されては困るんだよ」
「はい…本当に、すみませんでした」
パタン
社長のお叱りを受けて、二人は社長室を出る。
そして、鬼宿は彼女の兄にも頭を下げた。
「夕城プロ…本当にすみませんでした、俺…」
「ったく…よりによって、相手が美朱だとはな。週刊紙で知った兄心は、ここでは表しきれねえぞ」
「……………」
「まああいつも望んでいた事なんだろうし、お前だけを責める事はしないよ。お前になら安心して任せられるし、出来れば応援もしたかった。
だけどな、一度スキャンダルになるとそういう訳にもいかねえんだ。暫くは接近禁止。後の事は、メンバーも入れて考える。それでいいな?」
「はい…」
Plllllllll
『留守番電話サービスセンターに…』
「はあ…」
本日十回目のコール。しかし、美朱は電話に出てくれない。
すっかり消灯した事務所のロビーの椅子に腰掛け、柳宿は電話を切る。
鬼宿は、あれからスタジオに帰ってこなかった。
『ごめん。明日は、ちゃんと行くから』
その一言のメッセージが、天文を含むメンバーに届いただけ。
「………柳宿。ここにいたんか」
帰り支度を終えた翼宿が、柳宿を探していたようだ。
携帯を握りしめて俯く柳宿の横の椅子に、翼宿も腰掛ける。
「出ないんか」
「うん…」
「しゃあないやろ。今日くらいは、そっとしとけ」
「…翼宿。これから、どうなるんだろう。あの二人は…」
「暫くは接近禁止…らしいからな」
翼宿も鬼宿を案じて、ため息をつく。
「酷いよ、あんな書かれ方。鬼宿が女々しいとか女たらしとか、どこの情報よ。両思いを楽しんでるカップルを冷やかして、何が楽しいの…!?」
「……………」
「………ごめん。あんたは、こんな話嫌いだったよね」
「………いや」
「え?」
「杏子や天文を見てて、何か、そういうんもええんかなって思ってたトコやったんや。俺も、お前と同じ気持ちや」
…………え?
つまり、翼宿も愛や恋に興味を抱いてきたという事なのだろうか?
「………何やねん。人の顔、じろじろ見よって」
「あっ…ごめん!」
「俺らも、帰るで。俺らこそ、下手な動き出来へんからな」
「うん…」
「まだ」撮られていない二人は次は自分達も撮られるかもしれないと思いながらも、いつも通り肩を並べて事務所を後にした。
毎年10万人も入る、大人気アトラクションがたっぷりの遊園地。
そこの入場門に、美朱はいた。
時計をやけに気にしながら。鏡で何度も化粧を直しながら。普段はおろさない髪の毛も、今日はおろしてきた。普段はあまりしないお化粧もしてきた。
今日の美朱は、まさに初デートの女の子といっても過言ではない姿だった。
「美朱ちゃん!!」
すると人だかりの中でも一際目立つ背の鬼宿が、手を振りながら彼女の名を呼ぶ。
変装用にサングラスはかけているもののいつもよりお洒落な格好をしてきた鬼宿の姿を見て、美朱の心臓は高鳴った。
「ごめんごめん!待った?」
「いえ!わたしも、今来たところだったので…」
「そう?いや~分かっちゃいたけど、人出が凄いね~美朱ちゃん、体調大丈夫?」
「大丈夫です!この日の為に万全にしてきたので、思いきり振り回しちゃってください♪」
「そっか…じゃ行こっか!」
そこで、鬼宿はごく自然に美朱の手を掴んだ。
「えっ…」
彼の大胆な行動に驚くが、普段は見られない少年のように無邪気な鬼宿の横顔を見上げて美朱は静かに微笑む。
(何か…ホントにデートみたいだな…)
そこまで考え、美朱はハッと片手で頬を叩いた。
「柳宿!元気そうで、よかった…仕事は、順調?」
「鳳綺~会いたかったよ~」
かつて二人がお喋りをしていたカフェで、柳宿は親友と久しぶりの再会を果たしていた。
進級と同時にメジャーデビューを果たした空翔宿星は現在大学の副業者向け通信カリキュラムを受けており、一般の学生と接する機会がぐっと減っていた。そのため、鳳綺とはメジャーデビュー以来の再会となる。
「仕事は楽しいし、順調よ!
ただ、それ以外がジェットコースターのような忙しさで…糖分足りない~
あ!ストロベリーパフェください♡」
「それ以外って…何があったの?」
柳宿は先に出された紅茶を口にして落ち着くと、大阪旅行、ツアーの時の部屋、すれ違いからの喧嘩、翼宿が倒れた事、そして天文の告白とこれまでに起こった全ての出来事と自分の気持ちの変化について、実に一時間かけて語り続けた。
「…………なるほど。昼ドラ総集編を、一気に見たような感覚だわ」
「そういう事。鳳綺が言ってくれた言葉の意味も、やっと分かったわ…」
「そうなの…でも、メジャーデビューはよかったんじゃない?もしあの時デビューを断ってたら、そんなにたくさんの経験は出来なかったわよ」
「それはそうなんだけど…」
パフェの奥に詰まっていたゼリーをかき混ぜながら、柳宿は口ごもる。
「ここから、先に…進めない」
もう自分の気持ちは彼に半分はバレてるようなものだという事は、柳宿にも分かっている。
核心をつく発言や行動、それに加えて先日「白い虎」で起こしてしまった暴動―これについては、依然本人の記憶にはないが。
ここまで起こしてしまえば、さすがに鈍感な翼宿もいい加減気がついているだろう。
それでも一緒にいてくれる、彼の行動は肯定か。それとも、否定か?
「そうね…メンバー同士の熱愛ともなれば、世間は騒然とするわ」
「まあ今までも二人きりなんて何度もあったのに、撮られてないのが不思議なくらいなんだけどね~」
「だけどね、柳宿?それで、自分の気持ちを殺す事はないわよ。世間は冷やかすけどいずれほとぼりは冷めるし、それを気にしてあなたが手を引く必要はないわ」
「鳳綺…」
「まあ…撮られるっていう事がどれだけ大変なのか、分からないわたしが言うのも説得力ないんだけどね」
「そんな事ないよ…ありがとう。
あたし、頑張ってみるね。いつになるか分からないけど、その時が来るまで諦めないよ。
撮られたら、会見で発表するくらいの勢いでやってやるわ!」
「うん!応援してる!」
鳳綺は、柳宿の両手をぎゅっと握った。
夕方になり人もだいぶ空いてきた頃、鬼宿と美朱は観覧車に乗った。
昼間は大人気アトラクションを存分に満喫しカフェでお昼ごはんをたくさん食べ、本当に大満足の一日を過ごした二人。
「今日は本当にありがとう、美朱ちゃん。すげえ楽しかった」
「いえ!わたしこそこんな所に付き合わせてしまって、すみません!」
「ううん、そんな事ないよ。俺、オフでもこんなに遊んだ事なかったから!」
「そうなんですか…」
「美朱ちゃんこそ、大丈夫?体の方…」
「大丈夫です!何か、もっと元気が出てきたみたいです♡」
鬼宿は微笑むと、夕日に照らされた景色を見渡す。その横顔は、本当に綺麗なものだった。
景色の方が負けてしまう程の鬼宿の眩しさが、美朱の胸をまた熱くする。
「美朱ちゃん、最近変わりない?」
「はい!私は全然!先日の鬼宿さんの言葉で元気になれて、最近はずっと学校にも行けてるし毎日楽しくやってます!」
「そうか…それは俺のお陰じゃなくて、君が自力で立ち上がったからだよ。
もしもいつか病気が治ったら、また来ようね!遊園地」
「いいんですか!?」
「もちろん。これからもいつでもスタジオに遊びに来ていいし、連絡してくれていいから」
日に日に売り上げを伸ばしているスターの一員からかけられる言葉の数々が、美朱にとっては本当に夢のようだった。
「あたし…頑張ります!病気に勝てるように、もっともっと頑張ります!!」
美朱の胸に、新たな希望が漲る。
「うん、頑張ろうね。一緒に!」
幸せだった。本当に幸せな一日だった筈なのに―――
休暇明け。空翔宿星は、朝から編曲作業に大忙し。
来週の「Sound Station」でいち早くその新曲を披露する事も決まっており、作業は巻きで行われた。
その作業も一段落し、遅めの昼食を取るメンバー。スタジオには、鬼宿と柳宿の二人が残っていた。
翼宿は喫煙仲間の天文と共に、コンビニに煙草を買いに行っている。
「…よかったな。あいつら、元に戻って。こないだの件がなければ、仲いい方だったんだよな」
「ごめんなさいね。仲を乱すような真似して…」
「あ、いや…そういう意味じゃ…」
すると柳宿は、苦笑いしながら珈琲を飲む鬼宿の腕に自分の腕を絡める。
「で?どうだったのよ!?昨日のデート♡」
「なっ、何で、知ってるんだよ!?」
「あたしは、美朱の先輩よ?知らない訳ないじゃないの!」
「ははは…まあ、内緒にするつもりはなかったんだけどさ。
楽しかったよ。美朱ちゃんも喜んでくれたし、俺自身もリフレッシュ出来たしな」
「ふ~ん?で、次の約束はしたの?」
「次って…美朱ちゃんの体も心配だし、そんな軽くは誘えねえよ!スタジオに遊びに来てもいいって、言ったくらいだ…」
「ホントはまた二人きりで会う約束も、してきたかったんじゃないの~?」
「ったく…やっぱり、お前も女だな」
これは早々に先を越されそうだと思う柳宿だったが、大好きな鬼宿と美朱が急接近するのにこれほど嬉しい事はなかった。
「ありがとうございました~」
一方、こちらはコンビニで煙草を購入し終えた翼宿と天文。
「ったく…休暇明けに突然詰めろなんて、相変わらず鬼だな。夕城プロ」
「ホンマや。お前みたいに、休み中に進めとけばよかったわ」
「んな事言いながら、お前も午前中で完成してんじゃん。
っあーーー!俺は、逆に遊び足りなかったよ…今度、麻雀付き合えよ。翼宿」
「んなの、何年もしとらんで」
「なら、俺の方が強いな♪たまには、お前も派手に負けろ!
あーあ。今日の週刊紙も、たくさん撮られてるなあ…」
翼宿が音楽誌を立ち読みする間、天文は手元にあった週刊紙のページをパラパラめくる。
「これなんて、一面ドカンだぜ?『頂点のドラマー鬼宿、一般女性と念願の遊園地』………?」
「………っっ!!おい!何や、それ!」
天文が適当に読んだキャッチコピーを聞き、翼宿は彼が手にしていた週刊紙を奪い取った。
コンコン
「社長。夕城です…」
「入りたまえ…」
その一時間後、重苦しい表情で本社の社長室の扉を開ける夕城プロとその後ろには鬼宿の姿があった。
社長室の机には、先程天文が見つけた週刊紙が広げて置いてある。
「大変だったろう?表の報道陣から、隠れて入ってくるのは…」
早くも本社前には、週刊紙の真実を追求しようとする報道陣が詰めかけていた。
「社長…この度は、大変申し訳ありませんでした…」
夕城プロは頭を下げ、鬼宿もそれに続く。
「鬼宿くん。これは、どういう事だね?」
険しい表情で、社長は鬼宿に詰め寄る。
「俺から、誘いました…夕城プロと繋げてくれた彼女を勇気づける為に…」
「夕城くん、君の妹さんだそうじゃないか!全然、気付かなかったのかね!?」
「申し訳ありません…わたしには、そのような事は一言も…」
普段から夕城プロの事はお調子者だとは思っていたがここまでだとは思わなかった社長は、ため息をつく。
「まあ、いい。直にほとぼりも冷めるだろう。仕事の依頼は増えているし特に中断はしないが、しばらくは目立つ外出は無し。もちろん彼女に会うのも、禁止だ。
鬼宿くん、分かっているね?君は、空翔宿星のリーダー。君のファンだって増えているし、今、ペースを乱されては困るんだよ」
「はい…本当に、すみませんでした」
パタン
社長のお叱りを受けて、二人は社長室を出る。
そして、鬼宿は彼女の兄にも頭を下げた。
「夕城プロ…本当にすみませんでした、俺…」
「ったく…よりによって、相手が美朱だとはな。週刊紙で知った兄心は、ここでは表しきれねえぞ」
「……………」
「まああいつも望んでいた事なんだろうし、お前だけを責める事はしないよ。お前になら安心して任せられるし、出来れば応援もしたかった。
だけどな、一度スキャンダルになるとそういう訳にもいかねえんだ。暫くは接近禁止。後の事は、メンバーも入れて考える。それでいいな?」
「はい…」
Plllllllll
『留守番電話サービスセンターに…』
「はあ…」
本日十回目のコール。しかし、美朱は電話に出てくれない。
すっかり消灯した事務所のロビーの椅子に腰掛け、柳宿は電話を切る。
鬼宿は、あれからスタジオに帰ってこなかった。
『ごめん。明日は、ちゃんと行くから』
その一言のメッセージが、天文を含むメンバーに届いただけ。
「………柳宿。ここにいたんか」
帰り支度を終えた翼宿が、柳宿を探していたようだ。
携帯を握りしめて俯く柳宿の横の椅子に、翼宿も腰掛ける。
「出ないんか」
「うん…」
「しゃあないやろ。今日くらいは、そっとしとけ」
「…翼宿。これから、どうなるんだろう。あの二人は…」
「暫くは接近禁止…らしいからな」
翼宿も鬼宿を案じて、ため息をつく。
「酷いよ、あんな書かれ方。鬼宿が女々しいとか女たらしとか、どこの情報よ。両思いを楽しんでるカップルを冷やかして、何が楽しいの…!?」
「……………」
「………ごめん。あんたは、こんな話嫌いだったよね」
「………いや」
「え?」
「杏子や天文を見てて、何か、そういうんもええんかなって思ってたトコやったんや。俺も、お前と同じ気持ちや」
…………え?
つまり、翼宿も愛や恋に興味を抱いてきたという事なのだろうか?
「………何やねん。人の顔、じろじろ見よって」
「あっ…ごめん!」
「俺らも、帰るで。俺らこそ、下手な動き出来へんからな」
「うん…」
「まだ」撮られていない二人は次は自分達も撮られるかもしれないと思いながらも、いつも通り肩を並べて事務所を後にした。