空翔けるうた~02~

空翔けるうた~02~
第十二話「ここでキスして」(2ページ構成)
ピチチチチ…
「う~ん……………はっ!!」
柳宿が目を覚ますと、そこは居酒屋の寝台の上だった。
「いっつ……」
起き上がろうとすると、いつもの割れるような頭痛に加えて急激な目眩が襲ってくる。そこで、把握する。
また、やってしまった…
しかし今回は思考が割とハッキリしており、自分は昨夜に人生最大の飲酒をしたのだとすぐに分かった。
その点、自分が「彼」に対してしでかした「失態」だけは都合よく忘れているのだが…
「おはよう、柳宿ちゃん。目、覚ましたかい?」
すると、女将の昴宿が薬と果物を持って部屋に入ってきた。
「昴宿さん…おはようございます。あの…あたし、やっちゃいましたか…?」
「ああ、やっちゃってたよ」
昨夜は柳宿から注文されるつまみの数々を作るのに奮闘していてほとんど厨房から出られなかった昴宿だったが、彼女の叫びは離れた厨房にもハッキリと聞こえていたのだ。
「女は、大変だよね。心中、察するよ。だけどあんたが寝静まってからも、遅くまで男性陣だけで今後どうするか話し合ってたよ?」
「そう…なんですね。本当にありがたくて情けない…というか」

「翼宿の事…好きなんだろ?」

「うっ…!」
「昨日は、あんた火がついたように翼宿に甘えてきかなくてね。あの場にいた全員が、それであんたの気持ちに気付いたよ」
「えっ、ええっ!!??」
「まあ、翼宿は分からないけどね。あいつの感覚は、常人とはちょっと違うもんだから」
そう。柳宿にキスを迫られてもかわせてしまう芸当が出来るのも、恐らく彼だけ。
そこは男として優秀な点だと昴宿は思うのだが、それは柳宿には言えない事だ。
「天文の為にも翼宿の為にも…天文にはきちんと断る事だよ、柳宿ちゃん」
「そうですね…」
「…実はね。今日、あの二人、スタジオ行ってみるみたいなんだよ。天文の話を聞けるのも男同士の役目みたいなもんだから、何か聞ければ釘刺せるかもって…」
「えっ…?でも、それは…」
「う~ん。今の天文を刺激する事にならなきゃいいんだけど、あたしもちょっと心配でね」
「あ、あたし…いたたっ…」
「………うん、行ってあげな。その前に、ちゃんと頭痛薬飲んでね?」
もう一人の母親・昴宿はそう言うと、にっこり微笑んだ。


♪♪♪
空翔宿星が全体練習で使っているスタジオのソファに座り、一人ギターを弾いているのは天文。
何かを吹っ切るようにただがむしゃらに、ギターをかき鳴らす。
キィン
弦が擦れて、メロディが途切れる。
「………ちっ!」
天文自身もまた、心は決して穏やかではなかった。
唇を奪った後の柳宿の怯えた表情。それを見ただけで、もう答えは分かってしまったようなものだから…
それでもほんの少しでも彼女の心が動いてくれるなら…と、本能に負けて起こした行動だったのだ。
「お疲れ~」
すると男の声が聞こえ、扉に目を向けると鬼宿と翼宿が立っていた。
「………お疲れ」
「天文。やっぱり、いたか!お前も俺らと一緒で、晩年暇なバンドマンだもんな!俺らも、混ぜてくれよ♪」
何も知らない風を装い、鬼宿はからからと笑いながらドラムに座る。
翼宿は特に何も気にも留めず、ベースのアンプをいじり出す。

「―――柳宿は、来ないのか?」

その言葉に二人は僅かに反応するが、すぐに鬼宿が答える。
「さあ?女は色々忙しいと思って、特に誘ってないだけだよ」
「……………ふっ。どうだか」
「え?」
翼宿も、その言葉に天文を見る。
「お前ら、聞いてないの?俺と柳宿に、何があったか…」
「てっ、天文?」
「しかし、お前らも仏だよな。あんな綺麗な女とバンド組んできて、変な気起こさないなんてさ。俺なんて…どうかしちまってたぜ」
「えっ?それって、つまり…柳宿に何かしたのか?」
何か聞き出せるかと鬼宿が質問をしてみると、天文は鼻で笑って答える。
「ああ。それで、俺が怖くて来られないってトコなんだろうよ」
しかし天文の表情は意気消沈というよりは半分ヤケになっている、それこそ別人のような表情だった。
今日はただ天文の本音を聞き出すという目的でスタジオを訪れた二人だったのだが、翼宿は天文が行った「何か」を全て把握している為その態度に急激な腹立たしさを覚えた。
「………お前。反省してないんか?」
「は?何をだよ」
「何かしでかしたんなら、謙虚に待てへんのか言うとるんじゃ」
「たっ、翼宿?」
二人の間に流れる謎の殺気に気付き、間で鬼宿があたふたする。
「………んだよ、まさかお前全部知ってるのか?」
「………………」
「やっぱり、何でも話しちまうんだな。専属カウンセラーの翼宿さんには」
「天文?ちげえよ、それは誤解…俺ら、何も知らないって」

「あいつの唇、柔らかかったぜ…?それが、羨ましい………とか?」

『久々だったけど、あんなキスもあるんだね。男の人って怖いって、天文って怖いって…初めて感じた』

「………………っっ!!!」
「翼宿!!」
途端に昨夜の柳宿の言葉がこだまし、気付いた時には翼宿は天文の胸ぐらを思いきり掴んでいた。
「………………」
「んだよ?殴れよ」
「翼宿!落ち着けって…」
「………てめえは…柳宿の気持ちを何だとっ………!!」
その言葉に今度頭に血がのぼったのは天文で、その胸ぐらを掴み返す。
「気持ち?じゃあ、お前には俺の気持ちが分かるのかよ!?喉から手が出る程、ほしいもんが手に入らない気持ちが…涼しい顔して柳宿を独占してるお前には、分かんねえだろ!?分かってたまるかよ!!だから、キスした…キスして、無理矢理奪おうとしたんだ!!」
「キ、キスって…!?おい。天文も、とりあえず落ち着けって…人が来る…」

「天文!やめてっ!!」

次に聞こえたのは、その女の声。
見ると入口には、肩で息をしている柳宿の姿があった。
「ぬ………りこ…」
「翼宿は…関係ないでしょ?離して…あげてよ」
天文はそっと翼宿の襟から手を離し、その場に沈黙が流れる。
そして、最初に口を開いたのは柳宿。
「天文…あんたが怖かったのはホントだしショックだったけど………でも、あんたの気持ちは素直に嬉しかった。ホントだよ…?」
「…………………」
「だけど…ごめんなさい。あたし、好きな人がいて………だから、あなたの気持ちには答えられません」
「………柳宿」

「でも、でもね…これだけは、お願い。こんな風に、仲間と傷付けあうのはやめて?鬼宿も翼宿も天文も…仕事のパートナーとして大好きで…みんなでこれからもずっと一緒に演奏していきたいんだ。だから、お願い…」

天文は、柳宿の優しさに心が痛んだ。柳宿を傷付けた上にこうして他のメンバーにも八つ当たりしている、そんな最低な自分をまだパートナーとして「大好き」と言ってくれている柳宿の優しさに…

翼宿は俯き鬼宿は黙って、天文の次の言葉を待っている。
天文は微笑むとそっと立ち上がり柳宿に近付き、その頭をくしゃっと撫でた。
「天文…」
「柳宿、ありがとな。答え出してくれて…俺には、十分すぎる言葉だよ。お前の事傷付けちまって、ホントはずっと後悔してた。お前は、あんな事して振り向いてくれるような軽い女じゃないって事も分かってたのに。ごめんな?」
柳宿は俯き、黙って首を振る。
「ちょっと、頭冷やしてくるわ。それでまたお前らとやっていきたいってなったら、そん時はまたよろしくな?」
そう呟くとギターバッグを背負い、天文は部屋を出ていこうとする。
「………天文」
呼び止めたのは、翼宿。

「お前、こんなんで抜けたら承知せえへんからな」

それは、天文が傷付けたもう一人の人物の優しさ。
天文は片手をあげ、部屋から出ていった。

「はあ~~~~~」
柳宿は急におさまっていた酔いが再び回り、その場に座り込んだ。
「おい、柳宿!来ちゃって、大丈夫だったのかよ!?」
「へへ…だって、昴宿さんにこの事聞いたら嫌な予感がムンムンしたから…」
「ごめんな?余計な事だったよな。てか天文が急に不機嫌になったもんで、結果的に全然隠しきれてなかった…」
「ううん…ありがとう。嬉しかったよ」
翼宿は特に何も声をかけず、ソファに座る。
「………翼宿。ごめんね、巻き込んじゃって。怪我、なかった?」
「俺は、平気や。元々、俺から振った喧嘩なんやからな…」
「えっ…?」
「何でもない」
素直にならない翼宿に、鬼宿は呆れ顔でため息をつく。
「…………柳宿」
「何…?」

「ちゃんと…言えたやんか」

そう言って、翼宿が向ける笑顔は優しくて。
「大丈夫。天文なら、分かってくれるよ」
鬼宿もまた、微笑みながら柳宿の肩に手を置いた。

鬼宿と翼宿を守りたいと思った時、柳宿は嘘偽りなく天文に返事が出来た。
どんな時も自分の事を考えてくれているこの二人の兄の存在に深く感謝し、いつの間にかまた零れている涙も拭わず柳宿は二人に向けて笑顔を返した。

一方で、たくさん涙を流したけれど、この妹はまた成長した。
兄として、翼宿はそれがただ嬉しかった―――


翌日。その思いが通じ、そのスタジオには早くも新曲の編曲に一人取りかかる天文の姿があった。
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