空翔けるうた~02~
『好きなんだ…柳宿』
天文に抱きしめられたまま、柳宿は硬直している。
「離して」とも言えない。信頼していた作曲家の相棒なのだ。
相変わらず抵抗せず茫然自失する彼女を引き離し、天文は低い声で尋ねる。
「続けて…いいんだな?」
その言葉に体がびくつく柳宿に構わず、そっと首筋に吐息がかかる。
「ちょっと…てんぶ…」
「明日から、やっと休暇だな~」
そこに突然聞こえてきたディレクター二人組の声に、二人は体を離す。
「お疲れっす~」
「お、お疲れ様です…」
柳宿が答える横で、天文は依然俯いたまま。足音が遠ざかると、彼はぽつりと呟く。
「俺、本気だから…」
「……………………」
「もう、踏ん切りつかねえんだよ。一緒に仕事した日から…」
「あの…」
「返事、待ってるから」
天文は、静かに階段を降りていった。
腕の力強さと、強引な口付け。
決して純粋にぶつけられた訳ではない、それでいて奪われるようなそんな感覚。
柳宿は自分の肩をぎゅっと握りしめ、そのまま地に座り込んだ。
ドルンドルン
「………………」
「おい」
「……えっ?」
「えっ?やないやろ。お前の家、ここじゃないんかい」
いつもの別れ場所の柳宿の自宅前に着いたというのに、彼女はバイクの後ろから降りようとしない。
持っていった新曲に茶々でも入れられたのかと翼宿が首を傾げていると、柳宿が改めて翼宿の腰に捕まる腕の力を強めた。
「………おい、黙ってちゃ分からん」
しかしその腕が小刻みに震えている事に、ようやく気付く。
「は…?何、泣いて…」
「天文に…告白…された…」
その言葉に今度頭が真っ白になったのは、翼宿の方だった。
「おいおい…下手な冗談よせや」
「何で、自宅前でこんな冗談言わなきゃなんないのよ!」
天文はとうとう行動に出たのだと、翼宿は思った。
柳宿の好きな奴が天文かもしれないという可能性はまだ捨てきれていなかったが、その震えは明らかに喜んでいるものではない。
「何か、他にされたんか…?」
「…………っ」
「柳宿」
自分の腰を押さえつけられている為、後ろの彼女の本当の気持ちを確認する事が出来ない。
暫くその状態で次の言葉を待つ事しか出来ず、翼宿はバイクのエンジンを切る。
「どうしよう…」
「………何が?」
「仕事もあるし…下手に断ったら傷付けるし…どんな顔してあいつに会えば…」
「…………柳宿」
「ああ~もうっ!!!」
「………は?」
「たまの慰労会、今夜!!」
突然、何かが弾けた柳宿に、翼宿はなぜか悪寒を感じた。
「あたし、もう我慢できない」
「おいおい、何を…」
「今日だけ、解禁して!!」
そう。解禁する事。それは、柳宿の「飲酒」だ。
否定しようにもどんどん絞まる腰の重みに、翼宿は抵抗出来なかった…
「ぶっ!!マジかよ!柳宿!?」
慰労会という事で最初はとても喜んでいた鬼宿だったが、柳宿の気迫となぜか解禁されている飲酒に戸惑い何があったか尋ねるととんでもない答えが返ってきた。
「もう、大マジよ!!あたし、どうすればいいのか…!」
「おい、柳宿。その辺にしとけや」
既に酒の量は彼女の許容範囲をゆうに超えているが、柳宿は涙ぐみながら出される酒に手を出していく。
「おい、親父。もうストップや。こいつ、死ぬ」
「そうは言ってもなあ~翼宿…」
「奎宿さん!もっともっと、強いお酒~!」
「出し続けないと、暴れまわりそうで…」
「柳宿!お前、ええ加減にせえ!」
翼宿は次々と酒を注文して奎宿を困らせている柳宿を、ピシャリと叱る。
すると子供のように黙り、すっかり俯いてしまった。
「ま、まあまあ…もう酒は出せねえけど、話ならいくらでも聞くから、な?柳宿」
「まあ仕事に支障出るからな、こいつが悩むのも無理はないねんけど…」
「こればっかりは、俺らが横入りする訳にはいかねえからな~」
ほとほと困り果てる男性陣を見て、柳宿は深くため息をついた。
「ごめんね。あたしが女だから、余計なお荷物持ってきちゃうんだよね」
「んな事ねえよ!柳宿が困るの分かってて行動した、天文が大人げないんだよ…それに誰かに好かれてるって事実は、自信にしていいと思うぞ?な、翼宿?」
「あ、ああ…」
天文の起爆剤になったのは先日の件があったからなのではないかと勘ぐっていた翼宿は、あまり強く出られない。
「とにかく、一晩頭冷やせよ!横入りは出来ないけど、仕事の風紀乱すようなら俺らも黙っちゃいないって!」
相変わらず頼りがいのある言葉をかけてくれる鬼宿に、柳宿は強く感謝する。
だが一番気にかけてほしい人は、あまり声をかけてくれない。
「翼宿は…どう、思ったの?」
「えっ…?」
「帰り道で打ち明けた時も、何も言ってくれなかったじゃない…」
「………それは」
「おいおい、柳宿?女心にはちょっと疎い翼宿くんだから、そこは勘弁してやれよ?」
翼宿のフォローと柳宿の暴走阻止の為に、鬼宿はどぎまぎしながら間に入る。
「だって…ずるいよ、そんなの~!」
すると業を煮やした柳宿は、いきなり翼宿の首に腕を絡めて抱きついた。
「だあーーーー!柳宿!!」
「鬼宿、うるせえ!!」
びっくりしたのは翼宿より、寧ろ鬼宿。そして、そんな鬼宿を奎宿がグーで殴る。
「翼宿…どうにかしてよ~…あたし、どうしたらいいの………?」
泣きじゃくる柳宿の姿に翼宿はふうとため息をつくと、そんな彼女を体ごと抱え上げる。
「えっ、翼宿?」
「親父。部屋、貸してくれや。今夜は、家に返せん」
「やっぱり、お前の読み通りだったな。用意しておいたよ、使え」
奎宿は苦笑いしながら、上の階を指差す。
「ちょっと、行ってくるわ」
「あ、ああ…」
横で大騒ぎしている男子を差し置いてこんな時も冷静に対応する翼宿の背中を、鬼宿と奎宿はため息をつきながら眺めていた。
「っく…うっ…」
自分の胸で泣き続ける柳宿に、翼宿は依然声をかけてやれない。
居酒屋の上の部屋の扉を背中で開けると、彼女をそっと寝台におろした。
しかし、柳宿は翼宿の首にかけた腕をほどこうとしない。
「~~~っ」
「………ガキか、お前は!お前の気持ちは分かるけど、自分自身の問題やろ。たまが言ってた通り、お前自身が考えて答え出すしかないんや。それ以上何かしようもんなら、そん時は俺らが…」
「キス…されたんだ」
翼宿の説教は、ぽつりと呟いた言葉に遮られる。
「えっ…?」
「無理矢理…」
柳宿の瞳からは、依然止めどなく涙が溢れている。
「久々だったけど、あんなキスもあるんだね。男の人って怖いって、天文って怖いって、初めて感じた。今まで一緒に楽しく仕事してきた人が、突然別人になるような事ってあるんだ…」
「…………柳宿。もう、ええ」
「あたしが身の程知らずだったのかもしれないし、信じすぎてたのかもね。そういえば、昔から思わせ振りってよく言われてたもんなあ…」
「柳宿!」
柳宿はそっと腕の力を緩め、翼宿の顔を見上げる。
「ねえ…キスして…」
「っっ…!」
「翼宿なら、いいよ…かっこいいし、ホントは優しいトコもたくさんあるし、あたしを大事にしてくれるし…翼宿なら、信じられるよ…ねえ、忘れさせて………?」
酔いのせいで、柳宿らしくない安っぽい言葉が並べられる。
「………柳宿」
柳宿は、翼宿の唇に半ば強引に自分の唇を近づけていく―――
が、その動きは翼宿が彼女の額をペチッと制した事で止まった。
「~~~っ」
「お遊びは、そこまでにしとけ」
トサリと柳宿の体を寝台に横たえた翼宿は、乱れた衣服を整えて立ち上がった。
「翼宿…」
「もっと自分を大事にしろ、アホ」
その言葉に柳宿はなぜか安心したように、微笑む。
「あんたは…偉いね。そうだよね…あたし…あたしは、そんなあんた…だから…」
そのまま、柳宿は眠ってしまった。
どうにか柳宿の暴走を止めた翼宿は深くため息をつきながら側の椅子に座り、彼女に毛布をかけてやる。
そして柳宿の泣きはらして赤くなった瞼を、気付かれないようにそっと撫でた。
(辛かった…んやな)
心の中では誰よりも柳宿の気持ちを理解した翼宿は思わず胸が痛くなり、その痛みが消えるまで暫く彼女の寝顔を見つめていた。
様子を見に来た昴宿が、扉の外でそっとその光景を見守っていた事も知らずに―――
天文に抱きしめられたまま、柳宿は硬直している。
「離して」とも言えない。信頼していた作曲家の相棒なのだ。
相変わらず抵抗せず茫然自失する彼女を引き離し、天文は低い声で尋ねる。
「続けて…いいんだな?」
その言葉に体がびくつく柳宿に構わず、そっと首筋に吐息がかかる。
「ちょっと…てんぶ…」
「明日から、やっと休暇だな~」
そこに突然聞こえてきたディレクター二人組の声に、二人は体を離す。
「お疲れっす~」
「お、お疲れ様です…」
柳宿が答える横で、天文は依然俯いたまま。足音が遠ざかると、彼はぽつりと呟く。
「俺、本気だから…」
「……………………」
「もう、踏ん切りつかねえんだよ。一緒に仕事した日から…」
「あの…」
「返事、待ってるから」
天文は、静かに階段を降りていった。
腕の力強さと、強引な口付け。
決して純粋にぶつけられた訳ではない、それでいて奪われるようなそんな感覚。
柳宿は自分の肩をぎゅっと握りしめ、そのまま地に座り込んだ。
ドルンドルン
「………………」
「おい」
「……えっ?」
「えっ?やないやろ。お前の家、ここじゃないんかい」
いつもの別れ場所の柳宿の自宅前に着いたというのに、彼女はバイクの後ろから降りようとしない。
持っていった新曲に茶々でも入れられたのかと翼宿が首を傾げていると、柳宿が改めて翼宿の腰に捕まる腕の力を強めた。
「………おい、黙ってちゃ分からん」
しかしその腕が小刻みに震えている事に、ようやく気付く。
「は…?何、泣いて…」
「天文に…告白…された…」
その言葉に今度頭が真っ白になったのは、翼宿の方だった。
「おいおい…下手な冗談よせや」
「何で、自宅前でこんな冗談言わなきゃなんないのよ!」
天文はとうとう行動に出たのだと、翼宿は思った。
柳宿の好きな奴が天文かもしれないという可能性はまだ捨てきれていなかったが、その震えは明らかに喜んでいるものではない。
「何か、他にされたんか…?」
「…………っ」
「柳宿」
自分の腰を押さえつけられている為、後ろの彼女の本当の気持ちを確認する事が出来ない。
暫くその状態で次の言葉を待つ事しか出来ず、翼宿はバイクのエンジンを切る。
「どうしよう…」
「………何が?」
「仕事もあるし…下手に断ったら傷付けるし…どんな顔してあいつに会えば…」
「…………柳宿」
「ああ~もうっ!!!」
「………は?」
「たまの慰労会、今夜!!」
突然、何かが弾けた柳宿に、翼宿はなぜか悪寒を感じた。
「あたし、もう我慢できない」
「おいおい、何を…」
「今日だけ、解禁して!!」
そう。解禁する事。それは、柳宿の「飲酒」だ。
否定しようにもどんどん絞まる腰の重みに、翼宿は抵抗出来なかった…
「ぶっ!!マジかよ!柳宿!?」
慰労会という事で最初はとても喜んでいた鬼宿だったが、柳宿の気迫となぜか解禁されている飲酒に戸惑い何があったか尋ねるととんでもない答えが返ってきた。
「もう、大マジよ!!あたし、どうすればいいのか…!」
「おい、柳宿。その辺にしとけや」
既に酒の量は彼女の許容範囲をゆうに超えているが、柳宿は涙ぐみながら出される酒に手を出していく。
「おい、親父。もうストップや。こいつ、死ぬ」
「そうは言ってもなあ~翼宿…」
「奎宿さん!もっともっと、強いお酒~!」
「出し続けないと、暴れまわりそうで…」
「柳宿!お前、ええ加減にせえ!」
翼宿は次々と酒を注文して奎宿を困らせている柳宿を、ピシャリと叱る。
すると子供のように黙り、すっかり俯いてしまった。
「ま、まあまあ…もう酒は出せねえけど、話ならいくらでも聞くから、な?柳宿」
「まあ仕事に支障出るからな、こいつが悩むのも無理はないねんけど…」
「こればっかりは、俺らが横入りする訳にはいかねえからな~」
ほとほと困り果てる男性陣を見て、柳宿は深くため息をついた。
「ごめんね。あたしが女だから、余計なお荷物持ってきちゃうんだよね」
「んな事ねえよ!柳宿が困るの分かってて行動した、天文が大人げないんだよ…それに誰かに好かれてるって事実は、自信にしていいと思うぞ?な、翼宿?」
「あ、ああ…」
天文の起爆剤になったのは先日の件があったからなのではないかと勘ぐっていた翼宿は、あまり強く出られない。
「とにかく、一晩頭冷やせよ!横入りは出来ないけど、仕事の風紀乱すようなら俺らも黙っちゃいないって!」
相変わらず頼りがいのある言葉をかけてくれる鬼宿に、柳宿は強く感謝する。
だが一番気にかけてほしい人は、あまり声をかけてくれない。
「翼宿は…どう、思ったの?」
「えっ…?」
「帰り道で打ち明けた時も、何も言ってくれなかったじゃない…」
「………それは」
「おいおい、柳宿?女心にはちょっと疎い翼宿くんだから、そこは勘弁してやれよ?」
翼宿のフォローと柳宿の暴走阻止の為に、鬼宿はどぎまぎしながら間に入る。
「だって…ずるいよ、そんなの~!」
すると業を煮やした柳宿は、いきなり翼宿の首に腕を絡めて抱きついた。
「だあーーーー!柳宿!!」
「鬼宿、うるせえ!!」
びっくりしたのは翼宿より、寧ろ鬼宿。そして、そんな鬼宿を奎宿がグーで殴る。
「翼宿…どうにかしてよ~…あたし、どうしたらいいの………?」
泣きじゃくる柳宿の姿に翼宿はふうとため息をつくと、そんな彼女を体ごと抱え上げる。
「えっ、翼宿?」
「親父。部屋、貸してくれや。今夜は、家に返せん」
「やっぱり、お前の読み通りだったな。用意しておいたよ、使え」
奎宿は苦笑いしながら、上の階を指差す。
「ちょっと、行ってくるわ」
「あ、ああ…」
横で大騒ぎしている男子を差し置いてこんな時も冷静に対応する翼宿の背中を、鬼宿と奎宿はため息をつきながら眺めていた。
「っく…うっ…」
自分の胸で泣き続ける柳宿に、翼宿は依然声をかけてやれない。
居酒屋の上の部屋の扉を背中で開けると、彼女をそっと寝台におろした。
しかし、柳宿は翼宿の首にかけた腕をほどこうとしない。
「~~~っ」
「………ガキか、お前は!お前の気持ちは分かるけど、自分自身の問題やろ。たまが言ってた通り、お前自身が考えて答え出すしかないんや。それ以上何かしようもんなら、そん時は俺らが…」
「キス…されたんだ」
翼宿の説教は、ぽつりと呟いた言葉に遮られる。
「えっ…?」
「無理矢理…」
柳宿の瞳からは、依然止めどなく涙が溢れている。
「久々だったけど、あんなキスもあるんだね。男の人って怖いって、天文って怖いって、初めて感じた。今まで一緒に楽しく仕事してきた人が、突然別人になるような事ってあるんだ…」
「…………柳宿。もう、ええ」
「あたしが身の程知らずだったのかもしれないし、信じすぎてたのかもね。そういえば、昔から思わせ振りってよく言われてたもんなあ…」
「柳宿!」
柳宿はそっと腕の力を緩め、翼宿の顔を見上げる。
「ねえ…キスして…」
「っっ…!」
「翼宿なら、いいよ…かっこいいし、ホントは優しいトコもたくさんあるし、あたしを大事にしてくれるし…翼宿なら、信じられるよ…ねえ、忘れさせて………?」
酔いのせいで、柳宿らしくない安っぽい言葉が並べられる。
「………柳宿」
柳宿は、翼宿の唇に半ば強引に自分の唇を近づけていく―――
が、その動きは翼宿が彼女の額をペチッと制した事で止まった。
「~~~っ」
「お遊びは、そこまでにしとけ」
トサリと柳宿の体を寝台に横たえた翼宿は、乱れた衣服を整えて立ち上がった。
「翼宿…」
「もっと自分を大事にしろ、アホ」
その言葉に柳宿はなぜか安心したように、微笑む。
「あんたは…偉いね。そうだよね…あたし…あたしは、そんなあんた…だから…」
そのまま、柳宿は眠ってしまった。
どうにか柳宿の暴走を止めた翼宿は深くため息をつきながら側の椅子に座り、彼女に毛布をかけてやる。
そして柳宿の泣きはらして赤くなった瞼を、気付かれないようにそっと撫でた。
(辛かった…んやな)
心の中では誰よりも柳宿の気持ちを理解した翼宿は思わず胸が痛くなり、その痛みが消えるまで暫く彼女の寝顔を見つめていた。
様子を見に来た昴宿が、扉の外でそっとその光景を見守っていた事も知らずに―――