空翔けるうた~02~

日曜日―――
「美朱。今日もあいつら休暇取ってるけど、ホントに柳宿の奴事務所に来てるのか?」
「うん。そういうメッセージが来たから…ごめんね、お兄ちゃん。無理言って…」
「いいんだよ、お兄ちゃんは暇だし。毎日仕事残して帰るもんだから、休日出勤なんてお手の物なんだよ…」
「ははは…」
自分の独り身と要領の悪さを嘆く兄の姿に苦笑いし、美朱は車を降りた。

スタジオを訪れるが、中からは物音ひとつ聞こえない。
まだ来てないのかな?と、そっと扉の窓から中を覗く。すると。
バシャーーーン
ドコドコドコドコドコッ!
中から響いてきたのは、ドラムを思いきり叩く音。
そこには、鬼宿が一人ドラムを叩く姿があった。
(鬼宿さん…!)
彼以外にメンバーの姿は見当たらず、どうやら個人練習をしているようだった。
彼が一人でドラムと向き合っている姿を間近で見られ、美朱の胸は高鳴る。
(かっこいいなあ。あんな人が彼氏だったら、どんなにいいだろう…)
そこまで考えて、美朱はブンブンと首を振る。
その間に一曲叩き終わった鬼宿が鞄からタオルを取り出そうとすると、扉の向こうに美朱がいるのに気付く。
「美朱ちゃん…?」
「あっ!お疲れさまです!すみません、練習の邪魔して…」
「いや、俺は大丈夫だよ。そんなトコいないで、入りなよ!」
鬼宿は、嬉しそうに美朱を中へ招き入れる。
「あの…柳宿先輩は…?」
「えっ?柳宿と約束してたのか?俺、美朱ちゃんが悩んでるみたいだから、今日スタジオに来て話聞いてあげてくれってあいつに言われて…」
「えっ!?」
そこまで聞いて柳宿にハメられた事に、美朱は初めて気付いた。
(柳宿先輩…そんなあ…)
そんな自分を、鬼宿が優しく見つめてくる。
「あああの!ご心配おかけして、すみません!!わたし、そんな深刻には…」
「でも…悩んでるんでしょ?」
「あ…」
「俺でよければ、話聞くよ。どこまで力になれるか、分からないけど…」
窓際のソファに誘われ、美朱は素直に座った。
「その…あんまり体調よくないって聞いてたから、もしかしたらその事かなって」
「鬼宿さん…」
言い出しづらいだろうと配慮をして鬼宿から話を切り出してくれた事で、美朱は緊張の糸が解れたような気がした。
「毎日毎日、不安なんです。学校にもあんまり行けてなくて友達に気遣わせるのも悪いし、この先わたしはどうなっちゃうんだろう?いつまで生きられるのかなとまで考えちゃったりして…こんな弱気じゃますます病気はよくならないって、分かってるんですけど」
打ち明ける病人の本音を、鬼宿は顎に手をあてて聞いてくれている。
「あっ!でも、ホントそれだけなんです!こんな重い話…ただの愚痴なので、鬼宿さんがそんな真剣に受け止める話じゃ…」
「いや、分かるよ」
「えっ?」
「俺もさ。昔は体が弱くて、学校休みがちだったんだ」
「鬼宿さんが?」
「そう。そのせいで、いじめみたいなものに遭ってた時期もあった」
「………………」
「もう抜け出せないのかなって思ってた時に、親父が励ましてくれたんだ。泣きながらでも弱音を吐きながらでも、進み続ける事が大切なんだって。その言葉信じたら目の前がぱっと開けて、何もかも上手くいくようになった。結果的に、こんな俺でも今は一応仕事出来てるしさ。
美朱ちゃんも今は辛いしたくさん弱音吐きたくなる時もあるだろうけど、それを認めて生きてく事も大切なんだと思うよ」
明るく優しく空翔宿星を支え続けてきたドラマーにも、やはり上手くいかない時期はあった。
そんな彼に励まされると、自分の未来も明るいものになるのかと不思議とそう思わされる。
そんな感情が溢れた時に、溢れるのは涙で―――
「みっ、美朱ちゃん!?ごめん、俺、何かまずい事…」
「違います。そんな優しい事…言ってくれる人、初めてで…」
鬼宿は微笑むと、俯く美朱の頭をそっと撫でた。
「恩返しって訳じゃないけどさ。これからも、俺でよければ話聞くよ。お兄さんも忙しいだろうし、俺が美朱ちゃんのお兄さん代わりになれれば…って思ってる」
「鬼宿さん…」
夢のようだった。ずっと遠くに感じていた鬼宿が、今はこんなに近くにいる。
「ありがとうございます…」
「………どっかさ。行きたいトコとかない?」
「えっ?」
「来週まで、休暇なんだ。意外と暇なもんでさ!メンバーとも、ワイワイ遊ぶ間柄って訳じゃないし…美朱ちゃんの気晴らしもかねて、どこか行かないか?………って、これってナンパ…かな?」
デートに誘ってくれてる事に気付いた美朱は、思わず身を乗り出す。
「行きます!!鬼宿さんがよければ、わたしはどこでも!」
「そ…っか、よかった!俺はどこでもいいよ、美朱ちゃんが行きたいトコなら!」
「あの………行きたいトコ…あります。でも…こんなのいいのかな…」
「いいよ、言ってごらん?」
「………遊園地」
「えっ?」
「あ、ごめんなさい!そんな子供じみたトコ、鬼宿さんは嫌いですよね!だけど病気になってから、ずっと行ってなかったので…」
「いいじゃん!遊園地!俺も、大好きだよ!」
「そっ…そうなんですか…?」
「じゃあ、約束ね!楽しみだな♪」
鬼宿の笑顔と、彼との約束。それは、美朱に明日を生きる大きな希望を与えた。


「デートっ………!?」
「………は?」
翌日、被災地に送る楽曲の再調整をと、翼宿と柳宿は事務所に来ていた。
夕城プロとの打ち合わせを終えて談笑していた時に受信したメールを確認し、柳宿は思わずその内容に立ち上がった。
美朱が鬼宿とデートをする―――柳宿の作戦は、大成功となったのだ。
一人ガッツポーズをする柳宿の手前、彼女の兄は目の前で首を傾げている。
「柳宿。どうした?デートの誘いか?」
「あっ!違います!あたしじゃなくて…友達が!」
「ふーん。二十歳になっても、そんなのわざわざ報告するんだなぁ?」
「面倒やな、ホンマに」
「っるさいわね!女は、喜びを共有する生き物なのよ!」
どうやら、夕城プロは今回の件を知らないようで。迂闊に喋ってはいけないと、柳宿はそれ以上は口をつぐんだ。
それに鬼宿とだもの。お兄さんだって、喜んでくれるよね?
「そうだ。柳宿!これでGO出すから、制作に曲届けてきてくれ」
「あ、分かりました~」
「翼宿も、悪かったな。休暇中に」
「いや、晩年暇ですわ。また、いつでも」
「じゃ、翼宿は先にロビーで待ってて…」
帰り支度を始める翼宿に声をかけ、柳宿は制作室へと向かった。

コツコツコツ…
柳宿が制作室への階段を駆け下りていくのを確認すると、外で彼女を待っていた一人の男はその後ろ姿にそっと歩み寄る。
その手は、ゆっくりと彼女の肩にかかって…
「ひゃっ…!?」
驚いて身を離す柳宿は、見上げた人物の顔に安堵する。
「………何だ。天文じゃない…声くらい、かけてよ」
「今日も、仕事だったのか?」
「うん、曲の調整でね。でももう完成して、制作に届けたら終わりにするトコ!」
「そっか…」
「何か…あれからマトモに喋ってないけど、天文もお疲れさま!あんまり根詰めないで、あんたも休める時にしっかり休むのよ?」
手を振って、再び目的地に向かおうとする柳宿。
その肩をもう一度引き、壁に軽く押し付け。天文は奪いたかった彼女の唇に、今度こそ自分の唇を深く口付けた。
「――――っっ!!」
頭の中が真っ白になり、柳宿は抵抗を忘れてその身を天文に預けていた。
暫く重ねられていた唇をそっと離し、今度は柳宿を強く抱きしめる天文。
「てん……」

「好きなんだ…柳宿」

翼宿には、渡さない。
力尽くで、お前を手に入れる―――
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