空翔けるうた~01~
「翼宿!たま!お待たせ…」
舞台袖でリハーサルの順番を待っていた鬼宿と翼宿に、柳宿は声をかける。
「おお。柳宿!いよいよだな~♪あっ!今日、ライブ終わったらさ!三人で飲みに行こうぜ?最近、スタジオ三昧でろくに飲んでないからさ~」
「たま。それだけは、やめてくれ」
「なっ、何よ!翼宿~それ、どういう意味!?」
「お前は、飲むと色々面倒や」
いつも通り笑う柳宿だったが、翼宿はさっき聞いてしまった彼女と彼女の父親との会話を思い出す。
『約束通り、今日のライブで結論を出すからな。お前の将来の話…』
「なあ。柳宿…お前…」
「たっ、大変だあ!!!」
突然、スタッフの叫び声が、楽器置き場から聞こえてきた。
「何だ!どうした?」
「それが…出演者の楽器が…!」
その言葉に三人は顔を見合わせると、急いで楽器置き場へ向かった。
「な…んだよ。これ…」
楽器置き場の中。柳宿のキーボードが、めちゃめちゃに壊されていた。
「おい!誰か、見張ってなかったのか?」
「すみません、今日はいつもよりバンド数が多いから、みんな誘導に出払ってて…」
柳宿は呆然としながらキーボードの破片が散らばる床に、座り込む。
カツン………!
その時、胸ポケットに入れてあった父親の形見が弾みで滑り落ちた。
「くっそ…これじゃあ、リハ出来ないじゃねえか!それどころか、本番だって…」
鬼宿が悔しそうに頭をかきむしる傍ら、翼宿は近寄ってきたある人物に気付いた。
その人物は翼宿には目も暮れず、そのまま座り込んでいる柳宿の元へ…
「あれ?柳宿、どうしたの!?キーボード、壊れちゃったの?」
わざとらしく大声をあげながらその様子を覗き込んできたのは、玉麗だった。
「あーあ…酷いなあ。せっかく空翔宿星…楽しみにしてたのに~」
そして周りに気付かれない距離で、彼女は柳宿に耳打ちする。
「翼宿とバンドすると…こういう事になんのよ」
全ては玉麗の仕業だと柳宿もそして翼宿も気付いたが、何も言い返せない。
周りの時間が止まったように感じられる中で、柳宿はぼんやりと考えていた。
父親の厳しい目に続き、玉麗の嫌がらせ。自分はまた、ここにも必要とされていないのだという事を―――
「おい。しっかりせえ」
そんな自分の意識を引き戻したのは、翼宿の声。
再び隣を見ると玉麗の姿はなく、落としたボールペンを渡してくる翼宿がいた。
静かにそれを受け取ると、それまでシャットアウトしていた周りの声が聞こえてくる。
「どうするかなあ。うちに予備のキーボードはないし、最寄りのスタジオも隣町だからな…」
「今から取りに行ってたんじゃ、本番間に合わないですね…」
ただでさえ、需要が少ないキーボード。同じ出演者に、楽器を借りれそうなメンバーもいない。
スタッフが揃って考え込み、その場に沈黙が流れた。
「柳宿…とりあえず、控え室戻ろうぜ?な?」
鬼宿は、震える柳宿の肩に手を置く。
「たま…柳宿、頼むわ」
「えっ…?」
その言葉に振り返ると、翼宿はジャケットを羽織っていた。
「ちょ…翼宿!どこへ?」
「昔、世話になってた楽器屋、行ってきますわ…話つけられるかもしれん。出演順変更だけ、お願いします」
「おいおい…世話になった楽器屋ったって、この辺に楽器屋なんか…」
「たま!必ず、間に合わせる!」
「たっ、翼宿!!」
柳宿は慌てて立ち上がると、そんな翼宿の背中を呼び止める。
「もう…もう、いいよ…所詮、そういう運命だったんだよ。女のあたしは、このバンドには必要ない…キーボードなんかより、ギターの方がよっぽど…」
「黙れ…」
「えっ…?」
「黙って待ってろ、ボケ!!」
翼宿は柳宿を低い声で一喝すると、乱暴に裏口のドアを開けた。
「柳宿」
鬼宿にかけられた声に、振り向く。
「あいつは、お前にいてほしいんだよ。信じて、待とうぜ?な?」
その優しい言葉に、柳宿の涙が溢れた。
『本日の空翔宿星の出演ですが、諸事情により一番最後の演奏に変更となります…』
出演順変更のアナウンスが、ライブハウスに流れる。
「空翔宿星って、柳宿のバンドよね?」
「何か、あったのかな…?」
「ふん。どうせ、誰か怖じ気づいたんだろう。音楽のプロなど、女優を目指すより厳しいんだぞ」
「あなた…」
呂候と柳宿の母親が心配する横で、父親は相変わらず毒づきながらカウンターの椅子に寄りかかっていた。
「鳳綺。ごめんね?わたし、最後まではいられそうにないわ。明日、朝一で試験があるの…」
「そうなのね。分かったわ…わたしが、最後まで残るから」
そんな彼等から少し離れたところで見守る観客は、柳宿の親友だった。
何があっても親友の晴れの舞台を見届けるのが、自分の役目。
(柳宿………負けちゃダメよ)
なぜか胸騒ぎを覚えた鳳綺は、心の中で柳宿に向かってそう念じた。
控え室に響くのは、先のバンドが奏でている音楽の重低音と時計の秒針の音。
鬼宿と柳宿は、もう随分と翼宿が帰るのを待っていた。
最後の出番まで、残り30分。
「どこまで、行ったんだろうな…あいつ」
「うん…」
武器を取り上げられた柳宿の手には、一本のボールペンが握られているだけ。
すると鬼宿は、すっかり意気消沈してしまった柳宿にある言葉をかけた。
「なあ。柳宿?もっと、翼宿を頼ってやれよ」
「えっ…?」
「あいつ、お前の事よく気にかけてるんだぜ?女をバンドに入れる事自体あいつにとっては腹括る出来事だったんだから、お前の事には責任持ってるんだと思う…俺も自信なくてついつい翼宿の事頼っちまうけど、呼び止めればお前の話だってちゃんと聞いてくれるから」
それは、今回の件を翼宿に相談出来なかった事について。
器用で淡々と事を進めていく翼宿にマイナスな言葉をかけるのを躊躇する気持ちは、鬼宿にだって分かる。
だけど、柳宿は女だ。自分達男よりも、ずっと立場は弱い。
そんな時に大きく構えている翼宿に支えてもらえる事は、彼を慕っている柳宿にとっても心強い筈だ。
だが、彼女からはやはり予想通りの言葉が返ってくる。
「………でも、あいつの目はずっと未来を見ていて…そんな翼宿に後ろ向きな事言っちゃいけない気がしてたの。だから…」
「………相変わらずのネガティブぶりやな」
その言葉を遮る声が聞こえ、二人は振り返る。
入口には、キーボードバッグを背負いながら肩で息をしている翼宿の姿があった。
「翼宿…!お前、どこまで…!?よく、間に合ったな!?」
「白虎町の楽器屋…そこで、話つけてきたわ」
「白虎町って…!!あんなトコ、高速使わなきゃ行けないだろ…」
翼宿は慌てる鬼宿を尻目に、柳宿にずいとキーボードバッグを差し出す。
「翼宿…」
「弾け…柳宿」
そこで空気を読んだ鬼宿は「そろそろ、スティック磨かないとな~」と呟きながら、外へ出ていった。
柳宿は、改めて今日父親が会場に来ている事を翼宿に話した。
彼は、黙って煙草を吹かしながらその話を聞く。
「…ごめんね、気悪くしたよね。黙ってた事…」
「………いや。忙しくして話しかけづらくしてた俺も俺や」
変わらず掌にあるボールペンを握り締めながら、柳宿は続ける。
「それにね。さっきの悪戯は、あんたのファンがあたしを妬んでやったみたい…まあ、仕方ないっていえば仕方ないか」
「…………………」
「もしかしたら続けられなくなるかもしれないけど、それでもあたしは精一杯やるからね」
まだ少しの不安が柳宿を締めつけているのが、翼宿にも伝わった。
しばらくすると、翼宿はため息をつきながら煙草の火を消す。
「女っちゅーんは、ホンマ面倒やなあ
………来い」
「えっ…?」
そう呟いた翼宿は柳宿の隣に座るとその肩を引き寄せ、ポンポンと叩き始める。
「翼宿…」
「柳宿。女メンバーやからとかキーボードやからとか、この先続けられるんかどうかとかそんなん関係あらへん。俺らは、今、お前の音色が必要なんや。だから、もっと自信持て。とりあえず、今日を成功させる。ええな?」
「うん…」
「天国の親父さんにも、聴かせるんやろ?」
「………うん………」
「アホ…泣くな。顔、腫れるやろ」
優しい言の葉が鼓膜を震わせていると思った時には、堪えていた涙が止まらなかった。
少しだけ彼の優しさに甘えて、その胸に顔を埋める。
誰かに支えてもらえていると感じられる、優しくて暖かい時間。
しかし、それも長くは続かない。
コンコン
「翼宿!行けるか?スタンバイだ」
部屋を訪れたのは、出番を知らせに来た店長だった。
後ろには、優しく微笑む鬼宿も立っている。
「おい!二人とも!円陣、組もうぜ!円陣♪」
「お前は、また餓鬼みたい事を…」
その呼び掛けに体を離した翼宿は、何事もなかったかのように立ち上がった。
そして慌てて目を擦りながら遅れて立ち上がる柳宿の前に、二つの手が差し伸べられる。
「柳宿!来いよ♪」
「モタモタすんなや」
そんな二人の姿に心が暖かくなり、両手で握り締めていたボールペンを思わずぐっと握り直した。
ーーーねえ。お父さん?
あたし、今でもお父さんのために弾きたい気持ちは変わらないよ。
だけどね。今日、お父さん以外の人達のために弾きたいって、初めて思えたの。
鬼宿と翼宿。
例えこの先の未来が分からなくても、今日は三人のために精一杯弾くからね………?
心の中でそう念じた後で、柳宿は二人に満面の笑顔を向けた。
ボールペンをポケットに閉まって空いた掌は、それぞれの手をしっかりと握る。
「よおおおし!!空翔宿星!!行くぞおおおお!!」
空翔宿星のライブが始まる―――
夢の架け橋が、ここから始まる…
舞台袖でリハーサルの順番を待っていた鬼宿と翼宿に、柳宿は声をかける。
「おお。柳宿!いよいよだな~♪あっ!今日、ライブ終わったらさ!三人で飲みに行こうぜ?最近、スタジオ三昧でろくに飲んでないからさ~」
「たま。それだけは、やめてくれ」
「なっ、何よ!翼宿~それ、どういう意味!?」
「お前は、飲むと色々面倒や」
いつも通り笑う柳宿だったが、翼宿はさっき聞いてしまった彼女と彼女の父親との会話を思い出す。
『約束通り、今日のライブで結論を出すからな。お前の将来の話…』
「なあ。柳宿…お前…」
「たっ、大変だあ!!!」
突然、スタッフの叫び声が、楽器置き場から聞こえてきた。
「何だ!どうした?」
「それが…出演者の楽器が…!」
その言葉に三人は顔を見合わせると、急いで楽器置き場へ向かった。
「な…んだよ。これ…」
楽器置き場の中。柳宿のキーボードが、めちゃめちゃに壊されていた。
「おい!誰か、見張ってなかったのか?」
「すみません、今日はいつもよりバンド数が多いから、みんな誘導に出払ってて…」
柳宿は呆然としながらキーボードの破片が散らばる床に、座り込む。
カツン………!
その時、胸ポケットに入れてあった父親の形見が弾みで滑り落ちた。
「くっそ…これじゃあ、リハ出来ないじゃねえか!それどころか、本番だって…」
鬼宿が悔しそうに頭をかきむしる傍ら、翼宿は近寄ってきたある人物に気付いた。
その人物は翼宿には目も暮れず、そのまま座り込んでいる柳宿の元へ…
「あれ?柳宿、どうしたの!?キーボード、壊れちゃったの?」
わざとらしく大声をあげながらその様子を覗き込んできたのは、玉麗だった。
「あーあ…酷いなあ。せっかく空翔宿星…楽しみにしてたのに~」
そして周りに気付かれない距離で、彼女は柳宿に耳打ちする。
「翼宿とバンドすると…こういう事になんのよ」
全ては玉麗の仕業だと柳宿もそして翼宿も気付いたが、何も言い返せない。
周りの時間が止まったように感じられる中で、柳宿はぼんやりと考えていた。
父親の厳しい目に続き、玉麗の嫌がらせ。自分はまた、ここにも必要とされていないのだという事を―――
「おい。しっかりせえ」
そんな自分の意識を引き戻したのは、翼宿の声。
再び隣を見ると玉麗の姿はなく、落としたボールペンを渡してくる翼宿がいた。
静かにそれを受け取ると、それまでシャットアウトしていた周りの声が聞こえてくる。
「どうするかなあ。うちに予備のキーボードはないし、最寄りのスタジオも隣町だからな…」
「今から取りに行ってたんじゃ、本番間に合わないですね…」
ただでさえ、需要が少ないキーボード。同じ出演者に、楽器を借りれそうなメンバーもいない。
スタッフが揃って考え込み、その場に沈黙が流れた。
「柳宿…とりあえず、控え室戻ろうぜ?な?」
鬼宿は、震える柳宿の肩に手を置く。
「たま…柳宿、頼むわ」
「えっ…?」
その言葉に振り返ると、翼宿はジャケットを羽織っていた。
「ちょ…翼宿!どこへ?」
「昔、世話になってた楽器屋、行ってきますわ…話つけられるかもしれん。出演順変更だけ、お願いします」
「おいおい…世話になった楽器屋ったって、この辺に楽器屋なんか…」
「たま!必ず、間に合わせる!」
「たっ、翼宿!!」
柳宿は慌てて立ち上がると、そんな翼宿の背中を呼び止める。
「もう…もう、いいよ…所詮、そういう運命だったんだよ。女のあたしは、このバンドには必要ない…キーボードなんかより、ギターの方がよっぽど…」
「黙れ…」
「えっ…?」
「黙って待ってろ、ボケ!!」
翼宿は柳宿を低い声で一喝すると、乱暴に裏口のドアを開けた。
「柳宿」
鬼宿にかけられた声に、振り向く。
「あいつは、お前にいてほしいんだよ。信じて、待とうぜ?な?」
その優しい言葉に、柳宿の涙が溢れた。
『本日の空翔宿星の出演ですが、諸事情により一番最後の演奏に変更となります…』
出演順変更のアナウンスが、ライブハウスに流れる。
「空翔宿星って、柳宿のバンドよね?」
「何か、あったのかな…?」
「ふん。どうせ、誰か怖じ気づいたんだろう。音楽のプロなど、女優を目指すより厳しいんだぞ」
「あなた…」
呂候と柳宿の母親が心配する横で、父親は相変わらず毒づきながらカウンターの椅子に寄りかかっていた。
「鳳綺。ごめんね?わたし、最後まではいられそうにないわ。明日、朝一で試験があるの…」
「そうなのね。分かったわ…わたしが、最後まで残るから」
そんな彼等から少し離れたところで見守る観客は、柳宿の親友だった。
何があっても親友の晴れの舞台を見届けるのが、自分の役目。
(柳宿………負けちゃダメよ)
なぜか胸騒ぎを覚えた鳳綺は、心の中で柳宿に向かってそう念じた。
控え室に響くのは、先のバンドが奏でている音楽の重低音と時計の秒針の音。
鬼宿と柳宿は、もう随分と翼宿が帰るのを待っていた。
最後の出番まで、残り30分。
「どこまで、行ったんだろうな…あいつ」
「うん…」
武器を取り上げられた柳宿の手には、一本のボールペンが握られているだけ。
すると鬼宿は、すっかり意気消沈してしまった柳宿にある言葉をかけた。
「なあ。柳宿?もっと、翼宿を頼ってやれよ」
「えっ…?」
「あいつ、お前の事よく気にかけてるんだぜ?女をバンドに入れる事自体あいつにとっては腹括る出来事だったんだから、お前の事には責任持ってるんだと思う…俺も自信なくてついつい翼宿の事頼っちまうけど、呼び止めればお前の話だってちゃんと聞いてくれるから」
それは、今回の件を翼宿に相談出来なかった事について。
器用で淡々と事を進めていく翼宿にマイナスな言葉をかけるのを躊躇する気持ちは、鬼宿にだって分かる。
だけど、柳宿は女だ。自分達男よりも、ずっと立場は弱い。
そんな時に大きく構えている翼宿に支えてもらえる事は、彼を慕っている柳宿にとっても心強い筈だ。
だが、彼女からはやはり予想通りの言葉が返ってくる。
「………でも、あいつの目はずっと未来を見ていて…そんな翼宿に後ろ向きな事言っちゃいけない気がしてたの。だから…」
「………相変わらずのネガティブぶりやな」
その言葉を遮る声が聞こえ、二人は振り返る。
入口には、キーボードバッグを背負いながら肩で息をしている翼宿の姿があった。
「翼宿…!お前、どこまで…!?よく、間に合ったな!?」
「白虎町の楽器屋…そこで、話つけてきたわ」
「白虎町って…!!あんなトコ、高速使わなきゃ行けないだろ…」
翼宿は慌てる鬼宿を尻目に、柳宿にずいとキーボードバッグを差し出す。
「翼宿…」
「弾け…柳宿」
そこで空気を読んだ鬼宿は「そろそろ、スティック磨かないとな~」と呟きながら、外へ出ていった。
柳宿は、改めて今日父親が会場に来ている事を翼宿に話した。
彼は、黙って煙草を吹かしながらその話を聞く。
「…ごめんね、気悪くしたよね。黙ってた事…」
「………いや。忙しくして話しかけづらくしてた俺も俺や」
変わらず掌にあるボールペンを握り締めながら、柳宿は続ける。
「それにね。さっきの悪戯は、あんたのファンがあたしを妬んでやったみたい…まあ、仕方ないっていえば仕方ないか」
「…………………」
「もしかしたら続けられなくなるかもしれないけど、それでもあたしは精一杯やるからね」
まだ少しの不安が柳宿を締めつけているのが、翼宿にも伝わった。
しばらくすると、翼宿はため息をつきながら煙草の火を消す。
「女っちゅーんは、ホンマ面倒やなあ
………来い」
「えっ…?」
そう呟いた翼宿は柳宿の隣に座るとその肩を引き寄せ、ポンポンと叩き始める。
「翼宿…」
「柳宿。女メンバーやからとかキーボードやからとか、この先続けられるんかどうかとかそんなん関係あらへん。俺らは、今、お前の音色が必要なんや。だから、もっと自信持て。とりあえず、今日を成功させる。ええな?」
「うん…」
「天国の親父さんにも、聴かせるんやろ?」
「………うん………」
「アホ…泣くな。顔、腫れるやろ」
優しい言の葉が鼓膜を震わせていると思った時には、堪えていた涙が止まらなかった。
少しだけ彼の優しさに甘えて、その胸に顔を埋める。
誰かに支えてもらえていると感じられる、優しくて暖かい時間。
しかし、それも長くは続かない。
コンコン
「翼宿!行けるか?スタンバイだ」
部屋を訪れたのは、出番を知らせに来た店長だった。
後ろには、優しく微笑む鬼宿も立っている。
「おい!二人とも!円陣、組もうぜ!円陣♪」
「お前は、また餓鬼みたい事を…」
その呼び掛けに体を離した翼宿は、何事もなかったかのように立ち上がった。
そして慌てて目を擦りながら遅れて立ち上がる柳宿の前に、二つの手が差し伸べられる。
「柳宿!来いよ♪」
「モタモタすんなや」
そんな二人の姿に心が暖かくなり、両手で握り締めていたボールペンを思わずぐっと握り直した。
ーーーねえ。お父さん?
あたし、今でもお父さんのために弾きたい気持ちは変わらないよ。
だけどね。今日、お父さん以外の人達のために弾きたいって、初めて思えたの。
鬼宿と翼宿。
例えこの先の未来が分からなくても、今日は三人のために精一杯弾くからね………?
心の中でそう念じた後で、柳宿は二人に満面の笑顔を向けた。
ボールペンをポケットに閉まって空いた掌は、それぞれの手をしっかりと握る。
「よおおおし!!空翔宿星!!行くぞおおおお!!」
空翔宿星のライブが始まる―――
夢の架け橋が、ここから始まる…