空翔けるうた~01~

「翼宿…ここのパート、迷ってるの。この音とこの音、どっちがいいかな…?」
「………こっちやろ。そうやないと、音が狂う…」
「ああ~っ!もっと魂に来る入り方、ねえかなあ!?」

11月3日のライブに向けて、空翔宿星は作曲活動の真っ最中。
最初から息がピッタリという訳でもなく、ときには意見がぶつかる事もあった。
それでも三人は同じ目標を見据えて、ただひたすらにひとつの合作を完成させる事に奔走していた。
しかし、一方で柳宿は迷っていた。
「あの事」を、二人に言うべきなのか…?

「何や、お前?随分、渋いの使ってるんやな」
そんな事を考えながら譜面に書き込みをしていた時、隣の翼宿が声をかけてきた。
指し示したのは、自分が使っている古びたボールペンだ。
「あ…これ、お父さんの遺品なの。あたしに作曲の仕方を教えてくれた時に、いつも使ってたんだ。これだけは絶対に手放せなくて、芯を替えて使ってるの」
「………そっか」
見上げると、そこには翼宿の優しい笑顔がある。
本当は、話を聞いてほしい。今なら、言えるだろうか…?
「ん?」
「あの…翼宿」
「翼宿ー!ちょっと、こっちも見てくれ~」
そんなやりとりを遮ったのは、鬼宿の唸るような声だった。
翼宿はため息をつきながら、ドラムセットへ向かう。
「ったく。お前は…一曲通しで、作曲も出来へんのか~?」
「だって出来てからお前にスパルタされたら、俺のメンタル耐えられねえよ~」
見事に間が悪く、そのまま話は流れてしまった。
彼の後ろ姿を眺めながら、柳宿はあの日の言葉を思い出す。

『何かあったら、すぐ連絡せえ。ええな?』

あの日はそう言ってくれたけど、忙しそうだしペース乱しちゃいけないか………

今度のライブに向けて一番に頑張っているのは、自分達のフォローに勤しんでいる翼宿だ。
余計な心配をかけて、モチベーションを下げてはいけない。
柳宿は喉につっかえる何かを飲み込むと、再び譜面に視線を戻した。


「っだーーー!終わったあ!!いよいよ、ライブは明日かあ~」
午前0時。予定より二時間延長したスタジオ練習は、やっと終わりを迎えた。
翼宿は最後の打ち合わせにとまた店長と別室に出ていて、休憩所には鬼宿と柳宿の二人だけになっていた。
「よく働くよな、翼宿の奴!俺なんか名ばかりのリーダーで、実際よく働いてくれるのはやっぱりあいつだな~」
「まああたし達より遥かに現役だから、最初は甘えたっていいんじゃないかな」
そんなやりとりに笑いながら、二人は缶コーヒーの栓を開ける。
「でも!柳宿、やっぱりセンスあるじゃん♪音楽やってきたのはこの中でお前が一番長いんだから、明日は自信持って弾けよ!」
「う…ん…そうだね…」
しかしかけられたこの言葉に、柳宿はため息をつきながら瞳を伏せた。
「ん?何か、あったのか…?」
翼宿より、まだ余裕がある鬼宿には話せそうだ。柳宿は、おずおずと口を開く。
「………明日、両親と兄貴が来るんだ」
「えっ!?」
「ごめん、黙ってて…でもリーダーのあんたには、やっぱり言っといた方がいいよね………あたしがこのバンドに残れるかどうかは、明日のライブにかかってるの…」
「柳宿…」
これからもずっと一緒に演奏出来ると思っていた鬼宿は、唖然とする。
「でも!たまは、いつも通り明るくやってね?オーディション気分でやるのは、あたしだけで十分だから!」
「だけど…柳宿。その事、翼宿には…?」
今の翼宿には言えない…と、黙って首を振る柳宿の瞳が鬼宿にそう訴えた。
「柳宿…」
「明日!頑張ろうね♪」
柳宿はそう笑うと、缶コーヒーを一気に飲み干した。



「空翔宿星」
11月3日。SUZAKU HOUSEの掲示板の今日の出演者の欄には、そのバンド名も載っている。
「お疲れさまでーす」
ライブハウスには出演者が順々に集まり、出演順にリハーサルが進んでいく。
鬼宿と翼宿も一足早く会場に着いており、打ち合わせを済ませて表の休憩所で一服しているところだった。
「ライブハウス、久々だなあ~俺ら金ないバンドだから、先輩の卒業ライブくらいでしか使った事なかったんだよな!腕が鳴るぜ♪」
「お前、興奮しすぎや」
「にしても、柳宿の奴、ちゃんと来れるかな?ああいう奴って、緊張して道に迷っちゃいそうだよな~」
「そこら辺、見てくるか。打ち合わせで早かったから、迎えに行けへんかったし」
「お…おお。頼む」
あんなに女嫌いだと言っていたのに甲斐甲斐しく柳宿の世話をする翼宿の姿を、鬼宿は意外に感じた。
やはりこんなに彼女を気にかけている翼宿にも、昨日、柳宿から聞いた事を言うべきではないのだろうか?
鬼宿が、口を開きかけた時…
「空翔宿星の代表者の方、いらっしゃいますか~?」
休憩所から少し離れた階段から、スタッフの呼び声が聞こえた。
「あっ!は~い!………じゃあ、そっちは頼んだ!俺は、こっちを…」
「ああ。分かった」
休憩所に一人残された翼宿も灰皿に煙草を押し込んで立ち上がろうとした、その時。

「翼宿………さん?」

背後から声をかけられて振り向くと、髪の毛をロール状に巻いた派手な格好の少女が立っていた。
見覚えがないその姿に首を傾げていると、彼女は瞳を輝かせながら駆け寄ってきた。
「あの…あたし、玉麗といいます!今日の対バンのPumkish Girlsのギターボーカルです!」
「ああ…よろしくお願いします」
「あの…わたし、実は翼宿さんの大ファンで!FIRE BLESSのライブも、欠かさず見に行ってたんです!」
「あー…それは、どうも」
そこまで聞いた翼宿は何か嫌な予感がして、思わず身を竦める。
早くこの場を去りたいと、一言声をかけて立ち去ろうとした時。
「新しいバンド、レギュラーのギターが不在だと聞きました!もしよければ、わたしを使ってくれませんか!?これでも、中学時代からギターはかじってるんです!」
案の定、彼女の口から志願の言葉が飛び出し、翼宿は顔を歪めた。
そして、正直、彼女を一目見た瞬間に生理的に受け付けないと悟った自分の返答は、決まっていた。
「………、………すまんけど、女は間に合ってるんや」
本当はもっといい返答があるだろうに女に対する気遣いなど吐き気がする翼宿は上手く言葉をオブラートに包む事が出来ず、正直な言葉を返してしまった。
自分には柳宿がいれば十分だと…そう取られたかもしれない。
この言葉で相手の表情が曇ったのが分かったが、そのまま軽く会釈をすると翼宿はその場を離れた。
Plllll…Plllll…
残された玉麗の携帯が鳴り、彼女はそれを取る。
『あ。玉麗?言われた通り楽器置き場に来たんだけど、ホントにやっていいの?』
バンドのメンバーからの電話に、玉麗は悪魔のような形相で答える。

「ええ…翼宿の大事な柳宿のキーボードなんて、滅茶苦茶に壊しちゃって?」


バタン
「柳宿…頑張るんだよ」
ライブハウスの裏手の路地を曲がろうとしたところで柳宿の名を呼ぶ声が聞こえ、翼宿は足を止めた。
そこには、両親に見送られて到着した柳宿の姿があった。
「ありがとう…兄貴。頑張るね」
「無理しないのよ、柳宿?」
「大丈夫だよ、お母さん」
「約束通り、今日のライブで結論を出すからな。お前の将来の話…」
「うん…」
結論?将来の話?
彼女の父親の冷たいその言葉は、翼宿に疑問を与えた。
しかしそれを判断する前に柳宿がこちらに向かってきたので、慌てて踵を返してその場を離れた。


「あ~~~!このスポットライトの照りが、堪らないんだよなあ♡」
「たま。少し、落ち着けよ…素人みたいな反応しやがって」
「いやあ!すみません!今から、出番が楽しみすぎて♪」
「まあ話題性は抜群のバンドだからな。俺も、期待してるぞ?」
鬼宿と店長が、笑い合いながら楽器置き場の前を通りすぎていく。

バキッ!!ガラガラガラ…

警備が手薄だったその部屋の中からそんな破壊音がしていた事など、その時の二人は気付く事が出来なかった―――
7/10ページ
スキ