空翔けるうた~01~
「くうしょう…しゅくせい?」
柳宿は、鬼宿が突き出してきたノートの文字を読み上げる。
「そう!俺らのバンド名!空翔宿星!夜空に輝く星のように、俺らはファンを照らす星になる!いいだろ!?」
「ふっ…」
「笑うな、翼宿!」
「すまんすまん…」
秋風が冷たく感じる季節になった、そんなある日。
鬼宿、翼宿、柳宿の三人は、駅前のスタジオに集まっていた。
メンバーが集まり、いよいよ新しいバンドの始動となったのだ。
初日に軽い音合わせを済ませた三人は、スタジオの一階の休憩所で打ち合わせをしていた。
「見ろよ、俺の努力を!昨日は、これのお陰で徹夜だぜ!?」
鬼宿は、この度、空翔宿星のリーダーに任命された。
本当は二人を集めた翼宿がやるべき役なのだが、「俺、そういうの向かんから」と鬼宿に役目を投げたのだ。
けれど、元々、何にでも愛着心を持つ鬼宿には、リーダーは適任なのかもしれない。
事実、彼が掲げたノートには「空翔宿星」の他にも、たくさんの漢字や英語の羅列が並んでいた。
「たま…色んな意味で、尊敬するよ。でもさ!何か、よくない?漢字のバンド名なんて、それだけでインパクトある感じ!」
「だろだろ!?な?翼宿!お前も、そう思うよな?」
「まあ…俺は、何でも」
「相変わらず、淡白ね~…」
そして従順で無邪気な柳宿も、この鬼宿とは妙に馬が合う。
こうして満場一致する二人の意見に、翼宿が後から加わる形となる。
それでも、決して人任せにしている訳ではない。
二人を信頼しきっているゆえ、口を挟まずとも上手くやっていけると思っているのだ。
「よお~翼宿!久々だなあ~また、バンド組むのか?」
「ホンマ、久々やな…上京したての時に、使わせて貰って以来や」
スタジオの受付にいた店長が、翼宿に声をかける。
「FIRE BLESS」の専属スタジオに通うのも気まずかったので、空翔宿星の拠点は翼宿の家の最寄り駅の小さなスタジオに構える事にしたのだ。
このスタジオ「Studio Reikaku」は外見はこぢんまりとしているものの、渋谷に「SUZAKU HOUSE」というライブハウスを構えている業界では珍しいスタジオ。
翼宿が上京した頃に利用してとてもよいと感じていたのだが、前バンドは大学から近いスタジオがよいと言っていたのでここを使う事はなかった。
そして今回、外で演奏した経験が少ない鬼宿と柳宿のためにもライブ出演まで一貫出来るこのスタジオがよいと、翼宿がここに決めたのだ。
「んで?ホントにいいのか?うちのアシスタントをギターにって…」
「うちのサークルのギター、激しい奴しかいないんすよ…それを知ったら、翼宿がこちらの信頼のおけるギタリストをサポートにつけた方がいいって…」
鬼宿の言葉に、店長はなるほどと腕を組む。
ライブハウスも兼任しているという事もあり、ここのスタッフは、皆、それなりの腕前を持つミュージシャン揃いだ。
メンバーに穴が空いたらサポートを頼めるという良心的なサービスもあり、結局見つからなかったギタリストはそのサービスで賄う事にした。
「まあでも三人なんて悪い数字なのに、お前らスゴく仲がいいもんな!」
「すまんな、店長。ローテーションでもええから、何人かつけてくれると助かる」
「お安い御用だよ!お前のベースに合わせられるって聞いたら、何人どころじゃないかもしれないぞ?んじゃ、向こうで軽い打ち合わせしようか!」
「ああ。ちょっと、行ってくるわ」
翼宿は煙草を灰皿に突っ込み、店長の後に着いていった。
ガシッ!
「ひゃっ…?」
「柳宿♪よかったじゃん!翼宿に連れてきて貰えて!」
翼宿の姿が見えなくなった途端に、鬼宿は柳宿の肩に手を回した。
「う…うん。でもたまがあの時声かけてくれなかったら、絶対叶わなかったよ?」
「俺は、最初からお前を…って言ってたんだぞ?だけど女嫌いだからって、翼宿が止めたんだ。それなのにあいつからお前を誘ったって電話貰った時は、耳疑ったぜ!しかも練習で夜遅くなると危ないからって、ご丁寧に翼宿が柳宿を家まで送り届けるって宣言したもんだ?お前ら、あの日何があったんだよ!?」
「何って…」
『彼氏や』
「そ、そうね…何もなかったら…嘘になる…かな。あれ…?」
「なっ、何だよ!?お前ら…バンド始まる前から、俺を除け者に…!?」
「違うわよ!あたしが酔っ払ってどうしようもなくなった時に、翼宿が助けてくれただけよ」
一々ムキになる柳宿が面白くてからかってしまう鬼宿だったが、翼宿が彼女を引き抜く決断をした理由は何となく分かる。
顔合わせの時に改めて敬語を抜きにして話してみて分かったのは、彼女が本気でピアノを愛する気持ち。
その気持ちから来ているそんじょそこらの女子には持ち合わせていない根性が、柳宿にはある。
翼宿は、恐らく、惹かれたのだ。自分と同等、若しくは自分を超える程に音楽を愛している柳宿のこの思いに…
まあもちろん、それ以外にも何かあったのかもしれないけれど…
そしてそんな強気でサバサバした性格の柳宿だからこそ、翼宿も自然に接する事が出来ている。
ときたま柳宿がドジをした時に遠慮なく彼女を叱る翼宿の態度も、ごくごく自然。
いつのまにか、すっかりお似合いの二人になっている。
今は精一杯否定している彼女が、いつか音楽以上に翼宿を愛する日が来たとしたらそれはそれで見ものだ。
「へえ~…なら、バンドの形が出来るまでは翼宿に手出すんじゃねえぞv」
「当たり前!あんた、あたしが何しに来たか分かってるの?」
「んな、ムキになんなって♪ま、そんなこんなでこれからよろしくな、柳宿!」
「もう…たまのバカ!」
バサッ
そんな二人の頭上から、戻ってきた翼宿が書類を被せる。
「何を、キャイキャイ騒いでんねん。お前らは…」
「いや!親睦を深めてただけだよ、翼宿くん!…って、これ何だ?」
二人は落ちてきた書類を手に取り、次の瞬間、目を丸くした。
「「ラ、ライブ!?」」
そこには、来月に行われるライブの日程が載せられていた。
ドルンドルン
打ち合わせを終えた翼宿は、約束通り柳宿を自宅まで送り届けた。
「見送り、ありがとう。毎回送ってくれるなんて、ホントにいいの?」
「女を、こんな時間に出歩かせられへんやろ。お前を誘ったからには、俺には保護する責任がある」
何よそれ…動物じゃあるまいに。柳宿は思ったが、何だかそんな言葉が嬉しくて…
「今日は、楽しかった…まさか、ライブまで決まっちゃうとは思わなかったけど…」
「サポートの奴が、誘われてたみたいでな。ちょっと、早とちりすぎたかとは思ったんやが…」
「大丈夫よ!あたし頑張る…早く、二人に追いつきたいし」
「…そっか」
勝気に笑う柳宿にホッとするが、彼女の家の灯りを見つめて翼宿は問う。
「親御さんとは、話せたんか…?」
「ううん。あれ以来、口聞いてない…今夜話してみようかなとは思ってたんだけど、何だか不安で…」
またあの日のように居場所を奪われやしないか、柳宿には怖くてたまらなかった。
すると、俯く柳宿の額を翼宿がピンと弾いた。
「痛っ!何すんのよ…」
「何かあったら、すぐ連絡せえ。ええな?」
反抗しようと顔をあげた柳宿の言葉は、翼宿の穏やかな笑顔によって掻き消された。
「翼宿…」
「おやすみ」
ドルンドルン
そう言って、翼宿はバイクを発進させていった。
そうだ。今は、翼宿も鬼宿もいる。
彼らが味方でいてくれる事に勇気づけられ、よし!と頬を叩いて気合いを入れると玄関の門を開けた。
「ただいま…」
「だから!どうして、父さん達は柳宿の話を聞いてあげないんだい!?昔からピアニストになる為に、あんなに頑張ってきたじゃないか!」
家に入ると、リビングからはとある人物の声が聞こえてきた。
「えっ…この声って…」
慌ててリビングを覗き込んだ柳宿の目に飛び込んできたのは、長期出張に出かけていた兄の姿だった。
「柳宿…!」
「兄貴…!」
リーンゴーンリーンゴーン
「えっ!?それじゃあ、ご両親がライブに来る事になったの!?」
翌日に大学に行った柳宿は、親友の鳳綺と昼休みを過ごしていた。
柳宿はストローをくわえながら、こくこくと頷く。
「今までのあたしとお父さん達との確執を聞いたみたいで、兄貴激昂しちゃって。兄貴に意見を求められたからバンドを始める事を話したら、お父さんが口出す前に兄貴が助け船出してくれたの。ライブの演奏を見てあたしの実力を認める気になったら、あたしの好きにさせてくれって…」
「何だか…すっごく強引ね。お兄さん…」
温厚で優しそうな柳宿の兄である呂候の姿を見た事がある鳳綺は、そう言って目を丸くする。
「つまり…あたしは、翼宿達とずっと演奏出来るか分からないのよね…」
「柳宿…」
父親が臍を曲げたままであれば、当然、バンドの続行は不可能になる。
せっかくの晴れの舞台がオーディションのようになってしまって、柳宿の気持ちは複雑だ。
「だ、大丈夫よ!柳宿が楽しく演奏出来れば、きっとお父さんも認めてくれるわ!」
「そう…よね!とにかく、今、やるべき事をやるしかないか!これから、曲作りに専念しなきゃいけないし!…って言っても、昔にメンバーが作った曲を編曲するだけなんだけどね」
「そうそう…その意気よ!」
問題は、この事をあの二人に話すかどうかなのだが。
しかし、柳宿はそこで一旦考えるのをやめた。
「ところで、ライブはいつどこで?」
「うん!11月3日にSUZAKU HOUSEで…」
「あらあ?その日、あたしらと対バンじゃない!」
「えっ…?」
突然、声をかけられて顔をあげると、この大学の軽音サークルに所属している玉麗という少女とその仲間達が立っていった。
「柳宿さん、バンド組んだんでしょ?あのFIRE BLESSの翼宿と!」
「そうだけど…」
「彼らの追っかけの間では、有名なのよ~?この大学から、翼宿に引き抜かれたピアニストがいるって!」
「そ…そうだったんだ」
「あなたの初舞台を拝めるのが、楽しみだわ!お互い、頑張りましょうね♪」
玉麗が差し出した手を、柳宿は遠慮がちに握る。
「じゃあ、練習があるから!行きましょう!」
そう言って手を振ると、彼女は仲間を引き連れてその場を去っていった。
「そういえば、玉麗さんもバンド組んでるんだったわね。でも、柳宿。仲良かったっけ?」
「ううん…今、初めて話したんだけど…」
普段の彼女は、女子大になら必ずいる派手な集団の中心を担う人物。
柳宿や鳳綺のようなお嬢様には、無縁の筈なのだが…
やけにフレンドリーだった玉麗の態度に、二人は揃って首を傾げた。
ドン!
部室に入ると、玉麗は面倒くさそうにギターバッグを放り投げた。
「あんな業界慣れしてない女が、翼宿と同じバンドだって~ギターを差し置いて、キーボードって!翼宿の目は、節穴なの~!?」
そう。玉麗は、翼宿の熱狂的なファンだった。
他校ではあるが、知り合いの伝を使っては彼のライブに何度も押し掛けていたのだ。
煙草に火をつけた玉麗は、次には不敵な笑みを浮かべる。
「当日、いじめちゃおっか?あのキーボード…」
部室内に、仲間達の笑い声が響いた…
家族との確執と女子の嫉妬。
柳宿がバンドを始めるという事は、まさに試練の連続の始まりでもあったのだーーー
柳宿は、鬼宿が突き出してきたノートの文字を読み上げる。
「そう!俺らのバンド名!空翔宿星!夜空に輝く星のように、俺らはファンを照らす星になる!いいだろ!?」
「ふっ…」
「笑うな、翼宿!」
「すまんすまん…」
秋風が冷たく感じる季節になった、そんなある日。
鬼宿、翼宿、柳宿の三人は、駅前のスタジオに集まっていた。
メンバーが集まり、いよいよ新しいバンドの始動となったのだ。
初日に軽い音合わせを済ませた三人は、スタジオの一階の休憩所で打ち合わせをしていた。
「見ろよ、俺の努力を!昨日は、これのお陰で徹夜だぜ!?」
鬼宿は、この度、空翔宿星のリーダーに任命された。
本当は二人を集めた翼宿がやるべき役なのだが、「俺、そういうの向かんから」と鬼宿に役目を投げたのだ。
けれど、元々、何にでも愛着心を持つ鬼宿には、リーダーは適任なのかもしれない。
事実、彼が掲げたノートには「空翔宿星」の他にも、たくさんの漢字や英語の羅列が並んでいた。
「たま…色んな意味で、尊敬するよ。でもさ!何か、よくない?漢字のバンド名なんて、それだけでインパクトある感じ!」
「だろだろ!?な?翼宿!お前も、そう思うよな?」
「まあ…俺は、何でも」
「相変わらず、淡白ね~…」
そして従順で無邪気な柳宿も、この鬼宿とは妙に馬が合う。
こうして満場一致する二人の意見に、翼宿が後から加わる形となる。
それでも、決して人任せにしている訳ではない。
二人を信頼しきっているゆえ、口を挟まずとも上手くやっていけると思っているのだ。
「よお~翼宿!久々だなあ~また、バンド組むのか?」
「ホンマ、久々やな…上京したての時に、使わせて貰って以来や」
スタジオの受付にいた店長が、翼宿に声をかける。
「FIRE BLESS」の専属スタジオに通うのも気まずかったので、空翔宿星の拠点は翼宿の家の最寄り駅の小さなスタジオに構える事にしたのだ。
このスタジオ「Studio Reikaku」は外見はこぢんまりとしているものの、渋谷に「SUZAKU HOUSE」というライブハウスを構えている業界では珍しいスタジオ。
翼宿が上京した頃に利用してとてもよいと感じていたのだが、前バンドは大学から近いスタジオがよいと言っていたのでここを使う事はなかった。
そして今回、外で演奏した経験が少ない鬼宿と柳宿のためにもライブ出演まで一貫出来るこのスタジオがよいと、翼宿がここに決めたのだ。
「んで?ホントにいいのか?うちのアシスタントをギターにって…」
「うちのサークルのギター、激しい奴しかいないんすよ…それを知ったら、翼宿がこちらの信頼のおけるギタリストをサポートにつけた方がいいって…」
鬼宿の言葉に、店長はなるほどと腕を組む。
ライブハウスも兼任しているという事もあり、ここのスタッフは、皆、それなりの腕前を持つミュージシャン揃いだ。
メンバーに穴が空いたらサポートを頼めるという良心的なサービスもあり、結局見つからなかったギタリストはそのサービスで賄う事にした。
「まあでも三人なんて悪い数字なのに、お前らスゴく仲がいいもんな!」
「すまんな、店長。ローテーションでもええから、何人かつけてくれると助かる」
「お安い御用だよ!お前のベースに合わせられるって聞いたら、何人どころじゃないかもしれないぞ?んじゃ、向こうで軽い打ち合わせしようか!」
「ああ。ちょっと、行ってくるわ」
翼宿は煙草を灰皿に突っ込み、店長の後に着いていった。
ガシッ!
「ひゃっ…?」
「柳宿♪よかったじゃん!翼宿に連れてきて貰えて!」
翼宿の姿が見えなくなった途端に、鬼宿は柳宿の肩に手を回した。
「う…うん。でもたまがあの時声かけてくれなかったら、絶対叶わなかったよ?」
「俺は、最初からお前を…って言ってたんだぞ?だけど女嫌いだからって、翼宿が止めたんだ。それなのにあいつからお前を誘ったって電話貰った時は、耳疑ったぜ!しかも練習で夜遅くなると危ないからって、ご丁寧に翼宿が柳宿を家まで送り届けるって宣言したもんだ?お前ら、あの日何があったんだよ!?」
「何って…」
『彼氏や』
「そ、そうね…何もなかったら…嘘になる…かな。あれ…?」
「なっ、何だよ!?お前ら…バンド始まる前から、俺を除け者に…!?」
「違うわよ!あたしが酔っ払ってどうしようもなくなった時に、翼宿が助けてくれただけよ」
一々ムキになる柳宿が面白くてからかってしまう鬼宿だったが、翼宿が彼女を引き抜く決断をした理由は何となく分かる。
顔合わせの時に改めて敬語を抜きにして話してみて分かったのは、彼女が本気でピアノを愛する気持ち。
その気持ちから来ているそんじょそこらの女子には持ち合わせていない根性が、柳宿にはある。
翼宿は、恐らく、惹かれたのだ。自分と同等、若しくは自分を超える程に音楽を愛している柳宿のこの思いに…
まあもちろん、それ以外にも何かあったのかもしれないけれど…
そしてそんな強気でサバサバした性格の柳宿だからこそ、翼宿も自然に接する事が出来ている。
ときたま柳宿がドジをした時に遠慮なく彼女を叱る翼宿の態度も、ごくごく自然。
いつのまにか、すっかりお似合いの二人になっている。
今は精一杯否定している彼女が、いつか音楽以上に翼宿を愛する日が来たとしたらそれはそれで見ものだ。
「へえ~…なら、バンドの形が出来るまでは翼宿に手出すんじゃねえぞv」
「当たり前!あんた、あたしが何しに来たか分かってるの?」
「んな、ムキになんなって♪ま、そんなこんなでこれからよろしくな、柳宿!」
「もう…たまのバカ!」
バサッ
そんな二人の頭上から、戻ってきた翼宿が書類を被せる。
「何を、キャイキャイ騒いでんねん。お前らは…」
「いや!親睦を深めてただけだよ、翼宿くん!…って、これ何だ?」
二人は落ちてきた書類を手に取り、次の瞬間、目を丸くした。
「「ラ、ライブ!?」」
そこには、来月に行われるライブの日程が載せられていた。
ドルンドルン
打ち合わせを終えた翼宿は、約束通り柳宿を自宅まで送り届けた。
「見送り、ありがとう。毎回送ってくれるなんて、ホントにいいの?」
「女を、こんな時間に出歩かせられへんやろ。お前を誘ったからには、俺には保護する責任がある」
何よそれ…動物じゃあるまいに。柳宿は思ったが、何だかそんな言葉が嬉しくて…
「今日は、楽しかった…まさか、ライブまで決まっちゃうとは思わなかったけど…」
「サポートの奴が、誘われてたみたいでな。ちょっと、早とちりすぎたかとは思ったんやが…」
「大丈夫よ!あたし頑張る…早く、二人に追いつきたいし」
「…そっか」
勝気に笑う柳宿にホッとするが、彼女の家の灯りを見つめて翼宿は問う。
「親御さんとは、話せたんか…?」
「ううん。あれ以来、口聞いてない…今夜話してみようかなとは思ってたんだけど、何だか不安で…」
またあの日のように居場所を奪われやしないか、柳宿には怖くてたまらなかった。
すると、俯く柳宿の額を翼宿がピンと弾いた。
「痛っ!何すんのよ…」
「何かあったら、すぐ連絡せえ。ええな?」
反抗しようと顔をあげた柳宿の言葉は、翼宿の穏やかな笑顔によって掻き消された。
「翼宿…」
「おやすみ」
ドルンドルン
そう言って、翼宿はバイクを発進させていった。
そうだ。今は、翼宿も鬼宿もいる。
彼らが味方でいてくれる事に勇気づけられ、よし!と頬を叩いて気合いを入れると玄関の門を開けた。
「ただいま…」
「だから!どうして、父さん達は柳宿の話を聞いてあげないんだい!?昔からピアニストになる為に、あんなに頑張ってきたじゃないか!」
家に入ると、リビングからはとある人物の声が聞こえてきた。
「えっ…この声って…」
慌ててリビングを覗き込んだ柳宿の目に飛び込んできたのは、長期出張に出かけていた兄の姿だった。
「柳宿…!」
「兄貴…!」
リーンゴーンリーンゴーン
「えっ!?それじゃあ、ご両親がライブに来る事になったの!?」
翌日に大学に行った柳宿は、親友の鳳綺と昼休みを過ごしていた。
柳宿はストローをくわえながら、こくこくと頷く。
「今までのあたしとお父さん達との確執を聞いたみたいで、兄貴激昂しちゃって。兄貴に意見を求められたからバンドを始める事を話したら、お父さんが口出す前に兄貴が助け船出してくれたの。ライブの演奏を見てあたしの実力を認める気になったら、あたしの好きにさせてくれって…」
「何だか…すっごく強引ね。お兄さん…」
温厚で優しそうな柳宿の兄である呂候の姿を見た事がある鳳綺は、そう言って目を丸くする。
「つまり…あたしは、翼宿達とずっと演奏出来るか分からないのよね…」
「柳宿…」
父親が臍を曲げたままであれば、当然、バンドの続行は不可能になる。
せっかくの晴れの舞台がオーディションのようになってしまって、柳宿の気持ちは複雑だ。
「だ、大丈夫よ!柳宿が楽しく演奏出来れば、きっとお父さんも認めてくれるわ!」
「そう…よね!とにかく、今、やるべき事をやるしかないか!これから、曲作りに専念しなきゃいけないし!…って言っても、昔にメンバーが作った曲を編曲するだけなんだけどね」
「そうそう…その意気よ!」
問題は、この事をあの二人に話すかどうかなのだが。
しかし、柳宿はそこで一旦考えるのをやめた。
「ところで、ライブはいつどこで?」
「うん!11月3日にSUZAKU HOUSEで…」
「あらあ?その日、あたしらと対バンじゃない!」
「えっ…?」
突然、声をかけられて顔をあげると、この大学の軽音サークルに所属している玉麗という少女とその仲間達が立っていった。
「柳宿さん、バンド組んだんでしょ?あのFIRE BLESSの翼宿と!」
「そうだけど…」
「彼らの追っかけの間では、有名なのよ~?この大学から、翼宿に引き抜かれたピアニストがいるって!」
「そ…そうだったんだ」
「あなたの初舞台を拝めるのが、楽しみだわ!お互い、頑張りましょうね♪」
玉麗が差し出した手を、柳宿は遠慮がちに握る。
「じゃあ、練習があるから!行きましょう!」
そう言って手を振ると、彼女は仲間を引き連れてその場を去っていった。
「そういえば、玉麗さんもバンド組んでるんだったわね。でも、柳宿。仲良かったっけ?」
「ううん…今、初めて話したんだけど…」
普段の彼女は、女子大になら必ずいる派手な集団の中心を担う人物。
柳宿や鳳綺のようなお嬢様には、無縁の筈なのだが…
やけにフレンドリーだった玉麗の態度に、二人は揃って首を傾げた。
ドン!
部室に入ると、玉麗は面倒くさそうにギターバッグを放り投げた。
「あんな業界慣れしてない女が、翼宿と同じバンドだって~ギターを差し置いて、キーボードって!翼宿の目は、節穴なの~!?」
そう。玉麗は、翼宿の熱狂的なファンだった。
他校ではあるが、知り合いの伝を使っては彼のライブに何度も押し掛けていたのだ。
煙草に火をつけた玉麗は、次には不敵な笑みを浮かべる。
「当日、いじめちゃおっか?あのキーボード…」
部室内に、仲間達の笑い声が響いた…
家族との確執と女子の嫉妬。
柳宿がバンドを始めるという事は、まさに試練の連続の始まりでもあったのだーーー