ハルジオン
「今日も、洸僂山(こうろうざん)の山賊が襲撃に来てるぞ!」
「お前ら、表に出ろや!!」
この日の厲閣山は、いつも以上に慌ただしかった。
2つ隣の山の洸僂山から、襲撃があったからだ。
カアン!カン!カン!
今日、手合わせをしているのは、今年の春に入ってきた新人だ。
皆、頭の翼宿や副頭の攻児に憧れて、入ってきた者ばかり。
念願の山賊入りを果たした彼等は、メキメキと腕をあげていった。
そんな彼等を遠くに眺めているのは、まさにこの山の長の2人。
「あいつら、筋がええやんけ。中堅の指導も、中々サマになってるようやな」
「ああ。闘いの傷のひとつやふたつも、立派な勲章やからな。好きに暴れさせればええ」
しかしそんな光景を向こうから眺めている男がいる事に、翼宿は気付いた。
向こうも中堅どころの男なのだろうか、普段は見かけない顔だ。
「珍しいな…今日のリーダーは、あいつ一人か?」
攻児がくいと首を傾げると、相手もこちらに気付きその口許を不敵に歪ませた。
「お前ら!下がれ!」
すると途端に彼が号令を出し、決闘をしていた部下を呼び戻す。
「今日は、別にあなたの部下と遊びに来た訳じゃないんですよ!幻狼さん!」
どうやら自分に用があるようだと気付いた翼宿は、物怖じせず前に進み出た。
「何やねん?物騒な挨拶やな。用があるなら、先に言えや」
しかし相手も特に物怖じせず、次の言葉を発した。
「新入りの皆さん!知ってますか?この頭が、山の掟を自ら破って生きているという事を!」
その言葉に、翼宿の後ろに控えた新入りがざわめき出した。
そしてその言葉に真っ先に反応したのが、攻児だった。
「この人はねえ!ここの長髪黒髪の使用人と、お忍びで交際してるんですよ!!」
こうして、事実は告げられた。先日の星見祭りの目撃者の口から。
「副頭…さっきのは、どういう事ですか?」
「お頭に限って、そんな事ありませんよね!?」
数刻後、部屋に集められた新入りは、挙って攻児に抗議をした。
この山に入る時に渋々受け入れた男女交際禁制のその掟を、頭が堂々と破っている。そんな事、受け入れられる筈がない。
「………あのな。山の掟を変えるんは、そう簡単な事やないんや。禁制の掟は、俺等の中でも一番きつい条件やったんやけど、中々改正出来へんで…」
「だからって、頭だけが抜け駆け出来るなんてそんなのあんまりでしょう!?」
攻児とて、この事態を収拾出来る言葉などすぐには見つからずにいた。
予想通りの反応が溢れる部屋を覗き見ていたのは、凛以外の使用人だった。
「だから、最近…凛ばかりが、お頭様から指名を受けていたのね?」
「おかしいと思ったのよ。あの堅実そうなお頭様が、一人の女とばかりだなんて」
当然、こちらも我慢を強いられていた侍女達にも、翼宿の気持ちも凛の気持ちも分かる筈がなかった。
そして。頭の部屋に茶を運ぼうとしていた凛も、その部屋の前でこんな声を聞いていた。
「お頭…あんまりですよ」
「俺等でさえ信じられへんのに、このままでは新入りの中から辞めていくもんもおるかもしれへんですよ」
元々の部下の中堅どころが、翼宿に直談判に来ていたのだ。
「ホンマに…すまん。何を言うても許してもらえへんのは、分かってる」
扉の隙間から見えた翼宿は、今までにないくらい小さく見えた。
「お頭。こんな事言いたないですけど、あの娘とは縁を切るべきです」
「禁制が改正される前に事を起こしてしもたんは、頭の信用問題に関わりますよ」
そしてこんな言葉が聞こえるのも、予想通り。
凛はため息をついて、扉の側の机に茶の盆をのせた。
いつか、こうなる事は分かっていた。この日が来たら、その時はわたしから。
この交際を始めた日から、凛が密かに考えていた事。
それはいつか翼宿に悲しい顔をさせてしまう日が来たら、その時は自分から何も言わずに去る事。
凛は、決めた。今日、この厲閣山を出ていく事を。
「お前ら、表に出ろや!!」
この日の厲閣山は、いつも以上に慌ただしかった。
2つ隣の山の洸僂山から、襲撃があったからだ。
カアン!カン!カン!
今日、手合わせをしているのは、今年の春に入ってきた新人だ。
皆、頭の翼宿や副頭の攻児に憧れて、入ってきた者ばかり。
念願の山賊入りを果たした彼等は、メキメキと腕をあげていった。
そんな彼等を遠くに眺めているのは、まさにこの山の長の2人。
「あいつら、筋がええやんけ。中堅の指導も、中々サマになってるようやな」
「ああ。闘いの傷のひとつやふたつも、立派な勲章やからな。好きに暴れさせればええ」
しかしそんな光景を向こうから眺めている男がいる事に、翼宿は気付いた。
向こうも中堅どころの男なのだろうか、普段は見かけない顔だ。
「珍しいな…今日のリーダーは、あいつ一人か?」
攻児がくいと首を傾げると、相手もこちらに気付きその口許を不敵に歪ませた。
「お前ら!下がれ!」
すると途端に彼が号令を出し、決闘をしていた部下を呼び戻す。
「今日は、別にあなたの部下と遊びに来た訳じゃないんですよ!幻狼さん!」
どうやら自分に用があるようだと気付いた翼宿は、物怖じせず前に進み出た。
「何やねん?物騒な挨拶やな。用があるなら、先に言えや」
しかし相手も特に物怖じせず、次の言葉を発した。
「新入りの皆さん!知ってますか?この頭が、山の掟を自ら破って生きているという事を!」
その言葉に、翼宿の後ろに控えた新入りがざわめき出した。
そしてその言葉に真っ先に反応したのが、攻児だった。
「この人はねえ!ここの長髪黒髪の使用人と、お忍びで交際してるんですよ!!」
こうして、事実は告げられた。先日の星見祭りの目撃者の口から。
「副頭…さっきのは、どういう事ですか?」
「お頭に限って、そんな事ありませんよね!?」
数刻後、部屋に集められた新入りは、挙って攻児に抗議をした。
この山に入る時に渋々受け入れた男女交際禁制のその掟を、頭が堂々と破っている。そんな事、受け入れられる筈がない。
「………あのな。山の掟を変えるんは、そう簡単な事やないんや。禁制の掟は、俺等の中でも一番きつい条件やったんやけど、中々改正出来へんで…」
「だからって、頭だけが抜け駆け出来るなんてそんなのあんまりでしょう!?」
攻児とて、この事態を収拾出来る言葉などすぐには見つからずにいた。
予想通りの反応が溢れる部屋を覗き見ていたのは、凛以外の使用人だった。
「だから、最近…凛ばかりが、お頭様から指名を受けていたのね?」
「おかしいと思ったのよ。あの堅実そうなお頭様が、一人の女とばかりだなんて」
当然、こちらも我慢を強いられていた侍女達にも、翼宿の気持ちも凛の気持ちも分かる筈がなかった。
そして。頭の部屋に茶を運ぼうとしていた凛も、その部屋の前でこんな声を聞いていた。
「お頭…あんまりですよ」
「俺等でさえ信じられへんのに、このままでは新入りの中から辞めていくもんもおるかもしれへんですよ」
元々の部下の中堅どころが、翼宿に直談判に来ていたのだ。
「ホンマに…すまん。何を言うても許してもらえへんのは、分かってる」
扉の隙間から見えた翼宿は、今までにないくらい小さく見えた。
「お頭。こんな事言いたないですけど、あの娘とは縁を切るべきです」
「禁制が改正される前に事を起こしてしもたんは、頭の信用問題に関わりますよ」
そしてこんな言葉が聞こえるのも、予想通り。
凛はため息をついて、扉の側の机に茶の盆をのせた。
いつか、こうなる事は分かっていた。この日が来たら、その時はわたしから。
この交際を始めた日から、凛が密かに考えていた事。
それはいつか翼宿に悲しい顔をさせてしまう日が来たら、その時は自分から何も言わずに去る事。
凛は、決めた。今日、この厲閣山を出ていく事を。